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第5章 上京

3人の家族団欒

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「着いた着いた。ここがバダックさんから聞いた宿だ。」


 そう言うクラウド達の前には大きな宿屋があった。入口には『森の木漏れ日亭』と書かれた看板が飾られている。グラスフォードに来る時にバダックが定宿としている宿であり街の中でも食事の美味さと行き届いたサービスで人気は非常に高い。


「こんにちはー。」


 扉を開けて入って行くと直ぐに奥から返事が返って来た。


「は~い。ちょっと待ってて下さ~い。」


 そう言って奥から一人の女の子が走り出して来る。

 年の頃は7歳くらいだろうか。薄い茶色のストレートヘアーは背中近くまで伸びており肩口で分けて縛りツインテールにしていた。美人というよりも可愛いタイプでとびきりの笑顔で元気に働くその姿は非常に愛らしい。


「お待たせしました、いらっしゃいませお客様!本日は宿泊ですか?お食事ですか?」


「宿泊をお願いします。3人部屋って空いてますか?」


「はい、ございます。3人部屋は一泊銀貨8枚と大銅貨5枚です。よろしいですか?」


「ええ構いません。お願いします。」


 あっという間に部屋を決めたクラウドを見て驚いたのはルークとタニアである。宿泊だけで銀貨8枚・銅貨5枚という金額は2人にとっては高すぎたのだ。最も「宿ならバダックさんに聞いて来た」とだけ伝えていたクラウドが金額等の説明を全くしていなかったためいきなり金額を聞いくはめになり驚いたようだ。とは言っても貴族が使う程の宿が安宿の筈は無いのであるが。


「ちょ、ちょっとクラウド?高すぎないの?」


「そうよ、もう少し安い宿を探した方が良いんじゃないかしら?」


 心配そうにする2人を見て少女が声を掛ける。


「もしかして手持ちが少ないのですか?それなら大部屋でどうですか?他の人達と一緒だけどそれなら一人一泊銀貨1枚ですよ。あっ、でも女の子がいると大部屋は危ないか・・・。」


 宿泊客は馴染みも多いが一見客も居る。特に広い部屋で客が好き勝手に雑魚寝する大部屋は料金は安いが問題も多い。今大部屋に泊まっている客の中にはガラの悪い冒険者も居たことを思い出し少女が「う~ん」と考え込む。


「大丈夫ですよ。知り合いに会うまではしばらく居るつもりですので料金は払っておきます。先払いですよね。」


 そう言ってクラウドは懐から取り出した硬貨数枚を少女に渡した。


「ええそうです、それじゃ確かに頂きましたっ・・・って、ええ!?ちょっとこれ・・・」


 支払いを受けた少女が固まった。支払いの心配をしている家族がいるにもかかわらず彼女の手に乗せられた硬貨は全てが金貨である。


「それじゃこれで良いかい?」


「は、はい結構です。それじゃあ部屋へ案内しますね。(ちょっと変わった人達ねぇ)」


 心の中で言動と行動のちぐはぐさを感じながらも少女は部屋へと3人を案内した。


「それじゃあこれが部屋の鍵です。出て行く時は私かお母さんに預けて下さい。私はシェリル、お母さんはアニスって言います。」


「ありがと、俺はクラウド。また何か分からないことがあったら教えてくれなシェリルちゃん。」


「お世話になりました、シェリルさん」


「ありがとう。」


 それぞれが礼を伝え部屋に入ってしばらく休憩していたが、新しい街に来て我慢が出来なくなったようだ。ルークとタニアが街を見に行きたいと言い出した。
 先ずはルークと2人でメイソンさんを探しに行こうと考えていたクラウドであったが、タニアの頼みを断れる筈も無く3人で街中を散策することとなる。


「じゃあ先ずはメイソンさんを探してみようか。シェリルちゃんに聞いてみて知らないようなら冒険者ギルドへ行こうと思う。ポーションを売ってる店だから冒険者に聞けば分かるだろうから。その時はタニアちゃんは近くでお茶でもしててくれたらいいからね。」


「私だけ?どうして?」


「冒険者ギルドってところは少しガラが悪いんだよ。ルークもミルトアのギルドで絡まれたしな。俺達で中に入ってメイソンさんの話しを聞いてくるから。」


 などと言いながら冒険者を警戒するクラウドであったが、ルークに絡んできた冒険者の腕を切り落としている(魔法で治癒済み)ことを考えればどちらがたちが悪いかは意見が分かれるところであろう。

 部屋を出ていくとシェリルは受付に座っていた。


「あれ?もうお出かけですか?」


「ああ、そうなんだけどね。メイソンさんって人を探してるんだけど知らないかな?この街で店を出してるらしいんだ。」


「メイソンさんですか?それだけではちょっと・・・。どんな店とか分かりますか?」


「ポーションを売ってる筈だけど。」


「え、ポーション?まさかロズウェル商会のメイソン会頭じゃあ無いですよね・・・?」


「おっ、それだと思う。店の名前までは忘れたけどメイソンさんが会頭だった筈だ。」


 店の名を忘れていたクラウドであったが、いきなり正解らしい返事が出てきて幸先が良いと喜ぶ。しかしシェリルは表情を曇らせていた。


「あの、どういう理由で会いにいくのか知りませんが多分会ってくれませんよ?ロズウェル商会といえば今ユーテリア王国の中でも一番高品質なポーションを作ってる商会です。メイソン会頭といえば製造方法を知りたい商会や販売先との商談でこのグラスフォードで最も忙しいと言われている人ですよ?」


 流石にグラスフォード屈指のサービスを誇る宿屋である。街の情報には詳しいようだ。最も、ロズウェル商会の情報については街の者なら誰でも知っている事であるのだが。

 いくら何でもそこまで忙しいと思っていなかったクラウド達は仕事中なら邪魔は出来ないと考えた。「良かったら手紙の配達もやってますけど」と続けるシェリル。いきなり訪ねるのでは無く先ずは手紙で約束を取るべきだと言われた3人。自分達より年下にたしなめられ苦笑いを浮かべるのであった。

 大銅貨3枚を支払って森の木漏れ日亭から使いを出したクラウド達。せっかくだからと街の見物に繰り出した。

 それから雑貨屋や服飾屋を見て回った3人は時間が経つのも忘れて見た事も無い品々に心を惹かれていくのであった。


「はぁ~、可愛いものが一杯あったわね~。」


「僕も見た事ないものばっかりだったから面白かったな!まだまだ見てない店もあるし、また来たいねお姉ちゃん!」


「ええそうね!見ているだけで楽しかったわ!」


 弾む会話にクラウドも満足気である。トント村で暮らして来た2人が見た事があるのはミルトアの街のみであり、グラスフォードのような大きな街を見物したのはこれが初めてであった。知らない内に時間も経ちお腹がへって来た3人は宿に戻って夕食にしようと話しあっていた。

 尚クラウドが何でも買って良いよと言ったもののルークもタニアも何も買わなかったようである。

 ただでさえ高い宿代というのに、これからしばらく宿暮らしになるため出来るだけ出費を抑えた方が良いと2人が考えているためである。最もまともな店など無かったトント村で暮らして来た2人はお金の使い方が分からないというのが本当のところであろう。

 楽しかったと話しあいながら森の木漏れ日亭に着いた一行。そんな3人を騒動が待ち受けているとも知らずに中に入っていくのであった。


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