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第2章 異世界勇者

クラウドの希望

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 エドワード達がユーテリア王国の王都レインフォードに帰って来てから3日が経つ。

 彼ら一行が王都にたどり着いた時、王城はまさに大騒ぎとなった。

 ある者はエリックの功績を讃え、ある者は騎士団や魔術師団を褒め称えた。国王は自身の息子や娘が無事帰って来たことを心から喜んだ。

 無事の帰還を祝って5日後に宴が開かれることとなる。それに是非とも参加してくれとエリックに頼み込まれたクラウドであったが即却下、帰りの準備を始めたところでバダックの提案により参加を決めた。


「しかし助かったぞバダック。このままクラウド殿に帰られては話しにならんところであった。」


「ふふふ、私にもようやくクラウド殿の扱い方が分かってきたようで。」


 談笑しているのはエリックとバダックである。内容が内容だけに事前に国王に報告書の草案を上げたところその内容を見て固まったアンドリュー。騎士達が活躍しアンデッドを倒す書類までは非常に機嫌が良かったのだが、6000体を超えるアンデッドを僅か15分足らずで壊滅したと書いてあるのを見て息を呑む。その後、ドラン連邦国で異世界人達を圧倒しドラン連邦国との交渉を決定付けた挙句、帰路にてAランクの魔物に命乞いされた結果、先導として採用。一行の安全を確保したと書いてあるその書類を見て固まることとなる。
 余りの事実に直しようがないと考えたアンドリューが結局事実は事実のまま報告すれば良いと言ったことで言葉通り脚色無しで報告書を提出したエリック。こんな書類が反国王派の貴族達に支持される筈も無く、自分で折衝を行うはめになるアンドリューであった。

 その結果、反国王派の貴族達から「夢物語にも程がある」と非難を浴びたが、ファンクや同行した騎士達はおろか魔術師団のメンバーまでもが証言したことで一応の収まりを見せた。


 国王から宴までの間は休暇を貰ったことで気楽に宴を待っていたエリックであるが、そんなエリックを狼狽させたのは一番の功労者とも言うべき男の帰宅発言であった。


 宴の場では国王から功労者への褒美の言葉もあり、簡単であるが褒賞についても話しがある予定である。そんな中、一番の功労者が居ないなど話しにもならない。何としても参加して貰わなければ形にならないのだ。
 必ず莫大な賞金が出るはずだからと説得しても聞く耳を持たないクラウドであったが、そんな中エリックを救ったのはバダックの一言であった。


「今回のクラウド殿の褒賞として、何かトント村へ便宜を図って貰えるか聞いてみてはどうだ?」


 その言葉を聞いたクラウドがエリックに尋ねたことは、


「なら言うけどエリックさん。前から思ってた事があるんだ。」


 そう前置きしてクラウドが出した条件。それを聞いたエリックは「本当にそんな事で良いのか?」と何度も聞き直すこととなる。


「俺にくれる賞金が幾らかは知らないが、受け取る分だけの金額で良い。無役と呼ばれる人達は他の人よりも余計に税金を払わなければならないと聞いた。その人達に課されている追加の税金をそれから払ってくれないか?」


 それはルークが無役である事でマーサ婆さん一家が払う税金が周りの家より高くなっていることを気にかけていたクラウドの提案であった。しかし、自分達だけ払わずに済むとなればあの心優しい一家は『自分達だけ優遇される訳にはいかない』と罪悪感を抱くだろうと考えたクラウド。無役の人間などはほんの一握りの少数だと聞いていたことで、皆の分もある程度の期間なら負担出来るかもと考えたようだ。


 しかしそれはクラウドの思い違いである。


 本来無役の人間への追加課税は貴族の差別意識から生まれた物である。他を見下す事で上への不満を抑えつける政策の1つであり、あくまで形式的な意味合いが強い。
 年間の収入が銀貨数枚程度である貧しい村人達の懐事情から見てこそ、その負担は馬鹿にならないものであるが今回国王やエリックが考えていた褒賞金などとは比べ物にならない。

 そもそもユーテリア王国の人口は約14万人であるが、その中で無役の人達は約430人ほどである。そして無役の家には一年につき大銅貨6枚が追加課税される。

※貨幣については以下の通り
白金貨=金 貨100枚(現在の貨幣価値で10,000,000円程度)
金 貨=銀 貨10枚(現在の貨幣価値で100,000円程度)
銀 貨=大銅貨10枚(現在の貨幣価値で10,000円程度)
大銅貨=銅 貨10枚(現在の貨幣価値で1000円程度)
銅 貨=賤 貨10枚(現在の貨幣価値で100円程度)
賤 貨
大体質素な食事で銅貨2枚~4枚程度が目安となります。

 つまり、無役の人間全体で年間約金貨25枚が追加分の税収となっている。クラウドはそれを褒賞金から肩代わりしたいと言ったのだ。


 その一方で今回の一件でのクラウドの功績と言えば先に述べた通りである。


①ドラン連邦国への旅路にて騎士団のアンデッド討伐の立役者となる。

②同旅路にて6000体を超えるアンデッドの大群を1人で撃破、エリック達を壊滅の危機より救う。

③エドワード殿下達救出の最大の難関であった異世界人達を抑え込む。

④国落としと呼ばれるAランクの魔物から皆を守り、さらには帰路の安全を確保する。

 挙げられるだけでこれである。さらにはユーテリア王国で常に不足している魔石を数千単位で確保。国が買い上げることになっている魔石は騎士達の臨時収入として1人辺り約金貨10枚にも上り騎士達を狂喜させたが、この魔石が生み出す経済効果も考えれば既にその功績は計り知れない程になっている。

 それに対しアンドリューが考えていたクラウドの褒賞金は白金貨15枚~20枚。これはクラウドが金に執着しないと聞いたため最低限の金額として確保したものであり、他に望みがあればそれにも可能な限り応えるとの考えであった。

 優に無役の人達の追加税金60年以上がカバー出来ることになるが、それを知ったエリックが1つの提案を行った。
 本来無役だからと言って追加課税がある事に疑問を持っていたエリックはクラウドの功績として追加課税の廃止を検討すると伝えたのだが、これにクラウドが感激。その反応を見たエリックが至急の案件としてアンドリューに書類を出した結果、二つ返事で承諾が取れたのである。


「しかし本当に欲の無い人間よな。」


 一連の報告を受けたアンドリューがエリックに話しかけている。


「まさにその通りかと。無役人の追加課税など微々たる税収でしかありません。クラウド殿との良好な関係が結べることを考えればこれ程安い取引は無いかと。」


「全くだ。今回の一件はクラウド殿が居なければ泥沼化していただろう。エドワード達が揃ってユーテリアに帰ってこれたのは間違いなく彼のおかげ。その功績に対して自身の富を望まず、家族が喜ぶ事を優先する。しかもその家族が謙虚であることを心配して無役人全体の利になるよう提案するとはな。儂は彼奴を気に入ったぞエリック。」


 リリーの初体験騒動では殺してしまいたいとまで考えていたアンドリューもクラウドの事を認めているようだ。

 それから2日後、予定通り開催された宴では貴族達がこぞってエドワード達に祝いの言葉を届けている。

 特に知人も居ないクラウドは部屋の片隅でバダックとリリーの3人で集まっていた。


「やっぱりクラウドは凄い。」


「どうしたんだリリーちゃん?」


「ははは、リリー殿下は今回のクラウド殿の功績を聞いて驚いているんだよ。」


 クラウドが何をしたかを宴が始まってからバダックに教えて貰ったリリーは素直に驚いているようだ。


「何を盛り上がっているんだリリー?」


 話しかけてきたのは国王の次男ヘンリーである。


「あ、兄上?」


 普段あまり会話も無い兄から話しかけられ戸惑うリリー。彼はクラウドがいるのを見つけ話しをしに来たのであるが、クラウドに助けられた時にリリーのことを気に掛けると約束したことでリリーにも話しをしに来たようだ。


「今回のこと、本当に助かったぞリリー。聞けばクラウド殿はリリーが呼んでくれたらしいな。ありがとう。」


 無骨な武人の精一杯の感謝を受け恥ずかしそうにリリーが照れていると、そこにオリヴィアもやって来た。


「リリー、今回は本当に助かりましたわ。今までは仲良く出来ずごめんなさい、よければこれからは仲良くしたいわ。何でも話してね。」


「は、は・・い・・」


 いきなりの宣言に戸惑うリリーを余所に、オリヴィアの腹芸の下手くそさが面白かったクラウドが笑いを堪えている。


「コホンッ、しかしクラウド殿もこれからは大変になりますね。」


 笑っているクラウドを咎めるように咳払いをしたヘンリーがクラウドにそう告げた。


「ん?私が大変になるとは?」


 相も変わらずの外面の良さ、ルークかタニアがこの場にいれば間違いなく笑っているだろう。


「今回の一件でクラウド殿の実力はこの王都の貴族達に知れ渡りましたからね。しかもどこにも所属していないのです。これからは自分の親衛隊などに入ってくれといった風な勧誘が次々と来るでしょう。」


「あぁ、それなら大丈夫。私はトント村を出る気はありませんので。」


 しかし、トント村から出る気のないクラウドが他の街や都市に仕官に行く事はないと断言する。あわよくば自分の親衛隊に入ってもらいたいと考えていたヘンリーとオリヴィアが見事に轟沈する中、ミルトアに遊びにいけばトント村はすぐ隣。簡単に会いに行けるとリリーは嬉しそうであるが、


「それにこれからは村を空けることも増えるでしょうしね。勧誘に来ても誘う相手が居ないんじゃ流石に諦めるでしょう。」


 それを聞いたリリーが慌てだす中、バダックがクラウドに尋ねた。


「トント村が大好きなクラウド殿らしからぬ発言だな。何の用事で村を空けるんだ?」


「あぁ、まだ話しはしてないんだけどね。俺はルークを連れて世界中を見て回りたい。あいつに大きな世界を見せてやりたいんだ。」


「羨ましい・・・」


 ルークを連れて世界を見て回るというクラウドの話しを聞いてリリーが突如羨ましがり始めた。


「あのねぇリリーちゃん、遊びに行くんじゃないんだよ?見聞を広めにいくんだよ。」


 そうは言うがリリーからしてみればクラウドのいる旅は安全が約束されたも同然。さらに数々のアイテムを持つクラウドの旅路はかなり楽しそうというのが彼女の印象であった。


「まあ、まだルーク本人にさえ言ってない話しだからな。どうなる事かはまだ分からないさ。行くにしても当分先だろうしね。」


「ふむ、そういう事ならクラウド殿は冒険者の登録はしているので?」


「ええ、王都のギルドを訪ねた折に登録だけは済ませてありますが?」


 その場その場で話す相手に対し口調を変えるクラウドにヘンリーが冒険者登録の話しを始めた。


「それなら良いんです。冒険者登録しておけば移動についての手続きなどもかなり簡素化出来ますから。欲を言えば少しだけでも冒険者ランクを上げておいた方が良いですよ。受けられるサービスなんかも変わってきますしね。」


「・・・なるほど。旅に出るまでに少しだけでも冒険者としての活動もしておこうかな。参考になりました。ありがとうございました。」






 どんどんと旅に出る方向で話しが進む中、リリーだけが目の色を変えている。




 彼女はルークとクラウドの旅路に同行出来ないかと考え始めているのだが、残念ながら初体験騒動を経験したアンドリューがそれを許すはずがないことにまだ気づいていないのであった・・・



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