【完結】綺麗なだけじゃ、生きていけない

とっくり

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 王都・ウェルズ劇場。
 午後の稽古の隙間を縫って、アナベルのオーディションは行われた。

 ──結果から言えば、それはもう、見事な玉砕だった。

 
***

 観客席には、応援に駆けつけたカロリーヌ、セルジュ、ハンナ、そしてリバー所長が座っていた。

「大丈夫よアナベル!練習したこと出し切るのよー!」
「せめて、倒れずに帰ってきてくださいね……」

 などと声援(?)を受けながら、アナベルは舞台に立った。

 そして始まった、まずは歌唱パート──

 \♪ああ~~ わたしの~~ こい~~は~~/

 ……音程が、どこまでも迷子だった。

 演出担当が遠くで顔をしかめ、舞台袖のスタッフが一瞬目を伏せた。舞台監督にいたっては、耳を塞いでいた。

「……うん、これは……その……」
「やめて、何も言わないで……」

 リバー所長は俯き、カロリーヌも口を押さえていた。

 次はセリフ。
 だが、練習のときから苦労していたセリフ覚えはやはりネックになり、急遽“台本見ながら”に変更。

 そして始まった、台本片手の朗読劇──いや、棒読み劇。

 \「……わたしは……あなたの……ことを……ずっと……みていました……」/

 あまりのぎこちなさに、カロリーヌは膝から崩れ落ち、セルジュがその肩をそっと支えた。ハンナはもう目を覆っていた。

「こりゃダメだな」とリバー所長がぽつり。






 結果は案の定、不合格。

 控室に戻ってきたアナベルは、がっくりと肩を落としていた。

「もともと、女優志望なんて……烏滸がましかったんです。最初からわかってました……」

 慰めようとしたカロリーヌは、言葉が出てこなかった。

 リバー所長がぽつりと呟く。

「図書館の読み聞かせでは、もっと自然だったんだがな。アドリブも入れてたし……少しは期待したんだが……」

「全然、慰めになってません……」

 とアナベルが力なく返す。

 彼女は、控室の椅子に腰を下ろし、鞄を手に立ち上がる。


(……エリオットさん)

 昨日、初めて見たときのあの強烈な存在感。舞台の中央に立った彼の姿が、目の裏に焼き付いて離れない。

 私なんかが並べるはず、ない。
 最初から分かってた。

 それでも──

 もう一度だけ、あの光の中の彼を見ていたかった。それだけだった。

 そんな思いを、そっと心の奥に沈めるように、アナベルはうつむいた。

 そのとき──

 目に飛び込んできた、一冊の台本。

 テーブルに無造作に置かれたそれが、いつの間にか彼女の視線を引きつけていた。

(……あれ?)

 見慣れない文字の羅列。ぱらりと開いてみた瞬間、アナベルの顔色が変わった──

(この訳、おかしい……)

 何気なく開いてみた台本に目を通したアナベルの表情が変わる。

「……この訳、間違ってます。ここの『道化』って単語、“嘲笑”の意味でも使うから、文脈的に違和感があります」

 その声に、近くにいたハンナが振り返る。

「え? 今なんて?」

 アナベルは戸惑いながらも答える。

「この台本、隣国のルクリト語で書かれてますよね? 学園時代に勉強してたんです。そんなに上手じゃないですけど……日常会話と読み書きくらいは……」

「えっ!? アナベル、ルクリト語ができるの!?!?」

 カロリーヌが目を丸くし、セルジュは口をあんぐり開けている。

 リバー所長も思わず前のめりになった。

「なんでそんな特技を隠してた!?」

「特技ってほどでも……お姉様には、“十番以内に入ってない”って、ずっとバカにされてましたし……」

 その言葉にハンナが眉をひそめる。

「え、それって何番だったの?」

「十一番です……」

 沈黙。

 そして──

「十分すごいじゃないの!!」
「いや、むしろ優秀すぎるでしょ!?」
「惜しくも十番外ってだけじゃないか……!」

 リバー所長は感心したように目を見開き、台本を手に取る。

「ルクリトでも舞台をやるそうだ。翻訳と通訳のサポートが必要になる。……アナベル、君、劇場の台本翻訳の監修と通訳業をやってみる気はないか?」

「えっ……私が……?」

「演技じゃなくても、君には君にしかできない役割がある。舞台は、それも含めて成り立ってる」

 しばし目を見開いていたアナベルだったが──
 やがて、胸の奥に静かに灯るものを感じた。

 ──これは、私にしかできない“居場所”かもしれない。

「……はい、ぜひやらせてください!」

 ぱあっと顔を輝かせたアナベルに、皆が思わず拍手を送った。

「やったじゃない!」
「むしろ、適材適所とはこのことだな」

 こうしてアナベルは、女優としての夢には挫折したものの──
 新たな舞台の“幕裏”で、自分の役を見つけたのだった。

 
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