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第六章 迷宮の魔女
第24話 鳥かごの中の師弟
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「そう固くなる必要はありません」
エウラリオの口調は、穏やかなものだ。
だが……この状況で固くならない者などいるのだろうか?
アルヴィンは自分に向けられた剣先を、皮肉を込めて一瞥した。
そこは以前訪れた、エウラリオの執務室だ。
四人の処刑人から長剣を突きつけられ、アルヴィンは中央に立たされている。
拳銃を取り上げられ、罪人との違いといえば手枷がないことくらいか。
クリスティーとの再会……と呼ぶには短すぎる邂逅を終えた後、アルヴィンは宿舎へと戻った。
そこで十人ほどの処刑人に取り囲まれ、理由も告げられないまま連行されたのだ。
「──そろそろ、ご招待いただいた理由をお聴かせいただけますか。いつまでも棒立ちしているほど、暇ではありませんので」
その態度は、教会を実質的に支配する枢機卿に対して、非礼と言ってもいいものだろう。
だが、あどけない天使のような顔をした少年は咎めない。
ただしそれが寛容を意味しないことは、すぐに示された。
「あなたは状況を、よく理解していないようですね」
エウラリオは執務机の上で手を組み、じっと見据える。
「状況、とは?」
「あなたが魔女と通じていると、匿名の告発がありました」
アルヴィンは表情を変えない。
ベネットが拘束された以上……遠からずこうなることは予期していた。
「それだけでなく、あなたの弟子は枢機卿マリノを害したとか」
「ベネットは無実です」
アルヴィンは即答したが、少年は静かに首を振った。
「凶行に使われた拳銃を、所持していたと聞き及んでいます。物証がある以上、速やかに処断されるでしょう」
──匿名の告発と、ベネットのえん罪。
アルヴィンは心中で憤る。
どちらも、とんだ茶番としか思えない。
舞台裏で薄汚い奸計の糸を引くのは、あの男以外に考えられない。
「それで。僕を粛正する、と?」
気取られぬよう、アルヴィンは身構える。
剣を向けた処刑人は四人。視界の隅に、さらに四人が控えている。
ひとりで相手にするには、荷が重いが──
「あなた次第です」
「僕次第……?」
意外な言葉の投げかけに、アルヴィンは警戒を解かず聞き返す。
エウラリオは、浅く腰掛けた執務椅子から降りた。
後ろに手を組み、ゆっくりと歩み寄る。
「会主ステファーナは寛大です。そして、あなたを高く評価している。素直に協力すれば、不問にしてもよいと仰せです」
小さな枢機卿はアルヴィンの顔を見上げると、邪気のない微笑みを浮かべた。
「──どうでしょう、ベラナが最期に遺した言葉を、そろそろ思い出したのではありませんか?」
それは問いかけというよりは、丁重な脅迫というべきだろう。
協力しなければ、師弟共々命はないぞ、そう暗に迫っているのだ。
舌打ちをしたい衝動を、アルヴィンは懸命に堪えた。
教え子を人質にされた今……選択肢は他にない。
アルヴィンは、喉の奥から声を絞り出す。
「……ベラナ師が遺した言葉は、アズラリエル、です」
「それで?」
「禁書庫に眠るアズラリエルが聖櫃へ──彼女へと、導くでしょう」
「上出来です。これで道が開かれました」
エウラリオは笑った。
微笑みの片隅に、毒のこもった光がちらついていた。
左手を、軽く振る。
アルヴィンに向けられた長剣が引かれ、鞘に収められる。
処刑人たちは一礼し、壁際まで下がった。
「さて審問官アルヴィン、禁書庫の鍵を持っていますね?」
今度こそアルヴィンは、動揺を隠すことができない。
監視の目がないか、常に警戒をしていたつもりだ。
だが聖都での行動は、気づかないうちに把握されていたのだろう……
アルヴィンの返事を待たず、少年は言葉を継ぐ。
「三日の猶予を与えます。禁書アズラリエルを手に入れなさい。そうすれば、あなた方を免罪としましょう。ただし──」
少年の双眸に、老獪な、淀んだ色がたたえられる。
「禁書庫に立ち入って、生きて還った者はいません。細心の注意を払うことです。それでは、神のご加護を」
アルヴィンは無言である。
そしてそれは、エウラリオの命令を受け入れざるを得ないことを示していた。
「──これで宜しかったのですか?」
アルヴィンと処刑人が部屋を退出した後、エウラリオはひとりごちた。
部屋には少年以外、誰も居ない。
当然、返答もない。
だがエウラリオは……何もない空間に向けて頷き、深々と一礼する。
「全ては御心のままに。会主ステファーナ」
エウラリオの口調は、穏やかなものだ。
だが……この状況で固くならない者などいるのだろうか?
アルヴィンは自分に向けられた剣先を、皮肉を込めて一瞥した。
そこは以前訪れた、エウラリオの執務室だ。
四人の処刑人から長剣を突きつけられ、アルヴィンは中央に立たされている。
拳銃を取り上げられ、罪人との違いといえば手枷がないことくらいか。
クリスティーとの再会……と呼ぶには短すぎる邂逅を終えた後、アルヴィンは宿舎へと戻った。
そこで十人ほどの処刑人に取り囲まれ、理由も告げられないまま連行されたのだ。
「──そろそろ、ご招待いただいた理由をお聴かせいただけますか。いつまでも棒立ちしているほど、暇ではありませんので」
その態度は、教会を実質的に支配する枢機卿に対して、非礼と言ってもいいものだろう。
だが、あどけない天使のような顔をした少年は咎めない。
ただしそれが寛容を意味しないことは、すぐに示された。
「あなたは状況を、よく理解していないようですね」
エウラリオは執務机の上で手を組み、じっと見据える。
「状況、とは?」
「あなたが魔女と通じていると、匿名の告発がありました」
アルヴィンは表情を変えない。
ベネットが拘束された以上……遠からずこうなることは予期していた。
「それだけでなく、あなたの弟子は枢機卿マリノを害したとか」
「ベネットは無実です」
アルヴィンは即答したが、少年は静かに首を振った。
「凶行に使われた拳銃を、所持していたと聞き及んでいます。物証がある以上、速やかに処断されるでしょう」
──匿名の告発と、ベネットのえん罪。
アルヴィンは心中で憤る。
どちらも、とんだ茶番としか思えない。
舞台裏で薄汚い奸計の糸を引くのは、あの男以外に考えられない。
「それで。僕を粛正する、と?」
気取られぬよう、アルヴィンは身構える。
剣を向けた処刑人は四人。視界の隅に、さらに四人が控えている。
ひとりで相手にするには、荷が重いが──
「あなた次第です」
「僕次第……?」
意外な言葉の投げかけに、アルヴィンは警戒を解かず聞き返す。
エウラリオは、浅く腰掛けた執務椅子から降りた。
後ろに手を組み、ゆっくりと歩み寄る。
「会主ステファーナは寛大です。そして、あなたを高く評価している。素直に協力すれば、不問にしてもよいと仰せです」
小さな枢機卿はアルヴィンの顔を見上げると、邪気のない微笑みを浮かべた。
「──どうでしょう、ベラナが最期に遺した言葉を、そろそろ思い出したのではありませんか?」
それは問いかけというよりは、丁重な脅迫というべきだろう。
協力しなければ、師弟共々命はないぞ、そう暗に迫っているのだ。
舌打ちをしたい衝動を、アルヴィンは懸命に堪えた。
教え子を人質にされた今……選択肢は他にない。
アルヴィンは、喉の奥から声を絞り出す。
「……ベラナ師が遺した言葉は、アズラリエル、です」
「それで?」
「禁書庫に眠るアズラリエルが聖櫃へ──彼女へと、導くでしょう」
「上出来です。これで道が開かれました」
エウラリオは笑った。
微笑みの片隅に、毒のこもった光がちらついていた。
左手を、軽く振る。
アルヴィンに向けられた長剣が引かれ、鞘に収められる。
処刑人たちは一礼し、壁際まで下がった。
「さて審問官アルヴィン、禁書庫の鍵を持っていますね?」
今度こそアルヴィンは、動揺を隠すことができない。
監視の目がないか、常に警戒をしていたつもりだ。
だが聖都での行動は、気づかないうちに把握されていたのだろう……
アルヴィンの返事を待たず、少年は言葉を継ぐ。
「三日の猶予を与えます。禁書アズラリエルを手に入れなさい。そうすれば、あなた方を免罪としましょう。ただし──」
少年の双眸に、老獪な、淀んだ色がたたえられる。
「禁書庫に立ち入って、生きて還った者はいません。細心の注意を払うことです。それでは、神のご加護を」
アルヴィンは無言である。
そしてそれは、エウラリオの命令を受け入れざるを得ないことを示していた。
「──これで宜しかったのですか?」
アルヴィンと処刑人が部屋を退出した後、エウラリオはひとりごちた。
部屋には少年以外、誰も居ない。
当然、返答もない。
だがエウラリオは……何もない空間に向けて頷き、深々と一礼する。
「全ては御心のままに。会主ステファーナ」
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