自衛官×変身ヒーロー×呪われた姫=スキル制約

鹿

文字の大きさ
5 / 48

5 正当防衛

しおりを挟む

「悪く思うなよ。せめてもの情けだ」

騎士は、ゼンジの手を縛るロープを剣で切った。そして森の入り口へ消えて行った。

「イテテ……」

足の裏は血だらけで、左の顔は腫れ上がっている。
しかし痛みも忘れて、しばらくの間、その場に立ち尽くしていた。

『ガッチャン』

金属音が頭の中で響いたが、今はそんな事どうでも良かった。

ゼンジは思った。
夢と希望に浮かれていた、あの頃の自分に言ってやりたい。職業は勇者にしろと。

森には蛍のような光がフワフワと漂い、淡い光を放っていた。それは赤や青や緑等、様々な色の美しいものであった。

「綺麗だな……」

それがゼンジの腫れた頬に触れると、わずかに腫れが引いていく。そして怒りも。

「暖かい……」

ゼンジは空を見上げた。
その時、紫色の光が、まるで流れ星のようにゼンジに向かい降ってきた。

「うおっ!」

直前でかわすと、それは地面に伸びるゼンジの影に落ち霧散した。

「危なかった……今のは?」

影と重なり淡く輝く残光が、アーノルド王を思い起こさせた。

「どうしてこんな事に……」

消えかけていた怒りの火種が、次第に大きくなり始めた。

青い光がゼンジの頬に触れる。

しかし、ゼンジは気付かない。
怒りで我を失っていた。

「くそっ!なんだこの世界は!」

美しい光たちが、ゼンジから離れるように距離を取った。

「ふざけるな!」

怒鳴り声に合わせ、ゼンジの影が紫色に禍々しい光を放った。

周囲の美しい光が、慌てるように飛び交い始める。

「アーノルド王!絶対に許さない!」

光はゼンジの体中を、そして影にまで触れるが、それでも気付かない。

「ギルダーツの野郎ぉぉ!」

ゼンジの心を表すように、影が歪に伸びていく。

「殺してや…」

その時、心臓が大きく脈を打った。

「コ・ロ・ス……」

破裂音のような心音と共に、視界が狭窄し意識が遠のいた。

「コロス………コロス……コロス…」

遠のく意識の中、ゼンジは自分が口走る言葉により我に帰った。

「ダメだ!何を言ってるんだ。自分は自衛官だ!国民の命を守る使命がある。この世界でもそれは変わらない!」

気付くと周囲の美しい光は消え失せていた。
それだけではなく、地面はえぐれており、木が何本も倒れていた。

「雷でもおちたのか?」

ゼンジは自分の体を確認するが、何の異常もなかった。

「はぁ。何なんだよ……異世界…それなのに職業…自衛官」

もう一度ステータスの確認をしてみる。

「ステータスオープン…」

上官の命令に服従する義務が消えていた。

「所属する場所がなくなったから、上官の命令に服従する義務が消えたのか…」

ゼンジはボソリと呟いた。

「しかし、ステータスがあるなんて本当にゲームみたいだ。HPはヒットポイントで、これが0になるとアウトだな。9って事は死ぬ寸前じゃないか…MPはMAXある。これはマジックポイントで、魔法が使えるんだろ?10あるってことは魔法を覚えたら使えるのか?」

ステータスウインドウを、ぼんやりと眺めているとスキル欄に、迷彩戦闘服がある事に気が付いた。

「これはもしかして!でも何処にあるんだ?一体どうすれば…」

ゼンジは取り敢えず声に出してみる事にした。

「迷彩戦闘服」

すると目の前に、綺麗に畳まれた緑色の迷彩戦闘服の上下と帽子、皮の手袋、半長靴が現れた。

「助かった!陸自用だ」

周囲を警戒しつつ、迷彩戦闘服を装備した。

左腕にはマジックテープで、日の丸のワッペンが付いていた。

「ふぅ~これで何とかなりそうだ…」

ほっと一息つくと、腹の虫が主張した。

「腹減った…こんな時でも腹は減るんだな」

その時、左の藪の中から枝が折れる、乾いた音が響いた。

ゼンジは心臓が跳ねたのと同時に、音の鳴った方を凝視した。

それは雨の中、稲光に照らされて、不気味に笑いながらゼンジを見ていた。

(人!?)

しかしよく見ると子供ぐらいの身長で、体の色は緑色。人間にしては気持ち悪い顔をしている。そして耳と鼻は尖っていた。

(ま、まさか、あれはゴブリンじゃないか?ゲームの序盤に出てくる奴だろ?言葉は通じるのか?)

ゼンジの知る、ゴブリンに良く似た特徴を持つ緑の小人が、ゆっくりと目を細め、値踏みするかのように、足の先から頭まで舐めるように見ている。

『ゲギャギャギャ』

目が合うと牙を剥き出し、気味の悪い笑い声をあげた。そして、錆びついたショートソードを振り回しながら走りだした。

「うわぁー!何だ!来るな、止まれ!」

ゼンジの静止も聞かず、直前でジャンプしてショートソードを振り下ろす。
それを、咄嗟に左へ転がってかわした。

『ゲギャ』

「おいおいちょっと待て!言語理解はモンスターには通じないのか!?何言ってるかわからん!」

辺りを見回すと、木の枝が転がっていた。手元にあるそれを拾い立ち上がった。

ゴブリンは、おちょくるようにその場で何度も飛び跳ねている。

「ハァハァ。こっちに来るなよ」

その言葉が合図となり、武器を振り回しながらゼンジへ向けて走り出した。
それを見たゼンジも、木の枝を正面に構えた。

『ゲギャッ』

短くそう鳴くと、再びジャンプをして武器を振り下ろした。
タイミング良く木の枝で弾いたが、剣に枝が敵う訳がなく、例外なく折れてしまった。

「クソッ!ゴブリンのくせに!」

バックステップで距離を取って辺りを探すが、近くに武器になるようなものはない。

「ハァハァ。足の裏が痛い…そうだ。スキルがあった。警棒!」

そう叫んだが武器は出てこない。

「警棒、警棒、警棒ぉ~!」

やはり何も起こらない。

『ゲギャ~』

ゴブリンは飛び跳ねて喜んでいる。

「何でだよ!迷彩戦闘服は出てきたのに!まさか、スキルは一つずつなのか!?」

そして、ゴブリンは飛び跳ねるのをやめて、武器を振り回しながら、再び走り出した。

「ヤバイ、警棒!」

右手を前で構えるようにして、声を出したが警棒は現れなかった。

「やめろ!」

迫り来るショートソードを、無我夢中で右腕で弾くと激痛が走った。

「ぐっ!痛ぇ!こんなのまともに食らったら、一撃で死んじまうぞ!」

ショートソードの横っ腹を、上手くはじく事が出来たが、それでも刃の部分にも触れていた。しかし錆びていたため、痛みはあるが血はそれ程出なかった。

『ガチャッ』

その時、城で聞こえた音が頭の中で響いた。

(今の音は…これはもしかして!)

「警棒!」

今度こそ、目の前に出した右手に警棒が現れた。
ゼンジは警棒をホルダーから取り外し、力一杯振りジャキンと音を立てて伸ばした。
それから警棒を中段に構えた。

「ちょっと待ってくれ!」

しかしゴブリンは飛び掛かって来た。

「待てって言っただろっ!」

警棒を、空中にいるゴブリンの胴体目掛け、横薙ぎに振り抜いた。

脇腹にクリーンヒットさせると、ゴブリンは吹き飛び木に当たって地面に落ちた。

『ゲゲゲギャ』

腹を抑えて転げ回っている。
それを見て、すかさずステータスの確認を行った。

「ステータスオープン……」

ウィンドウをよく見ると、スキルの横に南京錠のアイコンがあり、それが開錠されている。そして自衛官の誇りの欄には、正当防衛と表示されていた。

「正当防衛!」

(やっぱりそうだ。あの音は鍵が外れた合図。ゴブリンに危害を加えられ、正当防衛が成立したから、攻撃系のスキルが使えるようになったんだな?)

ゴブリンは立ち上がり、憎らしそうに睨んでいる。
そして、ゼンジが足を一歩出した途端に、ショートソードを投げた。

「嘘だろ!」

ゼンジは左腕を前に出し、盾を構える態勢を取った。

「大楯!出てくれ!」

悲鳴に似た叫び声を上げた。
するとゼンジの目の前に、長方形の覗き穴がある、真っ黒な大楯が現れた。

「良し出た!」

すかさず大楯の持ち手を握りしめ、体に寄せて地面に固定する。
それは飛んで来たショートソードを弾き飛ばした。

覗き穴から見えるゴブリンは、明らかに狼狽えている。

「完全に殺す気じゃないか!」

武器を持っていない今がチャンス。
ゼンジは大盾を手放し、ゴブリンに向かって駆け出した。
そして警棒を思い切り振り下ろす。

『ゲギャッ』

それを最後に、ゴブリンは動かなくなった。

「ハァハァ。いたたっ。スキルの説明くらいしてくれよ」

こちらの世界へ来て、初めてのモンスターとの戦いであった。

こうしてゼンジの、縛りがエグい異世界行軍が始まった。


(女神様こちら自衛官。
やっぱり怒ってますね。モンスター相手に正当防衛とか、いらないでしょ……どうぞ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

処理中です...