暗黒騎士と女奴隷 〜最低身分で見つけた幸せ〜

桜庭 依代(さくらば いよ)

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第一話 ユウレスカ視点

 日が暮れて、店への客足が途絶えた。逃亡するには絶好のチャンスだ。

 ……というのも、私は奴隷である。それも、見目がよく主人に逆らわない奴隷。オーナーは私を高く評価していた。

 確かに私は命令に従っていたが、商品として扱われるのを受け入れたわけではない。愛想笑いを浮かべ逃げ出す算段を立てていただけである。時が来れば躊躇わずに逃げる。奴隷は客を選べない。ならば逃げるしかない。

 私の努力の甲斐あって、オーナーはまんまと油断している。最初は必ず掛けられていた部屋の鍵はもう何ヶ月も使われておらず、指導係兼見張りはいなくなった。たぶん、経費削減もあるのだろう。

 今日こそ決行の日……!

 だったのだけど。

 僅かに開いた扉から、男の声が聞こえた。人に見つかるとまずい。私は慌てて足を止めた。大理石の床は足音が響くから、はやる気持ちを抑え込む。私はそっと聞き耳を立てた。

「どのような商品をお求めで?」

 珍しく、オーナーが対応している。いつもならもうお酒に浸かってる時間なのに。

「従順な奴隷を買いたい」

 男の言葉はシンプルだった。

「できれば女が良い」  

 その後は沈黙が続く。まさか、条件がたったそれだけなのか。変な人だ。だって、もとより奴隷とは主人に従うもの。いったい数ある奴隷たちの中で、女が何人いるだろうか?そりゃあもう、とんでもなくたくさんいると思う。この店は多種多様な奴隷を取り揃えているのだから、もっと色々注文つければいいのに。商品側から言うのもなんだけど、高い買い物なのにそれでいいのか。

 それなのに、うちのオーナーの声には色濃く困惑がにじんでいた。

「そ、それですと……わたくしめの店でお求めになるのは……えーと、その、厳しくなりますね……」

 なぜに?そんな見え見えの嘘を。その男が気に入らないのなら、他にも断り方があるだろうに。男も不満だったらしく、オーナーと何度も似たようなやりとりをする。

 私は逃亡の最中だということも忘れ、不覚をとった。

「……おい。そこにいるのは誰だ」

 男が発した低い声は、私の覗きを咎めるものだった。私は積み上げてきた計画の失敗を悟って絶望した。驚いたオーナーが声を上げる。

「……そ、そこに誰かいるのか!? 入ってこい!!」

 忘れていたけど、奴隷というものは主人の言葉には絶対に逆らえない。反抗すると、首輪にかけられた魔法が奴隷の身体を縛り付けるからだ。私の首輪は久しく使われていなかったが、問題なく作動するようだった。嬉しくない。

「お前は……っ!ユウレスカ、そこで何をしていた!!」

 それは、もちろん逃亡を図っていたのですが。

 慌てず、騒がず、落ち着いて。バレたものは仕方ない。……おそらく、これはここを抜け出す最後のチャンスだろう。目線を下げ、男やオーナーと目を合わせないようにする。オーナーはともかく、私を知らない男の目には大人しく身分をわきまえた少女と映るだろう。

「はい。お客様が女奴隷をお求めと聞いたので、こちらから参った次第でございます」

 丁寧な言葉を心がけると、いかにもそれが本当のように聞こえてくるから不思議だ。

「……ふむ。そうだったか」

 奴隷に逃げられるような杜撰な管理をひけらかす訳には行かない。オーナーは納得したように頷いた。客との会話を盗み聞きしたことを教えたようなものだけど、背に腹はかえられぬ。

 表面上は穏やかにオーナーは私を見つめ続けた。顔があげられない。

「……こちらの奴隷について、紹介してほしいのだが」

 私はとびきりの笑顔を作って男の方を見た。おどろおどろしい真っ黒な仮面が私を見ている。シンプルに怖い。私、今からこの怪しい人に買われるためにプレゼンをするのか。まじか。

 でもでも、逃亡奴隷には酷い罰が課されると聞く。どんなものかは想像もできないが、絶対に受けたくない。しかも盗み聞きの分もある。
 つまり私は、どうにかして目の前の男に買ってもらわなければいけない。

「僭越ながら、自己紹介をさせていただきます。私はユウレスカ。当店の奴隷です。年齢は18。国外の生まれです。国境近くの森で道に迷っていたところ拉致され、ここに売られました。家族はありませんし、身体は健康です」



「それで、俺に買われたいと」

 その通りだ。だって、ここの食事は不味いのだ。……オーナーがこの男に奴隷を売るのを渋っていたのはなぜなのか、それだけが気になるけど。嘘、あと仮面も。

「お、お待ちください……。この娘はまだ入ったばかりで、まだマナーも性技も仕込んでいないのです」

 性技。それも嫌だ。やっぱりここから逃げないと。……この男のところへ行っても結果は同じなのかもしれない。それでも、私は最後まで足掻くのだ。

「お客様、どうか私を買っていただけないでしょうか。でなければ私、部屋を抜け出した罰として酷いことをされるのです」

 これで同情がひければいいのだけど。もう本当に後がない。

「ユウレスカ!黙りなさい……っ!!」

「オーナーは未熟な私を表に出したくないようです。でも私、必要なことはお客様のところで学びます。私はここから出たい。お願いですから、私を助けてください」

 男が仮面の下で笑ったような気がした。

「オーナー、こいつを言い値で買おう。本人たっての希望だ。……文句は無いな?」

 商談はまとまり、契約が交わされる。

「奴隷の首輪には魔法がかかっていて、主人の命令に逆らえないようになっています。今、主人をわたくしめからクラウス様へ書き換えますのでお待ちください。魔法については強・中・弱の3段階で調節できますが、どうされますか?……わたくしめとしては、この娘が粗相をしないよう、強いものをお勧め致しますが」

 オーナーめ、余計な一言を。きっと、私の演技に出し抜かれたのを根に持っているんだろう。

「そうだな、任せよう。……ところで、その首輪は外せるのか?」

 この首輪はちょっとばっちいので私としてもぜひ外したい。

「奴隷自身には外すことができませんが、主人がそれを望めば命令によってのみ着脱が可能です。しかし、これを外せば奴隷を従わせることができなくなりますのでご注意ください」

 それは外せないのと一緒だろう。そっか、この首輪は一生外せないのか。死ぬまでの付き合いならば、お風呂の時にでも磨いてもっと綺麗にしておこう。……新しいところでお風呂に入れるといいな。


 お客さんに引き渡される前に、私は身綺麗に整えられた。オーナーに連れられ、ドナドナな気分。オーナー、私が悪かった。反省してます。なんか怖いから、心の中で謝っておく。
 買い手が決まった私は、殴られることもムチで叩かれることもなかった。

「ユウレスカ、よく聞けよ。今日からクラウス様がお前の主人だ。お前はあの御方の命令に逆らうことができない。これからは、奴隷の首輪でしっかり管理される。設定も強くしてある。命令に逆らおうとすれば身体に激痛が走るだろう。お前はあの御方の求める『従順な奴隷』となるのだ。死ぬよりマシだと受け入れろ」

 オーナーは私を叱らなかった。首輪については文句があるが、オーナーの瞳には優しさが感じられた。血も涙も無い奴隷商人と思っていたけれど、少しは情があるということだろうか。

「私、クラウス様のところで頑張ります!今までありがとうございました!」

 最後くらいはと笑顔を見せるけど、オーナーの顔は曇っている。

「本当に、お前ってやつは……。  あの御方に仕えるのは辛いだろうが、達者でな……」
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