【長編版】悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい

椰子ふみの

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「ヴィオラさん、君に頼みたいことがあるんだ」

 ジョージ王太子に少し困ったように眉を下げられると、内容を聞かなくても、うなずいてしまいそうになる。
 面会室が王城の謁見室に見えるほど、キラキラ輝いて見える王太子の、この顔を曇らせてはならない。そう思ってしまう。
 でも、近づいたら、悪役令嬢への一歩を踏み出しそうだ。君子危うきに近寄らず。

「何でしょうか?」

 不敬じゃない程度にそっけなくヴィオラは尋ねた。

「生徒会に入ってくれないか。もちろん、君の自由時間を奪うことにはなるが、君が同意してくれれば、非常に助かる」

 生徒会? 乙女ゲームの攻略対象者だらけでしょ。そんなところに入ってたまるか。でも、どうやって、断る?

「お誘い、ありがとうございます。ただ、私は入学式に遅刻するような粗忽者です。とても、そのような大役、務まりそうになりません」
「と言っているけど、そんなことないよね。イアン、君がヴィオラさんを生徒会に推薦した理由をもう一度説明してもらえるかな」

 王太子がにこやかに後ろに立つイアンに話しかけた。

「はい、私より計算能力に優れた才媛です。私からのお詫びを救護院に寄付した優しさ、その時に私の名前を使用する奥ゆかしさ、魔力の強さ、すべて生徒会の要求する能力と人格にふさわしいと思います」

 ひー、ベタ褒めにむず痒くなってしまう。イアン、褒めてというような顔でこっちを見るな。
 確かにハーモニー学園に通う生徒にとって、生徒会は憧れの場だ。メンバーの推薦と本人の能力が必要なため、なかなか、入ることはできない。貴族なら優秀な人間と人脈を作ることができるし、平民なら通常、結ぶことができない貴族との繋がりを得ることができる。将来の出世、結婚、すべてにおいて有利になる。
 でも、ヴィオラがやりたいのは乙女ゲームのストーリーを変え、悪役令嬢にならないことだから、生徒会に入っていいことなんてない。

「イアンさん、大げさに言わないでください」
「いや、そんなことはない。ありのままに真実を述べただけだ」

 イアンは目をキラキラさせて、熱弁した。
 その姿を見て、ジョージ王太子は吹き出した。

「まさか、イアンがこんなふうになるなんて。本当にヴィオラさんのおかげなんだな。いやあ、側近候補からイアンを外そうと言う話もあったんだよ」
「そ、それは」

 慌てるイアンの姿にさらに王太子は笑った。

「傲慢で人に厳しく、人間味がない。上に立つ者としてどうかって言われてたんだ。それが、決闘で負けてから、すっかり心を入れ替えちゃってさ。家族だけでなく、暴言を吐いていた相手に謝罪して回ったんだよ」
「だ、誰からそんなこと、聞いたんですか」

 イアンの顔は真っ赤だ。
 王太子はイアンの問いには答えず、両手を組んでその上に顎をのせた。

「だから、他人にそのようないい影響を与えることができる人物に生徒会に入ってもらいたい」

 真面目なモードに切り替えた王太子の目が鋭い。
 ああ、これは。諦めるしかない。

「謹んでお受けいたします」

 ヴィオラは頭を下げた。

「同じ学生なんだから、そんなにかしこまらないでよ」

 ヴィオラが了承するまで、ずっと圧をかけていたくせに、ジョージ王太子は急にくだけた調子になった。

「は、はい」

 別にかしこまっているわけじゃない。乙女ゲームの強制力からは逃れられないの?

「じゃあ、明日から頼めるかな?」
「は、はい」
「明日の放課後、他の生徒会メンバーに紹介するから、イアンに案内してもらって」
「はい」

 ヴィオラはしっかりと返事をした。こうなったら、断罪されないように信頼される、役に立つ人間になるしかない。
 ジョージ王太子は優雅にお茶を飲み終えると立ち上がった。

「美味しかったよ」
「光栄にございます」

 王太子に声をかけられて、頭を下げるミヤはものすごく優秀な侍女に見える。ヴィオラに対する態度と違いすぎだ。
 王太子が退室できるようにドアを開けると、聞き耳を立てていたのか、集まっていた生徒たちがばっと広がった。
これはまた、何か変な噂が広がるかもしれない。ジョージ王太子も苦笑しながら、帰って行った。それを見送った後、イアンが嬉しそうに言った。

「これからは毎日、ご一緒できますね」

 そういえば、ライルが毎朝、修業をつけてもらっている話をした時、悔しそうだった。まさか、対抗するために生徒会に推薦したんじゃないよね。

「仲間として、よろしくお願いします」

 文句を言おうと思っていたのに不満に思っていた気持ちが萎んでいく。
 仲間。
 なんて、いい響きなんだろう。師匠と弟子の関係とはまた、違う。

「ええ」

 自然に笑顔になったヴィオラにイアンは見惚れた。

「忠誠を誓いそうなのはまだ二人か」

 ヴィオラに聞き取れないようにミヤは小声で呟いた。
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