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山神の子

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そういえばと思い出す。
父が大切にしている文机。
あの眩しい限りの信仰。
衰えた様子のない文机に、目の前にある机を見る。

こらえ・・・にお祝いに作ってもらった家具。
その机はそこまで眩しくない。

やはり思い入れある机なのだと昔聞いた話を思い出す。
仲いいんだよなぁと考えつつ、先日の会合で買った鏡を眺める。

受け取ってくれるかと鏡を見つめる。
父の怪我の様子も良くなったわけで。
少しは確認してもいいと思う。
それに自分には縁がない穢れでできた怪我。

痛々しいと思うのだが、最近、こらえ・・・が微笑むとこらえ・・・から流れ出た何かが傷に吸い込まれて薄くなっているのを目撃した。
今と話しても誰も理解してくれないので祓いの神力の影響だろうことは想像に難くない。


貰ってくれると嬉しいな。



そんなことを考えながら家へとくる。
「父様。ただいま」
「おかえり」
周囲を見回して首を捻る。
「らーちゃんは?」
「寝てる」
「また?」
「あぁ」
手に持った薬を片手に部屋へと向かう。
咳き込む音に覗き込む。
背中を擦る木霊に手を振る。
頭を下げて、そして咳き込むこらえ・・・の背中を擦る
「今日はまた辛そうだね」
ゆっくりと驚かせないように近づく。
「えぇ」
彼に触れて神力を使う。
だが彼の体に穢れはない。
本当にそういう体質なのだろう。
病弱というか、虚弱というか。

幼少期に神の加護がないだけで此処まで変わるのかと眺める。
「薬を持ってきた。飲めるか?」
こくりと頷くと、ゆっくりと飲む。
苦そうに顔を歪める様子に胸が締め付けられる。

昔からこの光景は嫌い。
薬を甘くしないのかとか飲みやすくしないのかと父に聞いたが、無理だと言われた。
頼り過ぎでさらに体を弱くした人を知っているらしい。

それを言われると何も言えない。
父は人を失う恐怖をわかっているから。

飲み終えたこらえ・・・に持ってきた飴を差し出す。
「らーちゃん。お土産。お薬飲んだあと舐めるといいらしいよ」
こくりと頷く姿に山神が口に含ませる。


ころころと飴玉が転がり、その様子を見ながら父にお土産と鏡を渡す。
ぎょっと距離を取る父に、駄目かと落ち込むが恐る恐る手に取る。
「どうして、鏡なんだ?」
「父様に俺の仕事の具合を見てほしいから」
そう告げれば、そうかと優しく微笑む。

飴も小さくなったのか、音が小さくなる。
薬が聞いてきたのかうとうとと眠そうなこらえ・・・だがこちらを見て鏡を見る。
「山神様のお怪我、僕は好きですよ」
微笑むこらえ・・・に、手鏡を見つめていた山神が動く。
こらえ・・・の頭を撫でる。
それから恐る恐る震える手で手鏡から布を取って、顔を見る。
震える手で顔を擦り、不思議そうに鏡を凝視する。


「薄く、なった?」

「父様っていつ頃から鏡見てないの?」
「ここに来た当初から鏡は置かないようにしていたからな」
手際よく布を巻いて、どうするかと見つめてから、手鏡を懐に入れる。
少なくとも気に入ってくれたらしい。

父の言うここに来た当初は新人の頃。
人の世で言えば、それこそ数千年近くになるだろう。

こらえ・・・が手を伸ばして傷のある手を握ると眠ってしまう。

「そりゃあらーちゃん来てからだいぶ薄くなってたのは聞いたんでしょう?」
「聞いたが確認は怖い。人も神も嫌がるのだ。もし薄くなっていなかったらと、勘違いだったらと」
正直、子供の頃を考えても判断できる程度には薄くなってきているのだからそんな心配する必要もない気はする。
だがそれだけ父の心に掬ってきたものでもあるのだろう。

山神は握られたこらえ・・・の手を撫でる。
こらえ・・・のな。体が良くならないのは実は己の穢を受け止めているからではないかと悩んでいる」
「大神は?」
「聞くのは怖い」
しばらく悩んでから告げる。
「一応言っておくけど、穢れの残りカスは一切、らーちゃんにはないからね」
「そうか」
「それが浄化した後とか、浄化する副作用とか言われたらわかんないけど、少なくとも穢れだけだと此処まで酷い場合は穢れだって残りカスぐらいはあるよ」
「そうか」
あくまでも言うが少しだけ罪悪感は拭えたらしい。
「体調悪化になんか心当たりないの?」
「昨日、新調した服が可愛くて散歩して夜の営みを少しだけ何時もより張り切ったぐらいだろうか」
「父様ぁああ」
怪我以前にあんたのせいだよ。と思わず叫びそうになるのを堪えて告げる。


「可愛かったのだ」
「恥ずかしいから息子にのろけんな」

相変わらずこの夫婦はと頭を抱える。
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