Ut. Cold Heart -ユートピア コールドハート-

猫宮助六

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第一章 眩き光の銃刀

第13話 実行

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 クランベラ教会から召集がかかる数時間前、レザールの事務所「Crashクラッシュ・ theザ・ Coldコールド・ Heartハート」ではブレインの店「Crowクロウ Toysトイズ」から届いた荷物を確認していた。その荷物とはレオン専用の武器のことだ。レオンに用意した刀は、レザールが使っているものよりも刀身が短く小振りになっている。
「これが、俺の刀ですね! ありがとうございます! 」
「礼ならブレインにな。それと言わずもがな、そいつは刃物だからな。無遠慮に振り回すんじゃねぇぞ」
レオンは嬉しそうに「わかっています」と返事をしてキラキラとした目で刀をまじまじと見つめる。
 一方エリスはエアガンで射撃の練習をしている。応対用のローテーブルの上には紙コップの的が並べて置いてある。その周辺の床には大量のBB弾が転がっている。合計何発撃ったか数えるのすら嫌になる量だ。そして、パンッと紙コップを狙って放たれた一発は見事に命中しテーブルの下に落ちる。
「やった!レザール見てた?  当たったよ! これで五回目だから休憩していいよね」
「……五回目を当てるまでに何回撃った? 」
エリスとレザールの間に暫く沈黙が続き、ようやく口が開く。
「……十五発くらい? 」
レザールと目を合わせないエリスの様子から、本当はもっと撃ってそうだとこの場の全員が察した。レザールは呆れた様子でエリスに近づき、右腕を掴む。
「実銃はエアガンより重い。弾が入ると尚更な。だから一キロの重りをつけて練習しろって言っただろ」
「……忘れてただけだもん」
「やり直せ」
エリスの右腕に重りを巻きつける。「えー」といういかにも嫌そうな悲鳴を無視して床に転がったBB弾を回収し始める。それを見ていたレオンも片付けを手伝う。エリスは疲れたと言いたげに来客用のソファにエアガンを握ったまま倒れ込む。まるで末娘が散らかしたおもちゃを代わりに片付ける父親と兄のような光景だ。
 この何でもない日常の最中に一本の電話が入る。レザールの携帯電話ではない。事務所の固定電話が鳴っている。レザールが溜息を吐きながら立ち上がり電話を受ける。
「はい、Crash the Cold Heart レザールだ」
電話口の向こうから聞こえたのは女性の声だった。
「お世話になっております。私、中央部クランベラ教会のアメリアと申します」
予想外の人物に少し驚きを見せるが、咳払い一つして切り替える。アメリアはルイから伝言を頼まれた様で、淡々と要件を伝える。「教会に来るように」という内容はこれまでにも何度かあった為、然程驚くことでは無いが、アメリアが最後に付け足した言葉がレザールを揺れ動かす。
「武器を持ち、準備を整えてからこちらにいらしてください」
今までルイには言われた事のない言葉だった。わざわざ武器を持参する旨を言ったという事は、つまりそういうことなのだと察せられる。
 通話を終えたレザールはレオンとエリスを見て溜息を吐きながら電話の件を二人に伝える。二人とも驚きはしたものの、何一つ言わず黙々と支度を進めていく。レザールも何も言わなかったが、嫌な予感がすると言いたげに顔が強張っている。そんな当たるかも分からない予感を、首を左右に振って払う。そう、ただの仕事の依頼だ。いつもと変わらない普遍的ふへんてきな討伐依頼。嫌な予感が当たる事は無いと気を確かに持ち教会へ向かった。


 ここはネモフィラアリエス県のホワイトウッドペッカー市。中央部クランベラ教会のあるモナルダキャンサー県ブルーイーグル市から北北西に位置する、山や森そして西に海と隣接した田舎地域だ。北部エリアには劣るが、中央部エリアの中では最も自然の多い地域になる。
 森の中をルイを筆頭に魔力感知能力で上級悪魔の所へ一直線に向かって行く。ルイの能力は、対象が近ければ近い程詳細に感知する事が可能だ。その能力を頼りに進む。この森は木々が生えていない明確な「道」があるため、戻るにも進むにもこの道を歩けばいつかは森から抜けることが出来る。この道さえ見つけられれば迷うことはほぼ無いのだ。
 森を暫く歩いたところでルイは立ち止まる。人差し指を口の前で立て「静かに」と後続に合図を送る。ルイの視線の先を辿ると、巨大な岩の様なものが道を塞いでいる。よく見ると石のゴツゴツと硬い質感はしておらず、まるでゴムのような曲線的でグニャグニャとした柔らかい質感だ。巨大なそれはゆっくり動き出す。目の前の標的に全員が絶句する。上級悪魔は幸いルイたちには気付いていない様子だ。
「……あれが目標の上級悪魔です。レザール、ジャックさん、クリスさん、コブラさんは僕について来てください。エリスさんとレオンさんはアズマの援護をお願いします。決してご無理をなさらないでください」
アズマは悪魔を目の前に引きった表情をしている。敵の大きさは想定外だったようだ。これを暫くの間一人で相手をするのだ。余裕が無くなるのも無理は無いだろう。レオンとエリスも支援として加わるが、まともに戦った事のない二人は戦力外と言っても過言では無い。
「この悪魔に見つからないように進むには一度この道を外れる他ありません。逸れないよう、注意してついてきてください。アズマ、ここは頼みましたよ」
「はいはい、こっちは何とかやるさぁ。ルイちゃんも気をつけてな」
アズマは二挺の斧を強く握る。ルイたちがゲートの方へ行くのを確認してから悪魔へ向く。
 アズマは右足で地面を蹴って走り出す。悪魔の太く大きい足に右手の大振りの斧で斬りつける。
「っ!  」
悪魔の足に刃が通らない。攻撃方法を変えるべくアズマは一度距離を取ってから今度は能力で攻めるよう動く。胸の前で右手で輪を作って一言発する。
「噴射」
指で作った輪から高圧洗浄機のような高威力の水が出てくる。肉をも抉る威力のそれは悪魔の足の一点に集中して当たる。数十秒間当て続けても足どころか悪魔自身にダメージが通っている感覚が無い。そして、いよいよ悪魔が動き出した。こちらへ振り返ろうとしているのに気付き、アズマは急いで距離を取る。悪魔が反転したことによって周囲の木々が薙ぎ倒される。この時、悪魔の顔を拝見することになる。
「……ヤモリ? なるほど、爬虫類型ね」
「アズマさん、違います。顎下から赤くなっていますよね、ならあれはイモリです。両生類型です! 」
レオンの指摘にハッとし、耳を傾ける。アズマを一瞥いちべつしレオンは説明を続ける。
「生物のイモリは皮膚に毒を持っています。そして生態の特徴として、斬られても骨までも再生します。この悪魔がどうかは知りませんけど、注意するに越したことはありません」
「はぁ、厄介なことこの上ないねぇ」
アズマは再びイモリの見た目をした悪魔へ接近する。後ろ足が駄目、ならば前足は刃が通る可能性も無きにしもあらず。想像上の九十パーセントは通らないだろうが、今は虱潰しらみつぶしに攻撃をしていく他無い。飛んでくる悪魔の前足を避けながらそこへ斧を振り下ろす。結果は案の定。今度は悪魔の足を踏んで背中へ登る。背中にも斬りつけるものの、ここも刃が通らない。悪魔は急旋回をしてアズマを振り払う。そして旋回によってまた多くの木々が倒れる。
 エリスが人差し指で黄緑の石が付いた指輪のチャームに触れる。エリスの周囲に風が舞い上がり、三つの斬撃波を悪魔の頭に向かって放つ。だが傷一つ付いていない。それも効果が無いようだ。
「……っ! なんで効かない訳!? 」
「エリスちゃん慌てちゃ駄目だよぉ。慎重に弱点を探るんだ」
ならばと悪魔に近づこうとするエリスをレオンが肩を掴んで止める。
「危ないからこれ以上近づくのは駄目です」
「でも、毒なら効くかもしれないでしょ? 」
「兎に角駄目です。あの悪魔は毒を持っているかもしれないんです。皮膚に触れてどういう経緯で体内に毒が入るか分からないんです。ここは冷静になりましょう」
レオンの静止によってエリスは落ち着きを取り戻す。不服そうではあるが、納得はしている様子だ。
 悪魔は大きな口を開けて天を仰ぐ。そして口の中から湧き出てきたのは、大量の下級悪魔だった。蝙蝠や蛙の見た目の悪魔がアズマたちを襲う。アズマは襲って来る悪魔を両手の斧で斬り殺していく。左右それぞれの斧で縦に横に振り、的確に悪魔の頭部を斬る。幸い下級悪魔なだけあってやわで隙だらけで強くはない。しかしその分数が多い。斬っても斬っても終わりが見えないくらい湧いている。
「……キリが無いな。レオンくんとエリスちゃん、下級悪魔は任せたよ! 」
「はい! やれるだけやってみます! 」
レオンは刀を抜いて慣れていない身のこなしで悪魔を斬っていく。レザールの動きを思い出しながら斬る。エリスは黄緑の石のチャームを人差し指で触れて風の斬撃で敵を屠っていく。アズマは迫って来る蛙と蝙蝠型を踏み台に高く飛び上がると、斧を強く握り、二挺の斧の刃に魔力を纏わせる。そしてイモリの悪魔の頭へ斧を一息に振り下ろす。魔力が乗ったことによって振り下ろす斧の威力が増し勢い良くそこへ落ちる。しかし、その攻撃すら満足にダメージが与えられていない。その箇所に凹みが出来て今までで一番効果的であったが、傷と言うにはあまりにも浅い。すると、悪魔が首を勢い良く振りアズマを振り落とす。投げ出されたアズマは咄嗟に五接地転回法ごせっちてんかいほうで衝撃に備えて着地する。だが、着地してすぐイモリの悪魔の尻尾が迫ってくる。アズマは身体の前に斧を出し尻尾の直撃を免れるが、大きさと勢いも相まって防ぎ切れず吹き飛ばされる。追い討ちかのようにイモリの悪魔から細い光線が放たれ、どうする事も出来ず腹部に直撃する。そして飛ばされた衝撃にアズマは背中と頭を強打する。口から血が溢れ、腹と頭からも流れ出る。傷の痛みに顔をしかめながらジャケットの袖で口元の血を乱暴に拭い立ち上がり再び斧を構える。

 ルイたちは魔界へ繋がるゲートの場所へ向かっていた。ルイの能力を頼りに進んでいると、正面から下級悪魔が襲いかかってきた。先程の上級悪魔が呼び寄せたものだ。ルイはレイピアを抜き、蝙蝠型の悪魔の頭を貫く。すぐ後ろに続いていたレザールとクリスも刀で大鎌で下級悪魔を斬り伏せながらついて行く。
 行く手を阻んで来る下級悪魔を倒しながら暫く走って行くとついにゲートへ辿り着いた。透明化している為厳密には誰にも見えていないが、ルイの魔力感知能力で発見に至ったのだ。そのゲートがあるであろう場所に手を置いてゆっくり押す。聖堂の扉を開けるのと同じ感覚だ。すると、真っ黒な空間が出てくる。禍々まがまがしいそれは直感で魔界の入口だと分かる程の異質さだ。
「皆さん、ここから魔界へ行けます。爵位持ちの悪魔の討伐をよろしくお願いいたします。どうかご武運を」
レザールとジャックとクリスは顔を見合わせてゲートの奥へ進む。コブラはもう一人の神の落とし子を送る為にゲート周辺に隠れて待機する。ルイは携帯電話で現在地を送信して踵を返す。これからアズマに加勢する。

 レオンは下級悪魔を刀で斬っていく。想定外なのは、レザール程簡単に斬れないということだ。上手く刃を扱い切れていないことを痛感しているのだ。レザールは簡単にさばいていたのに自身はそれが出来ていないという現実を突きつけられている。レオンは刀を納刀する。そして腰にあるナイフに手を伸ばす。エリスは驚いたように目を見開くが、レオンの行動を見守る。
「……ナイフの方が使い慣れてるならナイフを使えばいいだけの話です」
ボソボソと独り言を呟くレオンの目にはいつもの穏やかさが失っていた。ナイフを順手に持ち、蝙蝠型の悪魔へ突っ走って行く。そして振り上げた時に蝙蝠型の首を掻き斬り、身体をひねって背後に居た蝙蝠型二体を横薙ぎで斬り殺す。悪魔とはいえ生きて動いている血肉を斬るという何とも形容しがたい手の感触の気持ち悪さに顔を顰めながらナイフを逆手に持ち、足元の蛙の悪魔の脳天に突き刺す。近づいて来た蛙の悪魔を順手に握り直したナイフで真っ二つに裂く。レオンの動きにエリスは開いた口が塞がらない。
 レオンの右足に蛙の舌が巻きつく。舌を切ろうと姿勢を落とすと勢い良く空に投げ出される。何とかナイフで舌を切ることが出来ても勢いは止まらない。
「レオン! 」
エリスの叫びにアズマは気付き空を見上げる。レオンは一般人だ。受け身を取る方法を知っている筈がないのだ。アズマは急いで能力の使用方法を想像し手を伸ばす。この状況で衝撃を最小限抑える事の出来る力を。
ウォール! 」
アズマの声を遮って発せられた聞き馴染みのある声。呆気に取られているアズマの前を走り去っていく人影は、空中に出来た氷の壁を足場にして飛び出して行く。そしてレオンを抱き止め安定した体幹で着地する。
「お待たせいたしました。お怪我はありませんか、レオンさん? 」
ルイが合流した。エリスもアズマも安心した様子で胸をなで下ろす。エリスは当てられるか分からない銃を握って先程のカエルの悪魔へ向ける。
「アンタのせいでレオンが危なかったんだから! 」
怒りに任せて引き金を引く。大きな銃声と共に発射された銀の銃弾はまっすぐと標的へ向かって飛ぶ。そして蛙の頭に丸い穴を空け、その穴から血が噴き出し悪魔は死んだ。エリスが撃った弾が見事に命中したのだ。当たったことに笑みを浮かべるが、喜びに浸る間もなく次々と下級悪魔が群がって来る。周囲を見渡したルイは一瞬にして悪魔の群れを氷漬けにすると白い息を吐いてレオンへ向く。
「僕はアズマに加勢します。危ないと感じましたら構わず逃げてください」
ルイはレオンにそれだけ伝えるとアズマの方へ歩いていく。そして状況を聞き出す。悪魔の様子を見る限り、あまり芳しくない状況なのは誰が見ても分かる。
「……両生類型のイモリの悪魔だよぉ。足と背中と頭は斧の物理攻撃が効かない。能力も効果無し。チャームでの遠距離攻撃も効果無し。脳を破壊する気で能力と織り交ぜた攻撃をしても効果無し。頭を砕くどころか、少し凹むくらいにしかならなかった」
「恐らくは粘膜で身体を保護しているからでしょう。ならば、まずやることは粘膜を剥ぐことです」
「……簡単に言うねぇ」
ルイはアズマの腹部に手をかざす。その部分から少しの痛みとひんやりとした感覚が包み込む。アズマがその部分に視線を落とすと氷が張られていた。止血されたのだ。
「僕の能力を使って粘膜を凍らせます。その氷を破壊するのは貴方に任せます。場所は前足の間が良いでしょうか」
「足元に入り込むのは危険だよ。それでもやるかい? 」
問いかけにルイが頷くとアズマは困ったように溜息を吐く。言いたいことを抑えてルイがそう言うならと斧を握る手に力を入れる。
「それで、粘膜を砕いたらそのまま切り刻むのかい? イモリって再生能力があるって聞いたけど? 」
「はい。斬るだけでは意味がありません」
そう、相手はイモリの姿の悪魔だ。再生能力も持っていると考えた方が良いだろう。イモリは身体のどの部分でも再生出来る。心臓や脳でさえ。
「イモリは欠損による再生という生存能力は高いですが、環境による負荷には弱い生き物です。ですので、心臓を凍らせがんだと錯覚させましょう」
「それって生物学的な病死ってこと? 悪魔に病気の概念はあるのかねぇ? 」
無論、悪魔に病気の概念は無い。病死などもっての外だ。それはアズマも知っている周知の事実だが、ルイがこれから行おうとしていることはあくまで病気の「演出」だ。心臓を凍らせることによって心臓の機能を低下させる。心臓が動かないということは血が巡らないということだ。そんな状態を身体に癌であると思い込ませる。当然欠損ではないため再生は行われない。
「毒の方が効果的かと存じますが、今は形振なりふり構ってはいられません。無い物を追及するより出来る事をいたしましょう」
毒と聞いてアズマは思い出したように周囲を見渡してある人物を探す。その人物を見つけると腕を引っ張りルイのところまで連れて来る。
「エリスちゃん、確か毒のチャーム持ってるって言ってたねぇ? 」
アズマが探していたのはエリスだ。突然のことに困惑した様子を見せるが、戸惑っている場合ではないことはエリスも分かっている。
「確かに持ってるわ。ほら、これよ」
右手人差し指に嵌められた紫色の石が付いた指輪を見せる。アズマとルイは互いに顔を見合わせて頷く。ここから作戦の開始だ。


 ルイはレイピアを抜いて悪魔の足下を目指して走る。アズマはルイとは別のルートからイモリの悪魔の足下を目指して行く。イモリの悪魔はルイの方を見ていることから、ターゲットはルイに集中していると見ていいだろう。敵がルイに集中している以上、エリスはアズマについて行った方が比較的安全だ。アズマを先頭にその五歩後ろを走る。アズマはエリスに攻撃が及ばない様、進行方向の下級悪魔を斧で蹴散らしながら裏へ回る。
 ルイは飛んでくるイモリの悪魔の尻尾を飛び越えて、行く手を阻む下級悪魔は切り伏せてイモリの悪魔へ近づく。イモリの悪魔は口を開いて円状の六芒星ろくぼうせいの文様を発現させる。その文様からマシンガンが如く連射で細長い光線を放った。ルイは光線を躱したり時にはレイピアで軌道を逸らす等して免れていたが、全部を避けることは叶わなかった。一発は右太腿ふとももを貫通し、一発は脇腹に当たり、一発は左肩を貫く。首と頬にも一発ずつ掠り、各所から血が流れ出る。悲痛に顔を歪めながらも進んでいく。進行方向から来た下級悪魔の突進が脇腹に掠りバランスを崩すが、足を止める事無くイモリの悪魔の足下へ滑り込む。そしてレイピアの刃先を胴に差し掛かった部分に突き刺し一言発する。
凍結フリーズ! 」
突き刺した刃先から直径約五メートルの範囲で粘膜が凍りつく。レイピアを引き抜き、声を張り上げる。
「アズマ!! 」
「はいよっ! 」
青い魔力を纏った二挺の斧に力を込めて凍りついた場所へ打ちつける。そして氷にヒビが入るとビキビキと音を立てて砕け散った。アズマはその勢いのまま斧を振り被ると、粘膜が無くなったその場所に向かって振り、肉を抉る。斬ったところから血が噴き出し、攻撃が通ったことの実感を与える。
 アズマは再び振り被り同じ箇所に叩きつけて深く深く傷を抉る。両手で斧を深く突き刺し、テコの原理で傷口を広げる。血が噴水の様に噴き出す。悪魔は痛みに喚き叫び、前足で払おうと動く。ルイはすかさずレイピアを地面に刃先一センチ程突き刺し一言発する。
フロー! 」
悪魔の前足だけではなく後ろ足も凍り付く。四足分というかなりの広範囲に能力を使った為、ルイの顔色は青白くなってきている。限界が近いのだ。
「悪魔は出来る限り抑えておきます。今のうちに! 」
「エリスちゃん早く毒を! 」
エリスは感じているプレッシャーを隠せない様子でアズマとルイを見る。今、悪魔が動けないのはルイのお陰だ。この機会を逃せばもう二度と同じチャンスは来ないだろう。エリスは深呼吸をして右手を突き出して紫色の石に触れる。そして魔力で作られた毒針二本が射出される。その二本とも逸れる事無く悪魔の体内に入っていく。一先ず作戦通りだ。後は経過を待つのみだが、毒が体内に入った数秒後、イモリの悪魔を止めていた氷は割れてルイは力尽きた。
 悪魔は毒が効き始めたのか、縦横無尽に暴れ出す。尻尾は地面に叩きつけられ、足はジタバタと藻掻き大声で喚き散らす。
「……不味いねぇ、これは。エリスちゃん、ここから離れるよ! 」
アズマはルイを抱えて先導する。ルイは小刻みに震えて手に力も入っていない。服越しに触れても分かるくらいに冷たく氷の様に冷え切っている。
 下級悪魔を狩っていたレオンと合流し、なるべく遠くへ逃げる。その時、イモリの悪魔は口を大きく開けて魔力をかき集めているのを目にする。誰が見てもとんでもなく大きい攻撃が来ると想像できるくらいだ。アズマはルイをレオンに預け、右手の人差し指と中指、親指を伸ばして銃の形を作る。指に魔力を乗せて発する。
「バン」
そうして指先から放たれた水の力はレーザーのように細く長く真っ直ぐと悪魔の傷口に着弾する。悪魔は喚く。魔力の吸収速度は遅くなったが、それでもなお状況は変わらない。とうとうアズマは膝をついた。顔を顰めて右手で頭を押さえて冷や汗をかいている。
「……いや、なんでもない。二人はルイちゃんを連れて先に逃げろ」
「アズマさんは……」
明らかに正常ではないアズマの様子を見て手を差し出すが、首を縦に振らない。先程の攻撃で多少の時間稼ぎは出来ているが、それでも危険な状況であるのには変わらない。躊躇してる時間は無いのだ。現状、レオンとそう身長差のないルイなら兎も角、高身長の男一人担いで逃げるのは無理に等しい。
「……俺が、俺がなにがなんでも止めます」
決心したようにレオンは悪魔の方へ歩き出す。エリスはルイを支えながら慌ててレオンの腕を掴む。
「駄目よ! その目、反動が大きいんでしょ! 対抗しないで逃げなきゃ! 」
レオンはエリスの静止を振り切り悪魔へ近づく。下級悪魔は魔力を吸い取られたせいか、殆どが死に絶え消えている。そして眼鏡を外し悪魔の口元を視る。そこに現れた円状の六芒星の文様に目線を集中する。鼻血が流れ、喉奥から溢れた血が口から漏れ出て呼吸が荒くなる。それでもじっと文様を見つめ続ける。そして文様から出てきた強い光は光線としてレオンやアズマ、エリスとルイに向けて放たれた。
 もう駄目かとその場の誰もが思っただろう。その時、レオンの瞳は青く輝きを放つ。青でいて虹の様なその輝きは悪魔の光線を掻き消し、文様をも消し去った。
 暫くの間静寂に包まれていた。その沈黙が破れたのはレオンが倒れてからだ。酷い過呼吸にもだえる姿を見て駆け寄ったのは、この場で唯一まともに動けるエリスだ。あまりの無謀さに怒りを覚えるより先に心配が勝り、レオンの背中を無言で優しくさする。色々文句を言ってやりたいといった複雑な表情で見ている。アズマはぐるぐるとした視界の中、イモリの悪魔の状況を確認する。悪魔は動かなくなっていた。先程の毒が回ったのだろう。それに結果的には失敗に終わったが、最後の力で放とうとした強大な能力の影響も多少はあるだろう。悪魔の血肉は消えかかっていた。悪魔という生命体の性質上、これは死亡が確定したと言える。その様子に安堵し、横で力なく震えているルイにジャケットを掛けて寝転ぶ。
「……これは暫く動けない、ねぇ? 」
ルイに問いかける。白い息を吐いて、アズマのジャケットと自身の出血によって血塗れになった外套を握り丸くなって小刻みに震えている。声を出す余裕も無さそうだ。ルイもアズマも動けない今、当初の予定だった爵位持ちの悪魔討伐グループに加勢するという話は無くなるだろう。


 ルイとアズマがイモリの悪魔との戦闘中、こっそりと通り抜ける人物がいた。白と黒の長い髪をなびかせて迷うことなく真っ直ぐと進んでいく。そして悪魔に荒らされることなく木々が残った場所で立ち止まる。
「……ここにいるのでしょ。 早くゲートを開けて」
物静かな少女の声に反応し木の陰から出てきたのはコブラだ。少女はエリスと同じか、少し小さいくらいの背格好をしている。
「お前は何者だ? 」
槍を持った少女はコブラの目をじっと見つめながら、一呼吸置いて話し始める。
「姓はリト、名をアイラ。オーキッドアルバトロスより討伐任務を遂行し、魔力回復の為休息を取ったのち、遅れて参上した次第」
そう言って掌からマッチを発火させたくらいの小さな黒い炎を出す。この光景を見てルイが言っていた神の落とし子だと気付くと、サングラスを上にずらして魔力を辿り、ゲートの前に案内する。
「……感謝する」
アイラと名乗った少女はコブラによって開かれたゲートに迷わず飛び込む。この場に残されたコブラはアイラが通った後のゲートを見て溜息を吐く。
「……ガキのくせに覚悟が決まってやがる……ま、何にせよ健闘を祈るぜ」
煙草に火を着けて一服する。コブラの役目は終わった。後は神の落とし子たちに掛かっている。誰もいないこの場で犠牲が出ないことを祈るばかりだ。煙草の煙が空に細く立ち上っていくのを見つめ、空でゆらゆらと踊るその灰色の線にせた。
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