水底に沈む

雨宮 るり

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水底に沈む【上】

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高校2年の夏、僕は久しぶりに母の実家がある村に滞在することになった。
なんでも村の祭りの手伝いがあるとかで、人手が必要らしく僕も呼ばれることになったのだ。いつもは母だけが毎年この時期に手伝いに行くのだが、村の人口が減ってきていたため僕も駆り出されることになったようだ。
車の窓を流れる単調な棚田と山々を眺めるのに飽きた僕は、到着までしばらく眠ることにした。
僕が村を訪れるのは10年ぶりだ。前に訪れた時は、毎日近所に住む同じ年頃の子供たちと一緒に虫取りをしたり、外で集まってゲームをしたり、あらゆる遊びを満喫していた。
今はもうその時の子供たちはみんな村を離れてしまっていると聞き、僕は少し残念に思った。
それでも、祖母の作る食事は美味しいし、趣味でやっている写真もいいものが撮れそうな気がするので十分に楽しみはあった。
「潤、着いたわよ。起きなさい」
車を運転していた母から声をかけられる。目を開けると、車は既に祖母の家に停まっていた。
祖母の家は縁側のある大きくて古風な家だ。立派だがどこか懐かしさがあり、目にするだけでほっとする感じがする。
僕は眠い目をこすり、大きく伸びをした。
手伝いといっても具体的に何をするかは聞かされていないが、合間に田舎の夏休みらしい余暇が過ごせたらいいくらいに思っていた。
僕は荷物を手に取り、期待に満ちた気持ちで車を降りた。

~~~~~~~~~~~~~~~

「お邪魔しまーす」
家の玄関に入り声をかけてしばらくすると、エプロンをつけた祖母が小走りでこちらに駆け寄ってきた。
「潤ちゃん、よく来たねぇ~!…大きくなったねぇ」
満面の笑みを浮かべた祖母は、僕のつま先から頭のてっぺんまでを眺めて感慨深そうにそう言った。
「お母さん、潤とは外で時々会ったりはしてたけど、10年もここに来てなかったものね」
「ホントよ~、前来た時はこんなに小さかったのに」
「そうねぇ~」
近くにある下駄箱の半分程の高さを示しながら、祖母と母は笑いながらそう言った。
「そんなちっさくなかったけどな…」
盛り上がっている2人に置いていかれ気味になりながら、僕は頭をかいた。
「さ、部屋を準備してあるからそこに荷物置いておいで。おやつもあるから、ちゃんと手も洗ってくるんだよ」
「はーい」
祖母の言葉に浮かれ気味になりながら、僕は2階の部屋に荷物を置きに行った。

~~~~~~~~~~~~~~~

この村は今、水不足の問題に直面している。
今年は雨がなかなか降らないせいで、ダムが干上がってきているらしい。
今はまだ問題なく蛇口から水が出てくるが、このままでは取水制限をしなくてはいけなくなる。
「雨神様にお願いすればきっと何とかなるから、大丈夫だよ」
祖母は夕飯の支度をしながら、そんな話題で不安げになった空気を笑い飛ばそうとしていた。
1週間後に行われる祭りは雨乞いの祭事である。この村は大昔から水不足に見舞われることが多く、何年かおきにこうして雨乞いの儀式を行って、雨を降らせようとしてきたのだ。
村人はみな「雨神様」と呼ばれる山にある洞窟の奥に祀られた御神体を信仰し、祭事では供物と共に祈りを捧げる。
祭事の夜は山の麓にあるこの村から洞窟までの道が、村人が手に持っている松明で照らされているのが遠くからでも見える。
前ここに来た時にそれを村の高台から見せてもらったが、とても幻想的で美しい光景だった。
今回の滞在の1番の楽しみは、それをカメラに収めることだ。そのために前日の手入れも念入りにしておくつもりだ。
「いやぁ近頃若いのが全然いないから、潤ちゃんがこっちに来てくれて助かるよ」
「そうそう、こっちも若いのに負けてらんねえって、張り合いが出てくるってもんだ」
祖母の家に集まった近所のおじさんたちが、ビールと枝豆を片手に口々にそう言った。
「お祭りの当日は大変だろうから、今のうちにたくさん食べて力をつけておくんだよ」
台所で揚げ物を揚げていた近所のおばさんもそう声をかけてくる。
「…大変な状況なのに、こんなにたくさんご馳走を用意してくださってありがとうございます」
僕が思わずそう言うと、おばさんは笑った。
「いいんだよ、アタシらが好きでやってるんだから。もう少しでできるから、座って待っておいで」
今日は僕と母がこの村に帰って来るということで、こうして近所の人まで集まって豪勢な食事会のようなものを開くことになっていた。
みんな相変わらず優しくて良い人たちだし、僕たちだけの為にここまでしてくれて本当にありがたいと思った。
「さ、できましたよ~」
祖母の声と共に、台所にいた女性陣がテーブルに次々に料理の乗った大皿や器を置いていった。
揚げたての揚げ物や、綺麗に盛り付けられたサラダ、そして一際目を引くのが、川魚の塩焼きである。
「オレが釣ってきたやつだよアレ!いやぁ、美味そうに焼けてるねぇ」
酒を片手にワイワイしていたおじさんの1人がそう言う。
「どれも立派なのばかりだったので、焼くのに気合いが入りましたよ」
母がそう言うと、おじさんは嬉しそうにビールを飲み干していた。
その場の全員が席について、いただきますと手を合わせた。用意されたご馳走はどれも美味しくて、思わず食べ過ぎてしまうほどだった。
特に川魚は皮がパリパリしていて、中の身の部分はふっくらとしていてとても美味しかった。
おばさんの揚げ物も、どれも揚げたてでサクサクしていて美味しかった。
その夜はたらふく食べて、疲れがたまっていたのもあり風呂に入った後すぐに眠ってしまった。

~~~~~~~~~~~~~~~~

僕は夢を見ていた。
まだ幼い僕は、干からびて水位の減ったダムの目の前に立っていた。
ダムの底にはかつてこの村の一部だった地域が沈んでいて、建物の跡のようなものや橋の一部のようなものが見える。その中に、石造りの鳥居が立っていた。
鳥居の向こうには大きな岩があり、そこに座る人影が見えた。
その人影が見えた途端、僕は鳥居に向かって走り出した。
ちょうど湖底へ降りられるような斜面を注意深く降りて、僕はぬかるんだ湖底を走る。
鳥居をくぐると、岩に座った人影がより鮮明になる。
白い開襟シャツに黒いズボンの、学生らしい格好をした少年だった。整った顔立ちの少年は、どこか遠くを見つめている。
少年は僕に気付くとゆっくりとこちらを向き、懐かしそうな笑みを浮かべた。
「また来たんだ。久しぶり」
僕は少年の名前も顔もよく知らない。誰だろうと思ったところで目が覚めた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

翌日の夕方、僕は祖母の家の犬の散歩をしていた。
タロウという柴犬で、若くとても活発で賢い犬だ。そのせいか時々、人間にはよく理解できない奇行をとることもある。
僕がここに来る少し前、タロウは祖母の家から朝早くに脱走したそうだ。そして洞窟のある山の中やその周辺を走り回り、土まみれになって夕方頃に戻ってきたという。
そんなことをするような犬なので、さっきから道の真ん中で唐突に立ち止まって動かなくなったり、かと思えばリードをグイグイと引っ張って僕を引きずるように歩き出したり、ずっとそれを交互に繰り返している。
一面に田んぼが広がる道の真ん中で、僕はやれやれと思いながらタロウの気まぐれに付き合っていた。
何とか歩調を合わせて歩いてくれるようになったかと思ったら、タロウはまた立ち止まった。
「ワン!ワンワン!」
タロウは急に方向を変えたかと思ったら、いきなりそちらに向けて吠えはじめた。
「・・・タロウ、どうしちゃったんだよお前」
僕が呆れてそう呟くと、タロウは吠えた方向に向けて僕を引きずるようにして歩き始めた。
タロウが向かっているのは、どうやらダムに続く道のようだった。
山の中の細い道を歩いていくと、件の水不足になっているダムが見えてくる。
タロウに引きずられながら前に進んで行くと、干上がって水位が随分と減ったダムが視界に入った。
このダムは30年くらい前に建設され、湖底にはかつての村の一部が沈んでいる。両親の実家や通っていた学校なども、実はこの場所にあったらしい。
湖底には建物の跡地らしい四角いコンクリートの囲いのようなものや、橋と用水路だったであろうものも見える。
湖底からむき出しになった村の跡地は、周囲の山々に見守られるようにしてひっそりとそこに佇んでいた。
ここでならいい写真が撮れるかもしれないと思っていたそのときだった。
「ん・・・?」
僕が急に立ち止まったので、タロウが不服そうにこちらを見上げてくる。
「あれ、人か・・・?」
目を凝らすと、人影のようなものがむき出しの湖底に見えた。石造りの神社の鳥居の向こうの大きな岩に誰かがもたれかかっている。
あそこは一応ダムの中だし、立ち入るとまずいはずだが・・・
「一応注意しに行くか・・・」
あんなよくわからない場所にいるなんて絶対変な奴に決まっているが、優しい村の住民達はルールや決まりにとても厳しい一面がある。きっとバレたらまずいことになるだろう。
僕は何となくその人影を放っておくことが出来なかったので、近付いて声をかけることにした。
気が進まなさそうにしているタロウを連れて、ダムの淵に沿った道を歩く。
近付いてみると、人影は同い年くらいの少年だった。どこかの学校の制服なのか、白い開襟シャツに黒いズボンという格好だ。
少年はこちらには気付いていない様子で、どこか遠くを見ているようだった。
「おーい!そこは立ち入り禁止・・・」
声をかけようとした途端に少年と目が合って、僕は黙ってしまった。
色素の薄い髪の毛に白い肌、明るい茶色の瞳がこちらを見上げている。その瞬間僕は何かを思い出しそうになって、目の前の景色がぐらりと傾いた。
「あっ・・・」
急にふらついた僕を見た少年は、驚いたようにこちらに近付いてきた。僕は間一髪近くの柵に掴まって、転ばずに済んだ。
「大丈夫か。ケガはない?」
制服姿の少年はいつの間にか斜面を登ってきていて、申し訳程度の木の柵越しにそう声をかけてきた。
「大丈夫、ちょっとめまいがしただけだから・・・」
僕がそう答えると、少年は急に僕の顔を至近距離で覗き込んだ。向こうの長めのまつげが顔に当たりそうな距離で、僕は思わずのけぞった。
なんだろう、さっきから心臓がバクバクしている。
少年は神妙な面持ちで言った。
「・・・顔色があまり良くないな。もう帰って休んだ方がいい。それにもうすぐ6時のはずだ」
「あっ!」
少年に言われて、この村では未成年は夕方6時以降は外に出てはいけないという決まりを思い出した。
焦ってスマホをポケットから出して時間を見ると、もう5時45分だ。
「・・・そっちは、帰んなくていいの?」
「家が近所だから気にしなくていい。もう少しここにいてから帰るよ」
整った顔立ちで柔らかく微笑まれて、僕は無駄にどぎまぎしてしまった。
「わ、わかった。じゃあ僕は帰る・・・」
「うん、また明日」
少年はニコニコしながら、立ち去ろうとする僕にひらひらと手を振った。
辺りから聞こえるセミの声がやたらとうるさい。それに夕方の暑さのせいか顔が火照る。早く冷房の効いた部屋に戻りたい。
注意しようと声をかけようと思ったのに、完全に向こうのペースに呑まれていた。それがどうにも不満だった。
その後、家に帰りたくなさそうにするタロウをどうにかなだめ、僕は6時までに祖母の家にたどり着くことができた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

その日の夜の風呂上がり、僕は用意してもらった部屋でぼんやりとしていた。
2階の和室は畳のいい匂いがして落ち着く。この部屋は普段は使われていないそうだが、祖母が毎日家中掃除を欠かさないおかげでとても綺麗だ。
僕は敷布団の上に寝転んで、ぼーっと天井を見ていた。
あれから幸い体調は何ともない。あのめまいはよくあることなので気にしていないが、初対面で見た人はきっと驚くだろう。
僕は10歳の時、地元にある川で溺れたことがある。
河川敷でクラスメイトとサッカーをしていて、川の中に落ちたボールを拾いに行ったら急流で足を滑らせた。
幸い偶然近くを通りかかった消防士の男性に助けられたおかげで、僕は死なずに済んだ。しかしその時のショックのせいか、一時的に記憶喪失になってしまった。
自分と家族や友達のこと、学校などの身の回りに関する記憶は数ヶ月で戻ってきた。しかし、未だに溺れるよりも前の昔の出来事の一部が思い出せなかったり、記憶が虫食いのように抜け落ちて曖昧だったりする。
だから前にこの村に滞在していた時の記憶も、確か1ヶ月くらいここにいたと聞いているが体感半分くらいしかない。きっとあの時のことも忘れてしまっているのだろう。
それで特に生活に支障はないのだが、時々何かを思い出しそうになるとめまいが起きる。
その後何かを思い出すこともあるし、そうでないこともある。思い出すのが割としょうもないことばかりなので、僕は思い出せなくても特に気に留めないようになった。
しかし、今回は違った。何か大切なことを忘れているような気がして、妙な胸騒ぎがしていた。
自分でも何が何だかよくわからないが、何故か思い出せないことがもどかしく、焦燥感と苦しさすら覚えた。
僕はその大切な何かを思い出す必要がある。根拠はないが、何故かそんな確信があった。
こうして喪失感に悶々とするよりも、思い出すためにやれることをやるのが1番いいだろう。僕は明日もダムに行って、あの少年と話してみることにした。
初対面でお互い名前も知らないのに、あいつは急にめまいを起こした僕を心配する素振りを見せた。あいつは変な奴なのかもしれないが、悪い奴には思えなかった。
それに、顔が良い。
「っ・・・!!」
何を考えているんだ自分は。僕はたまらなくなってうつ伏せになり、枕にバフンと顔を突っ込んだ。
確かにあいつはその辺の同世代の男と比べたら、ちょっと綺麗めな顔をしていたかもしれない。でもあいつは野郎だぞ?自分。
今までそこそこ女子に告白だってされてきたし、初恋は同じ保育園の女の子だった。男に興味を持ったことなんて一度もないし、僕にそっち系の趣味なんてないはずだ。
でも目が合った時の瞳の色や向けられた柔らかい笑み、それらが瞼の裏に焼き付いて消えない。
「くそ、何なんだもう・・・」
赤面なんかしている自分が情けなくて、僕は思わずそう呟いた。これ以上変な気分になりたくないので、少し早いがもう寝る。
部屋の明かりを消して、布団の中に潜り込む。
外からよくわからない虫の鳴き声がするが、意外にすんなりと慣れてしまった。
向かいの部屋からは、ふすま越しに母が電話で誰かと話しているのが聞こえる。もう半年くらいこれが毎晩続いている。
さほどうるさく感じないが、今夜も遅くまで話し声が聞こえるのだろう。
僕は目をつぶって、次第に静かな眠りに落ちていった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次の日の夕方、僕は昨日よりも早めの時間にタロウの散歩に出ることにした。
今日はタロウも散歩に乗り気のようで、上機嫌そうに尻尾を振って歩いている。
昼間よりもましだとは言え、外はまだ強めの日差しが残っている。ここは山の中で地元よりは涼しいが、油断はできない暑さだ。
辺りに青い田んぼが続く中の道を歩いていると、生温い風が吹いてくる。周囲には人影がなく静かで、セミの合唱だけが聞こえる。
これも写真に撮っておくんだったなと思いながら、ダムへの道が見えてくるまでぶらぶらと歩いた。
僕は近くの自販機で飲み物を買ってから、ダムへと続く山の中への道に入っていった。
両脇に木々が生い茂る道を抜けると、干上がって湖底の一部がむき出しになったダムが見えてくる。
鳥居のある方に目を凝らすと、やはり岩の側に制服姿の人影が見えた。
「今日もいる・・・」
あんなところであいつは一体何をしているのだろうか。長時間あんなところにいたら干物になるだろう。
やっぱり変な奴だ。僕は呆れながら少年に声をかけるために、神社の跡地の方へ近付いていった。
鳥居の近くまで来ると、向こうの方が先にこちらに気付いて声をかけてきた。
「また来たんだね。体調は大丈夫そう?」
そうにこやかに声をかけつつ、少年は斜面をよじ登って柵の内側までやってきた。柵からダムへの斜面はかなり急なので、細身に見えて結構体力があるのだなと感心した。
「うん、もう何ともない・・・」
やっぱり上手く目を合わせて話すことができない。そこまで人見知りする方ではないのに、僕はどうしてしまったんだろう。
少年もそんな僕の様子を首を傾げ、不思議そうに見ていた。
少年は、突然思い出したように言った。
「そういえば、名前言ってなかったね。俺は滉希こうき、よろしく」
「潤・・・よろしく」
僕は差し出された滉希の白い手とぎこちなく握手を交わした。
「あのさ、これ・・・」
僕は滉希にさっき自販機で買ったスポーツドリンクを差し出した。スポーツドリンクのペットボトルはよく冷えていて、水滴が滴り落ちている。
「昨日のお礼。この時期にこんなとこにずっといたら倒れると思って」
滉希は少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「ありがとう。俺は特に何もしてないけど、潤は優しいね。助かるよ」
僕の頭の中では「潤は優しいね」の部分だけが切り取られ、繰り返し脳内再生された。また赤面してしまいそうになり、僕は内心焦りまくっていた。
そんな僕に気付かず、滉希はペットボトルを受け取った。蓋を開けると滉希は、スポーツドリンクを一気に飲み始めた。
「ぷはー、生き返る~・・・」
半分ほど飲み干したところで満足げな表情をして、滉希はそう言った。
やっぱり喉が渇いてたんじゃないか。こんなところにずっといるんじゃ当然そうなる。どうやら飲み物を持ってきて正解だったようだ。
僕も買ってきた水を持ってきた皿にわけて、タロウに飲ませてやった。タロウもちょうど喉が渇いていたようで、うまそうに冷たい水を飲んでいた。
僕も祖母の家を出る前に水分補給をしたが、念のため残った水を飲んでおくことにした。
「・・・ところで、滉希はなんでこんなところにいるの?」
ずっと気になって仕方がなかったので、僕は思わず滉希にそう尋ねた。
「ばあちゃんがうるさいんだ、子供なんだから外で遊んで過ごして来いって。もう17だからそんな歳でもないのに、ばあちゃんはずっと俺のこと子供扱いするんだよな」
滉希は苦笑まじりにそう答えた。
「確かに大人とか年寄りって、そういうとこあるよな」
僕は深く同意した。
「・・・それにここはあんまり人がいないから、みんな顔見知りみたいな感じだろ?だからたまに1人になりたくなっても、いつも誰かに見られてるみたいな気がしちゃってさ。だから1人になりたいとき、ここが一番居心地が良いんだ」
滉希はそう言うと、少し俯いて目を伏せた。長いまつ毛が西日を受けて、顔に陰影を作っている様が美しい。
ここの住民はみんな優しいしよく世話をしてくれるが、1人になりたいと思うとそれが窮屈に感じてしまうことがあるのかもしれない。
滉希は明るい性格に見えて、少し繊細なところがあるのかもしれないと思った。
「なんかごめん・・・1人でいるところを邪魔して」
僕が申し訳なく思ってそう言うと、滉希は笑ってそれを否定した。
「ちょうど同い年くらいの話し相手が欲しいって思ってたところだから、全然気にしてないよ。あんな場所にいたらそりゃあ心配されて当たり前だし、むしろこっちがいらない心配をかけて申し訳ないくらいだ」
水を飲み終えたらしいタロウが、さっきから放置されているので不満そうに僕たちを見上げていた。
滉希はタロウに近付いて、目の前にしゃがんで頭を両手でわしゃわしゃと撫でまわした。
「かわいいわんこだ。よーしよし・・・」
人に触られるのが苦手なタロウが、撫でられて嬉しそうにしているのを初めて見た。もっとやれと言わんばかりにしゃがみ込み、耳を後ろにペタンとたたんでいる。
口角を上げて舌を出し、尻尾をブンブンと振ってご満悦な様子だった。
「潤は夏休みだから、ここに遊びに来た感じ?」
滉希はタロウの相手をしながらそう尋ねてきた。
「遊びに来たっていうか、1週間後の祭りの手伝いをして欲しいって言われたんだ。僕は当日まですることがないって言われてるから、ほとんど遊びに来たようなもんだけどさ」
僕がそう言うと、滉希の顔からすっと笑みが消えた。滉希が急に険しい顔つきになったので、僕は突然のことに戸惑った。
「・・・周りで何か、変わったこととかなかった?」
滉希は怖い顔で僕にそう尋ねてきた。心なしか声のトーンもさっきより低くて、とても圧を感じた。
「いや、特に何も・・・」
綺麗な顔の人が凄むと迫力があるというのは本当らしい。僕は滉希の圧に気圧されて、そう返すので精一杯だった。
「そうか、ならいいんだけど・・・」
僕の返事を聞いて、ようやく滉希は圧を解いた。ご機嫌だったタロウもその場の空気を読み取ったのか、心配そうに「クゥン」と鳴いた。
「・・・ごめんな、怖がらせちゃって。ただちょっと心配になっただけなんだ」
滉希はそんなタロウをなだめるように、またわしゃわしゃと頭を撫でた。
「別に何もないならいいんだ。変なこと聞いてごめん」
滉希は申し訳なさそうに笑った。
「いや、全然大丈夫。でもなんかあったらその時話すよ」
何を心配しているのかはわからないが、滉希が安心できるならその方がいいだろう。
「・・・もうこんな時間だ。余裕を持って早めだけど、そろそろ帰った方がいい」
滉希の見ている腕時計は、もう5時半を指していた。不思議だ、滉希といるとあっという間に時間が過ぎてしまう。
もう少し話していたいと思ったが、また焦って走って汗だくになりながら帰るのはごめんなので言う通りにすることにした。
「そうするよ。・・・じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
僕はタロウの皿を回収して、その場を立ち去った。
振り向くと滉希が昨日と同じように、ひらひらと手を振っていた。
僕は照れを押さえつけて、滉希に小さく手を振り返した。

~~~~~~~~~~~~~~~

それから2日後のことだった。
僕は縁側に座って、カメラの手入れをしていた。レンズを無水エタノールで拭いていると、祖母がやって来た。
「潤ちゃん、おやつにこれ食べなさい」
そう言って祖母が傍らに置いた皿には、切り分けられたスイカが乗っていた。真っ赤な実の部分がみずみずしくて、とても美味しそうだ。
「お隣の田中さんからのおすそ分け。潤ちゃんにも食べて欲しいって言ってたよ」
「ありがとう、ばあちゃん。スイカ食べるの久しぶりだから嬉しいよ」
僕は思わずテンションが上がった。夏休みに遊びに来た田舎の縁側で食べるスイカ。巷でいうエモいというやつだろう。
「喜んでもらえて良かった。田中さんにもそう伝えておくね」
祖母は嬉しそうにしながら、お盆を持って奥に戻っていった。
切りのいい所まで手入れを終わらせると、僕はスイカにかぶりついた。
シャリシャリした食感と口いっぱいに広がる水気、ちょうどいい甘みがたまらなかった。それに直前まで冷やしていたのか、この暑さにちょうどいい冷たさだ。
スイカの乗った皿と別に用意された小皿には、塩が盛り付けてある。塩をひとつまみかけてから食べると、甘みに絶妙な塩味が加わってとても美味しい。僕は縁側に向けてスイカの種を飛ばした。
滉希をこの家に呼んだら、一緒にスイカを食べられただろうか。滉希がこの家に遊びに来たら、絶対楽しいに決まっている。でもここらの人とは少し距離を置きたい様子だったので、このままそっとしておく方がいいかもしれないと思った。
あれから僕はタロウの散歩がてら、滉希に会いに行くのが日課になった。
タロウもすっかり滉希に懐いて、僕が散歩のためにリードを持ってくるのを見るだけで飛び跳ねて喜ぶようになった。
滉希に会ったのは初めてのはずなのに、不思議と初対面ではない気がした。僕と滉希はそのくらい気が合って、会うたびに他愛のない話をたくさんした。会うたびに過ごす時間が短く感じられて、帰るのが惜しかった。
そしてやはり、この2日間で滉希を妙に意識してしまうことが増えた。僕はノーマル寄りの性癖を持っている男だと自分では思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。
でも、そういえば今まで好きになった子はみんな美人顔だったと思う。滉希も男とは思えない程の美貌を持っているので、もしかしたらそれに当てられただけかもしれない。
そんなことを悶々と考えていたら、母がやってきた。
「潤、ちょっといい?」
僕はびくりと肩をすくませて、母の方を見た。
「何・・・?」
こういう時は、必ず母が僕を𠮟ろうとする時だ。特に何も心当たりがないが、一体どうしたのだろうか。
「あなた、タロウの散歩の時ダムの方に行ってるでしょう」
母はこちらを見下ろして、冷たい声でそう言った。
「え・・・うん」
僕がそれを認めると、母は言った。
「だいぶ前に言ったから覚えていないかもしれないけど、もう二度とあそこに行ったらダメ。今後あそこに行くようだったら、タロウの散歩は私が代わりに行きます。言いたいことはそれだけ」
僕が納得できなくて反論しようと口を開くと、母はこちらをぎろりと睨みつけた。
「ここでは大人のいう事を絶対に聞くようにと、事前に言ってあったはずよね?ここは家とは違うんだから、ここの決まりに従うべきなのよ」
「は、はい・・・」
僕は氷のような視線に竦み上がりながら、そう答えることしかできなかった。
「・・・カメラ、後で片付けておきなさいね。」
母はその凍てつくような目を僕の傍らにあるカメラにも向けて、その場を去っていった。
のろのろと首を振る扇風機の風が、僕の背中に当たる。さっきので冷や汗をかいたので、やたらと背中が冷たく感じた。
心なしか縁側の気温も下がったような気がする。
すると、廊下の向こうからタロウが走ってきた。
「ワン!」
タロウは咥えていたボールを僕の傍に置いて、一言吠えた。これで遊ぶのに付き合えということだろう。
「・・・ごめんな、タロウ。今日滉希のとこ、いけないかもしれない」
タロウにそう声をかけると、タロウはよくわからないというように首を傾げた。
どうしてだろう、タロウ以上に落ち込んでいる自分が自分でも不思議だ。
結局その日は別の道を散歩コースにして、テレビも見ずスマホも見ず、カメラもしまって、夕飯と風呂を済ませてからすぐに寝てしまった。
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