【完結・R18】その瞳に、私はいなかった

とっくり

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もう一つの物語 〜if〜十二年後〜

if〜十二年後〜16

 ーー翌朝。
 窓から差し込む柔らかな光に、セレナはゆっくりと瞼を開いた。隣では、腕枕をしてくれていたユーグが、安心しきった寝顔を見せている。

 十五年ぶりに確かめ合った温もりを思い出し、胸の奥がじんわりと甘く痺れた。

 ふと動くと、彼の腕がぎゅっと力を込め、まるで宝物を抱きしめるように離そうとしない。

「……おはよう、セレナ」
「おはようございます。ユーグ」
 小さく囁くと、彼はすぐに目を開き、嬉しそうに微笑んだ。
 だが次の瞬間、その瞳に少し影が差す。

「……セレナ。実は…一つお願いがあるんだ。」
「…お願いですか?」
「その、なんだ、あの…敬語をやめてほしくて…」
 くすぐったそうに、それでも本気の声で告げる。

「その丁寧な言葉で返されると……まだ距離があるみたいで、さみしいんだ」
 そう言いながら、子どものように眉尻を下げ、彼女の指を絡め取る。

「……そんな顔、反則です」
 セレナは思わず笑ってしまうのと同時に、胸の奥が温かくなる。

「お願いだ、セレナ。君から敬語で話されると……なんだか他人みたいで…もっと近くに感じたい」
 その甘える声音に、心がきゅっと震える。頬を赤くしながらも、セレナは微笑んだ。

「……わかったわ。もう敬語はやめる」
「本当かい?!……ああ、良かった」

 彼は一気に破顔し、セレナをぎゅっと抱きしめた。大きな身体なのに、今は子どものように素直で、ただ愛を欲している。

「セレナ、ありがとう……!もっと早くからお願いすれば良かった」
 抱擁の熱に頬を埋めながら、セレナは彼の鼓動を聞いた。

 やがて、彼は少し照れながらも言う。

「セレナ、今後のことなんだが……」
「…ユーグ?」
「一緒に暮らしたいと思っていて……これから先ずっと、君と一緒にいたいんだ。どうかな……?」
 その声音には不安と期待が混じっていて、まるで断られたら泣いてしまいそうだった。

 セレナはくすっと笑い、彼の胸に指先で小さく円を描く。

「……ふふ、断るわけないわ。一緒に暮らしたいって、私も思っているの」
「っ……ほんとうに?」
 目を丸くした彼は、次の瞬間、嬉しさを隠しきれずに抱き寄せる。

「でもね……昔みたいな大邸宅は嫌なの。広すぎて落ち着かないし、あなたが来ない日は、余計に寂しかったの」
「……セレナ……あの時は……本当に、申し訳なかった」
 瞳を曇らせたユーグが、哀しげに呟く。

「ううん、もういいの。あれは過去のことだから」
 セレナは小さく首を振り、静かに言葉を継いだ。
「これからはね……工房の隣、今の住まいで……あなたと暮らしたいと思っているの」

 そう言って、真っ直ぐな眼差しをユーグに向けた。

「……!それでいい。それがいい。セレナが望む場所なら、どこでもかまわない」
 即答し、まるで少年のように顔を綻ばせる。

「君と一緒なら……屋根があるだけで天国だよ」
「もう、大げさなんだから」
 呆れながらも笑い、セレナは彼の首に腕を回した。

 唇が触れ合い、笑い声が重なる。
 ――十五年越しに取り戻した愛は、甘やかで、幸福そのものだった。


***

 十日以上ぶりに、ようやく雲が切れ、やわらかな陽射しが街を照らした。

 その光に祝福されるように、セレナとユーグは肩を並べて工房の敷地へと帰ってくる。

 自然と指先が触れ合い、そっと絡まる。
 顔を見合わせて微笑んだその瞬間――奥から二つの影が勢いよく駆け出してきた。

「「セレナさん!!」」

 ララとペニーが弾む声を上げ、涙ぐみながら飛びついてきた。
 彼女たちの手がセレナの腕や肩に触れては、無事を確かめるように震えている。

「心配かけてごめんなさい」

 セレナが頭を下げると、ララとペニーは同時に首を振った。

「よかった……お二人とも、ご無事で……」
「もう、どれだけ心配したと思ってるんですか!」

 安堵の涙を拭いながら、二人の視線はユーグに注がれた。

「あの、お二人が一緒に帰ってきた…ということは?」
 ララが不思議そうに首を傾げると、ペニーが肘で小突いて声を上げる。
「バカっ、野暮なこと聞かないの!」
「え?偶然会ったのではなくて?」

 二人のやり取りを見ながら、セレナとユーグは視線を合わせて微笑んだ。

「……君たちには、ちゃんと言わないとな。私は昔からセレナのことを愛していて――」
「っ、もう!ユーグ!そこまで詳しく説明しなくても!」

 真面目に語り始めたユーグを、セレナが顔を真っ赤にして制する。

 そのやり取りに、ララとペニーはにやけを隠せない。

 観念したようにセレナは笑みを浮かべ、ユーグの袖をそっとつまんだ。
「……あのね、ララ、ペニー。実は……これからユーグと、一緒に暮らすことになったの」

 一瞬の沈黙のあと――
「やっぱり!!!」
「そうだと思ってました!!」

 はじけるような歓声と拍手。
 ララとペニーは手を取り合って喜び、まるで自分たちのことのように頬を紅潮させている。

 ユーグは照れくさそうに頭をかきながらも、隠しきれない笑みを浮かべた。
 セレナの手をぎゅっと握り返す仕草は、誰の目にも誇らしげで、そして何より幸せそうだった。

 ララとペニーはまた「きゃーっ」と声を上げ、セレナはますます頬を染める。

 工房には、久々に戻った二人を祝福するような、あたたかな笑い声が響いていた。



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