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47、チヅカ入学

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47、チヅカ入学


オレは雰囲気を大切にする。
なぜなら青春は返っては来ないのだからだ!
一瞬一瞬が本気!
後悔するならやるんじゃねえの精神!
緻密かつ精密なパスがオレのモットー!
ワンチャンスを生かすために100の努力を惜しまない男だ!
チヅカ ナツト そのための春到来!
すでに暑い4月、総天然芝のグラウンドに目を奪われた。   
ここがオレのホームになるんだ。
・・・超勉強したもんオレ・・・
思い出すのもイヤになる程ツライ復習(勉強)の日々だった・・・
とっくに推薦入学が決まってたのに・・・それを無理矢理受験に変えて・・・
一次方程式からやり直し・・・めっちゃツラカッタ・・・
思わず潤みそうになる目を上に向けた。
これでも4月なのかという太陽光線を浴びて、一瞬で目が乾いた。
がんばった。本当にがんばった。
だけど。
受験に受かった後で、やり遂げた後から不安が押し寄せた。
オレはなによりワタヌキタツトのいる学校へ入学した!
その事は誰に言っても納得させることが出来る理由だった。
だけど。
そんな理由、理由になんか本当はならないんだ。
憧れる選手がいるのは普通に普通のことだと思う。
けど。
上を目指す人間は、近くばっか見てちゃダメな気しない?
はるか彼方をオレは見上げながら走りたい。
そんで、その理想すら追いついて追い越していきたい。
それが野望ってもんデショ?
ワタヌキタツトのすごさを見くびってるとかそういうんじゃないんだけど・・・
むしろ、近くで見たらダメな気もする。
残酷な現実ってやつ?
「チヅカ」
「ハセちゃん」
呼んだのは同じ1年のハセガワワタル。もちろんサッカー部。
金茶のおかっぱ頭で目は一重。結構がたいいいからあからさま強そうに見える。
「メシ食ったの?」
ハセちゃんはオレがぶら下げてたスティッチのお弁当袋を指差して聞いてきた。
「まだ。ハセちゃんは?」
「オレ3時間目終わって食っちった」
「オレのはやらねえぞ・・・」
「とらねえよっつーか・・まだおにぎり一個ある。さっき買ってきた」
不適な笑顔だ。
とりあえず、二人でグラウンドの隅っこの日陰でメシを食う事にした。
「もしかして」
ハセちゃんが聞いてくる。
「ボール蹴りに来た?」
不適な笑みだ。
「そりゃ・・・もう1日蹴ってたいし・・・」
不適な笑みが満面の笑みに変わった。
「オレも~!もう授業とかいいっつーの!1日部活にしてくんねえかな~」
ハセちゃんも相当サッカー小僧だ。
「受験終わったしやっと自由の身だよ~。早く試合して~!」
「オレはワタヌキタツトと試合したい」
「いいね~!オレもマッチアップしてみて~!ってオレらそれなんか間違ってね?」
笑ってオレも気づいた。
「間違ってる間違ってる!」
同じチームになったっちゅーのに、なに敵視してんだっちゅーのな(笑)
だったらココに来る必要はなかったんだ。
と、はっきし言えたら、結構かっこいいんだけど・・・。
オレには第二の目的が・・・野望があったんだ。
後悔しないオレが、不安を抱えるくらいヤバイ野望だ。
止まる事をうっかり忘れてオレは走って来ちまったけど・・・、それがサッカー小僧の血だっていうなら受け入れざるを得ないけど。
それでも、オレは誰にも言えない秘密を持ってココへ来てしまったんだ。
グラウンドを見る。
遠くまで続く緑。
ここから、オレはどうなってくんだろう。
どんな未来が待ってんだろう。
モリヤナギはどんな男だろう。
日々膨らむ期待と落胆。
オレは自分がココへ来た理由をなくしてしまいそうになってる。
コイゴガレタ男。
それはある意味ワタヌキタツトにも言える事だけど、明らかにモリヤナギに使うのとは違う意味だ。
オレは、モリヤナギに会いたくて、ただ会いたくて会ってみたくて、理由なんか後からつけて、とにかく今日まで来た。
入部してから2週間、まだ一度もモリヤナギにコンタクトを取れていなかった。
ただ。
目の前にあんたを見て、あの『ヒト』と同じヒトなのかと本気で疑問に思った。
オレが見たのは幻なんかじゃない、けど、こんな男らしいヒトがあの『ヒト』と同一人物だとはだんだん信じられなくなってきてる。
でも見間違うはずなんかない。オレ視力2.0。
あんただった。あれはあんただった。
オレに訳分かんない気持ち沸かせたあんただ。
けど、目の前で見たモリヤ先輩は、すげえクールでクスリとも笑わない。
長めだった髪が短くなってて普通にカッコいいヒトだった。
どっから見たって硬派なスポーツマン。
オレはスタメン選ばれたのに5分で交代させられた選手みたいな気分。
いや。
例え、あんたがオレの思ってた男じゃなくたって、どうだっていいんだ。
だってオレはココで有意義に過ごす自信はいくらだってあるんだ。
いい学校だし、ワタヌキタツトはいるし、監督だってすごい指導者だし。
なのに、なんか割り切れない。
オレはどうしたかったんだっけ。
モリヤナギを見つけて、そんで?
目の前にいるってのに、次なにやるのかわかんない新人のバイトみたい。
「チヅカー」
どっからかボール持って来たハセちゃんがオレをグラウンドに誘う。
最後のからあげを口に入れてオレは軽くかけた。
ハセちゃんからパスされたボールを思いっきり蹴る。
それだけで。
気分はスカっと晴れた。
「1年か」
声に振り返ると、ワタヌキタツトが居た。
「先輩!一緒やりましょうよ!」
ハセちゃんが軽く声をかける。
ハセちゃんのすごいとこだ。
「あ~・・あとでな」
軽く手で制されて、ハセちゃんは、絶対ですよ~!?って叫んだ。
それからワタヌキタツトは部室の中へと入って行った。
オレ達は遠距離のパスパスしてた。
ハセちゃんのパスがオレの頭上を超える。
「わりー!」
手をあげるハセちゃんにオレも手をあげて、
「ヘタクソー!」
って言ってやったら、ハセちゃんはオレに薬指オッ立てて見せてきた。
笑っちゃったけど、笑えないみたいな。
で、ボール追っかけてったら。
無言でボールが戻って来た。
そこにはモリヤナギが居た。
無言で行こうとするモリヤナギにオレは慌ててお礼を言った。
そしたら
「ナギ」
って声が。
そっち向くと、ワタヌキタツトが雑誌片手に手振ってる。
ココロナシか・・・笑顔で。
で、モリヤナギの顔見ると、すげえイヤそうな顔してた・・・。
眉間にシワ、いったい何の用デスカ!?みたいな表情。
何の・・・本でも貸すとかそういうのかな・・・?
でも、それだったら普通お礼言うとこのハズなのに・・・っていうか、このヒト本当強いよ・・・相手は3年であのワタヌキタツトだっていうのに・・この顔だ。
何がそんなイヤなんだろ・・・・・・
と、オレに一つの仮説が浮かんだ。
この二人ってもしかして・・・恋人とか何でもなくて・・・ただ単に・・・ワタヌキタツトの好き勝手にされてるだけの後輩とかって関係!?
この時オレの中に。
訳の分からない光がさした。
それに胸中ガッツポーズするオレ!
意味分かんないけど、あとで考えればいいや。
返事も返さず、モリヤナギがワタヌキタツトの方へと歩いて行った。
オレは大丈夫なのかな・・・ってヒヤヒヤドキドキなのに、オレの背後からは、ハセちゃんが早くパスくれ~ってうだってる。
オレは少しボール転がしながら、横目で二人を観察した。
声がちょっと聞こえた。
「1年だろ・・別に」(ワタヌキタツト)
「あんたは目立つんだから・・」(モリヤナギ)
「それとも・・・・」(ワタヌキタツト)
「マジぶっコロス」(モリヤナギ)
の発言にオレは振り返る。
ケンカになった!って思った。
けど、めっちゃ笑ってるモリヤ先輩とワタヌキタツトが壁に寄りかかって座ってるだけだった。
「チヅカ!!」
ハセちゃんの声に、前を向くと、目の前が真っ暗になった。
ナンダヨ・・・ワラッテルシ・・・スゲエワラッテルシ・・・チキショ・・・
「チヅカ大丈夫か!?」
「動かすな。脳しんとうだろ」
目の前にワタヌキタツトとモリヤ先輩。
「モリヤ先輩・・・」
「ん?」
思わず口にしてた。
ずっと呼びたかったんだ。
先輩って。
遠巻きに呼び捨てでウワサしてるみたいんじゃなくて、オレは・・・。
ちゃんと、ココに存在して、あんたにも・・・モリヤ先輩にも認められたくて・・・だから。
だから、モリヤ先輩から見てもらえるココに来たんだ。
先輩の視界に入るために・・・・。
「タオル取って来る」
モリヤ先輩がオレの視界から出てく。
超かっちょわりー。
オレってば涙。
でもオレがんばったんだよ・・・。
ほんと・・・。
先輩って呼びたくて。
ずっと、機会のがしてて、やっとだった。
オレはココから始まれる。
やっとスタートなんだ。
そう思ったら涙出た。
「そんな痛かったのか、オレのキック・・・」
ハセちゃんが微妙に嬉しそうな顔をしてるのが滲んで見えた。
(ちがうから)



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