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20XX.10.31 03:00PM

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「なんでこんなことに・・・・・・」

 数日後。高井は安っぽいチラシを憎々し気につまんだ。wordソフトで素人がつくったことがわかるそれにはフリー画像のジャック・オ・ランタンがでかでかと印刷されている。”ハロウィン☆コスプレ来場者サービス”そう題されているがために、二人はこんな格好をする羽目になったのだ。高井は運転席に座る村瀬に視線を投げる。今、黒いマントは外されて後部座席に投げ込まれているが、赤いチョッキに白のレースの襟元、整えられた髪の中に紛れる金メッシュがアクセントになっている。普段の奇天烈な恰好と比べて、ヴァンパイアコスプレ姿の方が、村瀬の実は美しい等身と鍛えられた体躯の魅力を引き出している。それに比べて。高井はメイド姿だ。全力で拒否したおかげでミニスカートは免れたがロングであってもスカートは心もとない。以前事件で世話になった小劇団の協力で衣装を入手し、化粧も施してもらった。今日の村瀬と高井はハロウィンに浮かれる男女カップルを装っている。なぜならーー。

「ここだな」

 村瀬がハンドルを切った。目的の場所は、隣県へ向かうインターチェンジ付近にある、ラブホテルだ。依頼人が彼氏の元でみつけたというチラシはラブホのハロウィンキャンペーンだった。

「……わぉ」

 夢々しいお菓子の城を模したその建物は”スウィート・キャッスル”と看板がでている。地下の駐車場からそのままホテル内部に入れるため、この馬鹿馬鹿しい恰好が人目に触れないことが救いだ。駐車場には標的の男の車があった。浮気している男女もそれを目的に市内から離れたここを選んでいるのだろうか。
 高井は顔を伏せて先導する村瀬についていった。従業員の顔が見えないようになっているカウンターで村瀬が部屋をとった。監視カメラの位置を確認しながら移動する。エレベータの中では高井が男だとバレないように村瀬が腕の中に抱き込んだ。高井も背が低いわけではないが村瀬が大きいのだ。
 がちゃり。やたらに音が響いて部屋のドアが閉まった。

「……」

 大きく存在感を主張するベッドから高井は目を背けた。すると薄型テレビの画面にーー。

「セックスしないとこの部屋から出られません。トリック・オア・トリート?!」

 走ってドア飛びつくとドアノブは動かなかった。ただ、がたがたと軋む。

「え? ちょっ? ええっ?!」
「……閉じ込められたな」
「っ、村瀬さん?! どうするんです?」
「ん? セックスすりゃいいんだろ」
「は?」

 ラブホだしな、とあっさり言う村瀬によって高井はベッドに転がされた。のしかかったヴァンパイアによって簡単に靴を脱がされる。ストレートロングのウィッグの髪の毛がシーツに広がって、メイドキャップが歪んだ。スカートを踏みつけられているため動けない。

 村瀬と高井はセックスをする関係だ。恋人同士ではない。高井は定期的に悪夢にうなされ不眠となる。そんな高井を寝かせるため、治療のように村瀬は高井を抱いた。
 腕を頭上でまとめて押さえつけられて、顎をつかまれた。近づく村瀬の気配に、キスされるのかと、高井はぎゅっと目をつぶる。ふっと息がかかるが、唇は合わされなかった。高井が目をあけると、驚くほど至近距離で視線が交わった。

「化粧がとれるから顔は触れないな」

 見つめあったまま顔の輪郭をなぞられてぞくりと背筋が震える。武骨な指がウィッグの髪をかきわけて耳を弄んだ。高井の心臓がドキドキと音をたてる。ヴァンパイアはくっと片方だけ口元を歪めて笑うとメイドの偽の胸を乱暴に掴んだ。そこには虚無しかつまっていないはずなのに。村瀬の壮絶な色気にあてられて高井は熱い吐息を漏らした。

「毛をそったのか」

 明らかに村瀬が笑った。かぁっと高井の頬が羞恥に染まる。スカートをたくしあげ、村瀬の手はすべすべした高井の脚を撫でまわした。

「なんだ。下着は女物じゃないのか」
「この、へんたぃ……あっ」

 鼠径部をなぞられて、期待に中心が芯をもつ。直接的に触れないまま高井の身体は熱くなっていった。もどかしい思いで楽しそうな村瀬を潤んだ瞳で睨む。

ーー触って。

 そう乞うのは屈辱で、口をつぐんだ。でも意地悪なヴァンパイアはお見通しだろう。はくはくと口をあける高井の姿を観察しながら、村瀬は陰毛を引っ張り弄んだ。

「あぁッ!」

 何の前触れもなく村瀬は急に性器を握った。先走りを広げるようにぬちゃぬちゃと先端を弄る。

「ゃ、あっ、あっ、あ……!」

 敏感なくびれをなぞられ、乱暴ともいえる動きで幹をしごかれる。

ーーイく。

 高井の太ももに力が入ったその瞬間に、ぱっと村瀬は手を離した。

「……え?」
「わかった」

 村瀬が起き上がってベッドを離れると入口に向かった。ぽかんと高井はその後姿を見送る。

「ドアの開け方がわかったぞ。調査再開だ」
「……は?」

ーーもう少しで。もう少しでこっちはイけるところだったんだぞ?!

「さっさと用意しろよ」

 村瀬が無情にも急かしてくる。

ーーくそ。こっちは一回出さねーとおさまらねぇよ!

 村瀬はもう続きをする気はなさそうだ。ベッド脇に立ってただ見下ろしている。

「なんだ。手つだわねぇとイけないのか」

ーー誰のせいで!

 嘲笑うような村瀬への怒りに震える手で高井は自身の性器を握った。さっさとイくことにだけに集中する。

「そうだ。衣装が汚れたらダメだからつけろよ」

 ぽいっとコンドームが投げられた。

ーーこの、デリカシー皆無のクソ野郎。

 ゴムをつけてスカートで隠し、村瀬の視線をシャットアウトするように目を瞑った。ただ機械的に自分を高める。むなしい気持ちで精を放つ。

「行くぞ」

 ドアのあたりで何やら操作する村瀬を後目に、高井は靴を履き、乱れた服装を整えた。つぶれた背中のリボンをなおせたかは疑問だが。村瀬の言ったとおりにドアは難なく開いた。マントを翻しヴァンパイアーー村瀬は堂々とどこかを目指して廊下を進んだ。なんだかもう疲れ切ってしまった高井はとぼとぼと後を追う。エレベータに乗り込んだ。

「どうやってドアを開いたんですか?」
「ああ。ここはラブホだからな」
「どういうことです?」
「なんだ。ラブホ来たことねーのか?」
「! ありますよ! ラブホくらい……」

ーーそう、大学生の時、彼女と……? かのじょ?

「ッ」

 割れるように頭が痛む。なぜか記憶は霞がかかり、呼吸が苦しくなる。ヒューヒューと喉がなった。

「悪かった。落ち着け、何も考えるな」

 村瀬の大きな手が高いの鼻と口を覆う。宥めるように背中をゆっくり撫でられた。村瀬の手の中で湿った空気を吸うとだんだんと落ちついてきた。指が目じりに浮かんだ涙をぬぐう。

「ラブホの扉は金をいれないと開かないんだ」

 高井をゆるく抱き寄せた村瀬が言う。高井はしがみついた。

「テレビの文字はハロウィン用の悪戯だろう。そもそもラブホに来るんだから、セックスするに決まっている」

 お前が行ったところは扉のタイプが違ったんだろうーーこの話題は終わりというように村瀬は優しく離れた。その瞳が痛みを耐えるような色をしていることに、呼吸を整えている高井は気がつかなかった。
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