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第11章
第1話
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蝉の鳴く声がやかましい。
土から這い出した幼虫のぬけ殻が、あちこちに転がる。
寝所からの景色は変わらない。
私は衝立の向こうの、主のいなくなった布団を片付ける。
「お盆の支度をしないとね。志乃さんも手伝ってちょうだい」
お義母さまと二人、仏間の位牌を拭き、床の間を整える。
鮮やかな提灯にろうそくをさした。
「実家に帰る?」
義母はふと聞いた。
「私はどっちでもいいけど」
「いえ。岡田の家とは頻繁に文のやりとりもしておりますし、特に用事もないので……」
「いいの?」
「はい」
塩漬けにしたキュウリとお茶を運ぶ。
最奥の庭はいつもきれいに手入れがされ、涼しげな青い花がそよいでいた。
吹く風までもが心地よく感じる。
お盆には、死者がこの世に帰ってくる。
坂本の家は珠代さまの生家ではないけれど、もしかしたらひょっこり顔くらいは出しに来るかもしれない。
虫除けの香が焚かれた部屋に、その人は座っていた。
「虫干しですか?」
「えぇ」
庭に面した縁側に書物がならぶ。
その合間合間に、独楽や人形、カラクリ仕掛けの不思議なおもちゃがならぶ。
「これは?」
小さな木彫りの人形を手に取った。
「それは、私がまだ赤ん坊のころに、大層気に入っていた品だそうです」
よく見れば古びたカルタや小石、小さな枝なんかまである。
「これは……」
「私の宝物です」
晋太郎さんの顔は真っ赤だ。
私は吹き出しそうになるのを必死で堪えている。
「奥の箪笥にしまってあるものです。こうして年に一度は風を通すのです」
続きの奥の間に目をやる。
開け放した襖の奥で、箪笥の引き出しは全て抜き出されていた。
「天気のよい日に、順番にやるのです」
「……。かわ……」
『かわいい』って、言いそうになるのを飲み込む。
「わ、私も、お手伝いしましょうか?」
「結構です。内心では、どうせ笑っておいででしょう? この折り紙は、私が初めて上手く折れた兜です」
そう言って、古びた小さな兜を手に取った。
「どうですか、この出来。幼子の作品にしては、上出来でしょう? 捨ててしまうなんて、私には出来ません」
「それで私に、箪笥の中を見られたくなかったのですか?」
晋太郎さんは真っ赤になってうつむいた。
「それでも虫干しはしないといけないので、覚悟を決めました」
それは喜んでいいことなのかな?
衣桁に目をやる。
一枚の艶やかな小袖が掛けられていた。
「これは……?」
男物とも女物とも言えない柄だが、晋太郎さんが着るには小さすぎる。
あぁ、これはきっと、珠代さまの形見分けだ。
土から這い出した幼虫のぬけ殻が、あちこちに転がる。
寝所からの景色は変わらない。
私は衝立の向こうの、主のいなくなった布団を片付ける。
「お盆の支度をしないとね。志乃さんも手伝ってちょうだい」
お義母さまと二人、仏間の位牌を拭き、床の間を整える。
鮮やかな提灯にろうそくをさした。
「実家に帰る?」
義母はふと聞いた。
「私はどっちでもいいけど」
「いえ。岡田の家とは頻繁に文のやりとりもしておりますし、特に用事もないので……」
「いいの?」
「はい」
塩漬けにしたキュウリとお茶を運ぶ。
最奥の庭はいつもきれいに手入れがされ、涼しげな青い花がそよいでいた。
吹く風までもが心地よく感じる。
お盆には、死者がこの世に帰ってくる。
坂本の家は珠代さまの生家ではないけれど、もしかしたらひょっこり顔くらいは出しに来るかもしれない。
虫除けの香が焚かれた部屋に、その人は座っていた。
「虫干しですか?」
「えぇ」
庭に面した縁側に書物がならぶ。
その合間合間に、独楽や人形、カラクリ仕掛けの不思議なおもちゃがならぶ。
「これは?」
小さな木彫りの人形を手に取った。
「それは、私がまだ赤ん坊のころに、大層気に入っていた品だそうです」
よく見れば古びたカルタや小石、小さな枝なんかまである。
「これは……」
「私の宝物です」
晋太郎さんの顔は真っ赤だ。
私は吹き出しそうになるのを必死で堪えている。
「奥の箪笥にしまってあるものです。こうして年に一度は風を通すのです」
続きの奥の間に目をやる。
開け放した襖の奥で、箪笥の引き出しは全て抜き出されていた。
「天気のよい日に、順番にやるのです」
「……。かわ……」
『かわいい』って、言いそうになるのを飲み込む。
「わ、私も、お手伝いしましょうか?」
「結構です。内心では、どうせ笑っておいででしょう? この折り紙は、私が初めて上手く折れた兜です」
そう言って、古びた小さな兜を手に取った。
「どうですか、この出来。幼子の作品にしては、上出来でしょう? 捨ててしまうなんて、私には出来ません」
「それで私に、箪笥の中を見られたくなかったのですか?」
晋太郎さんは真っ赤になってうつむいた。
「それでも虫干しはしないといけないので、覚悟を決めました」
それは喜んでいいことなのかな?
衣桁に目をやる。
一枚の艶やかな小袖が掛けられていた。
「これは……?」
男物とも女物とも言えない柄だが、晋太郎さんが着るには小さすぎる。
あぁ、これはきっと、珠代さまの形見分けだ。
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