センパイ2

ジャム

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38、ガンバレ、ツヅキ

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38、ガンバレ、ツヅキ

こげ茶のブレザーに下は黒とグレーの千鳥格子。

上稜高校の制服に身を包んだ一人の武士がいる。

武士と言っても本当の武士ではない。

なぜなら武士(オットコマエ)の名前はツヅキタカヒサだからだ。

なぜ武士(オットコマエ)なのか。

それは、ツヅキの忍ぶ恋に因る。


ツヅキの一日はささやかな食パンから始まる。

制服のYシャツにきっちり締めた緑のタイに銀縁メガネ、

黒髪短髪の優等生姿で母親の邪魔にならないようにキッチンに入る。

自分でインスタントのコーヒーをカップに入れ、牛乳を注ぎそこへ熱いお湯を半分。

手際良く食パンにマーガリンとマヨネーズを塗り、母親が焼いておいてくれていた卵をパンにのせる。

それをトースターで3分。

どういう原理か知らないが、トースターは一度6まで回して3に戻す。なんのこっちゃ。

パンが焼けるまでカフェオレをすする。

と、寝起き激悪の姉の登場。

「ちょっとどいてよ!デカ足!」

「イッ・・・テ!!」

彼女はワザとツヅキの足を踏みつけてからツヅキの用意した皿もカップも押しのけ、

コーヒーを作る場所を確保。

そしてブラックで一気。

「ごちそうさま~~」

洗っといてとばかりに流しへカップを置き去りにサッサとキッチンから出て行く。

「自分で洗えよ!」

・・・と心の中で叫んで、それを軽くゆすいでから洗うツヅキ。

「タカヒサ、お父さん起こしてきて」

口調が朝の忙しさにピリピリの母親の声に、仕方なく従うツヅキ。

「父さん!起きろよ!」

寝室のベッドには頭から布団を被った父親。

姉の寝起きが悪いのはこの父親ゆずりだろう。
蹴り落としてやろうかと思う気持ちを抑え、地道に父親の肩をゆすり続け、

ギロリと(コロスぞこの野郎・・・)な視線で睨まれてやっとツヅキはキッチンへと戻る。

そこにはすっかり冷めたトーストが皿に乗っていた。

ささやかな朝食を二つ折にしてモグモグと胃へ流し込んでやっと登校だ。


そんなツヅキの楽しみと言えば、電車だ。

学校へ行くには少し早め、に家を出て電車を待つ。

いや。

モリヤを待つ。

バカな話だが、ただ姿が見れるだけで嬉しい。

目が合うだけでしあわせだ。

そんな彼の楽しみが今日に限って現れなかった。

そんなときは。

そう、ドーーーンと暗くなる。

なぜなら、モリヤが朝ここから登校しないということは。それは。

ワタヌキの家から登校するということだからだ。

(平日にお泊りすんなよ・・・!!)・・・と心で叫ぶツヅキ。

しかし武士なツヅキはそんな事はおくびも出さず。

背筋を伸ばし遅刻ギリギリの電車の最後尾へと並ぶ。

軽く知り合いに挨拶して乗り込んだそのドアのギリギリに立つと、必ず駆け込み乗車にあう。

背中にドンと衝撃を受けて、ツヅキの目じりが吊り上った。

(一発食らわしたろか・・・)

チラと見ると同時に肘を引いた。

「あ・・れツヅキ・・・?」

ツヅキの背中と電車のドアの間に、息を切らすモリヤがいた。

「モリヤ・・・!!!」

あまりの衝撃に思わず顔を戻した。

ピッタリとツヅキの背中に抱きつくようにモリヤがいる。

全神経が背中へと集中する。

感覚の全てを駆使してモリヤを感じとらなければとツヅキの脊髄神経がヒートアップした。

(チクショーーーーー!!!なんであっち向きに乗らなかったんだよオレ!!!)

死ぬ程の後悔をしながら、心境はチカンだ。

なんとかモリヤに触りたい!その一心で眼鏡を触ったり、髪をかきあげたり、背中を動かしたり。

だが、そんな気持ちはおくびにも出さず視線もくれずに向こうのドアを見つめるツヅキ。

密着している背中が熱くなってくる。(満員電車なので背中以外ももちろん熱い)

(うわ・・すげぇーしあわせ・・・)

思わず溜息が出てしまうツヅキ。

だが、そんな幸せも長くは続かないのがツヅキのサダメ。

駅3つ目。

両手をポケットへ突っ込み気だるそうにドアの前に立つ男が居た。

「センパイ」

ホッとしたようなモリヤの声。

「すげ・・・よく乗ってられるな」

と言いつつ乗り込んでくるワタヌキタツト!

「センパイが電車で行こうって言うから・・・」

「ん?ツヅキじゃねえの?」

再び押し込まれた車内で、しかも自分の背中に密着したモリヤが今は向こう向きでワタヌキと向かい合っている。

(気づかれたくなかった・・・)舞台の袖まで行ってスタッフに取り押さえられた感じだ。

「チャリはどうしたんだよ」

「昨日雨だったからガッコに置いてきた。ナギ後ろにチカンがいるから気つけろ」

「あはは」

モリヤの笑う声に、いやワタヌキの発言に振り返ろうとしたときだった。

オレの背中とモリヤの背中の間に無理矢理に腕が差し込まれる。

そして心なしか背中の負担が軽減する。

見るまでもない。

オレの真後ろでワタヌキがモリヤを抱き寄せている。

(なんだって朝から見たくもねえもん見させられにゃならねえんだよ・・!!)見えてないけど。
その苦痛も2駅分。

やっと、ワタヌキのセクハラに耐えながらモリヤが「ちょっと」とか「センパイ」とか

抗議する小声から解放される。(いい加減にしろよ・・・!)

なだれ出る駅でワタヌキの後をついていくモリヤが、フイに振り返った。

「ガムやる」

手のひらから銀の包みが投げ出される。

オレはあわてて手で受け取る。

後ろ手に手を振って、モリヤがワタヌキの横へ並ぶ。

オレは手のひらのガムに視線を移した。

(まったく、なんでこんなもんで嬉しくなれるんだろうな・・・)

口の端をホンの少し上げて、ガムを胸ポケットへ落とす。

今日も銀縁眼鏡を光らせて武士ツヅキは前を向く。

目の前のそれが絶望でも・・・渋く目を細めて逸らさずに。





↓side:ワタヌキ


スシヅメの満員電車。

密着したナギとツヅキの背中。

怒りの沸点を軽くオーバー。

(なに勝手に触ってんだよ、てめぇツヅキ・・・)

素直にそう思う自分が少しおかしい・・・と思う事はとりあえず置いておく。



オレは満員電車の中でナギを抱きしめた。

片手で引き寄せ、ナギの髪に顔を近づける。

(ナギの匂いだ・・・)

「センパイ・・・」

少し嫌な顔でオレを睨みつけてくるナギ。

でも抵抗はしない。

それが嬉しくなる。

どこまで許してくれる?

どこまでオレになら許してくれんだ?

バカみたいな独占欲が沸く。

自分だけだって自分しか出来ないって事を確かめたくなる。

「ナギ」

耳元で囁く。

「さわっていい?」

ナギの顔が真っ赤になってオレを凝視。

オレは返事も待たず、ナギのベルトを探った。

途端に掴まれる手。

「ちょ・・・」

オレは無言で動いた。

指先でナギの形をなぞる。

ナギの背筋に力が入る。

拒もうとする手にも力が入れられる。

でも。

オレの力に勝てるわけがない。

強く腕を掴まれたままで、オレは続ける。

だんだん膨らみが増していくナギのそこに触りたくて、ファスナーを爪で掻いた。

ビクビクとナギが震える。

(ほんと・・・かわいすぎるだろ・・・)

上目使いで抗議する目がたっぷりと湿っている。

出来るならむしゃぶりつくようにキスしたかった。

涙流しながらキスするナギは、かわいすぎてヤバイ。

こっちが理性なくす。

ここがどこだか、なんのためにオレがこんな事をしてるかを一発で吹き飛ばすだろう。

ギリギリの理性を繋いで、オレはナギのそこを撫で続けた。

吐息混じりにナギの頭がオレの胸に押し付けられる。

それから。

抵抗してた腕が観念したように緩く放されていって・・・、そしてその手がオレの背中へまわる。

でも、ナギは完全に抵抗しなくなったわけじゃない。両手でオレの背中と腕に爪を立てた。

ただ、仕方なく許してくれているだけだ。

(かわいいんだけど・・・かわいくねえ)

思い切って、ファスナーをゆっくり下ろす。

屈辱と後悔の顔でより強くナギがオレを抱きしめてくる。

その顔を覗き込む。

「イテェよ」

「あんたが・・・!」

小声で抗議してくるナギのズボンの中に指を入れる。

ナギの体がビクっと跳ねた。

それから悔しそうにオレを一瞥するとまた爪を立ててオレにしがみついてきた。

(すっげえ・・・かわいいんだけど、ソレ)

嫌だけどオレだから許すって感じ・・・。

(これ以上・・・好きにさせんなよ・・・)

逆に悔しくなってくる。

負けてるのはどっちだ?

惚れてるのはどっちだよ?

自分のマヌケさにズボンから指を抜いた。

狂わされてる。

完全にイカレテルのは、たぶんオレの方だ。

駅につくまでオレ達はなんとなく抱き合ったまま電車に揺られてた。

駅に着いて、なんとなくバツが悪くてナギに話しかけられなかった。

「センパイ ガム食べる?」

なんでもないって笑ってるナギが横にいる。

「サンキュ」

オレの苦悩なんてわかりゃしねえだろうな。

ナギがかわいくてかわいくて食い殺してしまうかも知れないって狂気に気づいた。

「ごめんな」

ナギがハッとこっちを見る。

オレは前を向いたまま、ガムを口に入れた。

「いいけど」

ボソッとナギが呟いた。

きっとナギはさっきの事をオレが謝ったと思ってるかも知れない。


(よくねえんだよ・・・・。大事にしてやんなきゃな・・・・)


ナギの頭を撫でて、フと視線を感じて振り向くと、ツヅキがいた。

「お前いたのか!」

すっかり忘れて、指さすと、

ツヅキの目が「ずっと居たに決まってんだろ・・・」と睨みつけてきた。







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