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6章
記憶の深淵
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第6章 記憶の深淵
朝比奈奏は、自分の中に“誰か”の記憶が確かにあることを、もう否定しなかった。
それはただの情報ではない。 誰かを愛し、誰かを失った痛み。呼吸の仕方、歩き方、傘の差し方までもが、他人の感情と共に流れ込んできていた。
「……これは、僕のものじゃない。でも、僕が受け取ったものだ」
その想いを胸に、奏は九条と共に、再び夢の深層へと潜った。
今回の目的はただひとつ──“真白”の記憶の正体を確かめること。
夢潜入の中でも特異な方法、“記憶重複接続”を用いた。 九条の記憶と、奏の夢、それらを同時に接続することで、両者の記憶が交錯し、隠された核心に到達できる可能性がある。
「もし何かが起きたら、すぐに接続を切ってくれ」
「わかってます。でも、僕は逃げません。先生が閉じ込めているもの、ちゃんと見届けたい」
九条は短く頷いた。
◆
降り立った夢の世界は、雨の夜の路地裏だった。 光も音も遠く、まるで世界から隔絶された空間。
その中央に、彼女がいた。
ユメ──“真白”の幻影。
「ようやく、来てくれたのね」
彼女は微笑み、両手を広げる。
「礼……そして奏くん。二人に、私を終わらせてほしいの」
「終わらせる?」
九条が息をのむ。
「私は、記憶の亡霊。礼が私を忘れたくなかったから、奏の中で形を取った。……でもそれは、彼の“愛”じゃない」
「違う……俺は……」
「先生、聞いてください」
奏が一歩前へ出る。
「僕の中にある“彼女”の記憶は、確かに綺麗で、優しくて……だけど、それでも僕は、先生に今ここにいてほしいと思ってるんです」
「奏……」
「過去の幻を抱いたまま、今を見失うなら、そんなものは愛じゃない」
言葉が、雨に溶けるように空間に広がっていく。
ユメが、ふっと目を細めた。
「……そう。なら、証明して」
夢の空間が震え、崩れ始める。
九条の視界が揺れる。
雨の路地が、病室に変わる。 白いベッド。痩せた恋人。最後の会話。
「礼、ごめんね……最後まであなたに頼ってばかりで……」
九条が叫ぶ。
「やめろ、もう……見たくない……」
そのとき、奏が彼の手を取った。
「見てください。……僕と一緒に。もう、独りで抱えなくていい」
その手の温もりが、崩壊しかけた夢を止めた。
ユメが静かに微笑む。
「ありがとう、奏くん。……礼、あなたが愛した人の中に、ちゃんと未来は生まれてる」
ユメの姿が、光となって消えていく。 残されたのは、静かな夜の気配だけだった。
◆
目を覚ました九条は、涙を流していた。 夢の中で、ようやく“さよなら”が言えたのだ。
「奏……ありがとう」
奏はそっと彼の頬を拭った。
「先生、夢の中じゃなくて、現実で、ちゃんと僕を見てください」
「見てる。今度こそ……お前を」
雨は、もう降っていなかった。 夢の深淵から戻ったふたりは、ようやく同じ現実に立った。
朝比奈奏は、自分の中に“誰か”の記憶が確かにあることを、もう否定しなかった。
それはただの情報ではない。 誰かを愛し、誰かを失った痛み。呼吸の仕方、歩き方、傘の差し方までもが、他人の感情と共に流れ込んできていた。
「……これは、僕のものじゃない。でも、僕が受け取ったものだ」
その想いを胸に、奏は九条と共に、再び夢の深層へと潜った。
今回の目的はただひとつ──“真白”の記憶の正体を確かめること。
夢潜入の中でも特異な方法、“記憶重複接続”を用いた。 九条の記憶と、奏の夢、それらを同時に接続することで、両者の記憶が交錯し、隠された核心に到達できる可能性がある。
「もし何かが起きたら、すぐに接続を切ってくれ」
「わかってます。でも、僕は逃げません。先生が閉じ込めているもの、ちゃんと見届けたい」
九条は短く頷いた。
◆
降り立った夢の世界は、雨の夜の路地裏だった。 光も音も遠く、まるで世界から隔絶された空間。
その中央に、彼女がいた。
ユメ──“真白”の幻影。
「ようやく、来てくれたのね」
彼女は微笑み、両手を広げる。
「礼……そして奏くん。二人に、私を終わらせてほしいの」
「終わらせる?」
九条が息をのむ。
「私は、記憶の亡霊。礼が私を忘れたくなかったから、奏の中で形を取った。……でもそれは、彼の“愛”じゃない」
「違う……俺は……」
「先生、聞いてください」
奏が一歩前へ出る。
「僕の中にある“彼女”の記憶は、確かに綺麗で、優しくて……だけど、それでも僕は、先生に今ここにいてほしいと思ってるんです」
「奏……」
「過去の幻を抱いたまま、今を見失うなら、そんなものは愛じゃない」
言葉が、雨に溶けるように空間に広がっていく。
ユメが、ふっと目を細めた。
「……そう。なら、証明して」
夢の空間が震え、崩れ始める。
九条の視界が揺れる。
雨の路地が、病室に変わる。 白いベッド。痩せた恋人。最後の会話。
「礼、ごめんね……最後まであなたに頼ってばかりで……」
九条が叫ぶ。
「やめろ、もう……見たくない……」
そのとき、奏が彼の手を取った。
「見てください。……僕と一緒に。もう、独りで抱えなくていい」
その手の温もりが、崩壊しかけた夢を止めた。
ユメが静かに微笑む。
「ありがとう、奏くん。……礼、あなたが愛した人の中に、ちゃんと未来は生まれてる」
ユメの姿が、光となって消えていく。 残されたのは、静かな夜の気配だけだった。
◆
目を覚ました九条は、涙を流していた。 夢の中で、ようやく“さよなら”が言えたのだ。
「奏……ありがとう」
奏はそっと彼の頬を拭った。
「先生、夢の中じゃなくて、現実で、ちゃんと僕を見てください」
「見てる。今度こそ……お前を」
雨は、もう降っていなかった。 夢の深淵から戻ったふたりは、ようやく同じ現実に立った。
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