R18 バグ有り自作乙女ゲー100周目にて

薊野ざわり

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その4

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 わたしは嫌そうなユナを引き連れ、夜道を馬車で走っていた。
 向かう先は、ヨウルの仕立屋。馬車はプリシラが手配してくれた公爵家のものだ。彼女は今、城の客人用の部屋で休んでいる。まさかいたずらを働いたなんて言えないから、食事会で疲れて具合が悪くなったのだとまわりには嘘をついて。

 気絶したプリシラからドレスを剥ぎ取り、改めたところ、身頃の裏地の表地側、つまり外に出ない内側にびっしりと呪文が縫いとりされていた。いや、本当に一針一針丁寧に縫い込まれてた。まさに職人技、ミシン無くてよくできるなくらいのクオリティで。
 ユナいわく、淫欲の呪文らしい。触れた人の意思に関係なく、エロい行動に出ちゃうやつ。
 だれかがわたしを呪ってそんなエロゲ的展開を促すものを仕掛けたのだ。
 わたしがその効果にやられなかったのは、おそらく、スキル『女神の加護』があったから。今まで一度も出番なかったから、そんなの持ってたことも忘れてた。でもそのお陰で、わたしは誰彼構わず襲いかかったり、エロい言葉吐きまくったり、公開オナニーショーしなくて済んだようだ。
 わたしの部屋に忍び込んだプリシラは、こそーっとドレスに袖を通して満足したら帰るつもりだったんだそうだが、あれを着た途端、意思に反して体が動き出し、お付きのメイド二人に襲いかかった。プリシラが涙目で、「ものすごくムラムラするんですぅ!」って言ってた。顔も真っ赤で、エロか……つらそうだった。

 さて、当然問題として持ち上がるのは、誰の仕業で、どんな目的があったのか、だ。
 もちろん、ドレスをつくったヨウルが一番怪しい。いの一番に疑った。

 犯人がヨウルだとして、いったいなぜそんなものを、わたしのドレスに仕込んだんだろう。
 当たり前だけど、害意がなければ、そんなことしない。しかも、これが大事な食事会で着るものだって彼は知ってる。それを台無しにしてやるって思ってたってことだ。

 思い出すのは、彼と一緒に過ごした時間。
 ルベールに叱られてしょげてたときに、励ましてくれたり。
 お菓子をおすそ分けしたら、子供みたいに喜んでくれたり。
 わたしの肌や目にあう色だからって、リボン刺繍のつけ襟を作ってプレゼントしてくれたり。
 いつも、照れくさそうな笑みを浮かべいて、お礼を言うと嬉しそうにしてくれたのに。
 なのに、なんで?

 もやもやするし、裏切られたと思うと、悔しくもある。
「ルカ様、これはアベル陛下にご報告するべき内容かと」
「さっきも言ったけど、それは確認してからにしたいの」
 むう、としかめ面してユナは黙りこむ。わたしは無理矢理付き合わせてしまってる彼女に、心のなかで詫びた。わたしがヨウルのところへ単身乗り込みそうだったから、アベルへの報告を後回しにしてまで、ついてきてくれたのだ。
「ヨウルはどうしてこんなことを」
「わかりませんが、これではわざわざ罠に飛び込むようなものです。せめてもう数人、護衛を。あるいは昼間に出直した方がよろしいかと」
 正論である。
 でも、アベルにそのまま報告したら、確実にヨウルは処刑されてしまう。どんな事情があったかだけは、確かめておきたかった。
「それはそうだけど、理由を……、きゃあっ?!」
  がたんと馬車が大きく上下に揺れ、馬のいななきが聞こえた。座席から転げ落ちそうになったわたしをユナが抱き止めてくれる。
「なに?!」
 状況がわからず狼狽えるわたしの横で、ドアがばんっと音をたて外に開いた。そこから素早く飛び込んできたなにかに、わたしは腰をつかまれ、外に引きずり出される。抵抗できない強い力だ。後ろ頭をドアのフチに思い切りぶつけた。痛いよ!
「ルカ様!」
 ユナがわたしのことを捕まえようと手を伸ばしたけど、ちょっと遅かった。
「な、な、なんなの!」
 涙目で必死に周囲を見回す。
 暗い路地の奥から、わらわらとコウモリが沸いていた。そのコウモリがかたまりになってわたしのからだに巻き付き、暗がりに引きずりこもうとしていた。
「ユナ、助けて……!」
 悲鳴をあげたと同時に、ふっと意識が飛んだ。

× × × × ×

 目を開けたら、知らないところにいた。煤けた壁と天井を、床に置かれたランプの光が照らしている。梁にはクモの巣があちこちに張られている。埃っぽいにおい。
 古くてあまり手入れされてない部屋に、わたしはいた。打ち捨てられた廃墟の一室みたい。窓には板が打ち付けられていて、その隙間から、夜空と欠けた月が見える。
 唯一、わたしが寝転んでいるベッドの寝具は、真新しい感じだった。シーツに糊がきいてるし、香でも焚きしめたように、甘いにおいがする。
 身を起こすと、軽いめまいがした。
「ここは……?」
「ここは、儀式の間だよ、ルカ」
 聞き覚えのある声とともに、部屋の隅の暗がりから、ぬっと姿を表したのは――ヨウルだった。
 彼の茶色の目が、夜の闇に怪しく光っている。まるでルビーみたいに真っ赤だ。
「ヨウル? 一体、なんなの。ここ、どこ? ユナは?」
 ヨウルは肩をすくめ、口の端で笑っているだけ。
 こんなに嫌な笑い方するとこ、初めて見た。そう思うくらい、彼の笑顔は不気味だった。
「ねえ、わたし、あなたに聞きたいことがあって、お城を抜けて来たのよ。わたしのドレスに、細工したの、あなた?」
「それでわざわざ敵陣に突っ込んできたのか、巫女のくせに。夜は危ないから出歩かないようにって、親御さんから習わなかったのか」
 明るく、からかい調子のその言葉は、いつものヨウルと同じ声音なのに。ベッドの端にぎしりと片膝を突いた彼に気圧され、わたしは後ずさる。でも、背後は壁だ。
「答えて、ヨウル。あなたが細工したの? であればなんのために」
 ヨウルはにやりとし、わたしに手を伸ばし頬に触れてきた。指先が氷のように冷たい。
「細工したのは、もちろんオレだ。あれがなんの呪文かは突き止めたんだろう? そこから答えが導き出されるだろう」
 わたしは体を小さくしながら、必死に考える。
 あれは淫欲の呪文だった。めっちゃムラムラするらしい。誰彼構わず、それこそ老若男女のべつ幕なしに襲い続けるほど、実は危険なものだった。よかった、プリシラがうっかりほかの男の人襲って、お嫁にいけなくなったりしなくて。
 ……って、もしかして。
「まさか、わたしが誰かを襲うの、期待してたの?」
「聖なる巫女が、巫女の資格である純血を散らせば、結界を破る儀式を執り行うこともできないからな。しかし、残念だ。まさか、お前のスキルがあらゆる状態異常を拒絶するとは」
 女神グッジョブ!
 顔が強ばる。つまりヨウルはわたしが男の人を逆レイプして、巫女じゃなくなるのを期待してるということだ。
「あなた、まさか、魔王の手先なの……?」
 認めたくない事実を口にしたわたしの前で、ヨウルは首を横に振った。そのことにほっとする。
「いや、手先じゃない。オレが、魔王そのものだ」
 その言葉と同時に、さあっと黒い塵がヨウルの前に壁のように集まり、すぐに霧散した。
 そこにいたのは、ヨウルじゃない人物だった。
 夜空のように暗い色の髪に、真っ白な肌。蠱惑的に感じるほどの赤い唇に、切れ長の赤い目。服まで違ってる。仕立ての良いベストとシャツ、それにパンツという姿から、襟の高い黒色の長衣に揃いのパンツ、そして石のついたサークレットに变化していた。
「え、えええっ、ええええ?!」
 ちょ、そんな裏設定知りませんけど! まって、誰よ、わたしが休んでるうちにこんな大幅に方向転換させたの!
「この男が、戦場で死にかけた時、取引をしたのだ。生かしてやるからときどき、オレに体を貸せと。今や、この男の意識など、オレが食らってしまってこの体はただの傀儡にすぎんがな。本当に使い勝手の悪い依代だった。人間の体だと本来の魔力の半分も出せん。イライラする」
 ああー! 話し方までぞんざいな感じになってるー!
「な、なんでそんなことを。魔王でしょ? こんな人間のからだを奪い取って、こそこそ工作しなくても、それこそ魔族の軍団率いて攻めてくれば、こっちはひとたまりもないのに」
「いやなに、ある日託宣が下ったのさ。創造主から。たまには『魔王は倒された』以外の出番もやるから、ちょっとその男乗っ取っておけと。一花咲かせたいだろう、モブキャラも……と。モブとはどういう意味かわからんがな」
 メタ発言しないでー! てゆーか創造主ってたぶん吉野だ! 基本的にストーリーは彼女が考えてるんだもん、そうに違いない。
 脳裏に、サムズ・アップして笑顔を作っている吉野が浮かぶ。テコ入れするにしてもやりすぎだろおおお! なんでただの仕立屋がラスボスになってんの! そのラスボスが、あっさり定位置離れて遠征してるって、この先どうすんの! 魔王倒しに島に行っても、玉座はもぬけの殻でしたってパターンか。それじゃ国家予算的なあれで、アベルが倒れるって!
「ごめん、魔王。創造主にはわたしから言っておくから、ヨウルに体返して、おとなしく玉座に戻ってください」
 このままじゃヨウルルートじゃなくて、魔王ルートじゃん! わたし帰れないじゃん! 女神の涙全種コンプできないじゃん!
 だが、魔王はふるふると首を横に振る。
「さきほど言ったとおり、この体はもはや傀儡。今更、オレが抜けたところで、自我は崩壊している。元の男には戻らん。それでもいいのか」
「え……?」
 いや、よくない。よくないけど。
 自我が崩壊? 元に戻らない? それって……死?
 混乱するわたしにはお構いなしに、魔王は距離を詰め、わたしの肩に手を突いた。
「オレは必ず勇者に倒される宿命のもとに生まれた。それを克服したい。歴代の魔王のように、手をこまねいて倒されるのを待っているつもりはない。そのために、お前の聖なる力を奪う」
 肩にあった魔王の手に力がこもり、わたしは押し倒された。おもむろに、彼がわたしをまたいで覆いかぶさってくる。
 邪悪な笑みを浮かべていた魔王は、わたしの顎に手をかけた。
「やはり生娘、男が恐ろしいか」
 頬を伝う涙を、冷たい指先が拭う。
 わたしは、首を横に振った。
「ちがう……」
「強がりか」
 嗜虐的な声音になった魔王が、わたしの首筋に唇を落とす。冷たい舌が触れる感触に、びくりとなった。
 本当に、怖いわけじゃない。なにせこちとら巫女歴百周目、九十九回も処女喪失をしてきたプロ処女である。痛いの嫌だなとは思うけれど、もう諦めてる部分もある。
「ごめんね。わたしが、……わたしのせいで、ヨウルも、魔王も。わたしがいなければ」
 そう、わたしがもっとちゃんと会議に参加していたら、魔王が制作陣のメタ発言に泳がされてこんなしょっぼいトラップ片手に、軍の大将でありながら敵陣に単身乗り込んでくるなんてアホなことしなくて済んだはずなのだ。
 わたしが、……わたしなら、止められたかもしれないのに。ヨウルの消滅も。
 瞼の裏に浮かぶのは、些細なことでも笑顔を見せてくれた彼の姿。
 日の差し込む鏡の間で、わたしのためにドレスのデザインを描いてくれていた彼。
 地味だから、不人気だからって理由で、あの一種神聖な彼の空気は、切って捨てられてしまった。
「なるほど。オレがいるから巫女が呼ばれるのか、巫女を呼ぶためにオレが生まれたのか。興味深い。……興味深いぞ、巫女よ。そして、とても愛らしい」
「……は?」 
 なんか違う解釈をされていたような。
 魔王が微笑む。ぺろ、と上唇を舐めるその姿は、――むっちゃエロい。
「この世の不条理を、己の業と嘆く。まさに巫女にふさわしい、清らかさ。断然、汚してやりたくなってきたぞ」
「ちょ、待っ……!」
 言い終わらないうちに、唇を塞がれた。冷たい唇の感触。濡れた舌が口の中に侵入しようと、わたしの閉じ合わさった唇をぬるぬると舐め回す。彼の片手で、わたしの両手首は頭上にあっさりまとめられてしまう。
 ひいいいっ! な、なんかスイッチ入ってしまったのか!?
 だめだめだめだめ! だってこのまま、その、処女喪失なんてしたら、どう考えてもバッドエンドじゃない! これはまずい展開だ!
 じたばたするも、のしかかった魔王はびくともしない。冷たい彼の手がスカートの裾から侵入し、わたしのひざがしらを撫で、ゆっくりと腿を撫で上に向かってくる。
 鳥肌もののその刺激で、わたしは思わず悲鳴を上げ、口を開いてしまった。ぬるんと口内に滑り込んだ魔王の舌が、わたしの舌を絡め取ろうとする。舌同士の追いかけっ子で逃げながら、腿の付け根にたどり着いた手からも逃げ――なんて器用な真似、できない。
 する、と脚の間を撫でられ、甘やかな電流が走った。下腹のあたりが、じんと熱くなる。
「ふぅ……ぁっ! や、やめっ! きゃあぁ」
 身を捩ってもだめだった。声を上げられたのも少しの間で、また唇を唇で塞がれ、口内の粘膜をぐりぐりと冷たい舌ですられる。息苦しさと同時に、くすぐったいような変な感覚がある。
 そうしている間に、彼の指が、下着の上から敏感な溝を何度も何度も撫で。ついに、一番敏感な突起を押しつぶした。
「っあああ」
 声が裏返った。恥ずかし過ぎる!
 喉が反った勢いで、キスから解放されたわたしは、間近から彼の顔を見てしまった。
 ぞくっとするほど目を劣情でぎらぎらさせた、男の人の顔。
 かーっと、頭が熱くなってきて、くらくらしだす。無理、こんなエロい顔している男の人、至近距離で直視なんてできない。
 ぎゅっと目をつぶる。気配で、彼がまたキスしようと唇を寄せてくるのがわかる。
 だめ、また、キスしちゃう……! そしたら、わたし、流されちゃう。その先は、もうきっと抵抗なんてできない。巫女じゃなくなっちゃうし、ゲームオーバーだ。バッドエンドになったらどうなるんだろう。死んじゃう? 性奴隷にでもされちゃう? まさかの快楽堕ちエンド? らめえぇえ! レーティング変わっちゃうからそれはだめ! あ、もしかして一生『めがうた』から抜けられない系? いやいやそれでほっとしちゃだめだってっ。
 恐怖と期待が綯い交ぜになって、もうあと一歩で頭が破裂しそう。
「ヨウル! ヨウル、目を覚ましてよ! お願い、わたし、こんなかたちであなたとするのは嫌!」
「諦めろ、巫女よ。あの男はもうとっくに、意識などない。お前と供に時を重ねていたのは、こいつの意識の残滓をまとったオレであって、この男そのものではない」
「じゃあ、わたしにコサージュを作ってくれたのは、ヨウルじゃなかったの? ルベールに叱られて、落ち込んでいた時に、自分の失敗談を聞かせて笑わせてくれたのも? お菓子を分けてあげた時、実は甘いものが大好きなんだって笑ってたのも? 全部全部、偽りだったの? わたしがしゅきになったのは、ヨウルじゃなかったの?」
 悲鳴みたいなわたしの声は、上ずっててさぞ聞き取りにくかっただろう。
 怖かった。どうしていいかわからなくて焦ってた。でも声が裏返った一番の原因は、恥ずかしかったから。
 恥ずかしいいい! どさくさに紛れて告白してしまった、しかも肝心なところで噛んだ! やり直させて、いや、やり直しとか無理っ!
 うわあああ、と頭を抱えてごろごろ転がりまわりたいくらいなのに、腕を拘束されているからそれもできず。つま先がもぞもぞするよ! そのくらい恥ずかしいっ。
「泣き落としをかけようとも、無駄さ。あの男は、もう死んだ……?」
 魔王が、はた、と動きを止めた。はあ、と小さく息を吐いたと思うと、歯を食いしばる。みるみるうちに顔が歪み、苦悶の表情になった。
「く、ど、どういうことだ? なぜ……?! そんな、有りえぬっ」
 苦しげな声を上げ、わたしに馬乗りしたまま身を起こすと、喉元をかきむしる。彼の目が、禍々しい赤色と、はちみつにも似た茶色に、目まぐるしく変化する。
「よ、ヨウル、なの?」
 ぐるるる、と獣みたいな唸り声を上げ、彼は自分の上着の襟元を引き裂いた。首筋に、赤く腫れ上がったバラのような模様がある。しゅうしゅう白っぽい煙がそこから立ち上っている。
 あれが、魔王がヨウルを支配するために必要な、刻印?
 思いついたときには、すでに、体が動いていた。
 わたしは魔王を引き倒し、マウントをとるとその喉笛に、噛み付いた。
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