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第2章・七人の侍編
46・――影
しおりを挟む「おめえら! 何か来るぞ! ビルの窓からだ!」
叫ぶベルモットの目の前へ1体の影が跳ね降りた。ムカデに比べれば小さいが、それでも2メートルの巨体を持つネズミだった。凶暴な牙をむいて威嚇するように甲高い鳴き声を上げる。
ベルモットは後方へ跳ねて、100円ライターを手に握ると間合いを測った。そこへすかさず巌流が駆け寄って間合いの中心へ飛び込む。
「ネズミごときが――。愛弟子の成長を見届けた今の俺の敵ではない!!」
迷わず突進する巌流に、しかしそのネズミが右へ左へと何体もの仲間を呼び寄せ始めた。4体、5体と――。
「ふん、数勝負か。そういう連中の斬り方なら心得ている。抜刀術! 横一文字!!」
叫ぶが早いか、巌流がネズミの群れに向かった。
「ちぇええい!!!」
目にも止まらない剣の筋が、襲いかかるネズミたちのがら空きの胴のすべてを切り裂いた。
と、思った。思っただけだ。ネズミの群れは無傷で立っている。その一匹が跳ね跳び、まだひざをついて放心している香月のもとに向かう。ベルモットが振り返る。左手でライターを擦って右手に炎の渦を作り出そうと短い呪文を唱える。しかし、すでにネズミの牙が香月の頭上で大きく開かれる。
「フォーミュラ!! 逃げろ! テメエまで死んでどうする!!」
襲いかかるネズミの影が黒く、真上から香月の身体を包んだ。ようやく目が覚めたような香月は身動きが取れない。一二三も動けない。巌流もベルモットも、誰も間に合わない距離で、彼女の姿が一瞬にして消え去った。
「カヅキ!!」
冷静さも消し飛んだ巌流が仇討に走り出した時だった――。
「拙者に影分身で勝ろうとは、30年は早いでござるよ」
聞きなれた声が、微かに聞こえた。
香月の身体を抱きかかえたシュルケンの姿が遥か遠くにあった。巌流が、ベルモットが、力尽きて寝転んだ一二三、すべてが目を丸くして茫然とした。
「いやはや。面目ありませぬ。ガンリュウ殿はお気づきであったようでござるが、今までお見せしていた拙者の姿は影の分身だったのでござる。今こうして実体を見せたとあらば、あらためて名乗らせていただきましょう。拙者、備後の国は寒氷の里より転生した、手裏剣寿助と申す。以後、お見知りおきを」
その黒い覆面の下は薄っすらと照れていただろうか。
それでも彼は気を失った香月の身体をそっと地面に寝かせ、
「ガンリュウ殿。拙者もはや、何も隠しはいたしませぬ。これでようやく仲間と認めてくれますでしょうな?」
それには巌流が吠えた。
「腑抜けが!! そういうことは、このネズミどもを倒してから口にしろ!」
その顔は、誰にも見せたことのないほどの喜色満面さで、すでに勝利の祝杯を待っているようだった。
「では拙者、シュルケンこと手裏剣寿助、この度は格好をつけさせてもらいますゆえ」
彼は瞬時に姿を消した。その姿が次に現れたのは、居並ぶネズミの群れの前だ。
「分身であろうと実体であろうと、なんとなり仕掛けてくるがよい。拙者は猫年の生まれゆえ、ネズミ退治は得意でござるよ」
その言葉と共に黒装束が横一列、見る間に7人へと数を増やした。
「あのニンジャ。今までオレたちを騙してやがったってことか。今後も信用できねえな」
ベルモットが毒づく。そしてその顔は、やはり楽しそうに笑っている。
急にお株を奪われた形のネズミの群れが、シュルケンと巌流の前で戸惑い始めた。シュルケンが叫ぶ。
「ベル殿! まずは拙者の影もろとも炎で吹き飛ばしてもらえぬか!」
「はあ? こっちはなあ――もうさっきから、そのつもりなんだよ! 赤の練成002!『全焼却』!!」
その掛け声と共に、背をかがめた巌流の頭上を越え、シュルケンの分身をすり抜けて、炎のブーメランが飛ぶ。ネズミの群れは燃え尽きたように見せかけて、ふたたび姿を消す。が――。
「何度も言わすなでござるよ。影分身で拙者に勝とうなどとは、100年早いでござる。投げ道具は不得手でござるが、獲物をこの手で掴んで取り逃がしたことは一度もない!」
しっかりと影を持ったシュルケンが、ただ一匹になったネズミの頭上で思い切り飛びクナイを刺した。途端に瓦礫の街で甲高い叫びが響く。
「ガンリュウ殿! これが本体でござる!」
すでに走り出していた巌流が刀を抜いた。
「口上は無用! 狂刀――二段突き!!」
刃が一陣の風となり、ネズミの腹を二度突いた。駆け抜けた巌流の背中で、耳をふさぐようなモンスターの絶叫だけがこだました。
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