3 / 48
3 自衛官
しおりを挟む眩しかった視界が、徐々に収まり始める。
ゼンジは薄ら目を開けるが、ぼやけてよく分からない。
「…………おお!」
「成功したぞ!」
「やりましたな!これで我が国もようやく」
「しかし男ですぞ。聖女様ではないのでは…」
「もしや、勇者様!」
「勇者様を召喚したのか!?急ぎ国王様にお知らせしろ!」
どこか興奮した様子の声が聞こえる。
ゼンジは何度か目を擦り、ようやく視力が回復してきた。
周りを見回すと暗くてハッキリとは分からないが、石造りで出来た古い神殿のような建物の中だった。
等間隔の柱には、カンテラに火が灯されている。足元には、大きなサークルの中に六芒星が描かれ、線に沿って見たこともない文字や記号が描かれている。
いわゆる魔法陣。その中央にゼンジは立っていた。
六芒星の各頂点にはローブを纏った何者かが座っている。そして正面には先程の声の主たちが、安堵の表情をゼンジに向けていた。
よく見ると皆、北欧人のような顔をしている。
(言葉が分かったが、日本語?映画の撮影か?)
「ここはどこですか?」
ゼンジが質問をした途端、正面にいる男達の中から、初老の男性が声を上げて前に出た。
「おお!良くぞ我らの祈りに答えて下さいました。しばしお待ち下さい。間も無く国王様がお見えになります」
そう言うとゼンジに対して深く頭を下げた。
(やっぱり言葉は通じたみたいだな。しかし国王様?本当にここはどこなんだ?)
「はっ!?」
白い部屋と、女神の顔がフラッシュバックした。
(!?思い出した!そうだ!自分はビニール仮面と一緒に、黒の魔女を助けたんだ。そこに隕石が落ちて死んだんだ…確かここは異世界?ということは転移出来たのか?)
女神との会話を思い出し、自分の格好を見たが、以前と同じ私服を着ていた。
(格好は同じか…)
「ここは何処ですか?」
「ここはギャリバング王国です」
初老の男性が口にした言葉を、ゼンジは頭の中で反芻するが、記憶の何処にも無い名前だった。
「これは大変失礼しました。私は、宰相をしておりますロインと申します。略説しますと、ギャリバング王国とは、人間の王が収める国です。そしてナイナジーステラには、ルファーン大陸とアハトゥーム大陸の、2つの大陸が存在します。我が王国は、前者の大陸の中央に位置します」
「人間の王?ルフ…何ですか?」
ゼンジは、何度も目をパチクリと動かした。
「ルファーン大陸です。北には獣人の王が収める…いえ、この場では控えておきましょう。今、我が王国は、危機に直面しております」
「危機ですか?」
「はい。一年の間、雨が止まないのです。それにより食物は育たず、民は疲弊しきっておりギリギリの生活を送っております。そこに漬け込み、各国が攻め入っておりますが、なんとか防いでおるのが現状です。特に隣の大陸、アハトゥーム大陸からの侵攻に、頭を抱えております」
「戦争中って事ですか?」
「左様です。今までは勢力が等しく、均衡を保っていたのですが、謎の長雨に見舞われる我が国に、アハトゥーム大陸にあるキュベロン連邦が、ここぞとばかりに戦を仕掛けて来ました。現在、長雨による食糧難に対応中の我が国は防戦一方です」
「それで自分を召喚したのですか」
「実は、大変申し上げにくいのですが、我が王国の窮地を救ってくださる、聖女様を召喚する儀式を行っていました」
「聖女様…ですか?」
「はい。先日見慣れぬ吟遊詩人が詩を残して行ったのです。それは……
『双子の眉は 向かい合い 表が裏が 選り分ける
影より白き 箱の世に 現れ救う 紫叉の聖女』
……これは、今日の日を謳っていると我らは直ぐに悟りました。
双子の眉とは、赤と青の双月が三日月となる今日、紫叉(ししゃ)の日の事を表しているのでしょう」
(2つの月か。ゲームの世界にはありがちだな)
「そして、この召喚の間は、召喚の儀を行う6人の召喚士から、影が中央に伸び集まりますが、ご覧のとおり、勇者様の足元で重なり白く輝くのです。それが、影より白き箱の世でしょう」
「いや、勇者ってそんな…」
ゼンジは恥ずかしそうに頭をかいて下を向いた。
「本当だ…足元が光って影がない」
(いや待てよ。影より白き箱の世って、女神様の居た場所じゃないか?)
「ただ、現れたのは聖女様ではなく、勇者様でした…ですが!これで我々も、魔法国家キュベロン連邦に対抗する事ができます」
(魔法国家?そうだ!先ずは魔法の確認だ!)
会話の途中ではあるが、早る気持ちを抑えきれず、視線の先にあるカンテラの火を消そうと、手のひらを向けた。
しかしその時、肩まで伸びた金髪をオールバックにし、カイゼル髭を生やした50代であろうワイルドな男が歩いてきた。
「おお、勇者よ!突然召喚してすまない。ワシはこの国の王、アーノルド・フォン・ギャリバング8世である。説明はあらかたロインから聞いたと思う」
想像していた赤い服ではなく、黒をベースに金の刺繍を施した、シックな服装だ。よく見ると、目の下には隈があり、顔色も悪く疲れているように見える。
(まさか全てすっ飛ばして、勇者からのスタートか?そんなはずはない、自分は無職だ。どういうことだ?しかも召喚って女神様の趣向か?召喚されたテイで始まるんだな。了解!)
「召喚とはどういうことですか?自分は勇者なのでしょうか?」
ゼンジは、女神による転移の件は知らないフリをした。
「勿論だ。たった今、召喚の儀が成功したのだ。其方が此処におることが何よりの証拠」
アーノルド王は、ロイン宰相に目配せをした。
「勇者よ、我が国を救って欲しい。そこで早速だが、其方の実力を知るためにステータスの確認をしても良いか?」
アーノルド王は疲れた顔に笑顔を作り、嬉しそうに髭に触れている。
「確認とはどのようにすれば良いのでしょうか?」
「鑑定水晶を使用します」
初老の男性が説明を始めた。
「こちらの鑑定水晶に手を乗せて頂ければ、ステータスが投影されるのです」
「では早速鑑定してくれ」
アーノルド王は早く知りたいのか、急かすように言った。
(マズイな。自分は無職だ。ステータスを見られても良いのか?ダメだな。取りあえず断っとくか)
「了解。喜んで」
(!?断ったつもりが、思ってもいない言葉が出た!マズイ!)
「うむ。ロイン前へ」
「はっ」
ロインと呼ばれ、先程の初老の男性が鑑定水晶を持ち、ゼンジの前まで近寄った。
「これに手を乗せて下さい」
(はあ?何勝手に話を進めてるんだ?そんな事する訳ないだろ)
「了解」
(何ぃ!身体が勝手に反応する!)
ゼンジは鑑定水晶に右手を乗せた。
すると、鑑定水晶を覗き込むロイン宰相が、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「どうなのだ」
待ち切れないようにアーノルド王が聞いた。
「は、はい。申し上げます。この者、ゆ、勇者ではありません!」
ロイン宰相は当然そう答えた。
「何を馬鹿な!勇者で無いのであれば、一体何者なのだ?まさか聖女だとでも言うのか」
その場にいる全員が固まった。
(マズイ!無職がバレた!どうする!?)
「ジエイカンとなっております。」
「そうなんです!実は、自分は無職なんですが、これから転職して勇者に……えぇぇ~~~~っ!!!」
(女神様、こちら自衛官。
答礼を笑った事、絶対怒ってますよね?何かの間違いでは……ないですよね?どうぞ)
0
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる