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5.前奏曲Op.23 No.8 in A minor(ラフマニノフ) ①
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私の、東京国際ピアノコンクールが始まる。課題曲は、ラフマニノフを選んだ。
高校生になった私は、高校生部門へ初出場となる。つまり、予選からの出場となる。東京国際ピアノコンクールに予選から参加するのは、中学校1年生以来、3年ぶりだ。
同じ部門であれば、一度本選に出場してしまえば、予選免除となる。だけど、中学生部門から高校生部門へと変わった私は、また予選からの参加となる。
新入生という理不尽さは、学校もコンクールも変わらないかもしれない。
だって、中学三年生で最高学年だったのに、あっという間に高校1年生、最低学年へと変わる。
先輩扱いからいきなり後輩となる。理不尽だ。
東京国際ピアノコンクールでは、予選で選んだ曲と別の曲を准本選と本選で弾かなくてはならない。予選と準本選の間には3か月の時間があるけれど、予選を通過しなければ准本選へと進むことはできない。
東京国際ピアノコンクールにだけ出場すると全体にした場合、高校2年生、もしくは3年生で、過去に高校生部門の本選出場をした人は、演奏曲目が純粋に一曲少ないということだ。予選からの参加者は、3か月で仕上げなければならない。
本選出場を前提とするなら、高校1年生と、2年生、3年生だと、高校1年生の方が不利じゃない。
理不尽だ。
今日、お弁当を持っていくのを忘れた。圭介が届けてくれたけれど、それはお昼休みが終わる直前だった。
理不尽だ。
どうしてお弁当を届けてくれるのなら午前中に届けてくれないのだろうか。忘れたと思って購買部でパンを買って食べた。圭介のノロマ!
理不尽だ。
あっ。間違った。
「詩織ちゃん、ちょっと休憩にしましょうか」と山本先生が言った。
「はい。お母さんが、冷蔵庫にシュークリームがあるって言っていました。紅茶で良いですか?」
「えぇ。ありがとう」
山本先生は、私のピアノの先生だ。圭介のピアノの先生でもあった。水曜日の午後5時から6時半までが私のレッスン時間で、7時から8時半までが圭介のレッスン時間だった。
紳士協定というかご近所付き合いというか、圭介と私の暗黙の了解で、お互いのレッスン時間にはピアノを弾かないというルールがあった。
私のレッスン時間に圭介はピアノを弾かなかったし、私も圭介が山本先生からレッスンを受けているときはピアノを弾かなかった。
圭介の弾くピアノを聞いていた。私のピアノがある部屋から、ずっとピアノを弾いている圭介を見ていた。
だけど、ピアノを圭介はやめた。圭介の家のピアノがある部屋にはずっとカーテンが引いてある。圭介はピアノを弾くときカーテン開けていたのに。私も開けていた。お互い、ピアノを弾いている姿を見ることができた。窓も開けてしまえば、私の音と圭介の音が庭で交じり合い、音楽となっていた。圭介のお父さんお母さんと私の家族合同で、BBQをしたときは、圭介と私で、2台のピアノのためのソナタを弾いたっけ。
最後に一緒に弾いたのはモーツアルトのだった。
そいえば、モーツアルトは2台のためのソナタは一曲しか作曲していないんだっけ。
「圭介君、本当にピアノやめちゃったわね」と山本先生が紅茶を飲みながら言った。
「はい……。先生は説得とかしましたか?」
「していないわよ。だって、私は月謝をもらっている身だもの。ピアノを教えて生活している。辞めます、と言われたら、そうですか、としか言えないものよ」
「そうなんですね」
「詩織ちゃんは圭介君にピアノを続けるように言ったりしたの?」
「いえ……。すぐにまたピアノを弾くだろうと思っていました」
圭介が私にピアノを辞めると言ってから、ずっと圭介のピアノ部屋のカーテンは閉まったままだ。山本先生のレッスンも3月で辞めてしまった。
「まぁ、そう思うわよね。詩織ちゃん、さっきの演奏の録音を聞いてみましょう」
山本先生はスマートフォンを操作し、先ほどの私の演奏を部屋に響かせる。
「……このスマフォ、音質悪くなりました?」
「いえ、そんなことはないわよ」
「これ、さっき私が弾いていた録音ですか? 別の生徒さんのと間違っていませんか?」
なんて乱暴なピアノの弾き方だろう。いや、弾いているというより、鍵盤を押しているという感じだ。
「今日の詩織ちゃんの演奏、熱情的だなぁって。でも、ミスがたくさん」
「す、すみません」と私は言う。集中できていないのだろう。
「誰かに無理やり聞かせようとするようなピアノだったわよ。でも、音楽は聞かせるものじゃない。聴いてもらうものなのよ」と山本先生は、リビングから圭介の家を見ながら言った。
理不尽だ。
そうだ。たぶん、全部、圭介が悪い。
高校生になった私は、高校生部門へ初出場となる。つまり、予選からの出場となる。東京国際ピアノコンクールに予選から参加するのは、中学校1年生以来、3年ぶりだ。
同じ部門であれば、一度本選に出場してしまえば、予選免除となる。だけど、中学生部門から高校生部門へと変わった私は、また予選からの参加となる。
新入生という理不尽さは、学校もコンクールも変わらないかもしれない。
だって、中学三年生で最高学年だったのに、あっという間に高校1年生、最低学年へと変わる。
先輩扱いからいきなり後輩となる。理不尽だ。
東京国際ピアノコンクールでは、予選で選んだ曲と別の曲を准本選と本選で弾かなくてはならない。予選と準本選の間には3か月の時間があるけれど、予選を通過しなければ准本選へと進むことはできない。
東京国際ピアノコンクールにだけ出場すると全体にした場合、高校2年生、もしくは3年生で、過去に高校生部門の本選出場をした人は、演奏曲目が純粋に一曲少ないということだ。予選からの参加者は、3か月で仕上げなければならない。
本選出場を前提とするなら、高校1年生と、2年生、3年生だと、高校1年生の方が不利じゃない。
理不尽だ。
今日、お弁当を持っていくのを忘れた。圭介が届けてくれたけれど、それはお昼休みが終わる直前だった。
理不尽だ。
どうしてお弁当を届けてくれるのなら午前中に届けてくれないのだろうか。忘れたと思って購買部でパンを買って食べた。圭介のノロマ!
理不尽だ。
あっ。間違った。
「詩織ちゃん、ちょっと休憩にしましょうか」と山本先生が言った。
「はい。お母さんが、冷蔵庫にシュークリームがあるって言っていました。紅茶で良いですか?」
「えぇ。ありがとう」
山本先生は、私のピアノの先生だ。圭介のピアノの先生でもあった。水曜日の午後5時から6時半までが私のレッスン時間で、7時から8時半までが圭介のレッスン時間だった。
紳士協定というかご近所付き合いというか、圭介と私の暗黙の了解で、お互いのレッスン時間にはピアノを弾かないというルールがあった。
私のレッスン時間に圭介はピアノを弾かなかったし、私も圭介が山本先生からレッスンを受けているときはピアノを弾かなかった。
圭介の弾くピアノを聞いていた。私のピアノがある部屋から、ずっとピアノを弾いている圭介を見ていた。
だけど、ピアノを圭介はやめた。圭介の家のピアノがある部屋にはずっとカーテンが引いてある。圭介はピアノを弾くときカーテン開けていたのに。私も開けていた。お互い、ピアノを弾いている姿を見ることができた。窓も開けてしまえば、私の音と圭介の音が庭で交じり合い、音楽となっていた。圭介のお父さんお母さんと私の家族合同で、BBQをしたときは、圭介と私で、2台のピアノのためのソナタを弾いたっけ。
最後に一緒に弾いたのはモーツアルトのだった。
そいえば、モーツアルトは2台のためのソナタは一曲しか作曲していないんだっけ。
「圭介君、本当にピアノやめちゃったわね」と山本先生が紅茶を飲みながら言った。
「はい……。先生は説得とかしましたか?」
「していないわよ。だって、私は月謝をもらっている身だもの。ピアノを教えて生活している。辞めます、と言われたら、そうですか、としか言えないものよ」
「そうなんですね」
「詩織ちゃんは圭介君にピアノを続けるように言ったりしたの?」
「いえ……。すぐにまたピアノを弾くだろうと思っていました」
圭介が私にピアノを辞めると言ってから、ずっと圭介のピアノ部屋のカーテンは閉まったままだ。山本先生のレッスンも3月で辞めてしまった。
「まぁ、そう思うわよね。詩織ちゃん、さっきの演奏の録音を聞いてみましょう」
山本先生はスマートフォンを操作し、先ほどの私の演奏を部屋に響かせる。
「……このスマフォ、音質悪くなりました?」
「いえ、そんなことはないわよ」
「これ、さっき私が弾いていた録音ですか? 別の生徒さんのと間違っていませんか?」
なんて乱暴なピアノの弾き方だろう。いや、弾いているというより、鍵盤を押しているという感じだ。
「今日の詩織ちゃんの演奏、熱情的だなぁって。でも、ミスがたくさん」
「す、すみません」と私は言う。集中できていないのだろう。
「誰かに無理やり聞かせようとするようなピアノだったわよ。でも、音楽は聞かせるものじゃない。聴いてもらうものなのよ」と山本先生は、リビングから圭介の家を見ながら言った。
理不尽だ。
そうだ。たぶん、全部、圭介が悪い。
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