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第5章 上京

冒険者デビュー

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「いやはや驚きましたよ。」


 そう言いながら目を見開いているのはスタンフォードでも有数の大商人となったメイソンである。クラウド達はトント村から出てきた経緯を簡単に説明していた。クラウドの事を今の今まで凄腕の薬師としてしか知らなかったメイソン。他国の精鋭や吸血鬼との戦闘の話しはまるでおとぎ話のようだと思いながら聞いていた。


「まあそんな訳でね。マーサさんが亡くなったのを機にもっと広い世界を見てみようという話しになったのさ。」


「そういう事でしたか。しかしマーサ殿が亡くなられていたとは知りもせず申し訳も無い。ご愁傷様でしたね。それで私と会いたいということでしたが、一体どうされたので?」


 お互いの近況報告が終わりメイソンがようやく本題へと入った。


「ああそれなんだけど、実はしばらくこの街に住もうかと思っているんだ。冒険者としてルークがデビューする予定でね。心当たりがあるならで良いんだけど、おすすめの武具屋なんかがあったら教えて欲しいんだ。あと住む家を探してるからそっちの業者もな。」


「そういうことでしたか。ならば私が知る限りですが協力させていただきますよ!」


「そいつはありがたいな。それじゃあその時が来たら声を掛けるよ。取りあえず明日はルークの冒険者登録に行ってくるつもりだ。何か受けれそうな依頼があればチャレンジしてみるかな。」


 約束を交わした後、今度は娘のアイリスにも会ってやって欲しいと言い残しメイソンは帰っていった。


「う~、緊張するなあ。」


 そう漏らすのはルークである。ルークは今まで身体の基礎作りを中心に鍛錬してきた。走り込みや素振りに組手などが中心で実践の経験がほとんど無い。


「大丈夫だよルーク。心配するなって。新米の冒険者がそんな危険な依頼を受ける訳無いだろう?」


 笑顔でクラウドがそう答えるが心配なものは心配である。タニアもまたルークの事が心配で仕方ないようだ。不安そうな表情で2人を見ていたのであった。



 ~次の日~


「それじゃあ行ってくるよタニアちゃん。」


「行ってきますお姉ちゃん。」


「2人とも気をつけてね。」


 そう声を掛け部屋を出て行くルークとクラウド。朝食を宿の食堂で済ませた3人は部屋へと戻った後2人だけで冒険者ギルドへと向かうようだ。
 何があるか分からないからくれぐれも気を付けてと繰り返すクラウドであるが、宿に残り2人が帰るまで部屋でゆっくりと過ごす予定のタニアに一体どんな危険があると言うのかは謎である。


「ほんとに心配症だなあクラウドは。」


 ルークに笑われながら階段を下りていく。すると階段を下りた先で声を掛けられた。


「あれっ?今日は2人だけでお出かけですか?」


 宿の看板娘シェリルである。


「ああ、今日はルークが冒険者ギルドに登録に行くんだよ。」


「そうなんですね!冒険者なんて凄いですルークさん、頑張って下さいね!いってらっしゃい!」


「うん、行ってきます!」


 可愛い女の子から励ましの挨拶を受け顔を赤くしながら返事を返したルーク。それを見て「ふむふむルークはシェリルちゃんみたいな子が好みなのか」と小声で呟いていた保護者には気づかなかったようだ。


 出掛ける前にシェリルに教わった通りに街の中を歩いていくとその建物はすぐに見つかった。

 大通りの中でも一際大きなその建物には沢山の人間が出入りしている。朝の早い時間は混むだろうと考えて少し時間を遅らせてきた2人であるが、それでもまだ早かったようだ。

 扉を開けるとキィと音が鳴った。それを聞いた数人が入って来た人物へと視線を向けるがすぐさま興味無さそうに顔を戻す。ギルドの中は非常に賑やかであった。受付嬢と話す者、依頼を吟味している者、仲間内で話し合っている者と様々だ。

 2人は中へと入ると受付カウンターへと近づいていく。


「おはようございます。初めての方ですよね?」


 空いているカウンターへと行くとそう話し掛けられた。受付嬢は赤みがかったストレートの髪が肩辺りまで伸びている。優しそうな笑顔には不自然なところは無く見る者に清楚なイメージを与えた。知的美人とでも言えば良いだろうか、その女性を見たクラウドは「やっぱり受付嬢は美人が採用されるんだな」と心の中で考えていた。


「ええそうです。先ずは冒険者登録をお願いしたいのですが。」


 そう言ってルークへと視線を向ける。


「かしこまりました。そちらの方の登録ですね。直ぐに準備します。」


 そう言って取り出したのはクラウドも見覚えのある登録用紙である。名前や職業、適正属性、スキルなどを書く欄がある。クラウドに習い読み書きを覚えているルークがすらすらと書いていく。

名 前 :ルーク
職 業 :剣士
適正属性:無
スキル :無

 書き終えた用紙を返すルーク。尚、ルークが剣士を名乗っているのは「それが無難だ」というクラウドの勧めからである。戦闘では剣術を主体に戦うのだからと。
 最終的には魔法使いを名乗りたいというのがルークが胸に秘めた願いであるが現時点ではルークは剣術といくつかの魔法が使えるだけであった。最も剣術と魔法の両方を使いこなすなどありえないというのが一般的な常識である。

 無役のルークが魔法だなんてと人が聞けば鼻で笑うだろうが、クラウドによってルークはすでに火・水・風・土の精霊達との契約を終えている。


 最も本来ならばクラウドはルークが魔力操作の特訓を終えてから精霊に魔力を分け与える方法を教えようとしていた。そして魔力を与える代わりに力を貸して貰うよう契約を結ぶつもりでいたのだ。

 しかし、結果としてその必要は無かった。

 強力な魔力を持つためにクラウドの周りは常に沢山の精霊達が取り巻いている。その為近くにいるルークの事も良く知っていた精霊達は裏表が無く心優しいルークを気に入っていた。そのことにクラウドが気づいた時には既に精霊との契約は為されていた後だったのだ。
 それも魔法陣による契約相手では無く、心と心を通じ合う友人として。

 かつて無役と蔑まれたルークが複数の精霊と契約を結ぶ


 余談であるがそれを知ったクラウドはこの世界で行われている『召喚の儀』がどのようなものかをほぼ正確に掴んでいる。召喚の儀、それは魔導具で描いた魔法陣の中にいる精霊達とのコンタクトを可能にするというもの。そして魔法陣の中にいる者と相性が良い属性の精霊とが協力関係の契約を結ぶというものである。

 通常精霊が溢れているこの世界では何の問題も無い話しである。しかし、この召喚の儀には致命的な欠陥がある。

 『魔法陣の中にいる精霊達』としかコンタクトが取れない。それが意味するところとは・・・

 つまり一度始まった召喚の儀で偶々火属性の相性が良い者達が多く居たとする。すると当然魔法陣内の火の精霊達は契約していくため数を減らす。その結果、火の精霊が居なくなった後ではいくら火属性との相性が良くても契約してくれる精霊は居ないのだ。

 つまり無役となる。

 この魔力が溢れる世界で全く適正が無い人間などそうは居ないだろう。もしそうなら微弱とは言え大気さえが魔力を帯びているのだ、そんな中で暮らせば身体に変調をきたすはずだ。しかし、ルークはトント村で暮らしている間に体長を悪くした事は一度も無い。つまりルークが無役となった理由は


『運が悪かった』


 それだけであった。最もルークが苦しんできたことを知るクラウドがそれをルークに伝えることは無い。

 しかも更に言うなら相性が悪い精霊とでも契約は可能なのだ。それは古代で確立された技術なのだ。


 現にルークはクラウド指導の下、既に30を超す数の精霊と契約している(最も本人は友達になったと表現するが)。力を貸してくれるならそれが契約による強制的なものだろうと友達としての自主的なものだろうと問題では無いのだ。
 これが知れ渡れば大変な事になるだろう。お金も動くに違いない。おそらくルーク達には考えられない程の大金が舞い込んでくる可能性が高い。
 しかしそんな大金など要らないし、世界にとってどれだけ貴重な情報だろうと自分がそれを考慮する必要は全く無いとクラウドは考える。

 ルーク達の自立を現在の目標にしているクラウドにとってはあくまでも自分達で金が稼げるようになることが大事なのであって、降ってわいた大金など不要、更に言うならいらぬ揉め事を引き寄せるのが関の山だというのが本音である。


 人類が無くした古代の叡智。それがどれだけ周囲にとって重要な情報であるかなどどこ吹く風である。


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