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第1章 古代の魔法使い

任務完了

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 エリスが回復した後、挨拶も済んだクラウド達は再び応接室へと戻って来ている。

「さてと、エリスさんも回復したことだし、さっさと話しを詰めてしまおう。」

「クラウド殿の言うとおりだ。まずはこの屋敷に潜伏している者達のあぶり出しだな。」

「それなら私が。この屋敷には使用人やメイド達が数多くおりますが、エリス様に毒を飲ませることが出来る者など限られてきます。エリス様の身辺を世話するメイドと食事を作る者、または運ぶ者あたりを中心に調べれば必ずや見つかるでしょう。金輪際エリス様に毒など盛らせは致しません!」

 コーランがやる気に満ちているようだ。犯人が分かるまでは調理から給仕まで全て信用出来る者達のみで行うと言い出した。

「そっちは任せるとして、俺は俺で動かせてもらうよ。さっきは何人でも付けてくれなんて言ったが、もう俺一人に任せてくれるだろ?」

 クラウドは調査を待つ間の時間が勿体ないと言い出した。既にバダックをあしらって見せたことでクラウドの腕前を疑う者はこの場には居ない。囮役については自分のみでやると言い出した。

「しかし相手の人数も分からぬのだ。少しくらいは・・・」

 そう言うバダックにクラウドは任せろと笑ってみせる。何より、相手のスパイが兵士の中にいる可能性も考えると一人の方がやりやすいのは事実なのである。

 唯一、クラウドにとってアキレス腱となるルークの守りが心配であったクラウドは既に騎士のクリーチャーカードを渡している。いきなり見たらバダック達が驚くかとも思ったが、使わない可能性の方が高い事と、あえて2人に内緒にすることでスパイが情報を入手する可能性が無くなり敵側の裏をかけるかもと考え説明はしていない。
 ちなみにルークは村に居る時にマーサ婆さんより話しは聞いており、カードから騎士が出てくることは知っているがその腕前が目の前にいるバダックを軽く凌ぐほどの強者であることなど知りもしない。

 結局バダック達は屋敷の者達のあぶり出しに入ることになり、囮はクラウドのみがすることで話しは纏まった。その際クラウドはバダックにランプを貸してくれと頼む。

「それじゃあ行ってくるよ。」

「お気をつけ下さいクラウド様。」

「うむ、クラウド殿を倒せる者などそう居りはせんだろうが油断だけはせんようにな。まだ明るいしランプを何に使うのか全く分からんが、後で教えてくれるのだろう?」

 そう笑うバダック達に見送られてクラウドは屋敷を出ていく。

 馬車に揺られて敷地を出るとそのまま宿に向かった。街中を走る馬車は速度も出ていない上に乗っている方は小さな窓からしか周囲を見ることが出来ないため、尾行者がいればこんなに簡単な相手はいないだろう。

 しばらく走った時、馬車が急に止まった。

「なかにいる奴出てきなっ!」

 乱暴な声が聞こえてくる。窓から周囲を確認することもなくさっさとクラウドは馬車から降りた。

「なかなか素直な奴だな。おいお前、痛い目に遭いたくなかったらこちらの言う事に答えろ。」

 そう言ってくるのは一見すると山賊なような風貌の男であった。大きな身体に獣の皮を巻き、皮鎧を着ている。薄い鉄製のように見えるグリーブが脛をガードしているようだ。短髪で彫りの深い顔が見た目の怖さを際立たせている。

「まず、お前は何者だ?何の仕事をしている?」

「俺はトント村から来たクラウドと言うもんだ。薬師をしている。」

 そう告げると周囲を囲う男たちはある者は面倒くさそうに、またある者は嬉しそうにと表情を変えている。

「運の無い奴だ・・・」

 バダック達がエリスの治療にと招待していた治療師や薬師達。毒物の治療には治療師の回復魔法はただの一度も効果を見せることは無かった。しかし、クラウドの2人前に来た薬師が毒の持ち込み先であった街の出身地であったことから解毒方法を知っていたことで、薬師は排除対象となってしまった。

 クラウドが薬師であったことで集まった男たちはクラウドの殺害後の後始末が面倒だと思う者達と殺しが出来ると喜ぶ者達の2つに分かれていた。

「こちらからも聞きたいことがある。お前たち8人の所属と雇い主の名前を教えてくれないか?」

 周りを男達に囲まれたままクラウドは平然とそう告げた。

「あぁ~?お前俺たちを舐めてるのか?自分がこれからどうなる・・・何!?」

 この場を仕切っていた男達のリーダーは困惑した。この場にいるのは6人のみ。残りの2人の内1人は連絡員兼見張り役として近くの建物から隠れて見ているが、不測の事態に備える人員として隠れ家で待機しているもう1人までもが把握されている。
 クラウドの事を隠れて見ている見張り役ならともかく、そもそもこの場に居ない仲間の事がどうしてバレているのか?不気味さを感じ警戒レベルを1つ引き上げたリーダーは全員に指示を出した。

「遊びは終いだ、全員でかかるぞっ!」

 そう大声を上げると同時に自分もまた剣を抜きクラウドに襲い掛かる。

「バダックさんの方が余程早いな。」

 そう呟くと振り下ろされる剣の間合いから出ることも無く、身体を右半身に構えることで躱す。全力で振り下ろされた剣が地面に叩きつけられた時に合わせてクラウドが足で踏みつけ動きを封じた。だが・・・

「今だっ、やれっ!」

「(剣を警戒し足で踏み動きを封じようとするなど素人同然。躱すのは上手いが囲まれた状態で自身の動きを阻害するなど戦闘に慣れた者とは思えない。考えすぎだったか。)」

 そう安堵する男が一呼吸おいて異常に気付く。

 彼の後に続いた者は一人も居なかった。剣を握ったまま顔を後ろへと向けた男が見たものは口から泡をふきながら倒れている仲間達の姿である。

「・・・お、お前か・・?一体何を?」

「それを敵に聞くようじゃ話しにならないだろ。原因が分からなくてもせめて俺くらいは自分一人で倒してみせるという敵愾心くらいは見せてもらいたかったな。お前ももう寝な。」

 その言葉を最後にリーダー格の男も意識を失ったのであった。



 ちなみに男達が意識を失った原因はクラウドが持ってきたランプである。

 敵にどの程度の魔法使いがいるのかが分からなかったクラウドは、なるべく敵に察知されない為に自身の魔力の使用を避けたかった。

 バダックが屋敷に招いているのは治療師か薬師である。それなら敵は招待客を強敵として警戒はしていない可能性が高い。屋敷の外に出て戦闘になれば話しは別だが、屋敷の中にいる今なら監視系の魔法をかけられてないだろうと考えたクラウドは馬車で出発する前に土と風の精霊を呼び出し両精霊を魔力で強化していた。
 結果、バダックの屋敷の周囲についさっきまで8人の人間がいた事、6人が固まって移動していることと2人は別行動をしていることを土の精霊から聞き事前に把握。
 出発と同時にランプに火をつけ風の精霊に気体を操作させる。大気に拡散しないよう二酸化炭素を集め高濃度の二酸化炭素を含む気体をランプ内に作り上げた。後は声をかけられて外に出てからリーダー以外の男に風の精霊に操らせて気体を吸わせることで中毒症状にしたのだが・・・

 今回もまたクラウドが警戒を必要とする魔法使いには出くわさなかった。と、言うより今回の敵メンバーの中にはそもそも魔術師が居なかったのだが。

「何だか警戒する意味がないなあ・・・」

 そうボヤキながら近くの建物の影に倒れている男も回収し全員を縄で縛って馬車へと括りつけた。

「さあ、後は待機しているもう一人も捕まえてさっさと帰るか。」

 土の精霊に別行動していた男の足取りを聞くと『少し離れた建物に入っていった』と言うので案内を頼んだクラウドがバダックの屋敷に帰ったのは出発してから僅か40分後の出来事であった。
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