白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
25 / 197
第二章 不死の魔女

第22話 救わざる者

しおりを挟む
「……白き魔女が、不死だって?」

 それは父アーロンを殺害した、仇敵の名だ。
 アルヴィンの視線は自然と厳しくなる。

「千年前に実在した、原初の十三魔女。彼女らは姉妹だったの。その末妹が、白き魔女。姉妹の魔法の集大成として、母は不死となった」

 クリスティーの声には、玲瓏とした響きがある。
 アルヴィンは、まじまじと手元のデリンジャーを見た。

 ── 千年前に実在した、審問官シュレーディンガーが愛用したデリンジャー。

 それが彼女お得意の与太話でなければ、この銃にはメアリーを救う力があるかもしれない。
 ただし、装填された銃弾は一発だけだ。 
 狙いを外せば、それは即、死を意味するだろう。
 一度きりのチャンスを、どう使うべきか── 

「そろそろ限界よっ!」

 緊迫した声に、アルヴィンの思考は中断された。
 水塊の表面が、激しく波打っていた。気泡が立ち、沸騰したように煮えたぎる。

「私が足止めして、隙を作るわ。後は上手くやりなさいよっ!」

 次の瞬間、水塊が崩壊した。
 いや、それは爆発と呼んでいいものだった。
 むせ返るような蒸気の塊が押し寄せ、アルヴィンは顔を庇う。
 乳白色の壁を切り裂くようにして、飛び出した影があった。
 禍々しいまでの邪気を纏った、メアリーだ。
 一直線に、アルヴィンへと迫り来る。

「止まりなさいっ!」

 クリスティーが、繊麗な右手を舞わせた。
 虚空に水が生まれ、鎖へと変化する。それはメアリーへと伸び、両脚を拘束した。
 だが、その程度の障害など、彼女は意に介さない。
 まるで細糸のように無造作に引きちぎり、アルヴィンへと急迫する。
 瞬きをした僅かな間に、彼女は鼻先にまで接近していた。

 拳が、繰り出される。
 不死の魔女を前にして、アルヴィンは冷静だった。
 余裕を持って後方に飛びすさり── そして無様に、転倒した。
 迂闊にも、招待客が床に落とした手荷物に足を取られたのだ。
 悪態をつく間などない。
 転倒したアルヴィンに向けて、追撃の一打が放たれる。
 とっさに身体を右に捻り躱す。 
 床に敷き詰められた大理石に、深い穴が穿たれた。

「クリスティー! 早く動きを封じてくれっ!」
「分かっているわよ!」

 デリンジャーを命中させるには、メアリーに肉薄せねばならない。
 その為には、確実に動きを止める必要がある。 
 両脚で、アルヴィンはメアリーの腹部を蹴りつけた。
 そのまま反動をつけて跳ね起きる。
 猶予はない。
 絶え間なく押し寄せる追撃を躱しながら、打開策を探して視線を走らせる。
 魔法、では止められない。
 もっと強力な、物理的な力が必要だ。

 ── その何かは、どこにある?

「クリスティー、あれを狙え!」
「偉そうに命令しないでっ!」

 それはつまり了解、ということなのだろう。
 そうであることを祈る。
 一か八か。
 アルヴィンは両手を広げると、叫んだ。

「来い! メアリー!」

 不死の魔女が双眸を不気味に光らせ、跳躍した。

「どうなっても知らないわよっ!」

 やけ気味に放たれた声が鼓膜を震わせる。
 メアリーの鋭い爪が、アルヴィンの喉元へ伸びる。
 死が、手招きをしているのが見えた。

 そしてシャンデリアが、メアリーを直撃した。
 轟音が耳をつんざき、塵埃が視界を奪った。
 天井に固定していた鎖を、クリスティーが魔法で切断したのだ。絶妙のタイミングだった。
 一トンを超える重量物に直撃されれば、ライフルよりもはるかに強力なダメージを与えられる。
 いかに不死の呪いとて、すぐには動けまい── 

 アルヴィンの確信は……だが、不気味な唸り声によって打ち砕かれた。 
 目を疑わずにはいられない。
 メアリーを下敷きにしたシャンデリアが、震えた。彼女はそれを高く持ち上げ……会場の隅へと投げ捨てたのだ。
 人智を超越した、驚異的な力だった。

 ── そして、生まれた隙は、それで十分だった。

 パン! と、安っぽい破裂音が空気を震わせた。
 それはクラッカーを鳴らしたかのような……不死の魔女に挑むには、絶望的なほど頼りない音だ。
 果たして、こんな物で不死の呪いに打ち勝つことができるのか。

 ── 数瞬の沈黙を置いて、訪れた変化は、急速で劇烈なものだった。
 少女は身体をくの字に曲げると、苦悶の叫びを上げ始めたのだ。
 床に倒れ、のたうち回る。
 そして── 邪気や、魔法の痕跡が急速に薄れるのが感じ取れる。

「メアリー!」

 少女の苦しみように、アルヴィンは思わず手を伸ばした。

「やめてっ!!」

 短く叫んで、少女は振り払う。 
 そして……恐慌の色を顔に宿し、出口へと駆けだした。

「……メアリー! 待つんだっ!」

 少女を追おうとして、アルヴィンは足をもつれさせた。
 同時に、強烈な目眩に襲われる。
 シュレーディンガーを使った影響か……全身に重い倦怠感がのしかかったのだ。
 身体に生じた不調が、反応を鈍らせた。

「まずいわっ! 彼女を外に出しては駄目よっ!」

 クリスティーの言う通りだ。
 彼女は、状況を理解できていない。
 錯乱した状態で誰かと接触すれば、何が起きるか予想がつかない。見失えば、保護する機会を、永久に逃してしまうかもしれない。
 少女は扉を開け、外に飛び出した。

「メアリー!」

 その直後── 銃声が、轟いた。
 少女の悲鳴が上がる。

「くそっ!」

 アルヴィンは焦燥感に駆られ、後を追った。
 扉を開け── 目に飛び込んだ惨状に、血の気が引いた。
 心臓を鷲づかみにされたかのような、衝撃が走った。 
 メアリーが、冷たい石畳の上に倒れ伏していた。
 その顔には、生気がない。

「なぜ撃ったんです!?」

 我を忘れ、アルヴィンは叫んだ。
 硝煙の匂いが、辺りに漂っていた。
 メアリーの傍らに立ち、拳銃を手にした男は── 

「上級審問官ベラナ!!」

 ベラナは冷淡な目で、赤毛の少女の骸を見下ろしていた。
 アルヴィンは、抑えきれない怒りに震える。
 だが老人は、煩わしそうに眉をしかめただけだ。



 優雅だった仮面舞踏会は、今や見る影もない。
 会場は水浸しとなり、豪奢なシャンデリアは墜落している。
 主催者の嘆きが聞こえてきそうな惨状である。
 静まりかえった会場の片隅で、気配が動いた。

「── これは、望外の収穫だ」

 どす黒い悪意を含んだ笑みが、薄暗やみの中にこぼれて消えた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...