🍵毒にも薬にもならない、短いお話

弓屋 晶都

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降る火 - 十六歳の夏。生まれてはじめて、視界を埋め尽くす花火を見た。

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 お祭りの会場で。人のごった返す中で。
 手に握ったカキ氷や飴を、周りの人にくっつけてしまわないように気を付けながら。
 今まで私にとって打ち上げ花火というのは、いつもそんな風に、他の事に気を取られながら、人の波を遮らないようにしつつ、チラチラ見上げるものだった。

 それが、十六歳になったばかりの夏。
 はじめて、子どもだけで花火を見に来た。
 同じ部活の友達と、五人で。
 一人だけ浴衣で来た子に、可愛いとか似合うとか口々に言って。
 そのうち、どうせならもっと近くで花火を見ようという話になって、スマホで調べて、打ち上げ場所のすぐ近くまで歩いた。

 打ち上げ場所に近付くにつれ、出店は途切れ、周囲の喧騒も遠ざかる。

 静かな河川敷には、虫の声がうるさいくらいに響いていた。

「なんか買ってくればよかったね」
「私ちょっと戻って買ってこようか?」
「あ、じゃあお茶お願いー」
「ペットボトルのやつ?」
 そんな会話を聞き流しながら、空を仰ぐ。
 まだ明るい空は、うっすらと雲に覆われて、白っぽかった。

 もっとスッキリ晴れていたら、真っ黒な夜空に花火とのコントラストが綺麗だったろうに。
 それでも、雨ではなかっただけマシか。
 今日でなければ、予定が合わない子もいたから。
 ポンと肩に手を乗せられて振り返ると、買い出しで要る物はないかとの最終確認だった。
 礼を告げて断る。
 私には母に持たされた水筒があったし、何より、こんなチャンスは二度とないかもしれないから、今年こそは飲み食いの背景ではない、主役としての花火をちゃんと見たいと思いはじめていた。

 打ち上げ場所に一番近い橋の上には、既に人だかりができていた。
 けれど、橋は通路になっているため、シートを敷いて場所を取るような人はいないようだ。
 私達は、橋の端の方でなんとか縁に掴まって、その場に留まることができた。

 空は薄暗くなりつつあったが、まだ明るい。
 打ち上げ場所の近くには消防車も停まっていて、消防士さんらしき人の姿もある。
 そうか。万一に備えて、消防車が待機しているものなんだ。
 こんなに暑いのに、消防士さんはその服で、花火が終わるまで待機するんだ……。
 私は、毎年来ていたはずの花火大会に毎回こんな準備がされていた事を、初めて知った。
 よく見れば、河川敷の他の場所は草がこれでもかと元気に生い茂っているのに打ち上げ会場の周辺はぐるりと短く刈り取られている。
 花火のために、この暑い中、草刈りをした人がいたんだ。

 いつも屋台の向こう側にあった花火が、今ようやく見えはじめた気がした。

「まだ明るいね」
「でももう時間でしょ?」
「すぐ暗くなるよ」
「あっ、あがった!」
「あれは簱火だね」
「はたび?」
「これから始まるよーって合図」

 いよいよ始まる、そう思ったら心臓がドキドキしてきた。
 橋の下の河川敷……といっても相当距離は離れていて、会話どころか作業している人たちの表情も見えない。
 けれど花火の筒が既に整然と並べられている様は視認できたし、遠くから伝わるピリピリとした緊張感に、何故か私までもが緊張し始めていた。

 今までの、ぼんやりと見上げていた花火とはまるで違う空気に、私は息を詰めた。

「こんなに近くで花火見るの初めて」
「私も」
「音とか凄いんじゃない?」
「あ、音も一緒に聞こえる?」
「そっか、近いもんね」
 友達の会話も何故か小声になっていて、皆が同じようにどこか緊張しているのかと思うとなんだか嬉しかった。
 気付けば、周りの大人達もいつの間にか声を潜めている。

 皆が見守る中、最初の花火が空に上がった。

 勢いよく飛び出した花火玉を皆が目で追う。
 目だけでは追いきれず、ぐっと全員が顔を上に向けた。

 ドン、とお腹の底に響く音、ビリビリと空気が震えて、なぜかぞわりと鳥肌が立つ。
 大きな丸い火の花は、私達の真上で花開いた。

 すごい。

 視界いっぱいが、たった一発の花火で埋め尽くされる。
 温かなオレンジがかった色の火が、頭上で放射状に広がり生き生きと煌めく。
 光の粒は、勢いを失うとふわりと漂って、まるで私達に降り注ぐように落ちてくる。
 呆気に取られてポカンと見上げていた私に、バラバラと何かが降ってきた。
 コツンコツンと、周りの友達の頭にも肩にもぶつかった何かの欠片に、辺りでワッと声が上がる。
 どうやら、飛び散った花火玉の外側の部分が落ちてきているらしい。
 言われてみれば確かに。
 全部が全部燃え尽きる物じゃないんだろう。

 ドン、ドンッ! と花火が続けて上がる。

 橋の上の私達は、言葉も忘れて頭上で広がる炎の粒に見入った。
「痛っ!」
 と隣から声がして、友達が目を押さえていることに気付く。
「大丈夫?」
 声をかけると、その子はおそるおそる顔を上げて、目を開いた。
「目に、何か……」
 言われて覗き込めば、そこには黒いゴミのような物が。
 これも、燃え残った花火の欠片のようだ。
「入ってるね。取れそうだけど、取ってもいい?」
「うん、お願い……」
 痛いのだろう、涙目で答えられて、私は慎重に指先でそっとそのゴミに触れた。
「取れたよ」
「ありがとぉぉぉ……」
 ホッとしたのか、涙目で苦笑する友達。
 その後ろでまた花火が上がり始める。

「あ」
 と小さく声をあげて、友達はまだ涙目の顔を上げた。
 その肩越しに見える沢山の顔も、老若男女問わず、揃って空を見上げている。

 ドン、と足元から震える大きな音と共に花が開けば、見上げた人々の顔が揃って綻んだ。
 怖そうなガタイのいい男の人も、気難しそうなお婆さんも、若いカップルも。
 花火を夢中で見ているときって、皆、同じように笑うんだ。

 私は、何だかとても衝撃を受けた。

 こんな、全然知らない人達が、今同じ気持ちで集まって、同じ気持ちで同じ物を見上げてる。

 花火って、凄い。

 一度目は様子見だったと言わんばかりに、二度目の打ち上げは一度目の倍以上の花火が次々と空に打ち上がる。
 それを最後まで見るよりも、降り注ぐ欠片に「イタタ」「アチチ」と周囲から声が上がる方が先だった。
 ドドドドン! といくつもの花火が上がれば、当然、時間をおいてバラララッと欠片も降り注ぐ。
 小さな欠片でも、まだ火の残る物に当たると、小さくてもチリっと熱い。
 足元でごつんと音がして見れば、手のひら大ほどの大きな欠片があった。
 燃え残りは、ボール紙を幾重にも重ねたつるっとした紙の塊で、そう重くはないが硬い。当たれば相当痛そうだ。

 ……これは、消防車が待機してるのも納得だった。
 若干恐怖を覚えて友達を振り返れば、皆もそう思ったのか相談が始まる。
「どうする? ちょっと離れる?」
「ここまでとは思わなかったね」
「えー、せっかくここまで来たんだし、もうちょっとだけ……」
「怪我するほどじゃないか」
「見てここ、赤くなった!」
「火傷?」
「怪我してるし」
 そんな相談をしながらも、花火が上がれば皆空を仰ぐ。

 三度目の打ち上げが終わり、次の打ち上げへの入れ替えが始まった頃、私達は橋を離れた。
 最後の打ち上げは毎年大量に、これでもかと連発されるはずなので、その前に撤退しようという事だ。
 最後まで橋で見たいと言っていた子も、ひとり橋に残るのは嫌だったようで、結局皆と一緒に来た。

 そんな子も、夜店が見えてくると、気分が変わったのか、何を食べようとか何をしようと皆の話に混ざってきた。
 屋台の明かりが近付くと、皆がお互いの顔を指して笑い出した。
 見れば、顔だけでなく、剥き出しの腕にも服にも黒い煤のようなものが数え切れないくらいついている。
「真っ黒じゃん!」
「取れない……」
「あーっ、擦ると粉々になったーっ」
「余計取れないやつでしょ」
「せっかく浴衣着て来たのに……」
 ああ、あの子の目に入ってたのも、これか。
 そんなふうに思いながら、私は服をパタパタはたいた。
 体に汗で張り付いたものは、もうお風呂で落とすしかないだろう。
 よく見れば、熱い欠片が当たってヒリヒリしていた右腕にはくっきり赤い痕が二つあった。

 しかめ面を皆で笑いに変えて、ひとしきり笑い合う。
 後ろから、花火の光が届く。
 カラフルな光に皆で振り返ると、ほんの少し遅れて音が届いた。

「今年、皆で来れてよかった」

 花火の音に紛れて、誰かが言った。

「私も! こんな近くで花火見たの初めてだった!」
「花火、綺麗だったよねぇ」
「ちょっと痛かったけどね」
「来年も一緒に来ようね!」
「絶対行くーっ!」

 わっと皆が盛り上がる。
 笑い合う皆の顔は、お揃いの、花火の赤い色に染まっていた。
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