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三章:夢を叶えて
足りないもの
平静を装いながら笑うのは疲れるが、硬直しているふたりを安心させるには笑うしかない。もう一度、ほら話していいのよと笑って見せると男は絡んでいる侍女の手を優しく解き、一歩前に出る。
緊張した面持ちで口を開きかけ──
「お話することなどありませんっ」
侍女の悲痛な叫びを聞き、慌てたように口を閉ざした。
だが、男はまだ迷いがあるようでこちらをチラチラと見ながら侍女の背中をさする。
「アリナ、少しくらいは話を聞いてもいいんじゃないか?だってきみは……」
「旦那様の許可なしに会話すべきじゃないわ。シャルヒ、おねがい……」
侍女──アリナに懇願するような眼差しを向けられ、男──シャルヒは唇を強く噛んだ。侍女を後ろに庇い、頭を床に擦り付ける勢いで下げる。
「申し訳ございません。私のような者がお話しすることはできません。処罰は私が受けます故どうか彼女は、彼女だけは見逃していただけないでしょうか」
シャルヒの言葉にアリナは目を大きく開く。何かを言いかけてから、シャルヒの向ける真剣な瞳に押し黙り、深々と礼をした。
「え、えっと」
予想外の反応に戸惑ってしまう。もちろん処罰する気なんてないし、ふたりに害を為すつもりもない。カルロはどうしているだろうか。もし危険な目に遭っていたら……想像するだけで恐い。急げ、急がないと。気持ちだけが先に出て必要以上に気が急く。
心臓が矢鱈と煩く弾み始める。落ち着け、落ち着け。必死に自分に言い聞かすのも虚しく心臓の音は大きくなるばかり。
(私今、足を引っ張ってる。こんな時、カルロなら、ニコルなら、お兄様なら、どうしてた……?)
答えは簡単。もっと上手くできていた、だろう。私には足りないものを、彼らは当然のように持っている。滝のように汗が流れて手が震える。
時間が遅く感じられ、頬を伝う雫が落ち──あ、床にふれる──他人事のようにそう思った瞬間のことだった。
廊下を勢いよく風が吹き抜けた。心地よく体を抜けていくその風はいとも簡単に私の頭を冷やす。
前にも感じたこの風。優しい風は。
「ニコル」
唇から親友の名前が漏れる。さっきまで変に急いていたのが嘘みたいに、心臓の音が鳴り止む。それと同時にやっと気づいた。
(そう、そうよ。私に足りないものを当然のように持っているように見えていただけで、みんな努力してた。それはもちろん私だって……)
なんで気づかなかったんだろう。“簡単に”じゃなくていい。私は今私のできる最大限のことをやるだけだったんだ。
突然の風に戸惑っているふたりの元へと歩く。柔らかな風が私を後押しし、自然と気持ちは落ち着いていた。
「お願いします」
そのまま転がっていってしまいそうな勢いで頭を下げる。
「私──私たち、魔導師局に協力してください。私たちはジェルナ伯爵の不正発見及び証拠取り押さえのため、ここにいます」
緊張した面持ちで口を開きかけ──
「お話することなどありませんっ」
侍女の悲痛な叫びを聞き、慌てたように口を閉ざした。
だが、男はまだ迷いがあるようでこちらをチラチラと見ながら侍女の背中をさする。
「アリナ、少しくらいは話を聞いてもいいんじゃないか?だってきみは……」
「旦那様の許可なしに会話すべきじゃないわ。シャルヒ、おねがい……」
侍女──アリナに懇願するような眼差しを向けられ、男──シャルヒは唇を強く噛んだ。侍女を後ろに庇い、頭を床に擦り付ける勢いで下げる。
「申し訳ございません。私のような者がお話しすることはできません。処罰は私が受けます故どうか彼女は、彼女だけは見逃していただけないでしょうか」
シャルヒの言葉にアリナは目を大きく開く。何かを言いかけてから、シャルヒの向ける真剣な瞳に押し黙り、深々と礼をした。
「え、えっと」
予想外の反応に戸惑ってしまう。もちろん処罰する気なんてないし、ふたりに害を為すつもりもない。カルロはどうしているだろうか。もし危険な目に遭っていたら……想像するだけで恐い。急げ、急がないと。気持ちだけが先に出て必要以上に気が急く。
心臓が矢鱈と煩く弾み始める。落ち着け、落ち着け。必死に自分に言い聞かすのも虚しく心臓の音は大きくなるばかり。
(私今、足を引っ張ってる。こんな時、カルロなら、ニコルなら、お兄様なら、どうしてた……?)
答えは簡単。もっと上手くできていた、だろう。私には足りないものを、彼らは当然のように持っている。滝のように汗が流れて手が震える。
時間が遅く感じられ、頬を伝う雫が落ち──あ、床にふれる──他人事のようにそう思った瞬間のことだった。
廊下を勢いよく風が吹き抜けた。心地よく体を抜けていくその風はいとも簡単に私の頭を冷やす。
前にも感じたこの風。優しい風は。
「ニコル」
唇から親友の名前が漏れる。さっきまで変に急いていたのが嘘みたいに、心臓の音が鳴り止む。それと同時にやっと気づいた。
(そう、そうよ。私に足りないものを当然のように持っているように見えていただけで、みんな努力してた。それはもちろん私だって……)
なんで気づかなかったんだろう。“簡単に”じゃなくていい。私は今私のできる最大限のことをやるだけだったんだ。
突然の風に戸惑っているふたりの元へと歩く。柔らかな風が私を後押しし、自然と気持ちは落ち着いていた。
「お願いします」
そのまま転がっていってしまいそうな勢いで頭を下げる。
「私──私たち、魔導師局に協力してください。私たちはジェルナ伯爵の不正発見及び証拠取り押さえのため、ここにいます」
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