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第4章 侵攻

幕間-9 初めてのおつかい

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 聖十字国の聖都マルグリッド。そこには聖十字国を治める法王が居を構える国内最大の教会がある。

 そして現在、その大教会は大騒ぎになっていた。

 舞い込む敗戦の報は信じられない絵空事ばかりが書かれている。

 曰く、たった一匹の化け物に聖魔兵は蹂躙された。
 曰く、進軍していった者達が誰一人として帰って来ない。

 送られてくる報せはどれもが信憑性の無いものばかり。しかし、聖地にある大教会が大騒ぎとなっている一番の理由はそんな報せが原因では無かった。


「失礼いたします!」


 声を掛けたのは衛士長という地位につく男。彼は大教会の警備を監督する警備部門の責任者である。


「衛士長!侵入経路は判明したのか!?」


「申し訳ありません、未だ不明のままであります!」


 衛士長を怒鳴っているのは大教会の大司教である。


「馬鹿者!!不明で済むものか!何としてでも見つけるのだ、それが判明するまでは不眠不休の覚悟でおれよっ!!」


 大司教の口調は荒い。しかしそれも仕方が無いだろう。何故ならば、


「ユリウス様の寝室に不審者の侵入を許すなど前代未聞にも程があるわ!何としてでも解決せねば私もお前も揃って首が飛ぶぞ!」


「はっ!分かっております!何としてでも解明してみせます!」


 中間報告だったのだろう。衛士長が大司教の部屋を出て行く。


「くそっ、くそっ!一体なんでこんな事が起こるんだ!よりにもよって私が大教会に詰めている時になど!」


 朝から大教会中が大騒ぎである原因、それは今日の朝の出来事であった。法王ユリウスが身体を休める寝室の扉に短刀が突き立っていたのである。犯人はおろかいつからあったのかさえ不明。誰もが気づくことなく、ユリウスを起こしに来た女中が朝見つけたのである。

 すぐに警備責任者が呼び出され事情聴取されたが警備はいつも通り行われており特に問題は見つからなかった。

 つまりそれは通常の警備をかいくぐって侵入してきた事を指す大問題であった。

 一国のトップユリウスが命の危険に晒されるなどあってはならない。しかもそれは言い換えれば、聖十字国に住む者達全員がいつそうなってもおかしくないということでもある。

 そしてその結果、教会どころか街中の警備が最高レベルにまで引き上げられることとなる。



~そして翌日~


「い、一体どうなっているのだっ!!」


 今日も朝から怒号が飛び交っていた。


「あれだけ言っておいたというのに貴様ぁ!」


「お、お待ちください!指示されました通り昨日は衛士を総動員して警戒にあたっておりました!」


 大司教が衛士長を怒鳴りつける。それも仕方が無いだろう。全衛士を動員し3班に分け24時間体制で警備にあたったにもかかわらず・・・


「それならばどうしてこの様な事が起こるのだ!!しかも今朝は扉では無く室内に短刀が突き立っていたと言うではないかぁ!!」


 そう、2日連続で侵入を許すという大失態を犯してしまったのだ。しかも今日は昨日の様に扉の外では無く室内の入口付近に短刀が突き立っていたのであった。それは『いつでも殺せる』というメッセージ以外の何ものでもない。


「ふざけおって~!!」


 大司教が荒れるのも当然であった。彼もまた現在大教会内を取り仕切るバーナード枢機卿により大目玉をくらっている。今後同じ失態を犯した場合は処刑さえ検討していると告げられたのだから。


 そしてその夜、自ら法王の寝室の前に陣取り一睡もせずに見張りに立つ大司教の姿があった。


 周囲に誰かが近づくだけで衛士に取り押さえさせる程でありその夜は只の一人も部屋へ侵入した者は居なかった。



 ・・・はずであったのだ。



「ぐぅぅううっ!?」


 次の日の朝、女中さえ近づけさせず自身が声を掛けユリウスを起こすために室内に入った大司教。彼が見たものは昨日よりベッドに近い距離に突き立つ短刀であった。

 自分の他には誰も居ない事を確認し素早く短刀を懐へ仕舞い込んだ大司教。

 すぐさま部屋を飛び出し衛士長を呼び出した。


「なっ、では昨日もまた侵入されたと言うのですか!?しかし、昨日は大司教様が直々に部屋の前で警戒に当たると聞いておりましたが・・・」


「しっ!声が大きいわ馬鹿者!儂が部屋の前で見張っていたが、昨日は間違いなく誰も部屋へは入っておらん。他の誰でも無い、儂が見ていたのだ。となれば・・・」


「まっ、まさか!?」


「うむ!他に考えられん。今すぐ捕らえてまいれ!」


 部屋を飛び出した衛士長により捕らえられたのは法王ユリウス付きの女中であった。大司教は夜中に侵入した者が居ないことより、ユリウスが寝入る時に付きそっている女中の仕業と考えた。


「警備に穴が無いならば内部の者の仕業としか考えられん。」


 それが例えユリウスと同じ血筋の親族としても。

 しかしそれを聞いて慌てたのはバーナード枢機卿である。現在ユリウス本人は起こっている事態を把握していない。知っているのは扉の前に短刀が突き立っていた事のみであり、その後部屋の中で起こった事までは知らされていないのである。言えるはずが無いという理由で。

 遂にはユリウスの部屋に出入りしていた女中を捕らえた大司教。事情を知り怒りに染まるユリウスの前で起こっていた出来事を説明したが、命の危険が迫っている事を知りながら警備に失敗しあまつさえ避難さえさせなかった罪で捕らえられるに至る。


~その日の夜の事~

「全く無能めが!」


 ユリウスはベッドで横になりながら悪態をついていた。使えない部下により自分が危機に晒されていた事がどうしても許せなかったのである。更には自分の一族を無断で投獄するという事態に堪忍袋の緒が切れたようだ。

 もぞもぞとベッドに潜り込んだユリウスが正に目を瞑ろうとした時であった。


「貴様がそうであるか。」
「ふん、憎たらしい顔をしておるものよ。」


 不意に部屋へと声が響いた。


「なっ、誰だ!?」


 途端に飛び起きたユリウスが見たもの、それは厳戒態勢の警備の中悠然とユリウスの自室に立つ侵入者の姿であった。


「貴様なんぞに名乗る程、我が生涯の友から貰った名は安くは無いのである。」
「ふんっ、そういう事だ。」


 目の前の侵入者は一国の王を前に悪びれる気配など全く無い。この異常な出来事にユリウスの身体からは嫌な汗が吹き出ていた。


「誰か居らんのか!」


 ユリウスが声を上げる。しかし誰からの反応も無い。

 それも当然である。現在この部屋は吸血鬼オウルにより結界を張られており外部に中の音が聞こえる事は無い。それはつまり人化の魔法で人の姿になった目の前の侵入者がどれだけ暴れても外には聞こえないという事でもある。




 そもそも今回の一連の騒動は自分達の友人を傷つけようとした者が居ると聞き怒った者達が仕返しに来たというのがその真相であった。



 友人の護衛に返り咲く為に友人の保護者と粘り強く交渉を行ってきたのはルークを友と慕うヒュドラとタニアを慕う麒麟。彼らは自分の友達が危険に晒されたと知りいてもたってもいられずクラウドに仕返しを直訴した。下手に怒りを買って標的にされては困るからと「二度と手を出す気にもならないようにさせてこい」という条件の下、成功した場合は再度護衛の役につく許可が出たのであったが問題はそのメンツであった。

 潜入支援として吸血鬼のオウル

 仕返しの実行犯としてヒュドラと麒麟

 既に聖十字国を壊滅させる程の戦力が揃っている。オウルが影移動で人目に付かないようヒュドラと麒麟を運んだため誰一人として気付くこと無くユリウスの私室に侵入した一行は遂に要件をきり出した。


「死にたくなくばこれだけは覚えておくである。金輪際我らが友に迷惑をかけるな!」
 ドスッ!

「うぐわぁっ!?」


 低い声でヒュドラがそう告げたのと同時にユリウスの身体が蹴り飛ばされた。部屋の隅まで吹き飛ばされ壁に激突して悶絶するユリウスに続いて声が掛けられた。


「貴様が直接指示しなくても部下がやれば責任は貴様にあるぞ。」
 ゴキィ!

「ぎぃやあぁああぁぁ!」


 足を踏みつけたかと思うとそのまま骨まで踏みつぶされる。


「これに懲りたらあの国にちょっかいは二度と出すなである!」
 グシャァ!

「だっ、だすげでぇえぇっ!」


 その後、しばらくの間続いた伝言はユリウスの意識が無くなることでようやく終わるのであった。





~次の日の朝~

「ユリウス様、おはようございます。朝でござ・・・、きゃっ、きゃあああぁぁぁあぁあぁ!」


 ユリウスを起こしに来た侍女が見たもの、それは片手が引きちぎれ両脚は明後日の方向へひん曲がった
姿のまま血だまりの中で倒れているユリウスの姿であった。顔は腫れあがり身体中の骨が折れていたものの所属する神父たちによる懸命な治療の甲斐あって一命を取り止めたユリウス。そんな彼が他国を侵攻すると言うことは二度と無かったという・・・


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