白薔薇園の憂鬱

岡智 みみか

文字の大きさ
4 / 85
第2章

第2話

しおりを挟む
「な……。だって、あのカップは……。や、やっぱり僕が……」
「は? なに?」

 ギロリとにらみ上げた私の視線に、慌てて言葉を飲み込んだ。

「ご、ごめん」
「卓己の手助けは、一切いらないって言ったよね。そんなことしたら、取り戻す意味がないからって!」
「わ、分かってるよ。だってもう、な、何度も……紗和ちゃんに、お、怒られたし……」

 地位も名誉もお金も手に入れた彼と、おじいちゃんの孫という肩書きだけしかない私。
卓己に頼れば簡単にカタはつくのかもしれないけど、それだとますます私が惨めになるだけじゃない。
もうこれ以上、自分のことも卓己のことも、嫌いになりたくはない。

「さ……、紗和ちゃんが、あんなに欲しがってたのに……。ざ、残念、だったね……」
「そう。だから今、一人ですっごく泣きたい気分なの。もう帰ってくれる?」
「わ、分かった……」

 彼は錆びついたぼろぼろの丸テーブルに置かれた袋を、持ち帰ろうととして、すぐにその手を下ろした。

「だ、だけどさ。こ、これはやっぱり、置いていくね。き、気が向いたら、お酒もつまみも、か、勝手にた、食べてくれて、いいから……」

 私の体が、ぶるっと震えた。
それは春先の夜の始まりの、寒さのせいなのか、怒りのせいなのか、惨めさなのか分からない。
きっとリクルートスーツだけで暮れ始めた屋外に立っているのが、寒すぎただけだ。
私がほんのちょっと身震いしただけでも、卓己はそれを決して見過ごしたりなんかしない。
すぐに自分着ていた薄手のコートを脱いで、私にかけようとする。

「そんなものいらないから! もう家の中に入るし。余計な心配するくらいなら、さっさと帰って」
「で、でも、紗和ちゃんが……」

 しつこく渋る卓己の背をぐいぐい押して、やっと門のところまで追いやった。

「差し入れはありがたく受け取っておくから、もう帰って」
「……。う、うん。じゃあ……。元気でね。また来るから」
「はいはい」

 それでもまだ、じっと悲しむように沈んだ目で私を見下ろす。

「紗和ちゃん……。本当に困ったことができたら、ちゃんとすぐに連絡して」
「はいはい」
「約束だよ!」
「分かってる!」
「ちゃんと僕にだよ!」
「はいはい」

 卓己はようやく、朽ちかけた門から外に出た。
何度も何度も振り返り、手を振る彼を寒さに震えながら見送る。
角を曲がって見えなくなるまで待っていないと、次に会った時にとてつもなく機嫌が悪くて、相手をするのに面倒くさくなるからだ。
そんなに不機嫌になるなら、だったら私になんて会いに来なければいいのにと、いつも思う。
卓己のことは嫌いじゃないけど、どうしても好きにはなれない。
彼の気持ちを知っていながら、ずっと気づかぬフリをしている。

 すっかり日の暮れた空に、立て付けの悪くなった門を閉める。
体は完全に冷え切っていた。
荒れた庭の丸テーブルには、卓己の持って来た差し入れの、食べ物がぎゅうぎゅうに詰まった袋が残されている。
こんなもの、卓己からもらったって何一つ嬉しくなんか……。

「あぁ、変なこと考えちゃダメ」

 食べ物に罪はない。
重たい袋を抱え、テラスから部屋に入った。
しっかりと雨戸を下ろし、施錠もしたから大丈夫。
もうこの家に、誰も入っては来られない。

 私は卓己の持って来た袋の中から、桃のスパークリングワインを取り出すと、その瓶を開けグッと飲み干した。
ツンとした炭酸の刺激と甘い香りに、一度は我慢したはずの涙が再びあふれはじめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

処理中です...