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第3章 1000年前の遺産

男意気

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 バダックの下に2通の手紙が届いた。差出人はユーテリア王国の宰相エリックと南部統括都市グラスフォードの領主ジェフリーからのものである。
 エリックからの手紙には王都で起こっている異変についてが記されており手紙の最後には大変申し訳ないがと前置きした上でクラウドへ助力を請いたいこととそのためにバダックに口添えを頼みたいと記されていた。


「やれやれ。全くクラウド殿と知り合ってからというもの王都からの連絡がよく来るものだ・・・」


 面倒なといった面持ちでそう語るバダックであるが、決してそれを嫌とは思っていない。騎士上がりのバダックは王都とのやり取りが確かに苦手である。しかし彼と知り合わなければ妻エリスは助からなかっただろう。それはつまり自身の何よりの宝となっている我が子を授かることも無かったということである。


「まあ、そんな事言って。」


 クスクスとエリスが笑っている。王都の相手を面倒がるという領主としての態度を赤子を抱いてデレデレとしたまま話しているのが滑稽だったからだろう。

 実際、リリーがトント村を訪ねてきた時以降、ドラン連邦国との一件で送られてきていた途中報告などが原因で王都からミルトアの街に連絡が来ることが増えている。

 もう一通のジェフリーからの手紙はエリックの援護であった。王都での異変を掴んでいたジェフリーはエリックからの手紙が貴族専用の手紙配達用馬車でミルトアに運ばれていることを知りその内容に思い至ったのである。そしてバダックへ自分からも王家の助けとなってくれと知らせて来たのであった。


「しかしこれは・・・なぁ・・・」


 規格外の実力を持つドラン連邦国の勇者達でさえ圧倒してみせたクラウドである。単純な戦闘なら何も心配することは無い。しかし、未だ解決の糸口さえ掴めない失踪事件への協力となれば話しは別である。成り上がりと言われ貴族達から強い圧力を何度も受けたことがあるバダックだからこそ、王家の覚えがめでたいクラウドが王都で何かしらの失敗をした時の危険性を心配していた。


「貴方、とりあえずクラウドさんに相談してみては?」


 悩んだところで答えなど出る筈が無い。エリスの言葉を聞きバダックも同意した。なんせ少しでも危ないとなれば王都へ行かなければ良いだけの話しなのだ。


「そうだな。それじゃあ少し出かけてくる。アレックスを頼むぞエリス。」


 今までの蕩けていたような表情が引き締まり領主としての顔に戻っている。最もその心中は愛すべき我が子から離れる寂しさに溢れているのであるが。子煩悩なバダックにも好感は持てるが、もともと凛々しい騎士に惚れこんだエリスとしては愛しい夫の顔が引き締まるのを見て高揚を隠せない。
 尚、スタドール家の跡取り息子はアレックスという名に決まったようだ。強い男になって欲しいという願いから障害を切り倒す|斧(アックス)から取ったものでバダックが1週間以上も悩みぬいて考えた名前であった。


「え、ええっ!大丈夫よ貴方。安心して下さいませ。」


「う、うむ・・・。それでは行ってくる。」


 エリスの反応に気づき自分がどう思われているかを再確認したバダックがそそくさと部屋を出て行く。








 どうやら2人目が出来るのも時間の問題のようである。






 バダックがトント村についたのはそれから2日後の昼であった。ライトニングソードの鍛錬に余念が無いバダックは既にある程度その能力を操ることが出来るまでに達している。結果、領内のどの騎士よりも圧倒的な実力を持つため護衛の必要が無い。そのためミルトアからは騎馬を駆れば馬車の移動よりはるかに時間を短縮出来るのである。

 トント村に着いたバダックはすぐさまロデリックの家を訪ねる。簡単な挨拶を済まし診療所へと行くが、居るのはマーサ婆さんのみであった。マーサ婆さんからクラウドなら隣の建物で子供に算術を教えていると聞かされ驚くものの、王家の頼みとあらばゆっくりと構える訳にもいかない。


「すまん、クラウド殿はいるか?」


 学校に入ると中にはクラウドが1人でいるのみ。丁度昼食休憩で子供達は家へと帰ったようだ。


「やあバダックさん。どうかしたのかい?」


 気安く話しかけてくる友人に笑顔を見せながら、バダックはエリックからの手紙を見せて相談に来たと告げたのだった。


「ふうん。まあエリックさんが心配するのは分かるけど、王都ともなれば優秀な人材もたくさんいるんだろ?そいつらがいれば何とかならないのかい?」

 手紙を読んだクラウドは相変わらずの素っ気なさである。


「それがどうしても原因が分からないらしい。エリック様もどうしようもないからと助けを求めてきているようだ。クラウド殿には何の関係も無い話しとは分かっているが、頼むクラウド殿!」


 そう言ってバダックは頭を下げた。



 本来ならクラウドへ手助けを頼むなら順番を間違えている。

 今までの経緯から言ってもマーサやタニアに情で訴えればすぐにでもクラウドへ話しがいくだろう。そしてその二人からの頼みを目の前の男が無碍に出来ないことも知っている。

 しかし、だからこそバダックはクラウドの下に直接やって来ていた。



 弱みをついて頼みを聞いてもらうことを誠意をもって接するとは言わない。

 妻の命を救われ、自身の命も救われ、我が子に恵まれることが出来た。この感謝をバダックが忘れることは決して無い。



 一方でクラウドもまたそれに気づいている。マーサさん、タニアちゃん、ルークに頼まれれば自分は決して断れないだろうと思っている。それなのにバダックは直接自分に頭を下げに来た。

 友人とはこういうものだろうか。時折クラウドはバダックを見てそう考える。


 世の中には助けるに値する人間など居ないと世を嘆き、研究所に引きこもった自分を思い出した。

 友人が出来るなど考えもしなかったと思いながら。


 気まずそうに目の前で頭を下げるバダックにクラウドは一言だけ告げた。


「分かったよバダックさん、後は任せな。」


 目の前で俯いたままの男から返事が聞こえた。

「恩にきる」と。

 照れ隠しであったのだろう。言われた方も恥ずかしいようだ。クラウドもまた照れ隠しで返事をしてしまう。



「気にすることもないって。それよりこんな役目で街を離れるなんてついて無かったな。早く戻って子供に抱きつきたいんじゃないのかい?飛んで帰ってもいいんだけど?」


 ついさっきやって来たばかりのバダックがマーサやタニア、ルークに挨拶している筈が無い。それを知っておきながら子供が可愛いから今すぐ帰れば?と言ったクラウドの言葉にバダックが噛みついた。


「ちょ、ちょっとまて!いくらクラウド殿でもそりゃあ無いだろう!」


 3人にも感謝の念を持つバダックがそんな不義理を働く筈が無い。勿論ウラウドもそれを知った上でからかったのであるが。




 今のは酷い、いや酷くないと子供のように言い合う姿には、ついさっきまでの男の友情に感じ入るような雰囲気など皆無である。



 どうやら本日もトント村は平常運転であるようだ。


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