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第2章
第2話
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「な……。だって、あのカップは……。や、やっぱり僕が……」
「は? なに?」
ギロリとにらみ上げた私の視線に、慌てて言葉を飲み込んだ。
「ご、ごめん」
「卓己の手助けは、一切いらないって言ったよね。そんなことしたら、取り戻す意味がないからって!」
「わ、分かってるよ。だってもう、な、何度も……紗和ちゃんに、お、怒られたし……」
地位も名誉もお金も手に入れた彼と、おじいちゃんの孫という肩書きだけしかない私。
卓己に頼れば簡単にカタはつくのかもしれないけど、それだとますます私が惨めになるだけじゃない。
もうこれ以上、自分のことも卓己のことも、嫌いになりたくはない。
「さ……、紗和ちゃんが、あんなに欲しがってたのに……。ざ、残念、だったね……」
「そう。だから今、一人ですっごく泣きたい気分なの。もう帰ってくれる?」
「わ、分かった……」
彼は錆びついたぼろぼろの丸テーブルに置かれた袋を、持ち帰ろうととして、すぐにその手を下ろした。
「だ、だけどさ。こ、これはやっぱり、置いていくね。き、気が向いたら、お酒もつまみも、か、勝手にた、食べてくれて、いいから……」
私の体が、ぶるっと震えた。
それは春先の夜の始まりの、寒さのせいなのか、怒りのせいなのか、惨めさなのか分からない。
きっとリクルートスーツだけで暮れ始めた屋外に立っているのが、寒すぎただけだ。
私がほんのちょっと身震いしただけでも、卓己はそれを決して見過ごしたりなんかしない。
すぐに自分着ていた薄手のコートを脱いで、私にかけようとする。
「そんなものいらないから! もう家の中に入るし。余計な心配するくらいなら、さっさと帰って」
「で、でも、紗和ちゃんが……」
しつこく渋る卓己の背をぐいぐい押して、やっと門のところまで追いやった。
「差し入れはありがたく受け取っておくから、もう帰って」
「……。う、うん。じゃあ……。元気でね。また来るから」
「はいはい」
それでもまだ、じっと悲しむように沈んだ目で私を見下ろす。
「紗和ちゃん……。本当に困ったことができたら、ちゃんとすぐに連絡して」
「はいはい」
「約束だよ!」
「分かってる!」
「ちゃんと僕にだよ!」
「はいはい」
卓己はようやく、朽ちかけた門から外に出た。
何度も何度も振り返り、手を振る彼を寒さに震えながら見送る。
角を曲がって見えなくなるまで待っていないと、次に会った時にとてつもなく機嫌が悪くて、相手をするのに面倒くさくなるからだ。
そんなに不機嫌になるなら、だったら私になんて会いに来なければいいのにと、いつも思う。
卓己のことは嫌いじゃないけど、どうしても好きにはなれない。
彼の気持ちを知っていながら、ずっと気づかぬフリをしている。
すっかり日の暮れた空に、立て付けの悪くなった門を閉める。
体は完全に冷え切っていた。
荒れた庭の丸テーブルには、卓己の持って来た差し入れの、食べ物がぎゅうぎゅうに詰まった袋が残されている。
こんなもの、卓己からもらったって何一つ嬉しくなんか……。
「あぁ、変なこと考えちゃダメ」
食べ物に罪はない。
重たい袋を抱え、テラスから部屋に入った。
しっかりと雨戸を下ろし、施錠もしたから大丈夫。
もうこの家に、誰も入っては来られない。
私は卓己の持って来た袋の中から、桃のスパークリングワインを取り出すと、その瓶を開けグッと飲み干した。
ツンとした炭酸の刺激と甘い香りに、一度は我慢したはずの涙が再びあふれはじめた。
「は? なに?」
ギロリとにらみ上げた私の視線に、慌てて言葉を飲み込んだ。
「ご、ごめん」
「卓己の手助けは、一切いらないって言ったよね。そんなことしたら、取り戻す意味がないからって!」
「わ、分かってるよ。だってもう、な、何度も……紗和ちゃんに、お、怒られたし……」
地位も名誉もお金も手に入れた彼と、おじいちゃんの孫という肩書きだけしかない私。
卓己に頼れば簡単にカタはつくのかもしれないけど、それだとますます私が惨めになるだけじゃない。
もうこれ以上、自分のことも卓己のことも、嫌いになりたくはない。
「さ……、紗和ちゃんが、あんなに欲しがってたのに……。ざ、残念、だったね……」
「そう。だから今、一人ですっごく泣きたい気分なの。もう帰ってくれる?」
「わ、分かった……」
彼は錆びついたぼろぼろの丸テーブルに置かれた袋を、持ち帰ろうととして、すぐにその手を下ろした。
「だ、だけどさ。こ、これはやっぱり、置いていくね。き、気が向いたら、お酒もつまみも、か、勝手にた、食べてくれて、いいから……」
私の体が、ぶるっと震えた。
それは春先の夜の始まりの、寒さのせいなのか、怒りのせいなのか、惨めさなのか分からない。
きっとリクルートスーツだけで暮れ始めた屋外に立っているのが、寒すぎただけだ。
私がほんのちょっと身震いしただけでも、卓己はそれを決して見過ごしたりなんかしない。
すぐに自分着ていた薄手のコートを脱いで、私にかけようとする。
「そんなものいらないから! もう家の中に入るし。余計な心配するくらいなら、さっさと帰って」
「で、でも、紗和ちゃんが……」
しつこく渋る卓己の背をぐいぐい押して、やっと門のところまで追いやった。
「差し入れはありがたく受け取っておくから、もう帰って」
「……。う、うん。じゃあ……。元気でね。また来るから」
「はいはい」
それでもまだ、じっと悲しむように沈んだ目で私を見下ろす。
「紗和ちゃん……。本当に困ったことができたら、ちゃんとすぐに連絡して」
「はいはい」
「約束だよ!」
「分かってる!」
「ちゃんと僕にだよ!」
「はいはい」
卓己はようやく、朽ちかけた門から外に出た。
何度も何度も振り返り、手を振る彼を寒さに震えながら見送る。
角を曲がって見えなくなるまで待っていないと、次に会った時にとてつもなく機嫌が悪くて、相手をするのに面倒くさくなるからだ。
そんなに不機嫌になるなら、だったら私になんて会いに来なければいいのにと、いつも思う。
卓己のことは嫌いじゃないけど、どうしても好きにはなれない。
彼の気持ちを知っていながら、ずっと気づかぬフリをしている。
すっかり日の暮れた空に、立て付けの悪くなった門を閉める。
体は完全に冷え切っていた。
荒れた庭の丸テーブルには、卓己の持って来た差し入れの、食べ物がぎゅうぎゅうに詰まった袋が残されている。
こんなもの、卓己からもらったって何一つ嬉しくなんか……。
「あぁ、変なこと考えちゃダメ」
食べ物に罪はない。
重たい袋を抱え、テラスから部屋に入った。
しっかりと雨戸を下ろし、施錠もしたから大丈夫。
もうこの家に、誰も入っては来られない。
私は卓己の持って来た袋の中から、桃のスパークリングワインを取り出すと、その瓶を開けグッと飲み干した。
ツンとした炭酸の刺激と甘い香りに、一度は我慢したはずの涙が再びあふれはじめた。
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