レンタルスペース

たまこ

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老人の言葉に受付の男は嬉々としてこう答えた。

「ありがとうございます。これを機に今後はぜひ当社をご利用いただければと、」

「そうねぇ……考えてみるよ。それより他の説明もしてくれないか」

「かしこまりました。それではご説明させていただきます。まずこのスペースは防音、防火、防爆、防風、防水、すべて完璧でございます。お客様がもし、演出の一つとして爆発物をお使いになった場合、炎は上がりますが、延焼はいたしません。即座に天井の吸火、吸煙システムが無音で発動し、吸い上げてしまいます。もちろん吸い上げまでの時間はあらかじめ設定可能ですので、危険の無い範囲で調節ができます」

「あ、そう! それいいねぇ!」

老人はグイっと身を乗り出し親指を立てた。

「恐縮でございます。また、BGMもお好きな物を流す事ができます」

「BGM? いやぁ……私のイベントはそういうポップなモノではないから、音楽はいらないよ」

「さようでございましたか。大変失礼いたしました。ですがご参考までに……弊社のBGMは音楽だけにとどまりません。たとえば川のせせらぎの音、シトシト降る雨の音、はたまた激しい雷雨の音、もしくはフクロウの鳴き声、でもってオオカミの遠吠え、さらに言えば都会の雑踏音、そういった音源をお選びいただく事も可能です」

「えぇ!? そんなのもあるの? いいねぇ、なんだかスゴクいいねぇ!  いつも使っている所には無いサービスだよ!」

老人の目がキラキラと輝いて「激しい雷雨の音なんていいな」と想像を膨らますと、すかさず受付の男は「オーダー、承ります」と小型端末をタップした。

「では次に、お客様の動線ガイドについてご説明させていただきます」

「ああ、そうね。それが一番心配なんだよ。いつものレンタルスペースなら慣れてるけど、ここの利用は初めてだから……」

そう言って老人は、果て無く広いスペースを見渡した。
そう、このスペースには何もないのだ。
壁も床も天井も白一色で、柱も無ければテーブルも無い。
目印になる物が一切無い。
入ってきた出入口はあるけれど、一度閉めてしまえば壁に同化して見えなくなってしまう。
中をウロウロ歩き回れば、自分がどこにいるのか分からなくなってしまうのだ。

「ご安心ください。お客様の基本の立ち位置。弊社ではそれをホームと呼んでおりますが、こちらにございます。床に小さな突起物があるのですが、おわかりになりますか?」

言いながら、揃えた指先を突起物のある場所に向け、老人がそれを見たのを確認し説明を続けた。

「これを足の裏で確かめて頂いて……この位置でお話されるのをお勧めします。なぜならホームの真上に各センサーが付いていますので、照明の明度の調節、BGMのオンオフも、ここでなければ操作が難しくなるからです。ですがご安心ください。イベント中、お客様がお呼びになったビジターの前で、優雅に衣装を翻し、気高く闊歩されても、さりげなく突起物を探せば元の位置に戻れます」

ニコニコと崩れぬ笑顔で説明をする受付の男。
その向かいでは、なにか不満でもあるのか、曇り顔の老人が首を横に振っていた。

「突起物ねぇ……足の裏で感触を確かめるの? なんだかわかりにくいなぁ。そっちばかりに気を取られて、話してて噛んじゃいそう。アナタも知ってると思うけど、私の仕事って威厳第一だからさぁ。余計な気を遣いたくないんだ。やっぱりここを使うの止めようかなぁ、不安になってきたよ」




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