ポイントセンサー

岡智 みみか

文字の大きさ
26 / 62

第26話

しおりを挟む
パソコン画面に映し出される数値に、違和感を覚え始めたのはその頃からだった。

なにがおかしいのかと聞かれても、はっきりと答えることが出来ない。

ただ、ふいに画面が揺らぐとか、見ている数値の値が、やけに綺麗に並んでいるような気がするとか、そういった類いのものだった。

正しいんだけど、正しくない。

知らない間に、左右の靴下を履き間違えてる感じ。

でも、間違ってない。

PP不正操作の監視は、人間だけではなくAIも行っている。

プログラムの計算式に対する不正アクセスも同様、人間の能力をはるかにしのぐ、AIの監視の目に絶えずさらされている。

私たちは、AIが高速で処理していく疑惑の案件を、ただ見ているだけとは言え、何かがおかしい。

「あの、横田さん」

私が声をかけると、彼はすぐにふり向いた。

「なんだ」

「ここ数日、AIの処理する画面が、なんかおかしくありません?」

「なんかとは、なんだ」

「なんかとは言われても、困るんですけど……」

説明のために、具体的なイメージを考えてみる。

「あ、僕も分かります。なにか、変な違和感を感じるんですよね」

横田さんの隣にたまたまいた市山くんも、応えてくれた。

「なんてゆーか、エラーに出てくる数字の傾向が、変わったような気がするんです」

「実は僕も明穂さんと同じように感じていて、過去5年間に遡ってAIがはじき出した外的志向性音楽部門の、エラーコードの数値の変化を調べてみたんですが、相関関係はなかったんですよね」

「時代の流行的な傾向を差し引いてもなのか?」

横田さんも首をかしげた。

「AIが拾うエラーの傾向なので、なんとも言えませんけど」

メインコンピューターの部分に関しては、私たちが口出し出来ることではない。

「一応、局長に報告をあげておくか」

「それがいいと思います」

横田さんは業務連絡専用のポストページを開き、違和感に関する報告書を書き上げ、送信を終えた。

午後の二時過ぎ。

仕事も一段落して、みんなまったりくつろぎモードに入っている、要するに一番だらけてくる時間帯だ。

私たちは三人で、のんびりコーヒーを飲んでいる。

「横田さんは、気づかなかったんですか?」

「ん? まぁ、そう言われればそうかもな」

「明穂さん、ずっと言ってたんですよ。なんかおかしい、なんかおかしいって」

「保坂は……、最近は仕事熱心だからな」

コーヒーカップに口をつける横田さんの顔が、なぜが赤くなって横を向いた。

「仕事熱心って、当たり前じゃないですか、普通に仕事してて、何が悪いんですか?」

その証拠に、私のPPはやや上がり気味の1662。

「当然ですよ、横田さんだって、いつも熱心に仕事しているじゃないですか、毎朝毎朝気合い入れまくってゲートくぐってきて……」

私がしゃべればしゃべり続けるほど、横田さんと市山くんは、カップを口にくわえたまま黙りこんでいる。

何を言っても全く反応が返ってこない。

「ねぇ、話しちゃんと聞いてます?」

「保坂、お前は最近、なんて言うか……、俺たちに懐きすぎだ」

「は?」

そう言った横田さんは、ゆでだこのように真っ赤になって、カップをくわえたまま背を向けた。

「懐きすぎってなんですか、私は犬じゃないんですよ、何様のつもりですか? どーしてそんなことを……」

「横田さんの言い方が難しいんですよ」

おずおずと口にした市山くんも、十分含みのある言い方だ。

「明穂さん、最近は本当に仕事熱心で……、ずっとパソコンにかじりついてますからね」

「それの、なにがいけないのよ」

横田さんは相変わらず背中を向けたままで、市山くんは、だまり込んでしまった。

「はっきり言ってくれないと、分からないじゃない!」

背後から、黄色い笑い声が聞こえた。

この部署の女子、芹奈、七海、さくらの三人で、最新スイーツの女子トークで盛り上がっている。

「あの画面の揺れに関しては、なにか本当に変な感じなんですよね、プログラムが書き換えられてるとか、それはありえませんけど、作業中の突然のアップデートみたいな感じで、でも、それほど分かりやすくないってゆーか、だからといってなにか支障が起きてるわけでもなくて……」

「最近、女の子チームと仲良くないですよね」

市山くんが、上から目線なのに下から目線で様子をうかがう。

「は? どういうこと? そんなことありませんけど、気のせいじゃないんですか?」

こうやって私がぷりぷり怒れば怒るほどに、そうだと肯定しているようなものだ。

それは分かっているけど、やめられないとまらない。

「大体、仕事時間中は仕事しなくちゃいけないのに、雑談なら昼休みとか、終わってからにしろっていう話しですよね、無駄な時間なんてどこにあるっていうんですか、人生そんなヒマがあったら、もっと他にも……」

「明穂さん、言い過ぎです」

市山くんの言葉に、私は口を閉じた。

「喧嘩の原因は……、なんとなく分かってますけど、別に誰も悪くないですよ」

横田さんまで、ふり向く。

「仕事に逃げるなとは言わないが、今のお前の熱心さは、単なる空回りだ」

背中に聞こえてくる笑い声が、耳に痛い。

私だって本当は、こんな所で男二人にぐちぐち文句言われてるより、みんなと一緒にお菓子トークで楽しく盛り上がりたい。

「なにを言ってるんですか、仕事に支障なんてきたしてませんよ」

「いや、明穂さん、そうじゃなくってさ……」

「そうじゃなっくって、なによ」

もうだめ、これ以上何か言われると、また泣きそう。

扉の開く音がした。

「ちょっと、いいですか?」

そこには、透明な少年が立っていた。

幽霊のように局内各所に出没しているという噂の天才少年は、まさに噂通り、ふらりと部署にやってきた。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...