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第二章 選別の船
梯子
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オオミ
「何とかあっちに渡ってみる」
アオチさんが走り出した。「あっち」って、あっちの船のことだよな。
「行ってどうするつもりですか!」
僕も直ぐその後を追った。
「回収人の野郎が首を絞めたやつ、今ならまだ助けられるかも知れないだろ!」
正義感って時々馬鹿とイコールだ。あっちの船に転がる死体とか、どう見ても普通の精神状態ではない血まみれの女や、謎の凶器を見てもなお、自らそっちに近づいて行くなんて。やっぱりアオチさんは一番死に近い。
「馬鹿なんですか! それにどうやって向こうに渡るんです。海に落ちますよ」
それは本当だった。並走する隣の船は近いようでいて運動神経の良いアオチさんでも飛び移れる距離にはない。
益々回収人さんがどうやって渡ったのか不思議だ。
「馬鹿とはなんだ。あ、あそこに梯子がある」
……なんで梯子なんてあるんだ。何年かぶりに舌打ちをした。
船の外面に梯子らしきものがへばりついていた。
「そんなのどうやって使うんですか? 外し方なんて知らないでしょ」
何とか諦めてくれ。
「おい、お前ら手伝え!」
妙に凛々しい顔で僕とオゼさんに向かって叫んだ。嫌な予感がして振り返ると、さっきまで無関心そうだったカオリさんの口元が微笑んでいた。マモルくんに至ってはニコニコだ。顔に「お兄さん、かっこいい」と書いてある。
死人には馬鹿でも生気に溢れる人が魅力的に映るに違いない。
「もう少し待った方が良くないか。あっちの状況が全くわからない」
オゼさんも動揺しているだろうが、冷静に言う。僕からしたらこっちの方が大人として格好良い。
「そうですよ。ほら、僕もこうして頑張っていますが、この梯子をどう外すかなんて全然わからない……」
そう言ってしゃがみ込み、手すりの間から錆びついた船の外側を手当たり次第に触った。
小さなくぼみに手が引っかかった。中がザラリとして気持ち悪い。次の瞬間ギギギギッと重い物が動く音がしたかと思うと、弾かれたように梯子が空に向けて跳ね上がった。
まずい――と思った時には、もう梯子は意志を持っているように自ら隣の船の方へ身体を横たえ始めていた。
僕は何て愚かなんだろう――。
「お前、天才だな」
アオチさんの声だけが海に踊る光と同じくらいキラキラしている。
そのまま、まだ向こうに落ち着いていない梯子に軽やかに飛び乗った。こっちはサーカスの観客にでもなった気分だ。危ないと思うのに高揚感に身を委ねてしまう。
ふと、隣の船の回収人さんが目に入った。あからさまにドン引いている。どうしよう、この場合僕が怒られるんだろか。
ダンっと音がしてアオチさんが隣の船に降り立つ。それなりによろけたし、完璧な着地ではなかったが、なんとマモルくんが拍手をしていた。やめてくれ、オゼさんが静かに怒っているじゃないか。白く長い指を握りしめて、アオチさんを冷たい目で睨んでいる。
真っ先に動き出したのは回収人さんだった。
まず、自分の腕の中にある、死んでいるか、少なくとも気絶している男を乱暴に床に放りなげた。
何をするんですか、と叫びかけたが、もともと声量のない僕が言ったところで「聞こえねえよ」の一言で済まされそうなのでやめた。
回収人さんは自分が放り投げた人物には一瞥もくれずブリッジから外に出てると、額に大きな手を当てアオチさんに言った。
「お前、なんて事をしてくれんたんだ」
アオチさんも負けずに声を張って言い返した。
「おい、そこどけ。あの人を助けないと」
なまじ二人とも良い声をしているせいで、海上の舞台を見ているような気分が続く。とても殺人現場なんて思えない。
「どの人だ? 向こうのならもう手遅れだぞ」
そう言って甲板に転がる血まみれの三つの死体を顎で指す。
「あの人たちは……残念だ。俺が言ってるのはお前が首を絞めてた男のことだ」
そう話しながら既に回収人さんを押しのけてブリッジに入ってしまった。そうなると、ここからは様子がほとんど見えない。
どうしよう僕もあっちへ行くべきだろうか。梯子を見つめる。あんな錆びた音を響かせていたくせに、嘘みたいに新品な銀色に光っていて滑りそうに見える。
躊躇いもなく渡ったアオチさんはやっぱりすごい。僕も続こう、そう決心した時、一瞬先にオゼさんが梯子の手すりを強く握った。
マモルくんやカオリさんに良い所を見せたいの? オゼさん、それは違う。あなたはアオチさんじゃないから。あなたは耐えて守っている姿が一番魅力的なんですよ。
オゼさんを梯子から引きずりおろそうとした時、回収人さんがさっと手を上げて僕らに止まるよう指示した。
「お前らこれ以上ことを面倒にするな。異常者なら死んでない」
その言葉を待っていたようにブリッジからアオチさんの肩を借りて、軽薄そうな男が姿を現した。
「何とかあっちに渡ってみる」
アオチさんが走り出した。「あっち」って、あっちの船のことだよな。
「行ってどうするつもりですか!」
僕も直ぐその後を追った。
「回収人の野郎が首を絞めたやつ、今ならまだ助けられるかも知れないだろ!」
正義感って時々馬鹿とイコールだ。あっちの船に転がる死体とか、どう見ても普通の精神状態ではない血まみれの女や、謎の凶器を見てもなお、自らそっちに近づいて行くなんて。やっぱりアオチさんは一番死に近い。
「馬鹿なんですか! それにどうやって向こうに渡るんです。海に落ちますよ」
それは本当だった。並走する隣の船は近いようでいて運動神経の良いアオチさんでも飛び移れる距離にはない。
益々回収人さんがどうやって渡ったのか不思議だ。
「馬鹿とはなんだ。あ、あそこに梯子がある」
……なんで梯子なんてあるんだ。何年かぶりに舌打ちをした。
船の外面に梯子らしきものがへばりついていた。
「そんなのどうやって使うんですか? 外し方なんて知らないでしょ」
何とか諦めてくれ。
「おい、お前ら手伝え!」
妙に凛々しい顔で僕とオゼさんに向かって叫んだ。嫌な予感がして振り返ると、さっきまで無関心そうだったカオリさんの口元が微笑んでいた。マモルくんに至ってはニコニコだ。顔に「お兄さん、かっこいい」と書いてある。
死人には馬鹿でも生気に溢れる人が魅力的に映るに違いない。
「もう少し待った方が良くないか。あっちの状況が全くわからない」
オゼさんも動揺しているだろうが、冷静に言う。僕からしたらこっちの方が大人として格好良い。
「そうですよ。ほら、僕もこうして頑張っていますが、この梯子をどう外すかなんて全然わからない……」
そう言ってしゃがみ込み、手すりの間から錆びついた船の外側を手当たり次第に触った。
小さなくぼみに手が引っかかった。中がザラリとして気持ち悪い。次の瞬間ギギギギッと重い物が動く音がしたかと思うと、弾かれたように梯子が空に向けて跳ね上がった。
まずい――と思った時には、もう梯子は意志を持っているように自ら隣の船の方へ身体を横たえ始めていた。
僕は何て愚かなんだろう――。
「お前、天才だな」
アオチさんの声だけが海に踊る光と同じくらいキラキラしている。
そのまま、まだ向こうに落ち着いていない梯子に軽やかに飛び乗った。こっちはサーカスの観客にでもなった気分だ。危ないと思うのに高揚感に身を委ねてしまう。
ふと、隣の船の回収人さんが目に入った。あからさまにドン引いている。どうしよう、この場合僕が怒られるんだろか。
ダンっと音がしてアオチさんが隣の船に降り立つ。それなりによろけたし、完璧な着地ではなかったが、なんとマモルくんが拍手をしていた。やめてくれ、オゼさんが静かに怒っているじゃないか。白く長い指を握りしめて、アオチさんを冷たい目で睨んでいる。
真っ先に動き出したのは回収人さんだった。
まず、自分の腕の中にある、死んでいるか、少なくとも気絶している男を乱暴に床に放りなげた。
何をするんですか、と叫びかけたが、もともと声量のない僕が言ったところで「聞こえねえよ」の一言で済まされそうなのでやめた。
回収人さんは自分が放り投げた人物には一瞥もくれずブリッジから外に出てると、額に大きな手を当てアオチさんに言った。
「お前、なんて事をしてくれんたんだ」
アオチさんも負けずに声を張って言い返した。
「おい、そこどけ。あの人を助けないと」
なまじ二人とも良い声をしているせいで、海上の舞台を見ているような気分が続く。とても殺人現場なんて思えない。
「どの人だ? 向こうのならもう手遅れだぞ」
そう言って甲板に転がる血まみれの三つの死体を顎で指す。
「あの人たちは……残念だ。俺が言ってるのはお前が首を絞めてた男のことだ」
そう話しながら既に回収人さんを押しのけてブリッジに入ってしまった。そうなると、ここからは様子がほとんど見えない。
どうしよう僕もあっちへ行くべきだろうか。梯子を見つめる。あんな錆びた音を響かせていたくせに、嘘みたいに新品な銀色に光っていて滑りそうに見える。
躊躇いもなく渡ったアオチさんはやっぱりすごい。僕も続こう、そう決心した時、一瞬先にオゼさんが梯子の手すりを強く握った。
マモルくんやカオリさんに良い所を見せたいの? オゼさん、それは違う。あなたはアオチさんじゃないから。あなたは耐えて守っている姿が一番魅力的なんですよ。
オゼさんを梯子から引きずりおろそうとした時、回収人さんがさっと手を上げて僕らに止まるよう指示した。
「お前らこれ以上ことを面倒にするな。異常者なら死んでない」
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