白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
154 / 197
第七章 災厲の魔女

第69話 破滅をもたらすもの

しおりを挟む
「──決起……ですか!?」

 教会の影の支配者であるステファーナを拘束し、教皇を目覚めさせる──それを、今夜決行する。
 アルヴィンは、思わず腰を浮かせた。

 ──あまりにも、性急すぎる。

 ステファーナと事を構えるには、周到な準備が必要だ。
 底知れぬ力の一端を、身を以て思い知らされたばかりである。
 双子も、同じ考えだったらしい。
 ただし、薄紅色の花唇から飛び出した言葉には、より過激な装飾が施されている。

「正気なの? 決起って、要するにクーデターでしょ。それを、あたしたちだけで? 眠り姫を目覚めさせる手段は? それに魔女ステファーナって……どういうことなのよ!?」
「言葉の通りだ。奴は原初の十三魔女の第六姉、災厲の魔女の末裔なのだ」
「おかしいじゃない!」

 アリシアは円卓を叩くと、苦々しげに答えるウルベルトを睨んだ。

「枢機卿会の会主が魔女ですって? それが事実なら、教会の上層部は何をしていたのよ!?」
「奴は長い年月をかけ、巧妙に教会に浸透し、同調者を増やしたのだ。気づいた時には手遅れだった」

 厚い脂肪に覆われたウルベルトの顔に、忸怩たる色が浮かぶ。

「審問官の使命と矛盾しないとは、そういう意味だったのですね……」

 エルシアは呟き、廃教会で対峙した、魔女アーデルハイトの言葉を思い出す。
 あの場には、不在の当主が二人いたはずだ。魔女たちも、決して一枚岩ではないということか……
 鼻息荒く、アリシアは胸元で腕を組む。

「ほんと厄介な敵ね。しくじったら、ここにいる全員あの世行きよ!」
「そうなのです。事を急いで、犬死にするのは御免ですわ」

 双子の反応は、けんもほろろだ。
 向かうところ敵なし、無敵を自任する彼女らだが、決して無謀なわけではない。
 むしろ、状況判断は冷静だ。

 円卓に集った仲間のうち、ウルベルト、メアリー、ソフィアの三人は戦力外と見るべきだろう。 
 たった数名で教会に立ち向かうのは、自殺行為以外のなにものでもない。
 それにもかかわらず、今夜、決起する──
 双子にすげなくあしらわれ、苦り切った表情を浮かべる男に、アルヴィンは問う。

「──枢機卿ウルベルト。なぜ、今夜なのです?」

 ウルベルトは答える代わりに、祭服から封書を取り出し、円卓の上を滑らせた。
 それはピタリと、アルヴィンの手前で止まる。
 読め、ということなのだろう。

 封書を手に取り、裏返す。封蝋は──オルガナの紋章だ。
 中には、神経質そうな文字がびっしりと書き込まれた、数枚の書簡がある。

「これは?」
「火急の密書だ。未明に届けられた」

 ウルベルトは抜け目のない、貪欲な光を両眼に宿すと、声を低くした。

「良く聞け。密書には、会主が一両日中に、白き魔女に迫る、とある。今夜が最後のチャンスだ。ステファーナが聖櫃の扉を開けば、大陸は破滅するだろう」
「ちょっと待って! 大陸の破滅って、本気で言っているの?」

 アリシアは眉をしかめ、胡散臭げにウルベルトを見やる。
 大陸の、破滅。
 同じ言葉を口にした魔女がいた。

 コールド・スプリングの廃教会でまみえた、原初の十三魔女の末裔──アーデルハイトだ。
 だが、どうだろう? 

 窓の外を見やれば、聖都はうららかな朝の日差しに包まれている。
 フジやブルーベルの花間を、ひらひらと蝶が舞う。
 破滅、という不吉極まりない二文字とは、到底結びつかない。
 それが一両日中に訪れるなど、信じられるはずがない。

「残念だけど、事実よ」

 静か、ではある。
 だが何人も無視することのできない、玲瓏とした声をクリスティーは響かせた。
 
「不死は、秩序に揺らぎを与えるの。始まりは、小さな波紋に過ぎない。でも、重なり合うにつれ、やがて大波となり秩序を破綻させる。だから母は、聖櫃に身を隠したわ」

 アルヴィンは、禁書庫の迷宮で出会った貴婦人を思い出す。
 カトレアの花のような優美さと、氷のような酷薄さを纏う──彼女こそが、白き魔女だった。
 迷宮が作り出した複製ではあったが……あの時、こう言ったはずだ。

「──聖櫃には、いかなる魔法も干渉できない、か」
「そうよ。あそにいれば、揺らぎは遮断され、大陸は守られる。……母が、永久にひとりで囚われることと引き換えに」

 クリスティーは、碧い瞳に深い憂いをたたえる。

「もしステファーナが、聖櫃を開いたら?」
「揺らぎは解放され、秩序は破綻するわ。確実な破滅が、大陸を襲うでしょうね」
「それって、矛盾していませんか……?」

 声は、アルヴィンのものではない。
 それまで沈黙を守っていたベネットが、困惑気味に声を挟む。

「不死を得るために、聖櫃を開けば大陸が滅びる──だとすれば、不死を得て、何の意味があるんです?」

 その指摘は正しい。
 同じ疑問を、アルヴィンは薔薇園で投げかけていた──

「──ステファーナは、滅びを回避する方法なら、いくらでもあると言った」
「回避する? どうやってです……?」

 教え子と目が合って、だがアルヴィンはかぶりを振るしかない。
 滅びを回避する術こそが、偉大なる試みの核心であろう。
 その手段を、ステファーナは明かさなかったが……

「師弟で辛気くさい顔をしても、答えは出ないわよ!」

 沈黙した二人に、アリシアが苛立たしげに声を放った。

「分からないのなら、ゲストに説明してもらえばいいのですわ」

 エルシアが悪戯めいた微笑みを浮かべ、広間の隅を一瞥する。
 そこには縛られ床に転がされた、捕虜の姿がある。
 リベリオは目を血走らせ、背教者たちを憎しげに睨みつけた。

「馬鹿どもがっ! 俺が素直に話すとでも思っ──」

 聞き苦しいわめき声は、不自然に中断された。
 アリシアとエルシアが、ゆっくりと席を立つ。
 双子と目が合って、精一杯の虚勢はたちまち吹き飛んでしまった。

「もちろんよ。あなたは、素直に、話すの。そうよね?」
「無理強いはしませんわ。でも──分かっていますわよね?」

 声を荒げるわけでも、すごむわけでもない。 
 だが、朗らかな声と微笑みを前にして、リベリオは顔を青ざめさせ、震えあがった。
 この世には、暴力よりも恐ろしいものがあるらしい。  
 アルヴィンは双子の背後に、ゆらゆらと揺れる悪魔の尻尾を見た気がした。

「か……神だっ!」
「神? 神がどうしたのかしらね?」

 リベリオは唾を飛ばし、必死の形相で叫ぶ。

「……聖櫃の扉を開ければ、神が現出する! 滅びの回避とは──神を殺すことなのだ!」

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...