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第62話
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夏の夜は、まだ始まったばかりだった。
いつも乗る自動運転車の配車場はすぐ目の前にあったけど、隣を歩く横田さんの足が止まらないから、そのまま通り過ぎる。
「いつからこの計画に気づいた?」
彼が口を開いた。
「そりゃすぐに気がつきますよ。あれだけのけ者にされたら」
本当は結構最後の方になってからのような気がするけど、そこはすぐに気づいたことにしておく。
「別に、私にはバレてもいいと思ってたんでしょう?」
彼は、ぷっと吹きだした。
「まぁ、それはそうだが、出来るだけ遅い方がよかったな」
ようやく外灯がつき始めた通りを、二人で並んで歩く。
「愛菜は、寂しかったんだと思います。自分が認められないことに」
「だからといって、犯罪を犯していいわけじゃない」
PP値の異常な変化を示す人間を、犯罪を犯してしまう前に見つけ出し、事件を未然に防ぎ、更正させるのも、保健衛生監視局の役目だ。
事件を起こしてしまえば、その身柄の拘束は警察にゆだねられる。
保険局には逮捕権がない。
あるのはあくまでも、保護と隔離処分だった。
それが身柄を拘束する、言い分けにもなっている。
PPはその人物の置かれた環境、生育過程に関係なく、あくまで個人を評価する指標だ。
だけどどうしても、その指標にうまく当てはまらない人物がいる。
周囲からの評判もよく、どう見ても普通の人で、平和に穏やかに暮らしている「いい人」が、突然思ってもみない犯罪を犯して、周囲を驚かせる。
「原因は、どこかにあるはずなんだ。どれだけ隠していても、隠そうとしても、気づく要素はあるはずだ」
「だから彼は、そういった事案を集めて、分析しているんですね」
「あいつの立てた事前予測が間違いではなかったことを、証明させたんだよ」
横田さんは、夜空を見上げた。
「かなり乱暴で強引なやり方だったけどな」
その検証材料として、彼女に関する膨大なデータを必要としていた。
それをオフィスに残った三人が、今もまとめている。
脅迫状を送りつけていた愛菜だが、だからといって全ての脅迫状送付者が、実際に行動に移すわけではない。
その中から本当に実行しそうな人物を、長島少年は予測データから選び出した。
横田さんは私を見下ろす。
「同じような過酷な環境下に置かれても、犯罪を犯す人間と、犯さない人間がいる。その境界線を、彼は探しているんだ。思いとどまれる人間と、そうじゃない人間。大半の奴らはそんなことはしない。だけど、発作的に犯す奴はやってしまう。その不幸を、なくしたいんだ。幸せに生きたいと願う、お互い同士のためにも」
「置かれた環境でどうふるまうか、そこに資質が問われているってやつですね」
「そういうことだ。もしかしたら、俺だって発作的になにかをやってしまうかもしれない。その傾向に陥りそうになったときに、気づかせてくれるものがあれば……、おい、どうした?」
私は、ふと足を止めた。
「もしかして、私も生涯の観察対象にされちゃってるのかな?」
「単なるコントロール風情が、随分と自意識過剰だな」
「だって、そういうことなんじゃないんですか?」
「お前なんかに、興味はねーよ」
「ひっどーい! それって、どういうことですか!」
いつの間にか、繁華街に出ていた。
にぎやかな街並みに、人の波が行き交う。
「あぁ、腹が減ったな。飯でも食っていくか」
「横田さんのおごりですよね、おごりだったら行きます、おごりだったら行ってあげても、いいんですけど!」
「仕方ないな、なら、そうしてやろう」
彼が笑った。
私は愛菜とそうしていたように、横田さんの腕に、自分の腕を絡ませた。
背中のたけるは、ちょっと恥ずかしそうにしていた。
完
いつも乗る自動運転車の配車場はすぐ目の前にあったけど、隣を歩く横田さんの足が止まらないから、そのまま通り過ぎる。
「いつからこの計画に気づいた?」
彼が口を開いた。
「そりゃすぐに気がつきますよ。あれだけのけ者にされたら」
本当は結構最後の方になってからのような気がするけど、そこはすぐに気づいたことにしておく。
「別に、私にはバレてもいいと思ってたんでしょう?」
彼は、ぷっと吹きだした。
「まぁ、それはそうだが、出来るだけ遅い方がよかったな」
ようやく外灯がつき始めた通りを、二人で並んで歩く。
「愛菜は、寂しかったんだと思います。自分が認められないことに」
「だからといって、犯罪を犯していいわけじゃない」
PP値の異常な変化を示す人間を、犯罪を犯してしまう前に見つけ出し、事件を未然に防ぎ、更正させるのも、保健衛生監視局の役目だ。
事件を起こしてしまえば、その身柄の拘束は警察にゆだねられる。
保険局には逮捕権がない。
あるのはあくまでも、保護と隔離処分だった。
それが身柄を拘束する、言い分けにもなっている。
PPはその人物の置かれた環境、生育過程に関係なく、あくまで個人を評価する指標だ。
だけどどうしても、その指標にうまく当てはまらない人物がいる。
周囲からの評判もよく、どう見ても普通の人で、平和に穏やかに暮らしている「いい人」が、突然思ってもみない犯罪を犯して、周囲を驚かせる。
「原因は、どこかにあるはずなんだ。どれだけ隠していても、隠そうとしても、気づく要素はあるはずだ」
「だから彼は、そういった事案を集めて、分析しているんですね」
「あいつの立てた事前予測が間違いではなかったことを、証明させたんだよ」
横田さんは、夜空を見上げた。
「かなり乱暴で強引なやり方だったけどな」
その検証材料として、彼女に関する膨大なデータを必要としていた。
それをオフィスに残った三人が、今もまとめている。
脅迫状を送りつけていた愛菜だが、だからといって全ての脅迫状送付者が、実際に行動に移すわけではない。
その中から本当に実行しそうな人物を、長島少年は予測データから選び出した。
横田さんは私を見下ろす。
「同じような過酷な環境下に置かれても、犯罪を犯す人間と、犯さない人間がいる。その境界線を、彼は探しているんだ。思いとどまれる人間と、そうじゃない人間。大半の奴らはそんなことはしない。だけど、発作的に犯す奴はやってしまう。その不幸を、なくしたいんだ。幸せに生きたいと願う、お互い同士のためにも」
「置かれた環境でどうふるまうか、そこに資質が問われているってやつですね」
「そういうことだ。もしかしたら、俺だって発作的になにかをやってしまうかもしれない。その傾向に陥りそうになったときに、気づかせてくれるものがあれば……、おい、どうした?」
私は、ふと足を止めた。
「もしかして、私も生涯の観察対象にされちゃってるのかな?」
「単なるコントロール風情が、随分と自意識過剰だな」
「だって、そういうことなんじゃないんですか?」
「お前なんかに、興味はねーよ」
「ひっどーい! それって、どういうことですか!」
いつの間にか、繁華街に出ていた。
にぎやかな街並みに、人の波が行き交う。
「あぁ、腹が減ったな。飯でも食っていくか」
「横田さんのおごりですよね、おごりだったら行きます、おごりだったら行ってあげても、いいんですけど!」
「仕方ないな、なら、そうしてやろう」
彼が笑った。
私は愛菜とそうしていたように、横田さんの腕に、自分の腕を絡ませた。
背中のたけるは、ちょっと恥ずかしそうにしていた。
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