17 / 62
第17話
しおりを挟む
横田さんは元エリートSPだった。
警護を担当していた場所に偶然居合わせた某大物政治家の娘から、一方的に一目惚れされたらしい。
AIのマッチングを無視してストーカーまがいの猛アタックを受けていたにもかかわらず、周囲から何の手助けも受けられないまま、ストレスをため込んで退職を余儀なくされた。
それ以来、女性が苦手だというのは、局内では有名な話し。
「だからマッチングを決めるメインサーバーの仕組みに、関心があったんでしょ」
「それを無視する存在も、許せないらしいよ」
ここに来る人間には、みんなそれなりの理由がある。
「あんたは、ここを出て行く気はないの?」
さくらは笑った。
「私は、別に……」
警報ランプが点灯する。
社外の人間が局員に伴われない状態で侵入した時の警告ランプだった。
だけど、この施設に侵入経路は一カ所しかない。
地上一階部分の正面玄関のみだ。
局員達は至って平穏に過ごしている。
どうせまた、受付ロビーにクレーマーがやってきたのだろう。
ハッキングや改ざんが出来ないと悟った奴らが、こうして時折、PP局へ強硬手段にうって出る。
案の定、ロビーでは三十代くらいの男性が、受付担当者に向かって何かを怒鳴り続けていた。
彼にとっては、何よりも貴重な時間を費やしてでも主張したい正義なんだろうけど、見慣れた私たちにとっては、いつも通りのお客さんだ。
簡単に食い下がろうとしない男に、受付担当者もいささかうんざりしている。
分かってないな。
逆にここを、どこだと思っているんだろう。
普通は簡単に他人の情報を盗み見ることは出来ないけれども、ここはそれを管理する専門機関なのだ。
ちょっと専用端末をかざせば、携帯が義務付けられた個人マイナンバーカードを感知し、全ての情報を閲覧できる。
「この経歴の、何が気に入らないんでしょうかね」
この男は普通に暮らし普通に生きている、全くの平凡な平均的人間だった。
だが本人にとっては、その平均的な経歴が気に入らないらしい。
PP860。
こんなところに怒鳴りこんできたりして、時折見せるそんな奇っ怪な行動さえ慎めば、簡単に1100代には戻るだろう。
彼の怒りの矛先は、どこにあるのか。
この手の人間は、カードの記録さえ書き換えることが出来たならば、自分の人生が変わると思っているらしい。
カードの記録は、自分自身が自ら選択し、歩んできた記録なのに。
「こいつも病気だな」
横田さんが、私の端末をのぞき込む。
その画面を彼は指先でスクロールした。いくら記録を書き換えたところで、本人がその記録にあった生活が出来なければ、結局元に戻るだけなのだ。
PPの数値は常に変動している。
例え一時的に2000代に書き換えられたとしても、2000代らしい行動が伴わなければ、すぐに本来の数値に戻ってしまうからだ。
「三年前から、PPの低迷が続いている。保健省の人間が感知しているはずなんだが、手の回らない状態か」
犯罪歴を有する人間や、PP値の明らかな低下が見られる人間は、現住所の担当地域毎に保険局が洗い出し、適切な対応をとることが義務付けられている。
個人の幸福が、全体の幸福に繋がる。
その理念の元に、PP値の低下した人間の洗い出しには、地域の安全対策として細心の注意が払われるのだ。
事件が事件になる前に、未然に防ぐ。
犯罪者予備軍を洗い出し、警察ではなく、保健衛生局が対応する。
PP活用の、もう一つの一面だ。
「行こう。ここは警備担当に任せるべきだ。俺たちには俺たちの仕事がある」
横田さんの手が、私の肩にたしかな重みを持って置かれた。
「職務怠慢は、許されないんですよね」
「そうだ」
全ての人間が、全ての行動を監視されている。
道を歩けば、その軌跡がしっかりと監視カメラに捕らえられ、随所に配置されたセンサーが、個人の行動を記録する。
改ざんも消去も許されない。
カードの不携帯は犯罪予備軍の証で、各地に設置された探知機が、不携帯者に警告を発する。
不所持が続けば、強制的に体内に記録装置を埋め込まれるが、最近では所持の手間を省くために、自ら体内埋め込み手術をしているケースも珍しくない。
手術も簡単で、安全性も保証付き。
「行こう」
横田さんの手が、私の背中を押した。
廊下を歩く私の後ろを、彼はぴたりとついて歩く。
「そんなに注意しなくても、大丈夫ですよ」
そう言ったら彼はすぐに真っ赤になって、慌てて肩から手を下ろした。
「なんとなく、クセなんだ」
「もう、17年も前の話ですよ」
「俺は運命とか、奇跡だとか、AIがかける電子の魔法とか、全く信じないタイプなんだが……」
彼は、私を見下ろした。
「君とこうしてここにいることは、本当に偶然なのかと、時々疑問に思う」
私は17年前、7歳の時に誘拐された。
警護を担当していた場所に偶然居合わせた某大物政治家の娘から、一方的に一目惚れされたらしい。
AIのマッチングを無視してストーカーまがいの猛アタックを受けていたにもかかわらず、周囲から何の手助けも受けられないまま、ストレスをため込んで退職を余儀なくされた。
それ以来、女性が苦手だというのは、局内では有名な話し。
「だからマッチングを決めるメインサーバーの仕組みに、関心があったんでしょ」
「それを無視する存在も、許せないらしいよ」
ここに来る人間には、みんなそれなりの理由がある。
「あんたは、ここを出て行く気はないの?」
さくらは笑った。
「私は、別に……」
警報ランプが点灯する。
社外の人間が局員に伴われない状態で侵入した時の警告ランプだった。
だけど、この施設に侵入経路は一カ所しかない。
地上一階部分の正面玄関のみだ。
局員達は至って平穏に過ごしている。
どうせまた、受付ロビーにクレーマーがやってきたのだろう。
ハッキングや改ざんが出来ないと悟った奴らが、こうして時折、PP局へ強硬手段にうって出る。
案の定、ロビーでは三十代くらいの男性が、受付担当者に向かって何かを怒鳴り続けていた。
彼にとっては、何よりも貴重な時間を費やしてでも主張したい正義なんだろうけど、見慣れた私たちにとっては、いつも通りのお客さんだ。
簡単に食い下がろうとしない男に、受付担当者もいささかうんざりしている。
分かってないな。
逆にここを、どこだと思っているんだろう。
普通は簡単に他人の情報を盗み見ることは出来ないけれども、ここはそれを管理する専門機関なのだ。
ちょっと専用端末をかざせば、携帯が義務付けられた個人マイナンバーカードを感知し、全ての情報を閲覧できる。
「この経歴の、何が気に入らないんでしょうかね」
この男は普通に暮らし普通に生きている、全くの平凡な平均的人間だった。
だが本人にとっては、その平均的な経歴が気に入らないらしい。
PP860。
こんなところに怒鳴りこんできたりして、時折見せるそんな奇っ怪な行動さえ慎めば、簡単に1100代には戻るだろう。
彼の怒りの矛先は、どこにあるのか。
この手の人間は、カードの記録さえ書き換えることが出来たならば、自分の人生が変わると思っているらしい。
カードの記録は、自分自身が自ら選択し、歩んできた記録なのに。
「こいつも病気だな」
横田さんが、私の端末をのぞき込む。
その画面を彼は指先でスクロールした。いくら記録を書き換えたところで、本人がその記録にあった生活が出来なければ、結局元に戻るだけなのだ。
PPの数値は常に変動している。
例え一時的に2000代に書き換えられたとしても、2000代らしい行動が伴わなければ、すぐに本来の数値に戻ってしまうからだ。
「三年前から、PPの低迷が続いている。保健省の人間が感知しているはずなんだが、手の回らない状態か」
犯罪歴を有する人間や、PP値の明らかな低下が見られる人間は、現住所の担当地域毎に保険局が洗い出し、適切な対応をとることが義務付けられている。
個人の幸福が、全体の幸福に繋がる。
その理念の元に、PP値の低下した人間の洗い出しには、地域の安全対策として細心の注意が払われるのだ。
事件が事件になる前に、未然に防ぐ。
犯罪者予備軍を洗い出し、警察ではなく、保健衛生局が対応する。
PP活用の、もう一つの一面だ。
「行こう。ここは警備担当に任せるべきだ。俺たちには俺たちの仕事がある」
横田さんの手が、私の肩にたしかな重みを持って置かれた。
「職務怠慢は、許されないんですよね」
「そうだ」
全ての人間が、全ての行動を監視されている。
道を歩けば、その軌跡がしっかりと監視カメラに捕らえられ、随所に配置されたセンサーが、個人の行動を記録する。
改ざんも消去も許されない。
カードの不携帯は犯罪予備軍の証で、各地に設置された探知機が、不携帯者に警告を発する。
不所持が続けば、強制的に体内に記録装置を埋め込まれるが、最近では所持の手間を省くために、自ら体内埋め込み手術をしているケースも珍しくない。
手術も簡単で、安全性も保証付き。
「行こう」
横田さんの手が、私の背中を押した。
廊下を歩く私の後ろを、彼はぴたりとついて歩く。
「そんなに注意しなくても、大丈夫ですよ」
そう言ったら彼はすぐに真っ赤になって、慌てて肩から手を下ろした。
「なんとなく、クセなんだ」
「もう、17年も前の話ですよ」
「俺は運命とか、奇跡だとか、AIがかける電子の魔法とか、全く信じないタイプなんだが……」
彼は、私を見下ろした。
「君とこうしてここにいることは、本当に偶然なのかと、時々疑問に思う」
私は17年前、7歳の時に誘拐された。
0
あなたにおすすめの小説
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる