鳥に追われる

白木

文字の大きさ
30 / 94
第二章 選別の船

梯子

しおりを挟む
オオミ


「何とかあっちに渡ってみる」

 アオチさんが走り出した。「あっち」って、あっちの船のことだよな。

「行ってどうするつもりですか!」

 僕も直ぐその後を追った。

「回収人の野郎が首を絞めたやつ、今ならまだ助けられるかも知れないだろ!」

 正義感って時々馬鹿とイコールだ。あっちの船に転がる死体とか、どう見ても普通の精神状態ではない血まみれの女や、謎の凶器を見てもなお、自らそっちに近づいて行くなんて。やっぱりアオチさんは一番死に近い。

「馬鹿なんですか! それにどうやって向こうに渡るんです。海に落ちますよ」

 それは本当だった。並走する隣の船は近いようでいて運動神経の良いアオチさんでも飛び移れる距離にはない。

 益々回収人さんがどうやって渡ったのか不思議だ。

「馬鹿とはなんだ。あ、あそこに梯子がある」

 ……なんで梯子なんてあるんだ。何年かぶりに舌打ちをした。

 船の外面に梯子らしきものがへばりついていた。

「そんなのどうやって使うんですか? 外し方なんて知らないでしょ」

 何とか諦めてくれ。

「おい、お前ら手伝え!」

 妙に凛々しい顔で僕とオゼさんに向かって叫んだ。嫌な予感がして振り返ると、さっきまで無関心そうだったカオリさんの口元が微笑んでいた。マモルくんに至ってはニコニコだ。顔に「お兄さん、かっこいい」と書いてある。

死人には馬鹿でも生気に溢れる人が魅力的に映るに違いない。

「もう少し待った方が良くないか。あっちの状況が全くわからない」

 オゼさんも動揺しているだろうが、冷静に言う。僕からしたらこっちの方が大人として格好良い。

「そうですよ。ほら、僕もこうして頑張っていますが、この梯子をどう外すかなんて全然わからない……」

 そう言ってしゃがみ込み、手すりの間から錆びついた船の外側を手当たり次第に触った。

 小さなくぼみに手が引っかかった。中がザラリとして気持ち悪い。次の瞬間ギギギギッと重い物が動く音がしたかと思うと、弾かれたように梯子が空に向けて跳ね上がった。

 まずい――と思った時には、もう梯子は意志を持っているように自ら隣の船の方へ身体を横たえ始めていた。

 僕は何て愚かなんだろう――。

「お前、天才だな」

 アオチさんの声だけが海に踊る光と同じくらいキラキラしている。

 そのまま、まだ向こうに落ち着いていない梯子に軽やかに飛び乗った。こっちはサーカスの観客にでもなった気分だ。危ないと思うのに高揚感に身を委ねてしまう。

 ふと、隣の船の回収人さんが目に入った。あからさまにドン引いている。どうしよう、この場合僕が怒られるんだろか。

 ダンっと音がしてアオチさんが隣の船に降り立つ。それなりによろけたし、完璧な着地ではなかったが、なんとマモルくんが拍手をしていた。やめてくれ、オゼさんが静かに怒っているじゃないか。白く長い指を握りしめて、アオチさんを冷たい目で睨んでいる。

 真っ先に動き出したのは回収人さんだった。

 まず、自分の腕の中にある、死んでいるか、少なくとも気絶している男を乱暴に床に放りなげた。

 何をするんですか、と叫びかけたが、もともと声量のない僕が言ったところで「聞こえねえよ」の一言で済まされそうなのでやめた。

 回収人さんは自分が放り投げた人物には一瞥もくれずブリッジから外に出てると、額に大きな手を当てアオチさんに言った。

「お前、なんて事をしてくれんたんだ」 

 アオチさんも負けずに声を張って言い返した。

「おい、そこどけ。あの人を助けないと」

 なまじ二人とも良い声をしているせいで、海上の舞台を見ているような気分が続く。とても殺人現場なんて思えない。

「どの人だ? 向こうのならもう手遅れだぞ」

 そう言って甲板に転がる血まみれの三つの死体を顎で指す。

「あの人たちは……残念だ。俺が言ってるのはお前が首を絞めてた男のことだ」

 そう話しながら既に回収人さんを押しのけてブリッジに入ってしまった。そうなると、ここからは様子がほとんど見えない。

 どうしよう僕もあっちへ行くべきだろうか。梯子を見つめる。あんな錆びた音を響かせていたくせに、嘘みたいに新品な銀色に光っていて滑りそうに見える。

 躊躇いもなく渡ったアオチさんはやっぱりすごい。僕も続こう、そう決心した時、一瞬先にオゼさんが梯子の手すりを強く握った。

 マモルくんやカオリさんに良い所を見せたいの? オゼさん、それは違う。あなたはアオチさんじゃないから。あなたは耐えて守っている姿が一番魅力的なんですよ。

 オゼさんを梯子から引きずりおろそうとした時、回収人さんがさっと手を上げて僕らに止まるよう指示した。

「お前らこれ以上ことを面倒にするな。異常者なら死んでない」

 その言葉を待っていたようにブリッジからアオチさんの肩を借りて、軽薄そうな男が姿を現した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...