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もう一つの物語 〜if〜十二年後〜
if〜十二年後〜16
ーー翌朝。
窓から差し込む柔らかな光に、セレナはゆっくりと瞼を開いた。隣では、腕枕をしてくれていたユーグが、安心しきった寝顔を見せている。
十五年ぶりに確かめ合った温もりを思い出し、胸の奥がじんわりと甘く痺れた。
ふと動くと、彼の腕がぎゅっと力を込め、まるで宝物を抱きしめるように離そうとしない。
「……おはよう、セレナ」
「おはようございます。ユーグ」
小さく囁くと、彼はすぐに目を開き、嬉しそうに微笑んだ。
だが次の瞬間、その瞳に少し影が差す。
「……セレナ。実は…一つお願いがあるんだ。」
「…お願いですか?」
「その、なんだ、あの…敬語をやめてほしくて…」
くすぐったそうに、それでも本気の声で告げる。
「その丁寧な言葉で返されると……まだ距離があるみたいで、さみしいんだ」
そう言いながら、子どものように眉尻を下げ、彼女の指を絡め取る。
「……そんな顔、反則です」
セレナは思わず笑ってしまうのと同時に、胸の奥が温かくなる。
「お願いだ、セレナ。君から敬語で話されると……なんだか他人みたいで…もっと近くに感じたい」
その甘える声音に、心がきゅっと震える。頬を赤くしながらも、セレナは微笑んだ。
「……わかったわ。もう敬語はやめる」
「本当かい?!……ああ、良かった」
彼は一気に破顔し、セレナをぎゅっと抱きしめた。大きな身体なのに、今は子どものように素直で、ただ愛を欲している。
「セレナ、ありがとう……!もっと早くからお願いすれば良かった」
抱擁の熱に頬を埋めながら、セレナは彼の鼓動を聞いた。
やがて、彼は少し照れながらも言う。
「セレナ、今後のことなんだが……」
「…ユーグ?」
「一緒に暮らしたいと思っていて……これから先ずっと、君と一緒にいたいんだ。どうかな……?」
その声音には不安と期待が混じっていて、まるで断られたら泣いてしまいそうだった。
セレナはくすっと笑い、彼の胸に指先で小さく円を描く。
「……ふふ、断るわけないわ。一緒に暮らしたいって、私も思っているの」
「っ……ほんとうに?」
目を丸くした彼は、次の瞬間、嬉しさを隠しきれずに抱き寄せる。
「でもね……昔みたいな大邸宅は嫌なの。広すぎて落ち着かないし、あなたが来ない日は、余計に寂しかったの」
「……セレナ……あの時は……本当に、申し訳なかった」
瞳を曇らせたユーグが、哀しげに呟く。
「ううん、もういいの。あれは過去のことだから」
セレナは小さく首を振り、静かに言葉を継いだ。
「これからはね……工房の隣、今の住まいで……あなたと暮らしたいと思っているの」
そう言って、真っ直ぐな眼差しをユーグに向けた。
「……!それでいい。それがいい。セレナが望む場所なら、どこでもかまわない」
即答し、まるで少年のように顔を綻ばせる。
「君と一緒なら……屋根があるだけで天国だよ」
「もう、大げさなんだから」
呆れながらも笑い、セレナは彼の首に腕を回した。
唇が触れ合い、笑い声が重なる。
――十五年越しに取り戻した愛は、甘やかで、幸福そのものだった。
***
十日以上ぶりに、ようやく雲が切れ、やわらかな陽射しが街を照らした。
その光に祝福されるように、セレナとユーグは肩を並べて工房の敷地へと帰ってくる。
自然と指先が触れ合い、そっと絡まる。
顔を見合わせて微笑んだその瞬間――奥から二つの影が勢いよく駆け出してきた。
「「セレナさん!!」」
ララとペニーが弾む声を上げ、涙ぐみながら飛びついてきた。
彼女たちの手がセレナの腕や肩に触れては、無事を確かめるように震えている。
「心配かけてごめんなさい」
セレナが頭を下げると、ララとペニーは同時に首を振った。
「よかった……お二人とも、ご無事で……」
「もう、どれだけ心配したと思ってるんですか!」
安堵の涙を拭いながら、二人の視線はユーグに注がれた。
「あの、お二人が一緒に帰ってきた…ということは?」
ララが不思議そうに首を傾げると、ペニーが肘で小突いて声を上げる。
「バカっ、野暮なこと聞かないの!」
「え?偶然会ったのではなくて?」
二人のやり取りを見ながら、セレナとユーグは視線を合わせて微笑んだ。
「……君たちには、ちゃんと言わないとな。私は昔からセレナのことを愛していて――」
「っ、もう!ユーグ!そこまで詳しく説明しなくても!」
真面目に語り始めたユーグを、セレナが顔を真っ赤にして制する。
そのやり取りに、ララとペニーはにやけを隠せない。
観念したようにセレナは笑みを浮かべ、ユーグの袖をそっとつまんだ。
「……あのね、ララ、ペニー。実は……これからユーグと、一緒に暮らすことになったの」
一瞬の沈黙のあと――
「やっぱり!!!」
「そうだと思ってました!!」
はじけるような歓声と拍手。
ララとペニーは手を取り合って喜び、まるで自分たちのことのように頬を紅潮させている。
ユーグは照れくさそうに頭をかきながらも、隠しきれない笑みを浮かべた。
セレナの手をぎゅっと握り返す仕草は、誰の目にも誇らしげで、そして何より幸せそうだった。
ララとペニーはまた「きゃーっ」と声を上げ、セレナはますます頬を染める。
工房には、久々に戻った二人を祝福するような、あたたかな笑い声が響いていた。
窓から差し込む柔らかな光に、セレナはゆっくりと瞼を開いた。隣では、腕枕をしてくれていたユーグが、安心しきった寝顔を見せている。
十五年ぶりに確かめ合った温もりを思い出し、胸の奥がじんわりと甘く痺れた。
ふと動くと、彼の腕がぎゅっと力を込め、まるで宝物を抱きしめるように離そうとしない。
「……おはよう、セレナ」
「おはようございます。ユーグ」
小さく囁くと、彼はすぐに目を開き、嬉しそうに微笑んだ。
だが次の瞬間、その瞳に少し影が差す。
「……セレナ。実は…一つお願いがあるんだ。」
「…お願いですか?」
「その、なんだ、あの…敬語をやめてほしくて…」
くすぐったそうに、それでも本気の声で告げる。
「その丁寧な言葉で返されると……まだ距離があるみたいで、さみしいんだ」
そう言いながら、子どものように眉尻を下げ、彼女の指を絡め取る。
「……そんな顔、反則です」
セレナは思わず笑ってしまうのと同時に、胸の奥が温かくなる。
「お願いだ、セレナ。君から敬語で話されると……なんだか他人みたいで…もっと近くに感じたい」
その甘える声音に、心がきゅっと震える。頬を赤くしながらも、セレナは微笑んだ。
「……わかったわ。もう敬語はやめる」
「本当かい?!……ああ、良かった」
彼は一気に破顔し、セレナをぎゅっと抱きしめた。大きな身体なのに、今は子どものように素直で、ただ愛を欲している。
「セレナ、ありがとう……!もっと早くからお願いすれば良かった」
抱擁の熱に頬を埋めながら、セレナは彼の鼓動を聞いた。
やがて、彼は少し照れながらも言う。
「セレナ、今後のことなんだが……」
「…ユーグ?」
「一緒に暮らしたいと思っていて……これから先ずっと、君と一緒にいたいんだ。どうかな……?」
その声音には不安と期待が混じっていて、まるで断られたら泣いてしまいそうだった。
セレナはくすっと笑い、彼の胸に指先で小さく円を描く。
「……ふふ、断るわけないわ。一緒に暮らしたいって、私も思っているの」
「っ……ほんとうに?」
目を丸くした彼は、次の瞬間、嬉しさを隠しきれずに抱き寄せる。
「でもね……昔みたいな大邸宅は嫌なの。広すぎて落ち着かないし、あなたが来ない日は、余計に寂しかったの」
「……セレナ……あの時は……本当に、申し訳なかった」
瞳を曇らせたユーグが、哀しげに呟く。
「ううん、もういいの。あれは過去のことだから」
セレナは小さく首を振り、静かに言葉を継いだ。
「これからはね……工房の隣、今の住まいで……あなたと暮らしたいと思っているの」
そう言って、真っ直ぐな眼差しをユーグに向けた。
「……!それでいい。それがいい。セレナが望む場所なら、どこでもかまわない」
即答し、まるで少年のように顔を綻ばせる。
「君と一緒なら……屋根があるだけで天国だよ」
「もう、大げさなんだから」
呆れながらも笑い、セレナは彼の首に腕を回した。
唇が触れ合い、笑い声が重なる。
――十五年越しに取り戻した愛は、甘やかで、幸福そのものだった。
***
十日以上ぶりに、ようやく雲が切れ、やわらかな陽射しが街を照らした。
その光に祝福されるように、セレナとユーグは肩を並べて工房の敷地へと帰ってくる。
自然と指先が触れ合い、そっと絡まる。
顔を見合わせて微笑んだその瞬間――奥から二つの影が勢いよく駆け出してきた。
「「セレナさん!!」」
ララとペニーが弾む声を上げ、涙ぐみながら飛びついてきた。
彼女たちの手がセレナの腕や肩に触れては、無事を確かめるように震えている。
「心配かけてごめんなさい」
セレナが頭を下げると、ララとペニーは同時に首を振った。
「よかった……お二人とも、ご無事で……」
「もう、どれだけ心配したと思ってるんですか!」
安堵の涙を拭いながら、二人の視線はユーグに注がれた。
「あの、お二人が一緒に帰ってきた…ということは?」
ララが不思議そうに首を傾げると、ペニーが肘で小突いて声を上げる。
「バカっ、野暮なこと聞かないの!」
「え?偶然会ったのではなくて?」
二人のやり取りを見ながら、セレナとユーグは視線を合わせて微笑んだ。
「……君たちには、ちゃんと言わないとな。私は昔からセレナのことを愛していて――」
「っ、もう!ユーグ!そこまで詳しく説明しなくても!」
真面目に語り始めたユーグを、セレナが顔を真っ赤にして制する。
そのやり取りに、ララとペニーはにやけを隠せない。
観念したようにセレナは笑みを浮かべ、ユーグの袖をそっとつまんだ。
「……あのね、ララ、ペニー。実は……これからユーグと、一緒に暮らすことになったの」
一瞬の沈黙のあと――
「やっぱり!!!」
「そうだと思ってました!!」
はじけるような歓声と拍手。
ララとペニーは手を取り合って喜び、まるで自分たちのことのように頬を紅潮させている。
ユーグは照れくさそうに頭をかきながらも、隠しきれない笑みを浮かべた。
セレナの手をぎゅっと握り返す仕草は、誰の目にも誇らしげで、そして何より幸せそうだった。
ララとペニーはまた「きゃーっ」と声を上げ、セレナはますます頬を染める。
工房には、久々に戻った二人を祝福するような、あたたかな笑い声が響いていた。
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