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「このバケモノは本当にランバードに従順なようだな……時に、あやつは水に強いのだろうか? 奴隷として働いてもらう最大の目的は、我々が最も苦痛と感じる入水作業だ。要は川で魚を捕ってもらいたいのだが……むぅぅ、水に入れるのはやはり残酷すぎるか……?」

ランバードは、問題ありませんとバケモノに振り返るとこう命じた。

「おい! 今からそこの川に入り魚を捕まえろ!」

バケモノはポカンと首を傾げながら、

【どうした松茸。腹が減ったのか? おまえがそうニャーニャーうるさく鳴く時は、腹が減ったか、遊んでほしいかどっちかだ。うーん、その鳴き方は……腹が減った方だな?】

「……松茸様、ご空腹でいらっしゃいますね? と言ってます」

「おぉ! ほぼほぼ合っておるな! それで? どうなんだ? 川に入れるのか? 魚を捕まえられるのか?」

ランバードはニヤリと笑い自信たっぷりに頷くと、バケモノに突進し、勇敢にも強烈な頭突きをお見舞いした。

【うわっ! 松茸! いきなり頭ゴッチンしたら危ないだろう! はいはいわかったよ。こっちか? ついてきてほしいのだな? お前がゴッチンして、ニャーニャー鳴きながらチラチラ見る時は、ワシをどこかに誘導したい時だものな。よし、ついて行くぞ。どこへ連れて行きたいのだ?】

「……な、何なりとご命令を、と言ってます」

「信じられん! 完全にランバードの意のままじゃないか!」

【お! 川か! キレイな水だなぁ。魚がいっぱい泳いどるわ。ん? ん?  いっそうニャンニャカうるさく鳴くのう。あ、もしかして魚が食べたいのか? そうなんだな? そうか! よし! 待ってろ! 今、ワシが捕まえてやるから! ワシは田舎育ちだからな。小さい頃はよく川で魚の掴み取りをしたもんじゃ! 後ろにいるその子達は松茸のお友達かい? みんなの分も捕ってやろうなぁ】

バケモノはジャブジャブと臆する事なく川に入ると、あっという間に何匹もの魚を捕まえて、ランバード達の近くに投げて寄越した。
それらにぶつからないよう、ランバードと長官達は素早い動きで後方に跳躍し、ビチビチと草の上で跳ねる大量の魚に喉を鳴らし大きく尻尾を振った。
水の苦手な猫族としては実に心躍る光景だ。

「す、すごいぞ! ランバード! あやつ何の躊躇もなく川に入って、道具も無しに魚を捕っているではないか! 図体のデカさには驚いたが、温厚な性格に水を恐れぬ勇敢さ、そしてなによりランバードの命令に忠実だ! すばらしい! バケモノなんて言って悪かった!  あれだけの働きをしてくれるのなら、奴隷とはいえ出来るだけ大事にしてやろう!」

ホクホク顔の長官に、ビシッと頭を下げるランバード。

「はっ! ありがとうございます! それで……できれば、これから奴と一緒に住まわせて頂けたらありがたいのですが……」

「ん? それはかまわんよ。だがランバード、君は家族と一緒には住まないのかね?」

「実家にはたまに帰る事にします。奴を遠い星からこのコニ星まで連れてきたのは私です。奴の世話をするのは私の責任だと思っています。それに、奴と意思疎通ができるのは私だけですから」

「そうか、わかった。その分ランバードには毎月特別手当を出そう! では、私達はひとっ走り事務所に戻って応援部隊を呼んでくるよ。新鮮な魚がいっぱいで我々だけでは運びきれない! みんな大喜びするだろうなぁ! ランバードはあやつのそばに……ふむ、これから長い付き合いになるのに、あやつでは呼びにくいな。名はなんというのだ?」

「……“じいちゃん”です。奴の名は“じいちゃん”と言います」

「そうか、良い名だな。ではランバード、じいちゃんのそばにいてやってくれ!」

長官達が四足の全力走りで事務所へ向かう後ろ姿を見送ったランバードは、川辺に近づくと、先程までの強気な口調から打って変わってこう呟いた。

「じいちゃん、長旅で疲れてるのにごめんな。魚捕り大変じゃないかい?」

【あ、こら、松茸。あんまりこっちに来るとアンヨが水に濡れちゃうぞ。気を付けなさい。しかし、ワシの腕も捨てたもんじゃないな! 大漁、大漁!】

巨大な生命体……地球という青い星から連れられてきたじいちゃんは、膝まで浸かっていた川から出ると、誇らしげに笑いながら暖かい日差しに足を投げ出した。
ランバードは隣にピッタリ身体を寄せて座ると、言葉が通じないのはわかっているのに、それでもかまわず話を始めた。

「じいちゃん、気が付いてる? ここは地球に似ているけど違う星なんだよ? オレさ、じいちゃんが癌になって、もう死んじゃうんだって思ったら、悲しくて悲しくて、どうしても助けたかったんだ。だから眠らせて宇宙船に乗せちゃったの。長官には“奴隷として適性の見込める生命体を確保した。コニ星に連れ帰る間に病気や怪我を治しておきたいから、船内の医療器具の使用許可をくれ”って申請して……それでじいちゃんの癌を治したんだ」

【松茸、どうしたんだ? 急にしょんぼりして。あ、もしかして眠くなったのかい? こっちへおいで。ワシが抱っこしてやろうなぁ】

じいちゃんは、茶色のシマシマ模様の両脇に手を入れると、ヒョイっと抱き上げ頬ずりをした。

【また会えて良かった……幸せだ……すごく幸せだよ】

ランバードはそれに対しゴロゴロと喉を鳴らし、じいちゃんの鼻をペロリと舐めた。







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