大事なものを盗られました。~魔術のない国の隠れ魔術師、剣士とともに旅に出る~

薊野ざわり

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首都 ラーバンへ

<24>突然の別れ

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 噂すらつかめない、最後の一つの国璽こくじの在り処は、今までどおり全力で捜索し、シャンテナの工具も同じように探す。会合はその結論に達して、お開きになった。
 工具の詳細を紙に書き付け、シャンテナは部屋を後にした。サイクスと一緒にである。

 サイクスは、年齢はクルトより上の三十代前半のようだが、詳しいことはわからない。ろくに会話もないからだ。彼の個人的な情報には、そもそもあまり興味がなかった。
 それよりも、クルトにいろいろ問いただしたかったが、あいにく、彼は王太子に呼ばれひとりあの部屋に残ったのだ。

 ――なにを勝手に、自分の処遇を決めてくれたのだ。
 
 赤毛の軍人に対し、言いようのない怒りが湧いてきて、シャンテナは長手袋に包まれた両手を体側で握りしめた。
 発案や決定が王太子によるものだったとしても、酷すぎる。怒りと不安とないまぜになって心を満たすのは、また裏切られたという傷ついた気持ちだった。
 
 ――一言くらい、なにかあってもいいじゃないか。
 
 今朝、ああやって、似合ってもいない自分のドレス姿を、嬉しそうに目を細めて見つめていた彼を思い出すと、奥歯を噛み締めずにはいられない。あのとき、クルトはどんな気持ちだったのだろう。なんとも思ってなかったのだろうか。お荷物が減ってよかったとでも思っていたのか。そこまで考えると、今度は深い落ち込みが襲ってきた。
 
「おい、娘。聞いているか」

 呼びかけられてはっとする。サイクスが目を眇めて、立ち止まっていた。

「……タッセケイルです」
「タッセケイル。今、馬車を手配している。身の回りのものはあちら側が用意してくれるそうだから、お前はおとなしくしていればいい」

 サイクスに通されたのは、先程より狭い部屋だった。六人がけのテーブルがあり、そこに着席するよう促された。ベルグのように椅子を引いてくれないので、動きづらさに苦労しながら、自分で椅子を引いた。
 すぐに、給仕がやってきて、お茶とお菓子を置いていった。
 その間も、サイクスは不機嫌そうにじっと床の一点を見つめている。その様子を見ているうちに、不安がこみ上げてきた。この男に生命を預けて、大丈夫なのだろうか、と。
 
 先の会合の最後、この男はこう言ったのだ。
 
「彼女は本当に、水晶庭師なのでしょうか。年若の女です。財物を奪われて、我々を利用して取り返そうと思っているだけでは。ちゃんと国璽を取り出して接合できるんですか」

 自分が、護衛の任務を請け負いたくないからそんなことを言うのか、とシャンテナはむっとした。あまりの言い草に腹が立ちすぎて、ついサイクスを睨みつけたくらいだ。その辺りで緊張は完全に解けたが、今度は怒りに支配されるようになってしまった。
 結局、軍服の男たちの「そんな事を言うなら、自分で別の水晶庭師を連れてこい」という意見に、サイクスがむっつり黙り込み、その場は収まったが、――もやもやはする。工具が揃っていたなら、その場で力を証明したいくらいだった。
 
 しばらく会話もなく待っていると、部屋に見覚えのある顔が訪れた。さっきの会合の席にもいた、軍服の男のひとりだ。サイクスは、彼と少し言葉を交わし、何も言わずに部屋を出ていってしまった。かわりに、その軍服男が部屋に残った。親しげな笑顔を浮かべた、年かさの男だ。黒い髪に白いものがいくらか混じっている。
 
「やあ、シャンテナ嬢。俺はカークだ。さっきも会ったな、挨拶が遅れて失礼した」

 彼は、背が高くがっしりした体つきをしている。クルトも背丈は変わらないように思えるが、威圧感が違った。歴戦の、という言葉があっている。
 シャンテナが立ち上がって礼をしようとしたところ、彼は座っていて構わないと手振りで示した。そうしておいて、先程までサイクスが座っていたシャンテナの正面の席に腰を下ろす。
 
「サイクスの奴は、今、諸々の手配で駆け回ってるところだ。手はずが整うまで、しばらく、俺が君の護衛をさせてもらう。悪いね、気も抜けないだろう、こんなところじゃ」
「大丈夫です」
「浮かない顔だな。疲れちまったか。ほら、甘いもんでも食べて、元気出せ。つっても、その服じゃ沢山は食えねえな。俺の娘もよく『おしゃれをとるか、甘味を摂るか』なんて神妙な顔で考えているぞ」

 彼の軽口で、少しだけ、ささくれだっていた気持ちが落ち着いたように感じた。
 
「しかし君も大変だね。こんなことに巻き込まれて。若いのに」
「年齢は関係ないかと思います。さきほども、サイクスさんに言われましたが」
「……そうだな、これは失礼した。サイクスの分も謝らせてくれ」
「いえ。それより、あの、クルトは」
「ああ、あいつ。まだ王太子殿下のところだと思うよ。いろいろと打ち合わせることがあるんだろう。あれで殿下の懐刀ふところがたなでもあるから」
「あれでですか。もしかして、クルトは、結構偉い人、なんですか?」

 以前も疑問に思ったが、結局聞きそびれていたことだった。
 カークは苦笑する。
 
「うーん、役職は全然だな。剣の腕はいいし、忠誠心も申し分ない。殿下のためなら火の中水の中って感じだ。だけどなあ、残念ながら抜けてるところがあってな、軍で出世頭かといえば、そうでもないな。あそこは案外、権謀術数けんぼうじゅっすうが幅を利かせてるから、ああいう現場向けの男はなかなか難しいんだよ、上にいくのは。まあ、その分、殿下からしたら重宝してるんじゃないのか。役職が上の人間よりも、動かしやすい。他に影響も出にくいしな。間違いなく、殿下の一番のお気に入りはあいつだよ」
「お気に入り、ですか」
「そう。サイクスがやたらクルトに突っかかっていたろ? あれもそういうやっかみだなあ。クルトが来るまでは、サイクスが王太子殿下の一番のお気に入りだったからな。国璽の入った水晶庭を入手したのも、あの男の手腕によるところが大きかった。ああ見えて、あの男、仕事はそつなくこなすんだよ、きっと君の護衛を揃えるのも、問題なくこなすと思うぞ」
「そうですか」
「クルトのほうが、よかったか」

 自分でもわかるくらい、声が硬化していた。だからカークにからかわれたのだろう。シャンテナは意識して平坦な声で言った。
 
「私は自分が無事に故郷に帰れて、工具をちゃんと回収できればそれでかまいません。護衛が誰かより、頼りになるかどうかのほうが問題ですから」

× × × × ×

 サイクスが、「支度ができた」と告げに来たのは、昼を過ぎ、もうじき太陽が傾き出すというような時間だった。
 シャンテナは、それまでカークと取り留めのない会話を続けていた。彼は話し好きで話し上手だった。ラーバンで今流行っているものを教えてくれたり、面白い話をしてくれたり。シャンテナは話し好きではないが、彼との会話は苦痛ではなかった。
 
 二頭だての馬車が二台、そのほかに馬に乗った兵士が数人。そんな構成の向かえの一団が、城の正面口に到着していた。こんなに目立つ出入りをしていいのかと、着いてきてくれたカークに問うと「王太子殿下の客人が退城するのに、こそこそ裏口から出たほうが怪しいだろう」と笑われた。なるほど、午前の会合もそういう理由でああも堂々としていたのだろう。王太子が知人を集めて話をするのに、何をはばかることがある、と。
 
 馬車に乗り込む時、それまでカークにシャンテナの先導を任せっぱなしだったサイクスが、ようやく手を貸してくれた。だが、互いに氷のように無表情かつ儀礼的な態度でその一瞬は過ぎた。この男とは、打ち解けられないと、シャンテナは確信していた。
 馬車は二台あるのに、サイクスもシャンテナの乗った後列のほうに乗り込んだ。「途中で、前のに乗り換える」と言われ、二台編成は保険のめくらましなのだと理解した。
 
 ゆっくり馬車は走り出す。シャンテナは茜色に染まる王宮を、窓から見つめた。どんどん離れていくそれの出入り口に立ち、手を振ってくれるカークの姿が小さくなっていく。見送りに来てくれた彼には感謝の念が湧いてきて、小さく頭を下げた。

 クルトは、見送りにも来てくれなかった。言いたいことが山程あったのに。もちろん、それは感謝の言葉だけじゃないが。
 
「エーリングも、後から合流するそうだ」
「……そうですか」

 自分の心を読んだのかと疑いたくなる言葉に、反応が少し遅れた。サイクスは気にもとめない様子で、じっと目をつぶって、背中を背もたれに預けている。会話をふくらませる気はなさそうだった。

 少しだけ、クルトに会いたいと思っていたはずのに、なぜか、会いたくないような気持ちも湧いてくる。シャンテナは窓のカーテンを閉じ、膝の上の自分の手を見つめるのに集中した。馬車が街道の舗装を削る音だけが、車内を支配する。

× × × × ×

 サイクスは、道すがら、シャンテナがこれから身を寄せる貴族の話をしてくれた。彼もよく知る人物で、文官、王太子派の古参だという。よく知っていると言うから、二、三、質問をしたのだが「そんなの本人に聞いてくれ」とにべもなく返された。やはり、彼とは打ち解けられない。向こうも、そのつもりは一切ないらしい。

 出発当初、ラーバンの端にあるというその屋敷には、夕食時には到着するだろうという予測だった。道中、会話もなかったが、問題もなく、予定時刻にはちゃんと到着できそうだと、再度サイクスに通告された。もう、道は三分の二も進んだのだという。
 下着に締め付けられ、体のあちこちが痛い。これを脱げるのなら、もっと馬車の速さを上げてくれて構わない。無言の時間、シャンテナは内心、そんなことを考えていた。

 異変があったのは、途中、二度目の馬車の乗り換えで、ひっそりと停車した街道の横でだった。
 

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