止まらない負の連鎖

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止まらない負の連鎖

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    止まらない負の連鎖
             佐久間 愛莉
             
  人生と虐待についてお話しようと思う。
まずは、私の身の上話でも聞いてもらおうか。整理する為の小説だから語ってるだけだと思って欲しい。でも、最後だけは知っていて欲しいかな。
 
私は現在、二十八歳の虐待サバイバー。
今の時代の虐待と言われているもの全て受けてきた。生きてるから大丈夫だろ。亡くなってる子だっている。
そう言われたらそうかもしれない。
でも、それでも生き長らえながら苦しんでる私達の声も聞いて欲しい。

 
私は幼少期、活発で色々な子から頼られる子供だった。
いじめられっ子、孤立してる子。
まぁ、大体が問題を抱えている子が常に近くにいて、何かある度に助ける。
ヒーローみたいでしょ(笑)
 
年中さんのころかなぁ、その時に仲良くしてた子が、火事で亡くなったんだ。  
家の近くって事もあって、ショックで。
今でも思い出す。なにか出来たんじゃないか。とか、火事の現場にいたような記憶も断片的にあって、今ではそれが現実なのかも分からない。
 

あぁ、自分の家庭の話だった。
私は双子で産まれた。片方は父親似。
産まれてから間もなくネグレクトが始まった。私達のいる部屋には、目隠しする板とか周りに気づかれないように工夫してたんだって。家の様子が変だからと、本当の祖母の姉(これからこちらを祖母と呼ぶ。)と旦那で見に来たら衰弱してる私達双子がいて、直ぐに病院に連れてってくれた。
 「1人じゃ面倒見切れない。」
 母親はそう言って、1人を養子縁組に出すと決めたらしい。  
 「肌の色が白いから。」その理由だけで、助けてくれた夫妻の所に養子縁組されたんだ。
一歳半の時らしい。その時には母は遊びに行けないから。と遊びに繰り出し、父は兄を虐待してた。これは聞いた話と日記で知ったよ。
父は、兄を洗濯機に放り込んだり、殴ったりしてたと。そして命は助かった。
                        
                        そう、命はね。
 
私は女だ。勿論、祖母の旦那(これからこちらを祖父と呼ぶ。)とは血が繋がってない。

ここからは教育虐待と性的虐待の話。
祖母も、厳しい人だった。それでも愛情は貰ってる気がしてたんだ。
「期待してるから。」「ここまで育ててきたんだから」
そう言われて勉強もした。遊びにも行かず、塾にも行った。百点とんないと包丁が飛んできたり、寝かせて貰えなかった。「あんたを育ててやった恩を忘れたのか!」と怒鳴られたり(笑)指先を鋏で切られたり。本気で頑張った。殺されると思ったから。たまに褒めてくれるのが認めてくれたような気になってた。
それでも小学四年生で成績は著しく落ちた。集中なんて出来なかったから。 
 
小学二年生の頃かな。
一人でお風呂に入ってたら人影は絶対に分かるガラス戸をいきなりガラッと空けてきて「いたのか」とか、「一緒に入ろう」と入ってきた。 
皆、その時にはお風呂一人で入ってるのになぁ。
そのくらいにしか思ってなかった。
段々エスカレートしてきてさ。
股の名前を言わせようとしてきたり、触ってきたり、奥まで指を突っ込もうとしてきて。
すごく、とてつもなく恐怖と嫌悪を感じた。
その後「このクソジジイ!」って言った瞬間激しく殴られて、鼻血めっちゃ出て、それでもやめてくれなくて、祖母に助け求めても、「そんなこと言ったんだからしょうがない」だって。
嫌なことされたって言ったのに、聞く耳持たず。
 命の危機感じて、謝った。平身低頭状態。
その後は頭に乗るよね。
川の字で寝てたんだけど、祖母が真ん中で私と祖父が祖母を挟む感じ。
祖母は家事をやったりで夜遅くに就寝場所に来る。
その間布団に入られて、体をまさぐられたり、入れられたりした。
泣くすらも出来なかった。怖さとかじゃない。裏切られたショック?みたいな。
               ごめん。上手く言えない。
ただ、1つ意識として記憶に残ったのは、
         『殺してやる』だった。
その後は勉強に追われ、祖父に襲われ状態その中でも確実に殺意だけが湧いていた。


中学1年の時だよ。
遂に弾けたんだ、感情が。 
一気に崩壊して自殺未遂を学校でした。
飛び降りようと思ったんだ。
そりゃ、担任の先生に止められるよね。
きっとその時は助けて欲しくての行動だったんだと思う。

その担任の先生は事情をちゃんと聞いてくれた。そして児童相談所の一時保護所に行くことになった。
その時には、嬉しかった。安心して眠れるって。帰る必要ないって思ってた。
楽しい時間ってすぐ終わるよね。
三週間後に帰宅許可が出てしまった。
帰りたくないってごねても流されるだけ。その後はさらに地獄よ。
「この売女が!」とか、逆に「嘘つき!」
「おじいちゃんがそんなことする訳ない!」嫌、散々な言われようだった。毎日。毎日。家にも居場所は無い。学校でも腫れ物扱い。心折れてる時にさ、優しくされると嬉しくなるじゃん? それがあったんだよ。

下向いて歩くのが癖になってた時、銀行の前を通ってたんだけど、知り合いのおばさんに会ってさ。
「何があったの?」「大変だったね」って。「あとは任せて」とか言われて、初めて大人に優しくして貰えたって泣いちゃったんだ。その後そのおばさんの家に泊まってさ。
兄妹めちゃいる(笑)面白そう!とか思って帰ること無かった。
そしたら、いつの間にか戸籍謄本とかその他諸々そのおばさんとこになってて。
学校もサボってばかりだった。おばさん優しくしてくれて、ぎゅってしてくれて味わった事の無い温もりがあったから。

そして、いつも恒例のドライブに連れてってもらって、朝マックでソーセージエッグマフィン買ってもらって、海に行ったんよ。
その海岸で「ずっと言えなかったけど、あなたの本当のお母さんなのよ」って言われてさ。
 
祖母の日記隠れて呼んで調べてたんだけど黒塗りに塗りつぶされていて解読に何年もかかったのに(笑)

正直言うと本当の母のことをずっと知りたかったから心臓飛び跳ねる程嬉しかった。
心待ちにしてたから。いつか来てくれるって耐えてたとこもあったから。
「そうなんだ」って嬉しさの表現の仕方が分からなくて素っ気ない感じの返答になってしまった。その直後に本格的に引っ越す事になったんだ。
荷物とか詰め込む時に母に、「何かあったら困るから」ってボイスレコーダーを渡された。まぁ、何かあったらじゃ遅いからすぐオンにしたよね。その時に祖父が「悪かった。」って言ってきて。ガンガンに責めた。責め立てた。まぁ、それも録音されてる訳で。
その後は大人のやり取りしてた。示談金とか、慰謝料とか、車まで母は取り立ててた。
最初はそこまで怒ってくれてるんだ。とか安易な考えをしていた。引っ越してから二週間後くらいだね。車に兄も乗った状態で乗せられて、着いたのは小さい時に見た怖い元ヤクザの家だった。親戚なんだけどね。

いきなり「何か言うことは無いのか」とか言われて、お礼とかお詫びはしたのに、何がいけないんだろうとか考えてるうちに母と兄の乗った車は私を置いて去っていった。

パニックになった。何が原因なのか、学校に行かなかったからなのか。
でも、生後6ヶ月の子見ながら学校行けないでしょ。一度行ったら、「お前の子だろ」
「誰とヤったんだ」「ヤラせろ」とか超言われたし、襲われそうになったし。
置いてかれてから二ヶ月経った時には考えるのを放棄していた。
一度そこから出ようとしたら、荷物も何もかも投げられて、怖くて動けなくなってた。

そして夏頃。
精神的ストレスで毎日、毎食吐いてた。
二日間はまだ、様子を見てくれてたんだけど、「嫁の作った飯が食べられねぇのか!」って殴られるようになって。そこの家、従業員が住み込みで住んでて、出勤でそのまた親戚の人も来てたんだけど、総勢7人で寄って集ってのリンチが始まった。
爪も剥がされたり、改造したエアガンで撃たれたり、狭い小屋に閉じ込められて、水すらも替え歌を歌って笑わせないと貰えない。服も切られて、縛られて一日中そのままだったり、死んだカエルを両肩に乗っけられて正座もあった。もう、数え切れないくらい毎日何かをさせられていた。逃げ出す決意したの冬だったよ。真冬の昼に裸足で逃げ出した。その時には、自由だ~なんて歌まで歌ってさ。その後のことなんて考えなかった。考える暇も無かった。山にまで入って、車通りが無いところをって考え始めたのは夕暮れ時だった。川の近くをとぼとぼ歩いてたら、二人組のおばさんが話しかけてくれたんだけど、その時にはもう見事なまでに人間不信で。
それを見兼ねたのか行きたい場所は何処か聞いてくれて、やっとの思いで言えたのは目的地よりも断然遠いところだった。

そこに着いた時、五百円とミルクコーヒーくれたんだ。一番沁みた。その思い出と恩は今もずっとある。

コンビニで新聞紙もらって、学校の庭みたいな所があるからそこをまず寝床にして、朝一に先生に相談しようって思ってた。
けど、寒くて、寒くて。新聞紙じゃ中々温まらなくて、ギリギリまで空いてる店に行こうと思ってレンタルショップに行ったんだよ。
そしたら、同級生に会っちゃってさ(笑)
自分の今のみすぼらしい格好で会ったら学校に行ったらすぐ噂になってしまう。どうしようとか思ってたら、その子の親御さんが来てくれて、一緒に警察署に連れていってくれた。その時にコロッケを出してくれたんだけど、胃が受け付けなくて、食べられなかった。
 
警察での事情聴取が終わったら、二回目の一時保護所。
安心して…はさすがに寝れなかった。
いつ戻されるか分かったもんじゃないから
ずっと起きてた。見回りの時は寝たふりして。数週間過ごしてる内に、祖母に手紙を出そうってことになってて。なんでその経緯になったのかは未だに不明。

ただただ、謝り倒して、その家に戻りたいって書いた。いや、普通に養護施設で良かったのに。とか思いながら。
それでまた数週間過ごしていたら、戻っていいって言ってくれたから祖母の家に行くよってなって。こっからがまた不思議なんだよ。                      
           

            『元ヤクザの親戚が総勢で来た。』 


いや、、、、、何故に???

聞いたら児童相談所から連絡があったみたい。  普通さ、虐待してた奴らに迎えを頼むか!?ってなって、パニクってたら児童相談所の担当の人が微笑みみたいなの浮かべながら、見送ってきた。全くもって意味がわからない。フルーツ屋さんで電気工具買うくらいに意味不明。
すまない。こちらも意味不明な言葉になった。  その位、突飛押しもないくらいにありえない事が起きた。
まぁ、一応戻ったよ?戻る途中に叔父から
「手紙、こっちで直しておいたから」とか言われて、もう終わり。何を書いたのかも教えて貰えず、望まぬ家路に着いた。
また居場所が無くなり、今度は完璧にやさぐれて自殺未遂や、失踪したり色んな人に迷惑をかけた。それでも、大人の方が私に迷惑かけてるって思ってた。
その後、言動が酷くなり、もう周りがサポートしきれなくなって、病院に行き、保護所に入りを繰り返して、一度目の就職をした。その時にも何故か、叔父が通帳と印鑑を持っててやると言われ、怖くてそのまま渡してしまうという愚行を働いてしまった。その後、行政の人と一緒に凍結してもらったから無くならなかったから良かったけど。  


仕事に就いて3ヶ月目かな?
過去の事を頻繁に思い出すようになった。幻聴や、幻覚。吐き気に、自分が買った記憶の無いものがあったり、不眠、幻痛。
どちらが、現実世界か分からなくなり、希死念慮もある為、入院を余儀なくされた。
職場も退職。病院からの脱走、自殺未遂で隔離拘束もあったが、薬とカウンセリングのおかげで、一時退院。
すぐに調子を崩して、大きい精神科に入院。
PTSDと多重人格(解離性同一性障害)と付けられた。
なんの症状かも分からないままだったから病名が付いて、不安もあったけど安心の方が大きかった気がする。
 
数年後、入退院の繰り返しが終わり、デイケアに通い始めたら、年齢が最年少の為男の人に絡まれ、ストーカー化されて警察沙汰。
他にも二人にストーカーされ、警察の常連になり、、、(警察は証拠が無いからと動いてくれなかった。)
 携帯を持つようになって、話をするようになったが、保護所で出会った友人のそのまた友人がDVに合ってるというので、ほっとけず、ルームシェアしたら、いやはや、何もしない。否、仕事はすぐにしたけど、折半のはずの光熱費も家賃も入れない。

その時に、糸が切れたのか頭の中でプツンと音がして、気づいたらその子の首を絞めていた。まぁ、また警察沙汰よ。

もうルームシェアは懲り懲りだと思ってたら両親から虐待されてる子と友達になり、またもやルームシェア(笑)
もう何年シェアしてるんだろ…
ここまで長くの友人付き合いした事ないから、どうなることやら…
 
二人して、障害手帳を持って、就労支援や
作業所に行ったりしてるけど、体が言うこと聞かない。体力の衰えでは無いんだよ。
心がもう、潰れちゃって、生きる希望が見い出せない。そんな生活を送っていた。数週間も寝たきりとか、掃除だ洗濯だなんて到底出来なかった。実際、今もそうだ。人間不信が治らなくて、特定の心開いた人か、ネットじゃないと話せない。
 

自分語りが長くなってすまない。


私が言いたいのは、虐待の末に幸せは絶対に来ない。勿論、復讐を考えてる、考えていた人は大勢いるだろう。復讐をやめろなんて綺麗事言わない。
ただ、あの時に見失わされたものを拾い集めるのには時間はかかろうとも、何歳でも見つけられるのではないか。そう思う。
そして、もうひとつ。これは私の自論だが、
「ヒト」と「人間」は別の種だと思っている。

「ヒト」とは…
愛に包まれた、優しくも時にはヒトの為に厳しくなれる

「人間」とは…
ヒトを傷つける事に躊躇がない、生物学上の生命体

私は何時如何なる時も、「ヒト」であり続ける。
         
        『心を壊してきた者達より幸せになれ』
 
ご拝読ありがとうございました。
 
                終
 

付け加え:性加害者の祖父は母に私にしてきた事と同じ事をしていたそうです。
母はそれを知っていて、私が性被害を受けた後に近づいて、示談金、慰謝料等を取る事を考えていたみたいです。
児童手当も入る歳だったのでそれも狙っての行動だと、周りと憶測を立てていました。

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