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大学生はトラックに激突し、生コンクリートの中へ。美少女パンツを眺めながら幸せに死ぬ

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 アッパー系コミュ症な俺は大学一年生で大学デビューに失敗した。修学旅行でもぼっち、散々だった人生だ。
 授業中もぼっちで、俺の隣には誰もいない。

 俺は大学教授が話す講を黙々と受ける。
 俺は史学科を選んだ。歴史が好きだったからだが、まぁぶっちゃけ大学の教授共の面白さだなんて期待を一切してなかった。

 が、俺の心に面白いと思わせてくれるだけの教授を一人見つけた。

「良いですか、皆さん、道は凄いんです!」

 溢れ出る熱意を教授の言葉に感じる。白髪で深い皺が浮かぶ教授の顔は笑顔だった。

「煬帝のケイコウ大運河、シルクロード、五街道、信長の関所廃止と植林行為……ありとあらゆる国や偉人が『道』を極めて来たのです!」

 その鼻息荒げる教授を、俺は面白い人だなと思った。

「我々は『道』を極めると天然の自然障壁にぶち当たります! イタリア半島を観て下さい、アルプス山脈があります。スペインを観て下さい、ピレネー山脈があります。インドを観て下さい、若干パキスタンと接してますけどほぼヒマラヤ山脈に覆われています。つまり、ローマ・イタリア、スペイン、インド、これらは皆……道を極めたシーパワー国家なんです」

 シーパワーというのは聞き覚えが無いものの、全て受験でどこか聞いたことがある程度の知識だった。俺はパソコンの前で頷く。

「日本国内の統一! それは江戸時代に果たされたと言います。それは『五街道』の存在が不可欠と言っても良い。参勤交代もそうです。藩という仕切りがあった上で地方と江戸の通路ができている」

 と、そんなこんなを語ること一時間が過ぎていく。
 他のオンライン授業してる同級生はどう思っているのだろうか?

 チャイムが鳴る3分ほど前になった。

「おっと、もうすぐチャイムですね。なぜウクライナをロシアが獲得しようとしているか分かりますか? それは『道』なんです。ウクライナは北側が北極海航路と繋がっていて、クリミアは南側が一帯一路に繋がっている。つまり『道』が分かる者からすれば、ウクライナをロシアが攻めるなんてのは自明のことでしかないのです。『道』が分かれば『世界』が分かる!」

「道って……凄い」

 俺は目をきらきらさせて講義を聴く。授業は色々あったが、中でもその授業は格別だった。
 そんなこんなで、俺が授業を受けて、大学一年が終わった。

 俺はそれなりのどうでも良い授業をそれなりに聞き、自分が面白いと思った『道』の歴史授業だけ真剣に聞く日々を過ごした。




 ――それから、一年が経過した。
雲一つない夜空を見上げる十九歳の男が駅前にいる。
それが俺だ。

 ぼっちで過ごした大学一年生時代が終わり、漸くうちの大学はサークル活動の許可が出された。待ちに待った大学デビューである。
 あー、この一年は『道』の歴史の研究しかして来なかったな、畜生。

 俺はキョロ充になろうとしているアッパー系コミュ症な大学生。リア充の巣窟であるテニスサークルに入り、頭と尻の軽そうな女の子と関係を持ちたいのだ。

 俺そのもののスペックは大したことないが、テニサーとなれば話は別だ。
 絶対に頭も尻も軽い女がいる。俺が童貞という状態を卒業するにはテニサーが最善、と考えたが故の入会。

 テニスなんて糞ほども興味無い。まあ、テニサーのリア充もそう思ってるだろうし別にいいだろ。本当にテニスが好きならテニス部に入るはずだ。
 サークルは頭も尻も軽い奴らの集まり、最後の青春を送る為の場所だ。

 おっと自己紹介。
 俺の名は道見道貞。彼女いない歴=年齢の童貞でもある。大学では史学科を選んだにわか歴史オタクでもある。

 高校時代共学だったものの彼女ができなかった俺は、彼女が欲しくてテニスサークルに入ったのがなんと今日。

 俺は本当は幼馴染みの美少女が好きで一緒の大学に入れたのだが、彼女は『友達としか見れない』と言ってきて、付き合えなかったのだ。非モテでも努力をすれば童貞は卒業できると思い、俺は髪をマッシュにして染め、綺麗な服を用意し、テニサーに入会した。

 好きな子がこっちを向いてくれなくても好きじゃ無い子で童貞を捨てることはできる。そういう魂胆だった。それがまさか、あんなことになるとは……。

 俺のスマホにメッセージが来る。

「道見くん、ちゃんと誘導できてる?」

「はい、できてます」

「嬉しいね。道見くん、ちょっとおどおどしてるから不安になるけど、合わせてくれて助かるよ」

 髪が全体的にピンク色で赤いラインを入れたのが特徴的な先輩からの電話。いきなり下っ端としてこき使われているが、童貞を卒業する為だ。しょうがない。

 そして日没し、三十名ほどの人間が居酒屋に集まった。小さな居酒屋なので、今日は貸切だ。
 風俗嬢のような格好の先輩から声をかけられる。ピンク色の髪に赤いラインが入っている。
 この人が俺をこき使った先輩だ。

「道見くーん、ありがとー!」

 俺をぱしった先輩が俺に礼を言う。まさか一時間も誘導役を任されるとはな。

「彼氏とデートしてたんだ。道見くんのお陰でゆっくりデートできたよ!」

 俺は顰め面をしていたのだが、抱きつかれてちょっと笑顔になる。
 くそ、ちょろいかもしれないが、良い匂いで許してしまった。巨乳が俺の腕に当たって良い気分だ。

「本当に助かった。ありがと、道見くん!」

「へへへ、まあ、お安いご用ですよ」

 俺はにやけ面で応じる。
 すると、後ろからつんつんと突っつかれる。

「こら、道見! 何でれでれしてんのよ」

「ゆきちゃん」

 話しかけてきたのは黒髪ショートの同級生、ゆきちゃん。俺が小学校から片思いしてて告白を小学校・中学校・高校と卒業の度にしたのだがとうとう受け入れて貰えなかったクラスのマドンナ系女子である。

「あらー、可愛い。この子、道見くんともう仲良いの?」

「あ……その、幼馴染みなんです」

「えー。じゃあ仲良いんだ」

 先輩と俺の会話に、ゆきは固い笑顔で、

「はい。幼馴染みとして、仲良いです」

 俺は少し落ち込み、先輩はあらあらと口元を押さえる。そして十分ほど経ち、歓迎会が開かれた。




 その悲劇はいきなり起きた。乾杯の音頭と共に、新入生も先輩も関係無く、皆大盛り上がり。
 見るからに陽キャと分かる奴が大声で呼びかける。

「はーい皆! 注目注目!」

「あ、出るわよ。新入生見なさい。これがたかしの特技かつ我が部の伝統」

 たかしと呼ばれた先輩は、勢い良くジョッキビールを飲み干していく。
 新入生から賞賛が叫ばれる。俺はドン引きだ。

「っぷぅー、やっぱイッキはたまんねーなぁ!」

 たかしに拍手の嵐が巻き起こる。店主は溜息をつきながらも笑顔。これは本当に部の恒例なのだろう。
 俺はイッキなんて健康に悪いから絶対にやりたくない……と思ったのだが、

 白羽の矢を立てられたのは、俺だった。

「皆ー、注目ー!」

 キャバ嬢っぽい先輩が元気に叫ぶ。

「今日皆を誘導してくれた道見くんでーす!」

 視線と共に拍手の嵐が巻き起こる。俺はこんなに注目されたことなどなく、もじもじしてしまう。

「あ、その、えっと」

「道見くん、優しいよね。ありがとー!」

「「「「「道見くん、ありがとー!!!!」」」」」

 拍手と共に感謝の言葉が叫ばれる。正直、悪い気はしなかった。俺のキョロ充ライフ、『リア充のコバンザメ計画』はどうやら成功が約束された……かに見えた。しかし、キャバ嬢系先輩はとんでもないことを口にした。

「道見くんには、イッキをやって貰おうと思いまーす!」

「!?」

「「「「「うおおおおおおお!!!!!」」」」」

 巻き起こる拍手。ふざけんじゃねえ。誰がイッキ飲みなんかするか、そう思った。

「「「「「どぉーうーみぃーくぅーん、……イッキ、イッキ!!」」」」」

 先輩達は一糸乱れぬ拍手をやりやがった。本当に恒例なのだろう、躊躇いも迷いもないリア充特有のノリがそこにあった。怖い。

「「「「「道見くーん! イッキ!!! イッキ!!!」」」」」

 俺はイッキを煽られた。

「お、俺実は酒が弱くて」

 俺が断ると、嫌な雰囲気が少し流れる。
 だが、サークル長が「ぱん!」と大きく拍手して言う。

「イッキ、イッキ!」

 皆が笑顔になって俺を再び煽り出す。
 陽キャ特有の明るい声と拍手が、どんどん大きくなる。

「「「「「ど~う~み~くん! イッキ、イッキ!」」」」」

 俺は思った。対米戦に反対だった日本軍人も『空気』を理由に言えなかったらしい。
 俺は、リア充ではない。しかし、日本人だった。

 俺は戸惑いながら、もはや合わせるしかない……そう思ってジョッキビールをイッキ飲みす。
 ごく、ごく、ごく、っと喉越しに冷たい炭酸が走るっ。

「「「「「わあああああ!!!!」」」」」

 リア充共が、俺に拍手を奏でる。非常に快感! しかし、少し無理があったのか、頭が気持ち悪くなっていく。
 俺は大の字になり皆の注目を集め、空のジョッキを見せびらかす。

「道見くん、格好いい!!!」「格好いいぞ、道見!」「道見くんなら、抱かれてもいい!」

 なんだこいつら、イッキ飲みの何が格好いいんだよ。ちなみに最後の抱かれても良いと言ったのは男だ。男を抱く趣味は俺にはないっ。

 俺は拍手を受け、辛かったがこれで終わった……そう思った時、リア充共は驚愕の発言をかましてくる。

「「「「「か~ら~の~?」」」」」
「!?」

 俺の動揺をよそに、周囲は更に盛り上がって煽ってくる。

「「「「「か~ら~の~?」」」」」

「……」

 皆が陽キャ特有の同調圧力の眼差しで俺を見つめる。いや、いやいや。
 流石に、それに合わせることはできない……そう思ってジョッキを机に置こうとすると、
「「「「か~ら~の~、イッキ、イッキ!」」」」

 同調圧力うぜえ!
 ふざけんじゃねえ! そう言えたら、どれだけ良かっただろう。

 サークル長が満面の笑みで俺の肩に手をおいて、ジョッキビールを渡してくる。

「道見! お前、かっこいいな!」

 苦笑するしかできなかった。

「だけど俺知ってんだよ! お前はもっと格好いいって!」

 外野は拍手。何この猿共……これもうパワハラだろ。

「「「「「うおおおおおおおお!!!!」」」」」

 皆が拍手する。
 俺の頭にあるのはただ二つ。キョロ充として童貞を捨てるか、リア充に愛想を尽かされ童貞でいるか。

 答えは決まっている。決まってるからテニサーに入ったのだ。
 俺は全てを諦め、イッキ飲みをした。

 すると一分後、視界が暗転。揺れる感覚、込み上げる吐き気に立っていられなくなり俺は崩れ落ちる。

 流石に先輩達が心配して来たが、俺はトイレにかけこみ、少し吐く。しかし、頭が痛い。
 俺は自分の席に戻ろうとしたのだが――サークル長がジョッキ片手にやって来た。

「道見、吐いちまうとは情けないな。しょうがないからもう二杯用意したぜ? 俺の奢りだ!」

 満面の笑みだった。あまりにも凄いリア充の飲みっぷりに俺は流石に嫌気が差し――、

「うわああああ!」

 俺は、逃げ出した。
 走って、走って、走って、逃げ足を速めていく。

 俺は居酒屋という陽キャの巣から逃げだし、居酒屋を出て……急いでいた余り横断歩道に出て、トラックにはねられてしまう。
 ドン、という巨大な音と共に俺は確信。俺は、死ぬのだ。

 だが、飛ばされた先が最悪だった。
 俺の体は道路近くの工事現場の中にある生コンクリートの中に突っ込んだ。

 工事現場の人達が驚いている。無理も無い。
 薄れゆく混濁の意識の中、俺は思った。

「イッキコール、断れば良かった」

 嫌われる勇気が欲しい……。
 もはや悔いても遅い。

 そして、なんと信じられないことにゆきちゃんの声が聞こえた。

「道見! 馬鹿、イッキコール、断れば良かったのに!」

 居酒屋から出て俺を追っかけてきたのだろう。泣きながらゆきちゃんが生コンクリートに塗れた俺を見下ろし、両手で顔を覆う。
 涙がぼろぼろと落ちていく……そして、俺の目には映った。

 水玉模様のパンツ。

 俺は興奮した。死にゆく状態で、俺は美少女パンツを見て興奮した。こんな状態でも好きな子のパンツを見ると男は興奮するように出来ているらしい。
 最後の晩餐ならぬ、最後の目の保養である。
 俺は、意識を失い……命をも失うのだった。



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