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第4章 侵攻

その日常は

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 王都での吸血鬼騒ぎが一段落してから2年後、クラウドがトント村へとやって来て3年が過ぎていた。

 トント村でのクラウドの仕事は表向きは薬師となっている。しかしその実、クラウドの仕事は非常に多岐に渡る。

 朝起きてブラウニー達を呼び出し村で使う薬の製造を指示。自分は家の掃除を行い、その後タニアの朝食の手伝いをルークと一緒に行う。家を出る前に今日一日の天気を確認して畑の状況次第では雨雲を呼んで雨を降らしたり、雨が続けば逆に日の光を当てたりと天候管理を行う。

 診療所に着いてからはケガ人の治療と村周辺の警戒を行い、少しでも怪しい気配を感じれば調査及び脅威の排除に余念が無い。最も現在では村への脅威の排除担当はクラウドが連れて帰った真祖の吸血鬼ヴァンパイアロードが受け持っている。

 彼はクラウドに同行する際にオウルという名を与えられている。

 夜の眷属である吸血鬼ということで夜行性の鳥から名を取ろうと考えたことと、これまで自分が知り得なかった未知の力を学ぶためクラウドに同行してきた吸血鬼に付ける名前として知識の象徴と言われるオウルという名は非常に良く似合うと考えた事による。

 そして現在、外部の脅威に晒されることなく平和が続くこの村は、かつて水不足で悩まされていたとはとても思えないことだが小さな小川が流れている。家や畑を避けて村の中を流れる小川の川壁は魔法で強度を引き上げられた強化レンガで覆われており、流れる水には土や砂が混ざることなく清涼の一言である。水源は村の最奥である村長ロデリックの家の裏にある井戸である。

 その井戸はかつて村で幅を利かせていた村役人が住んでいた屋敷跡にあった。村役人という監視人は農作物が順調であることよりバダックの命により既に街へと帰されており、その屋敷は唯の空き家となっている。その屋敷跡にあった井戸から水を引いているのだが村の最奥という立地と村人を苦しめていた村役人が住んでいた場所ということもあり村人がこの場所に来ることは無い。そのため村に住む者達でその水源を見たことがあるのは井戸の管理を行っているロデリックだけである。

 そして今日もまたロデリックが村長の仕事の一つとして井戸の見回りへとやって来た。


「うむ、今日も特に問題は無いようだな。」


 本来井戸が小川へと変わる程の水源になる筈が無い。しかしロデリックの目の前にある井戸からは誰が汲んでいるという訳でも無いのに滔々とうとうと水があふれ出ていた。


「全く、次は何をしでかすか分かったものでは無いな・・・」


 クラウドにより水の精霊を宿されたその井戸はいわば巨大な魔導具となっている。絶え間なく水を湧きあがらせる井戸の周囲には水がこぼれないようにレンガが敷き詰められている。それが村の中を横断しそのまま東の森まで続いているのであった。

 クラウドへの褒美を届けにトント村に来た王族や宰相。クラウドへの褒美として彼らがトント村のために作ったものである。が、作ったのは勿論クラウド本人である。

 夜が明けてみれば村の中に川が出来ており整備も済んでいる。

 トント村で日々を過ごしてきた村人達にとって王都から来た宰相が所有するという魔導具の凄さには感心しきりであったが、当の本人であるエリックもまた「そんな魔導具があるならこちらが譲って欲しいわ」というのが本音だったようだ。水不足に困る地域など王国には山ほどあるのだから。

 そしてその小川の所々には水汲み場があり、今日も村人が水ガメを運んできている。更には村長が用意した(ということになっている)台車も水汲み場ごとに用意されており並々と水が入った水ガメを載せてゴロゴロと家まで帰る子供の姿が散見される。

 獣が豊富な東の森の中では猟師達が今日も腕を振るい村には肉や毛皮が不足することは無くなった。更には魔物の姿さえ見かける事も無くなり、魔物に襲われた村人はここしばらく一人も居ない。

 今トント村では水汲み等の重労働から解放された子供達が家の中を手伝うようになり、手が空いた大人達が農作や狩りの手伝いに回っている。安定した天候と安全な狩場により農作や狩りは驚く程順調で村人達の顔には笑顔が絶える事が無かった。やればやるほど成果が上がるのだからそれも当然というものだ。

 そして遂には村の子供達は午前中に手伝いを終わらせ昼からはクラウドに文字の読み書きや算術を教えて貰うに至っている。

 クラウドがこの村にやって来て3年。順調に村の生活は好転している。




 そして今日もクラウドはルークと一緒に森の中まで来ていた。


「クラウド。今日は何を狙うの?」


 幼さが残る少年であったルークも10歳になり顔つきも少し精悍さを見せている。
 クラウドと共に森に入っており、時には採取、時には狩りにと精を出していた。


「今日はウサギなんかがいればいいな。猪は肉が固いからな。マーサさんが食べにくいだろ。」


 マーサ婆さんを気遣うクラウド。本人が居れば年寄扱いするなと怒りそうなセリフであるが、そう言われるのも仕方ないことである。現在マーサ婆さんは家のベッドで横になっている。高齢からくる身体の衰弱、老衰である。トント村で薬師として名高いクラウドも老衰に聞く薬の処方は出来なかった。いや、正確には対処は可能なのだが、マーサ婆さんがスカイパレス製の薬と魔法による治療を拒否しているのだ。


「人は歳を取ればいつかは死ぬもんさね。」


 それが彼女のセリフであった。そんな彼女のためクラウド達は少しでも食べやすい獲物を捕ろうと森に入っている。

 ガサッ

 話しをしていた時である。揺れた茂みから顔を見せたのは探していた獲物であった。


「あっ、草ウサギ!」


 言うが早いかルークが肩にかけていた弓を手に取り矢を構えた。
 ヒュッとした音がなり一直線に飛んでいく。


「ギャウッ!」


 見事に草ウサギを射抜いたルーク。その顔が綻び浮かべる笑顔には幼い少年の面影が残っていた。それをみたクラウドが声を掛ける。


「よしルーク。今日はもう帰ろうか。」


「うん。分かったよクラウド。」


 最近のクラウドはあまり長く家を空ける事が無い。3年前もそうであったが、家を空けている間にマーサ婆さんの容態が変わらないかが心配なようだ。

 家へと帰り家族そろって食事を取る。それがいつもの風景であった。


「本当にもうなんの心配もしていないさね。」


 3年前までは家族を残して逝く事が何より怖いことだった。しかし今その恐怖は無いという。家族を心配せずにいられることが嬉しいそうで最近の彼女はよくこの言葉を口にする。


「全く、またそんな事言って。」
「そうそう。そんな事言いながらまだまだ元気でいるパターンだな。」
「ふふふ。おばあちゃんいつもそれ言うもんね。」


 家族での一家団欒。いつもと変わらない日常である。



 マーサ婆さんが死んだのはそれから僅か3日後のことであった。


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