69 / 88
第二部
第5話
しおりを挟む
電車内に入り込んできた警官に向けてオスカーが一言、挨拶を交わした。
「どうも」
事件を起こした男はアスタゴの原住民であり、過去に白人たちによる差別を受け過酷な生活を余儀なくされていた。
とは言え、起こした事が事であったために情状酌量の余地などと言ったものはないだろう。
男を引き取りに来た警官はオスカーの姿を見ると敬礼をする。
警官が引き取るまで、オスカーにより捕縛された男は白人男性に蹴られるなどといった暴行を加えられていたためにか、体はボロボロだ。
全身は痣だらけで、もはやどちらが被害者か加害者なのか。いや、勿論痣だらけになってしまった彼は殺人を犯しているのだから加害者であるのは間違いない。
それでも、白人の男が何度も何度も蹴りつけると言う光景は見ていられた物ではなく、途中でアリエルが止めなければ更に長時間に渡り続いただろう。
嫌悪の表情を見せて舌打ちをした、その男の顔を電車内にいた人々は目にしていた。
気持ちの良い物ではなかったはずだ。
「ああ、『牙』のオスカーさんでしたか」
警察官のガタイのいい男は四十代ほどの見た目をしており、肌の色は原住民の肌の色を少し薄くした様な色をしている。
「クリストファーとアーノルドが世話になっております」
アリエルには聞き馴染みのない名前ではあったがオスカーはその名前を知っている様で「ああ」と、小さく頷いた。
「あの馬鹿どもは、ウチじゃ扱いにくいですからね」
警官の男は苦笑いを浮かべる。
「いや、良い働きをしてますよあの二人は。実に勇敢だ。警察官らしい」
オスカーの答えに一瞬だけ間が開くが、直ぐにそれを警官は笑い飛ばした。
「ハハハ! あの二人が? 勇敢? 大馬鹿、向こう見ずの間違いでしょう!」
彼は信じられないと思っているのか、それともオスカーのジョークだとでも思ったのか。
ただ、こんなことを話している場合ではないと思ったのか咳払いをすると、
「一先ず、協力感謝します。では」
と言って警官の男は犯人を連れて電車を降りて行った。
「あの、先程の警官さんは知り合いなんでしょうか?」
親交の深さを感じさせる様な会話をしていたからだろう。警官とオスカーの関係性が気になると言うのは仕方がなかった。
「まあ、あの人の部下だった奴が二人も『牙』の団員なんだ」
事実だけを簡潔に述べると、さらなる興味がアリエルの中に湧き上がる。
「その二人はどう言う人なんですか?」
「あー、あの二人か。……まあ、会えばわかる。取り敢えず悪い奴らではないさ」
誤魔化す様な答えを返してからオスカーは電車から降りてしまう。置いていかれない様にとアリエルはその背中を追いかけた。
「さあ、改めて。ようこそ『牙』へ。アリエル・アガター、私たちは歓迎しよう」
基地へ戻ると同時にそんな言葉をマルコからかけられ、二人の大男が手に持っていたクラッカーを鳴らした。
この光景を見て、アリエルの隣に立っていたオスカーは小さく笑う。
「おかえり、アリエル」
「……あ、ただいまエマ」
呆気に取られていたアリエルはエマの声によって意識を引き戻される。
「歓迎するぜ」
「お嬢ちゃん」
クラッカーを鳴らしていた二人の大男、黒人と白人の男性だ。どちらも筋骨隆々としており、目の前に立たれると視界が狭くなる。
「あ、どうもアリエルです」
一般的な女性であれば物怖じしそうな光景ではあるが、仮にも『牙』の入隊を認められた彼女だ。こんなもので臆することもない。
「私はクリストファー・ムーア。で、こっちがーー」
「ーーアーノルド・ジョーンズだ!」
紫髪、薄い桃色の目をしたの白人のクリストファーと、赤髪、鈍い黄色の瞳の黒人のアーノルド。彼らはどうにも仲が良さそうで、白人と黒人であるのだが人種による差別意識などと言ったものをカケラも感じない。
「お二人が!」
「おっ、俺ってば有名人なのか?」
ポリポリとアーノルドは指で頬を掻く。
「待て待て、アーノルド。お前だけではない。お二人と言ったのだから、当然私も入ってるに決まってるだろ?」
などと、二人は陽気に話し始めるが、そこにアリエルは疑問を差し込んだことで、二人の会話が中断される。
「元警官なんですよね?」
「ああ!」
「そうだとも。私が頭脳に優れたクリストファー」
「そして、俺が肉体派のアーノルド!」
アリエルの目には二人とも肉体派にしか見えないのだが、少なくともクリストファーは自称ではあるが頭脳に自信があるようだ。
「二人ともバカだろう?」
クリストファーとアーノルドの背後から見知った顔が現れる。
「フィリップ!」
深緑色の髪を揺らし現れた彼は溜息を吐きながら、自分よりも年上のはずの彼らに敬いを見せる事もなくそう告げた。
「お前! アーノルドは確かにそうかもしれんが、私は違うからな!」
「そうだぞ! 俺は馬鹿だがクリストファーは天才だからな!」
「……取り敢えず、歓迎パーティだからアリエルは好きに振る舞うといいさ。ピザもある、好きに食べると良い」
フィリップは二人の言い分を無視してアリエルに話しかけ、チラリとエマを見る。
「ほら、エマが寂しそうにしてる」
フィリップが指を指した先にはエマが立っている。
「あ……。エマ!」
エマが一人でテーブルに向かっているのを見て、彼女の方へと駆け寄りながら、アリエルは声をかけた。
「うん?」
エマが振り向けばリスのようにピザを頬張っているのが見える。
「ど、どうしたの?」
「オリバーには負けてられないから……」
エマの視線の先には、茶色の肌の比較的年齢の近そうな、空のような色をした髪の青年がピザを大量に食べているのが見える。
「食べないと無くなるよ?」
エマは首を傾げながらアリエルにピザを一切れ差し出してくる。
「まだたくさん残ってるから、そんなに慌てなくても大丈夫よ」
「ん、……ミア」
「口元に付いてる」
今しがた来た黒髪の白肌の女性はハンカチをポケットから取り出して汚れたエマの口元を拭っていく。
「あら? ……私はミア・ミッチェルよ。宜しくね」
「よろしくお願いします」
差し出された右手に、対応するためにアリエルは右手を伸ばして握り込む。
「ミアさん」
「ふふっ、エマと同じくらいだから、私の妹とも同じくらいかしらね」
茶色の瞳が細められる。
「妹が居るんですか?」
「ええ。一人だけどね」
「羨ましいです。私は一人っ子なので……」
「なら、お姉ちゃんと思っても良いのよ?」
「姉、ですか……?」
「ふふ、冗談よ」
笑って彼女は誤魔化した。
ミアはふんわりとした雰囲気を醸しており、話しているとどこか和やかな感覚がする。
「楽しそうだねー」
ミアと会話をしているとまた、白人の女性がやってくる。髪は肩のあたりで切り、その色は明るい茶色。瞳の色は鮮やかな青色をしており、妖艶さを感じさせる女性が立っていた。
「あ、シャーロットさん」
「うん。よろしくねー、アリエルさん。私はシャーロット・ロバーツだよ」
「は、はい」
握手を返すと、シャーロットはニコリと笑う。
「綺麗な顔だねー」
「い、いえ、シャーロットさんも」
「貴女みたいな娘に言われるとちょっと複雑だけどもさ」
「いえ、本当に綺麗だと思います!」
「そうですよ! シャーロットさん!」
「ちょ、ミアさんまで……」
照れくさいのか、シャーロットは頬を僅かに赤く染めて視線を逸らした。その所作がとても絵になる。
この歓迎パーティの中で、一人、ベルだけは彼女達の輪の中に入る事はしなかった。彼女は新入りであるアリエルの事を認めていなかったからだ。
「フン……」
ベルは鼻を鳴らして彼女達の団欒から視線を背けた。
「混ざらなくて良いんですかね?」
青年は手に持っているピザを口に運びながらベルに声をかける。
「オリバー……。ならアンタが混ざってきたら、どうだい?」
「あの中に男が混じる方が空気を読めてないでしょ。だから馬鹿なクリストファーさん達も今は声をかけてないんですよ」
オリバーの言った通りだ。
もしあの中に入っていくことが出来る男がいるのだとしたらよっぽど、空気の読めない男だ。クリストファーとアーノルドも流石に空気を読んでか、フィリップと一緒にピザを突いている。
「ベルさんは女性でしょ。混ざってきても文句は言われませんよ」
茶色の双眸がベルを捉えていた。
「……良いよ、アタシは。あの女のことは歓迎してないんだ」
「やっぱり、女が増えると不安ですか、副団長のこと」
オリバーの言葉が図星をついたのか、ベルの手がオリバーの頭を覆った。
「アタシを揶揄うんじゃないよ!」
「いだだだだだだっ!」
そして、こめかみを力強く指で押し込むとオリバーは悶絶する。ストレス発散も行われたのか、十秒程してからベルは右手を離した。
「と、取り敢えず、く、食えるうちに食っておかないと……」
立ち上がったオリバーは再び、執着があるのかピザを口に運ぶ。
『牙』で衣食住に困ると言ったことは大してないのだが、過去故か、食べ物は食べられるうちに食べておかなければならないという強迫観念めいたものが彼の、オリバー・ブラウンの心の内には存在していた。
『ヒヒッ、今日も食料は手に入った』
薄汚れた格好の青年、オリバーは店に入っては懐に商品を仕舞い込み、金も払わずに店を出る。
払うほどの金も無く、職を見つけることが出来なかったからだ。
その日もまた、彼は盗みに手を染めた。
親は居らず、居住もない。飯を食べる為には犯罪にも手を染めねばならない程にオリバーは困窮していた。
勿論、見つかれば蹴られる。
殴られはしない。
汚らしい黒色の肌には触れたくないという差別意識が白人達の間で強まっているからかもしれない。
オリバーは何度も目にしてきていたのだ。
『ちょろいよなぁ』
懐に仕舞い込んでいたパンを取り出して、ほくそ笑みオリバーは口に入れようとする。
『そこの君』
まずい、見られたか。
振り返ると立っていたのは白人の警察官だ。
なによりもまずいことになったかもしれない。よりにもよって白人。
オリバーは下手を打ってしまったことに内心で舌を打つ。
『君、そのパンは盗んだものだろう? ダメだ、ダメだなぁ』
にやにやとその警官は笑っている。
分かりきっている。その粘つくような笑いに反吐が出る。
『それで……?』
『はあ……、態度がなってない。物を盗んだらどうするべきか。ああ、それも分からないほどに君は無知なのか。教養が足りていないのか』
『何しても許してくれそうには見えませんが?』
オリバーが問い返すと、肯定するようにホルスターから拳銃を引き抜いた。随分と簡単に拳銃を抜き取る物だと放心してしまったが、そんな場合ではない。
物を盗ったのは確かだが、こんなことでもしなければ生きることすら困難であった。
だからといって認められる筈もない。しかし、物を盗んだというだけの理由で銃殺などオリバーとしても納得がいかない。
『少し待て』
死を覚悟しながらも、オリバーが認め難い運命に抗おうと決意した瞬間、警察官が手に握っていたオートマチックピストルが背後に現れた男によって取り上げられた。
『話は聞いていたが、銃を取り出すほどのことでもないだろう?』
プラチナブロンドの髪。五十代程の男がどこか威圧感を放ちながら、警察官の男を見ていた。
『君、名前は?』
少しの疑心を抱きながらも、名前を名乗る。
『……オリバー、オリバー・ブラウン』
じっと目が合わせられる。見定めるような目をしている。
『ーーふむ。……君さえ良ければなんだが、私と一緒に来るつもりはないかね?』
差し伸べられた大きな白い手。
今まで一度もオリバーはそんな男を見たことはなかった。白人ともなれば尚更に。
だから、簡潔に言って感動した。白人など誰も彼も同じだと思っていた。差別主義者のいけすかない者達ばかり。汚れると言って手を伸ばすことなどしないものだとばかり思っていたのだ。
『さて、彼は私の家族だが。一体幾ら払えば良いかな?』
オリバーは視線を上げて、男の目を見た。
どこまでも真っ直ぐな目をした男だ。だからこそ、この男にオリバーはついていく事を誓ったのだ。
彼から放たれる威圧に屈してか、遂に警官は銃を仕舞い込んでしまう。
『何で、俺を……』
オリバーが疑問を抱くのは当然だ。どうして自分を家族などと呼んだのか。一緒に来るように聞かれたのか。そもそも、どうして助けてくれたのか。多くの疑問が詰まった問い。
少年の問いに彼は真剣な面持ちで答えた。
ただ、彼の答えはどうにも理解ができなくて、オリバーはそれでも、彼の期待に応えなければならないと思ったのだ。
『別に大したことではないんだ。ただ、君のその目だ。その目はーー』
そして、彼は目を覚ます。
「はっ……!」
目を覚ました彼は腹が重たいことに気がついた。
「うげぇっ、苦しい……」
きっとピザの食べ過ぎだろう。
パーティー会場となっていた場所に彼は放置されていた。片付けも終わり、何もない場所に一人だけ。
「お、起こしてくれても良いじゃないか……」
愚痴を吐きながら、立ち上がり腹を押さえて自室に向かう。暗い廊下を歩く中で一人の男とすれ違った。
お互いの暗い肌は夜の中の廊下ではあまりよく見えなかったが、すぐに誰だかは気がついた。
「おっ、オリバー。起きたか!」
「アーノルドさん?」
「どうだ、これから訓練でも!」
「……クリストファーさんはどうしたんですか?」
「クリストファーとは既にやることになってる」
「なら、俺、要らないじゃないですか……」
「おうおう、そんなこと言うなよ」
馴れ馴れしくアーノルドは肩を組んでくる。
「ちょっと、本当にピザの食い過ぎで苦しいんですよ」
「動けば楽になるぜ!」
アーノルドは快活に笑って、右手でグッドサインを作る。
「いや、本当、今は勘弁してください」
アーノルドらの訓練に付き合って腹や背中に攻撃をもらった瞬間に全てを吐き出してしまう可能性がある。
「明日とかなら付き合いますから……」
「お、本当だな?」
「あの、別にフィリップさんでも良いでしょう?」
代わりの者を提案をすると、アーノルドは首を横に振る。
「それが見当たらねぇんだ。部屋に行っても鍵閉まってるしよ。蹴破るわけにもいかねぇだろ?」
「当たり前でしょうが」
逃げやがった。
などとオリバーは同室のフィリップに対し僅かながらに怒りが湧き上がるのを自覚する。
「取り敢えず、俺は休みますね。アンタらも程々にしといて下さいよ?」
「おう!」
廊下を別方向に歩いていき、フィリップの居る自室へと歩みを進めた。
「はあ、『強く正しき人の目』、ね……」
彼はふと、窓の外に広がる、無数の星が散りばめられた夜の空を見上げた。
「わかんねぇな。どう頑張ったって何の変哲もない、ただの俺の目だ」
彼の言う目がどんな目かはオリバーにはわからなかった。それでもマルコ・スミスという男の言葉であるのならば、オリバーにとっては信じる価値はあったのだ。
「どうも」
事件を起こした男はアスタゴの原住民であり、過去に白人たちによる差別を受け過酷な生活を余儀なくされていた。
とは言え、起こした事が事であったために情状酌量の余地などと言ったものはないだろう。
男を引き取りに来た警官はオスカーの姿を見ると敬礼をする。
警官が引き取るまで、オスカーにより捕縛された男は白人男性に蹴られるなどといった暴行を加えられていたためにか、体はボロボロだ。
全身は痣だらけで、もはやどちらが被害者か加害者なのか。いや、勿論痣だらけになってしまった彼は殺人を犯しているのだから加害者であるのは間違いない。
それでも、白人の男が何度も何度も蹴りつけると言う光景は見ていられた物ではなく、途中でアリエルが止めなければ更に長時間に渡り続いただろう。
嫌悪の表情を見せて舌打ちをした、その男の顔を電車内にいた人々は目にしていた。
気持ちの良い物ではなかったはずだ。
「ああ、『牙』のオスカーさんでしたか」
警察官のガタイのいい男は四十代ほどの見た目をしており、肌の色は原住民の肌の色を少し薄くした様な色をしている。
「クリストファーとアーノルドが世話になっております」
アリエルには聞き馴染みのない名前ではあったがオスカーはその名前を知っている様で「ああ」と、小さく頷いた。
「あの馬鹿どもは、ウチじゃ扱いにくいですからね」
警官の男は苦笑いを浮かべる。
「いや、良い働きをしてますよあの二人は。実に勇敢だ。警察官らしい」
オスカーの答えに一瞬だけ間が開くが、直ぐにそれを警官は笑い飛ばした。
「ハハハ! あの二人が? 勇敢? 大馬鹿、向こう見ずの間違いでしょう!」
彼は信じられないと思っているのか、それともオスカーのジョークだとでも思ったのか。
ただ、こんなことを話している場合ではないと思ったのか咳払いをすると、
「一先ず、協力感謝します。では」
と言って警官の男は犯人を連れて電車を降りて行った。
「あの、先程の警官さんは知り合いなんでしょうか?」
親交の深さを感じさせる様な会話をしていたからだろう。警官とオスカーの関係性が気になると言うのは仕方がなかった。
「まあ、あの人の部下だった奴が二人も『牙』の団員なんだ」
事実だけを簡潔に述べると、さらなる興味がアリエルの中に湧き上がる。
「その二人はどう言う人なんですか?」
「あー、あの二人か。……まあ、会えばわかる。取り敢えず悪い奴らではないさ」
誤魔化す様な答えを返してからオスカーは電車から降りてしまう。置いていかれない様にとアリエルはその背中を追いかけた。
「さあ、改めて。ようこそ『牙』へ。アリエル・アガター、私たちは歓迎しよう」
基地へ戻ると同時にそんな言葉をマルコからかけられ、二人の大男が手に持っていたクラッカーを鳴らした。
この光景を見て、アリエルの隣に立っていたオスカーは小さく笑う。
「おかえり、アリエル」
「……あ、ただいまエマ」
呆気に取られていたアリエルはエマの声によって意識を引き戻される。
「歓迎するぜ」
「お嬢ちゃん」
クラッカーを鳴らしていた二人の大男、黒人と白人の男性だ。どちらも筋骨隆々としており、目の前に立たれると視界が狭くなる。
「あ、どうもアリエルです」
一般的な女性であれば物怖じしそうな光景ではあるが、仮にも『牙』の入隊を認められた彼女だ。こんなもので臆することもない。
「私はクリストファー・ムーア。で、こっちがーー」
「ーーアーノルド・ジョーンズだ!」
紫髪、薄い桃色の目をしたの白人のクリストファーと、赤髪、鈍い黄色の瞳の黒人のアーノルド。彼らはどうにも仲が良さそうで、白人と黒人であるのだが人種による差別意識などと言ったものをカケラも感じない。
「お二人が!」
「おっ、俺ってば有名人なのか?」
ポリポリとアーノルドは指で頬を掻く。
「待て待て、アーノルド。お前だけではない。お二人と言ったのだから、当然私も入ってるに決まってるだろ?」
などと、二人は陽気に話し始めるが、そこにアリエルは疑問を差し込んだことで、二人の会話が中断される。
「元警官なんですよね?」
「ああ!」
「そうだとも。私が頭脳に優れたクリストファー」
「そして、俺が肉体派のアーノルド!」
アリエルの目には二人とも肉体派にしか見えないのだが、少なくともクリストファーは自称ではあるが頭脳に自信があるようだ。
「二人ともバカだろう?」
クリストファーとアーノルドの背後から見知った顔が現れる。
「フィリップ!」
深緑色の髪を揺らし現れた彼は溜息を吐きながら、自分よりも年上のはずの彼らに敬いを見せる事もなくそう告げた。
「お前! アーノルドは確かにそうかもしれんが、私は違うからな!」
「そうだぞ! 俺は馬鹿だがクリストファーは天才だからな!」
「……取り敢えず、歓迎パーティだからアリエルは好きに振る舞うといいさ。ピザもある、好きに食べると良い」
フィリップは二人の言い分を無視してアリエルに話しかけ、チラリとエマを見る。
「ほら、エマが寂しそうにしてる」
フィリップが指を指した先にはエマが立っている。
「あ……。エマ!」
エマが一人でテーブルに向かっているのを見て、彼女の方へと駆け寄りながら、アリエルは声をかけた。
「うん?」
エマが振り向けばリスのようにピザを頬張っているのが見える。
「ど、どうしたの?」
「オリバーには負けてられないから……」
エマの視線の先には、茶色の肌の比較的年齢の近そうな、空のような色をした髪の青年がピザを大量に食べているのが見える。
「食べないと無くなるよ?」
エマは首を傾げながらアリエルにピザを一切れ差し出してくる。
「まだたくさん残ってるから、そんなに慌てなくても大丈夫よ」
「ん、……ミア」
「口元に付いてる」
今しがた来た黒髪の白肌の女性はハンカチをポケットから取り出して汚れたエマの口元を拭っていく。
「あら? ……私はミア・ミッチェルよ。宜しくね」
「よろしくお願いします」
差し出された右手に、対応するためにアリエルは右手を伸ばして握り込む。
「ミアさん」
「ふふっ、エマと同じくらいだから、私の妹とも同じくらいかしらね」
茶色の瞳が細められる。
「妹が居るんですか?」
「ええ。一人だけどね」
「羨ましいです。私は一人っ子なので……」
「なら、お姉ちゃんと思っても良いのよ?」
「姉、ですか……?」
「ふふ、冗談よ」
笑って彼女は誤魔化した。
ミアはふんわりとした雰囲気を醸しており、話しているとどこか和やかな感覚がする。
「楽しそうだねー」
ミアと会話をしているとまた、白人の女性がやってくる。髪は肩のあたりで切り、その色は明るい茶色。瞳の色は鮮やかな青色をしており、妖艶さを感じさせる女性が立っていた。
「あ、シャーロットさん」
「うん。よろしくねー、アリエルさん。私はシャーロット・ロバーツだよ」
「は、はい」
握手を返すと、シャーロットはニコリと笑う。
「綺麗な顔だねー」
「い、いえ、シャーロットさんも」
「貴女みたいな娘に言われるとちょっと複雑だけどもさ」
「いえ、本当に綺麗だと思います!」
「そうですよ! シャーロットさん!」
「ちょ、ミアさんまで……」
照れくさいのか、シャーロットは頬を僅かに赤く染めて視線を逸らした。その所作がとても絵になる。
この歓迎パーティの中で、一人、ベルだけは彼女達の輪の中に入る事はしなかった。彼女は新入りであるアリエルの事を認めていなかったからだ。
「フン……」
ベルは鼻を鳴らして彼女達の団欒から視線を背けた。
「混ざらなくて良いんですかね?」
青年は手に持っているピザを口に運びながらベルに声をかける。
「オリバー……。ならアンタが混ざってきたら、どうだい?」
「あの中に男が混じる方が空気を読めてないでしょ。だから馬鹿なクリストファーさん達も今は声をかけてないんですよ」
オリバーの言った通りだ。
もしあの中に入っていくことが出来る男がいるのだとしたらよっぽど、空気の読めない男だ。クリストファーとアーノルドも流石に空気を読んでか、フィリップと一緒にピザを突いている。
「ベルさんは女性でしょ。混ざってきても文句は言われませんよ」
茶色の双眸がベルを捉えていた。
「……良いよ、アタシは。あの女のことは歓迎してないんだ」
「やっぱり、女が増えると不安ですか、副団長のこと」
オリバーの言葉が図星をついたのか、ベルの手がオリバーの頭を覆った。
「アタシを揶揄うんじゃないよ!」
「いだだだだだだっ!」
そして、こめかみを力強く指で押し込むとオリバーは悶絶する。ストレス発散も行われたのか、十秒程してからベルは右手を離した。
「と、取り敢えず、く、食えるうちに食っておかないと……」
立ち上がったオリバーは再び、執着があるのかピザを口に運ぶ。
『牙』で衣食住に困ると言ったことは大してないのだが、過去故か、食べ物は食べられるうちに食べておかなければならないという強迫観念めいたものが彼の、オリバー・ブラウンの心の内には存在していた。
『ヒヒッ、今日も食料は手に入った』
薄汚れた格好の青年、オリバーは店に入っては懐に商品を仕舞い込み、金も払わずに店を出る。
払うほどの金も無く、職を見つけることが出来なかったからだ。
その日もまた、彼は盗みに手を染めた。
親は居らず、居住もない。飯を食べる為には犯罪にも手を染めねばならない程にオリバーは困窮していた。
勿論、見つかれば蹴られる。
殴られはしない。
汚らしい黒色の肌には触れたくないという差別意識が白人達の間で強まっているからかもしれない。
オリバーは何度も目にしてきていたのだ。
『ちょろいよなぁ』
懐に仕舞い込んでいたパンを取り出して、ほくそ笑みオリバーは口に入れようとする。
『そこの君』
まずい、見られたか。
振り返ると立っていたのは白人の警察官だ。
なによりもまずいことになったかもしれない。よりにもよって白人。
オリバーは下手を打ってしまったことに内心で舌を打つ。
『君、そのパンは盗んだものだろう? ダメだ、ダメだなぁ』
にやにやとその警官は笑っている。
分かりきっている。その粘つくような笑いに反吐が出る。
『それで……?』
『はあ……、態度がなってない。物を盗んだらどうするべきか。ああ、それも分からないほどに君は無知なのか。教養が足りていないのか』
『何しても許してくれそうには見えませんが?』
オリバーが問い返すと、肯定するようにホルスターから拳銃を引き抜いた。随分と簡単に拳銃を抜き取る物だと放心してしまったが、そんな場合ではない。
物を盗ったのは確かだが、こんなことでもしなければ生きることすら困難であった。
だからといって認められる筈もない。しかし、物を盗んだというだけの理由で銃殺などオリバーとしても納得がいかない。
『少し待て』
死を覚悟しながらも、オリバーが認め難い運命に抗おうと決意した瞬間、警察官が手に握っていたオートマチックピストルが背後に現れた男によって取り上げられた。
『話は聞いていたが、銃を取り出すほどのことでもないだろう?』
プラチナブロンドの髪。五十代程の男がどこか威圧感を放ちながら、警察官の男を見ていた。
『君、名前は?』
少しの疑心を抱きながらも、名前を名乗る。
『……オリバー、オリバー・ブラウン』
じっと目が合わせられる。見定めるような目をしている。
『ーーふむ。……君さえ良ければなんだが、私と一緒に来るつもりはないかね?』
差し伸べられた大きな白い手。
今まで一度もオリバーはそんな男を見たことはなかった。白人ともなれば尚更に。
だから、簡潔に言って感動した。白人など誰も彼も同じだと思っていた。差別主義者のいけすかない者達ばかり。汚れると言って手を伸ばすことなどしないものだとばかり思っていたのだ。
『さて、彼は私の家族だが。一体幾ら払えば良いかな?』
オリバーは視線を上げて、男の目を見た。
どこまでも真っ直ぐな目をした男だ。だからこそ、この男にオリバーはついていく事を誓ったのだ。
彼から放たれる威圧に屈してか、遂に警官は銃を仕舞い込んでしまう。
『何で、俺を……』
オリバーが疑問を抱くのは当然だ。どうして自分を家族などと呼んだのか。一緒に来るように聞かれたのか。そもそも、どうして助けてくれたのか。多くの疑問が詰まった問い。
少年の問いに彼は真剣な面持ちで答えた。
ただ、彼の答えはどうにも理解ができなくて、オリバーはそれでも、彼の期待に応えなければならないと思ったのだ。
『別に大したことではないんだ。ただ、君のその目だ。その目はーー』
そして、彼は目を覚ます。
「はっ……!」
目を覚ました彼は腹が重たいことに気がついた。
「うげぇっ、苦しい……」
きっとピザの食べ過ぎだろう。
パーティー会場となっていた場所に彼は放置されていた。片付けも終わり、何もない場所に一人だけ。
「お、起こしてくれても良いじゃないか……」
愚痴を吐きながら、立ち上がり腹を押さえて自室に向かう。暗い廊下を歩く中で一人の男とすれ違った。
お互いの暗い肌は夜の中の廊下ではあまりよく見えなかったが、すぐに誰だかは気がついた。
「おっ、オリバー。起きたか!」
「アーノルドさん?」
「どうだ、これから訓練でも!」
「……クリストファーさんはどうしたんですか?」
「クリストファーとは既にやることになってる」
「なら、俺、要らないじゃないですか……」
「おうおう、そんなこと言うなよ」
馴れ馴れしくアーノルドは肩を組んでくる。
「ちょっと、本当にピザの食い過ぎで苦しいんですよ」
「動けば楽になるぜ!」
アーノルドは快活に笑って、右手でグッドサインを作る。
「いや、本当、今は勘弁してください」
アーノルドらの訓練に付き合って腹や背中に攻撃をもらった瞬間に全てを吐き出してしまう可能性がある。
「明日とかなら付き合いますから……」
「お、本当だな?」
「あの、別にフィリップさんでも良いでしょう?」
代わりの者を提案をすると、アーノルドは首を横に振る。
「それが見当たらねぇんだ。部屋に行っても鍵閉まってるしよ。蹴破るわけにもいかねぇだろ?」
「当たり前でしょうが」
逃げやがった。
などとオリバーは同室のフィリップに対し僅かながらに怒りが湧き上がるのを自覚する。
「取り敢えず、俺は休みますね。アンタらも程々にしといて下さいよ?」
「おう!」
廊下を別方向に歩いていき、フィリップの居る自室へと歩みを進めた。
「はあ、『強く正しき人の目』、ね……」
彼はふと、窓の外に広がる、無数の星が散りばめられた夜の空を見上げた。
「わかんねぇな。どう頑張ったって何の変哲もない、ただの俺の目だ」
彼の言う目がどんな目かはオリバーにはわからなかった。それでもマルコ・スミスという男の言葉であるのならば、オリバーにとっては信じる価値はあったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる