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三章:夢を叶えて
想い人 sideリスティヒ
僕はうんざりしてその気持ちを隠さずに首を傾けた。
『……まだ続く?』
かれこれ二時間はしゃべり続けている。よくもまあ話題が尽きないものだ。好きな娘がどうとかこうとか、ほとんど内容は覚えていない。ただし、彼がその娘にぞっこんなのはわかる。拙いながらにその娘の魅力を語ってくれた。もう少し省略してくれていた方が僕としては助かったけれど。
『絶対にその娘を探し出す』僕があまりにも退屈そうだったのを察したのかそう締めくくって彼の演説は終わった。
『僕、きみのこと嫌いだな』
そんな言葉がうっかり口をついた。しまったと思い口を塞ぐが聞こえていたようだ。少年は赤くなった目を少し細めた。
『なんでだよ』
『自分勝手がすぎるじゃないか。せっかく婚約者候補になってくれた娘に挨拶はした?勝手に家を飛び出して……その娘、きっと傷ついてるよ』
綺麗事だった。我儘に物事を進められる彼が羨ましくて、同時に眩しかったのに、僕は変に大人ぶった。それから色々と説教を連ねてからふくれっ面の少年を自分の屋敷へと帰らせた。
それから二年の時が経ち──十一歳の誕生日を迎えるという時、どこの誰かが暇潰しで開催したとされる退屈な茶会で僕は再び彼に出会う。べそをかき、まんまるに膨らんだ頬は年相応に引き締まり、透き通った彼の翠眼は輝きを増していた。嫌いな人間には近づかない主義だと知らんふりを決め込んでいるとあっさり見つかってしまい、少年は僕を一目見て、笑顔で手を振りながら駆け寄ってきた。
『ひさしぶり!元気にしてた?』
さも大親友かのような言い方。たった一度会っただけなのにこんなにも人間は馴れ馴れしくなれるものなのかと呆れていると少年はこちらが目を閉じたくなるほど眩い笑顔を浮かべて手を差し出した。
『きみはもう覚えていないかもしれないけれど……ラインハルト・クロツェルだ。よろしく』
僕もありきたりな返事を返してから、日常会話のお手本のような言葉を交わした。僕を息子とした男は病で死に、侯爵の座を手に入れた僕は十五歳になると【心】の称号を国から与えられ、三大侯爵の仲間入りとなる。すなわち、当時の三大侯爵の中で【心】は空席だったのだ。その少年──ラインハルトは一日中、自分も三大侯爵の仲間入りをするから同年代の友人ができて嬉しい、とはしゃいでいた。
ラインハルトとは縁があったのかその日からふとした出先などでよく出会うようになり、たくさんの言葉を交わし合った。
『想い人の居場所を突き止めることができた』なんて彼が言った日には一緒に喜び──まだ成年ではなかったため酒抜きで──小さな晩酌会のようなものを開いた。
『剣よりそっち側の仕事の方があってるかもね』
革張りのソファに腰掛けていつものように軽口を言うと、ラインハルトは長いまつ毛をゆっくりと伏せた。
『実際──剣術はあまり好きじゃない』
いとも簡単にひとを傷つけてしまうのが恐ろしいらしい。ラインハルトは細長い指を広げては折りたたむを繰り返しながら言った。あまりに昏い顔をするので元気づけるためにいろんな話題を振ってからその日は解散となった。
十六歳になった頃には、何回か会ってはお互いの近況報告をする、余計なことは聞かない。これがふたりの中での形のないルールとなった。僕は彼に剣のことは聞かなかったし、彼も僕に家族云々の話はしなかった。
あっという間にそんな日々は終わり、十八歳の夏。ラインハルトの両親が両者とも流行病で亡くなってから葬式で改めて僕らは逢うことになった。
『なあ、きみの想い人にもうアプローチはかけたのか?』
自分でも驚くほど馬鹿みたいな質問にラインハルトはもちろん沈んだ顔を見せて首を横に振る。彼の陶器人形のような顔はこけ、翠眼は濁っていた。別人のようになった彼を横目にしんどかったらいつでも相談してほしい、なんて誰でも言えることを言った後、別の言葉をかけられたのではないか、と少し後悔した。
しかし、その何ヶ月かあとラインハルトは幾分かマシになった顔に笑みを浮かべながらやって来た。まだやつれてはいたが葬式の日よりはマシに見える。
『朗報だ!あの娘と縁があって結婚まで持ち込めそうだ。明日は顔合わせなんだ、何を着ればいいか教えて欲しい』
あの娘。もちろん以前から言っていた想い人のことだろう。実際に紹介されたことはないのでわからないが、とりあえず傾国の美女を思い浮かべておいた。ラインハルト曰くうっかり一目惚れされては困る、とのこと。久しぶりにラインハルトの本当の笑顔が見れた、そんな気がした。
『……まだ続く?』
かれこれ二時間はしゃべり続けている。よくもまあ話題が尽きないものだ。好きな娘がどうとかこうとか、ほとんど内容は覚えていない。ただし、彼がその娘にぞっこんなのはわかる。拙いながらにその娘の魅力を語ってくれた。もう少し省略してくれていた方が僕としては助かったけれど。
『絶対にその娘を探し出す』僕があまりにも退屈そうだったのを察したのかそう締めくくって彼の演説は終わった。
『僕、きみのこと嫌いだな』
そんな言葉がうっかり口をついた。しまったと思い口を塞ぐが聞こえていたようだ。少年は赤くなった目を少し細めた。
『なんでだよ』
『自分勝手がすぎるじゃないか。せっかく婚約者候補になってくれた娘に挨拶はした?勝手に家を飛び出して……その娘、きっと傷ついてるよ』
綺麗事だった。我儘に物事を進められる彼が羨ましくて、同時に眩しかったのに、僕は変に大人ぶった。それから色々と説教を連ねてからふくれっ面の少年を自分の屋敷へと帰らせた。
それから二年の時が経ち──十一歳の誕生日を迎えるという時、どこの誰かが暇潰しで開催したとされる退屈な茶会で僕は再び彼に出会う。べそをかき、まんまるに膨らんだ頬は年相応に引き締まり、透き通った彼の翠眼は輝きを増していた。嫌いな人間には近づかない主義だと知らんふりを決め込んでいるとあっさり見つかってしまい、少年は僕を一目見て、笑顔で手を振りながら駆け寄ってきた。
『ひさしぶり!元気にしてた?』
さも大親友かのような言い方。たった一度会っただけなのにこんなにも人間は馴れ馴れしくなれるものなのかと呆れていると少年はこちらが目を閉じたくなるほど眩い笑顔を浮かべて手を差し出した。
『きみはもう覚えていないかもしれないけれど……ラインハルト・クロツェルだ。よろしく』
僕もありきたりな返事を返してから、日常会話のお手本のような言葉を交わした。僕を息子とした男は病で死に、侯爵の座を手に入れた僕は十五歳になると【心】の称号を国から与えられ、三大侯爵の仲間入りとなる。すなわち、当時の三大侯爵の中で【心】は空席だったのだ。その少年──ラインハルトは一日中、自分も三大侯爵の仲間入りをするから同年代の友人ができて嬉しい、とはしゃいでいた。
ラインハルトとは縁があったのかその日からふとした出先などでよく出会うようになり、たくさんの言葉を交わし合った。
『想い人の居場所を突き止めることができた』なんて彼が言った日には一緒に喜び──まだ成年ではなかったため酒抜きで──小さな晩酌会のようなものを開いた。
『剣よりそっち側の仕事の方があってるかもね』
革張りのソファに腰掛けていつものように軽口を言うと、ラインハルトは長いまつ毛をゆっくりと伏せた。
『実際──剣術はあまり好きじゃない』
いとも簡単にひとを傷つけてしまうのが恐ろしいらしい。ラインハルトは細長い指を広げては折りたたむを繰り返しながら言った。あまりに昏い顔をするので元気づけるためにいろんな話題を振ってからその日は解散となった。
十六歳になった頃には、何回か会ってはお互いの近況報告をする、余計なことは聞かない。これがふたりの中での形のないルールとなった。僕は彼に剣のことは聞かなかったし、彼も僕に家族云々の話はしなかった。
あっという間にそんな日々は終わり、十八歳の夏。ラインハルトの両親が両者とも流行病で亡くなってから葬式で改めて僕らは逢うことになった。
『なあ、きみの想い人にもうアプローチはかけたのか?』
自分でも驚くほど馬鹿みたいな質問にラインハルトはもちろん沈んだ顔を見せて首を横に振る。彼の陶器人形のような顔はこけ、翠眼は濁っていた。別人のようになった彼を横目にしんどかったらいつでも相談してほしい、なんて誰でも言えることを言った後、別の言葉をかけられたのではないか、と少し後悔した。
しかし、その何ヶ月かあとラインハルトは幾分かマシになった顔に笑みを浮かべながらやって来た。まだやつれてはいたが葬式の日よりはマシに見える。
『朗報だ!あの娘と縁があって結婚まで持ち込めそうだ。明日は顔合わせなんだ、何を着ればいいか教えて欲しい』
あの娘。もちろん以前から言っていた想い人のことだろう。実際に紹介されたことはないのでわからないが、とりあえず傾国の美女を思い浮かべておいた。ラインハルト曰くうっかり一目惚れされては困る、とのこと。久しぶりにラインハルトの本当の笑顔が見れた、そんな気がした。
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