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22 蚊とカブトムシと鳥
しおりを挟む「護衛はしますが、一つ条件があります。自分の能力を口外しないでもらえますか?」
ゼンジはテープルから貰った、硬いパンをかじりながら言った。
「勿論です。ハウンドドッグの皆さんと、リオさんもそれで良いですか?」
ハウンドドッグの三人が頷いた後、うつ伏せから解放されたゴードンが答えた。
「俺たちも当然、他言はしない」
「……」
リオもコクンと頭を下げ、続いてゼンジも軽く頭を下げた。
「有難う助かります。ところで、村まではどれくらいで着くんですか?」
「そうですねぇ。順調に行けば、今日中には着くのではないでしょうか」
「了解。それと、人数はこれで全員ですか?」
「全員です…今回Dランク冒険者八名を含めた、二十名に護衛を依頼したのですが、ここに残った五名以外は…マンティコアに…」
「そうですか…でも何故マンティコアの森に入ったのですか?」
「実はこの囁きの森に入る予定は無かったのです。通常であれば、ここより東にある街道を通るはずでした」
「通常であれば?」
「そうです。私たちは隣村まで仕入れに行く必要があり、行きはその街道を通り町まで行きました。
しかし商品を仕入れて、いざ帰ろうとしたところ、行きには無かったモンスターの残骸が続いていたので、不審に思い偵察を出しました。
偵察の報告によると、街道の真ん中で二匹のワイバーンが道を塞いでいるとのことでした」
「ワイバーンって何だ?」
ゼンジは再び小声でメロンに聞いた。
『小型のドラゴンだよ』
メロンも小声で答えた。
「ワイバーンが?ワイバーンの生息地は、山岳地帯のはずですが?」
ポーラがすかさず問いただした。
「そうなんです。何故ワイバーンが平地に、しかも二匹もいるのか。理由は幾つか考えられます。餌が無くなって探しに来た。脅威から逃れてきた。つがいで出産の準備をしている。単に降りてきただけ。他にも考えられますが、どれも憶測なので詳細は分かりません」
ゼンジとポーラは顔を合わせ小声で話した。
「脅威だな…」
「脅威ですね…」
二人はブラックドラゴンを思い出していた。
「街道は森に挟まれています。反対の東側にも森があるのですが、そこは虫系のモンスターが溢れる、蠢きの森です。
東か西か迷った挙句、どちらの森もEランク冒険者には厳しいという、Dランク冒険者からの提案もあり、一度町へと引き返しました。
ギルドでDランク冒険者を更に四人と、丁度そこに居合わせた奴隷商の友人から、金貨一枚で十日間リオさんを借りる契約をして、西側にあるこの囁きの森に入ることにしました」
「彼女はその町で雇ったんですね」
「そうです…当初、出くわすモンスターはゴブリン一、二匹だったので、冒険者の方々が対処してくれていました。予想よりもゴブリンが少なく感じました。しかし原因は直ぐに分かりました。一匹のオークが、大勢のゴブリンと戦っていたのです。私たちは好機と思い、気づかれない様に通過しました」
「ゴブリンとオークは、縄張り争いでもしてたんですか?」
「それは分かりません。そもそもこの森には、オークはいないはずです。ただ、ゴブリンが少ないのは良かったのですが、普段より静かな森では、私たちの馬車の音はかえって大きく、マンティコアに遭遇する確率が増えてしまいました」
「これだけの大所帯だと目立ちますからね」
ゼンジは六台の幌馬車を見回した。
「ええ。案の定マンティコアに遭遇しました。冒険者の方が手こずっている間に、次第に数が増え始め、三匹を超えたところで、Dランクの冒険者が一人また一人と倒れていきました。
最終的にはリオさんの結界で、一時的に難を逃れましたが、それもMPが切れるまでの時間稼ぎ。
死が目前まで迫っていた所をゼンジ殿に助けて頂いた次第です。結果的にリオさんを借りて良かった」
「そもそもどうして引き返さなかったんですか?」
「私たちは積荷を、一刻も早く町に持ち帰らなければならないのです……」
そこまで話すとテープルは下を向き、言葉を詰まらせた。
「ウォ~ン続きは俺が話そう」
ノックが神妙な面持ちで話し始めた。
「町は今、かなり危険な状態なんだ……」
「どう言うことだ?」
「俺たちの町は蠢きの森に面しているんだが、本来町の中には決してモンスターは入って来ないんだ。しかし、何が起きたのか分からないが、今はモンスターで溢れかえっている」
「虫が森から出てきたのか?」
「そうだ。普段は絶対に蠢きの森から出て来るはずのない、バルーンモスキートが発生してるんだ。
このモンスターは普段、トマトビートルというモンスターの体液を主食としている。そしてトマトビートルは森の中心にある、湖の畔に生息している。
だからバルーンモスキートも同様に、湖から離れないはずなんだ。
森の中で何かが起きてるとしか考えられない。今思えばワイバーンもその前兆なのかもしれないな」
「森を調査したのか?」
「ウォ~ンとんでもない!あそこの森は虫系のモンスターがウジャウジャいるんだぞ。キモいだろ!」
「は?そんな理由?」
「重大な事だ!俺たち獣人は虫が大嫌いなんだよ!特にオオノミ!あれはダメだ!見た目もキモいし、取りつかれると痒くてたまらないんだよ!取りつかれたらどうするんだ!」
「自分に怒っても意味ないだろ!だったら何でその森の近くに住んでるんだよ!」
「それは俺たちの町と、森の境目に育つ、黄金のマタタビのためだ。
ウォ~ンあれは最高に旨いんだ!しかも虫どもは、黄金のマタタビが苦手で近寄りもしない。所詮虫!あの芳醇な香りが分からないんだ」
「お前は猫か!!」
「特にあれで作った酒は格別だぞ」
「その話はもう良いよ!つまり自分がバルーンモスキートを駆除すればいいんだな?」
「無理だ」
「そんなに強いのか?」
ノックは首を横に振った。
「どちらもFランクだ」
「もしかしたら、大量発生してるとか?」
ノックは再び首を振った。
「バルーンモスキートは弱くて、普段は大人しいモンスターなんだ。しかし危険を感じると、大きく膨らんだ体を萎ませる。それと同時に大量の毒を噴き出すんだよ。
その毒を吸うと、トマトビートルのように体が赤くなってしまう。そして赤くなったやつから、バルーンモスキートは血を吸い始めるようになるんだ」
「攻撃出来ないのか?」
「そうだ。血を吸われても動く事が出来ない。ウォ~ン何故なら、攻撃すると毒を吐き出すから身動きが取れないんだよ」
「赤くなった人たちはどうなるんだ?」
「どうもならない。ただ赤くなるだけだ。だが、血を吸われ続けると、徐々に弱り死に至る」
「だったら赤くなるのを覚悟の上で、全員で攻撃すれば全滅させる事が出来るんじゃないのか?その後解毒すればいいんだろ?」
「ウォ~ン。一つ忘れていた。毒を吸うと動きが遅くなる。麻痺の軽いやつだが、バルーンモスキートよりも遅くなるから、攻撃が当たらなくなってしまう」
「なんだそりゃ!手出し出来ないじゃないか!」
「ウォ~ンさっきからそう言ってるだろ!だから毒を吸ってない俺たちは、解毒薬を大量に仕入れる必要があったんだ。急いで戻らないと手遅れになってしまう」
「なる程、解毒薬を飲みながら攻撃して、全滅させるんだな?」
「違う。死にそうな者を治療するんだ。薬が無くなったら、また護衛として仕入れに同行する。それしか方法がないんだよ……」
「全滅させた方が早いだろ」
「それは出来ない。均衡が崩れるのさ……
トマトビートルにはレッドイーターという天敵がいるんだ。しかしこの鳥は毒に弱いから、バルーンモスキートを避けて捕食している。
だからトマトビートルには体液を吸われても、間接的に守ってくれるバルーンモスキートが必要なんだ。つまり、バルーンモスキートを全滅させてしまうと、赤くなった人間をレッドイーターが襲い始める。
こいつの強さはマンティコア級だ。そいつらが群れで上空から狙っている。俺たちはもう、バルーンモスキートと共存するしか他に道がないんだ。
既に八方塞がりなんだよ……」
「……状況は分かった。町に向かいながら解決策を考えよう」
「ウォ~ン。すまん。だが解決策など無いのは分かってる。解毒薬を届ける事だけでもしたいんだ…」
食事の前とは打って変わって、雰囲気が悪くなってしまった。
話を終えた一行は、無言のまま町へ向かい始めた。
(女神様、こちら自衛官、
蚊とカブトムシと鳥。謎の三すくみ、何が何だか分かりません。どうぞ)
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