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もう一つの物語 〜if〜十二年後〜
if〜十二年後〜17
セレナとユーグが共に暮らし始めて、半年が過ぎていた。
新生活を始めたばかりのユーグは、「家のことは、自分もやりたい」と張り切っていた。
だが、慣れない家事に苦戦し、料理はしょっぱすぎたり、洗濯は干し方がぎこちなかったりと、失敗続きだった。
それでも諦めることなく挑戦を続け、不器用ながら努力を重ねる彼を、セレナは根気よく支え続けた。
その甲斐あって、今では簡単な朝食ならすっかり任せられるまでに成長している。
「朝は私に任せてくれ」
胸を張るユーグの横顔は、すっかり料理に夢中になっている男の顔だった。
「ふふ、また張り切ってるのね」
セレナは微笑みながら椅子に腰を下ろす。
焼きたてのパンを皿に盛り付ける彼の姿は、ぎこちないながらも誇らしげで――「お待たせ」と差し出されるたび、胸がじんわりと温かくなった。
「……ユーグの作る朝ごはんが、一番好きよ」
囁くように告げた瞬間、ユーグは驚いたように目を瞬かせ、すぐに頬を赤らめる。
「セレナにそう言ってもらえるなら、毎朝でも作りたいな」
「もう……その言い方、ずるいわ」
セレナが頬を染めてうつむくと、ユーグは少し照れながらも真顔で言った。
「じゃあ決まりだ。朝だけじゃなく、昼も夜も――全部、私が作ろう」
「ちょ、ちょっと待って……! ユーグ、張り切りすぎよ?」
「ふふ……君が喜ぶなら、いくらでも張り切るさ」
二人で向かい合って食卓を囲む時間は、半年という歳月の中で育まれた、穏やかで大切なひとときとなっていた。
*
セレナが「美味しい」と笑顔で食べる姿を見るのは、ユーグにとって何よりの喜びだった。
「……少し太ったかも」
食後に小さく呟いたセレナに、ユーグは即座に首を横に振った。
「太ってなんかいない。むしろ……まだ細いくらいだ。もっと食べてほしい」
真剣な声音に、セレナは苦笑いを浮かべる。
だが次の瞬間、山盛りの料理が目の前に並べられた。
「ちょ、ちょっとユーグ? これ、私ひとりじゃ絶対に食べきれないわ!」
「大丈夫だ。君なら食べられる」
「根拠のない自信を持たないで!」
それでも彼の満足そうな笑顔を見れば、ついもう一口、もう一口と手を伸ばしてしまうのだった。
結局、「もうお腹いっぱい」と苦笑しながらも、なんだかんだ言いつつユーグの作ってくれる料理が大好きなセレナ。
そして彼女の姿を見守りながら、「次はもっと喜んでもらえるものを作ろう」と密かに闘志を燃やすユーグなのであった。
***
だが、ある日の食後――。
その日は「今日は特製だ」と張り切ったユーグが、つい作りすぎてしまい、テーブルには皿が山のように並んでいた。
セレナは笑いながら口に運んでいたが、満腹の境界を越えた瞬間、顔色が曇る。
「……ごめんなさい、ちょっと……」
ふらりとよろめき、吐き気を催したセレナに、ユーグは真っ青になって駆け寄った。
「セレナ!」
抱きとめるように支え、洗面所へ連れていき、吐く彼女の背をそっとさする。
「大変だ! 今すぐ医師に診てもらおう」
「……大丈夫よ。吐いたら楽になったから、きっと食べすぎただけ」
無理に笑うセレナに、ユーグは眉を寄せる。
「本当に? 何ともないのか?」
「ええ、大丈夫」
だが安心したのも束の間、その夜からセレナは慢性的な吐き気に悩まされ、食欲も落ちていった。特に起床してからの吐き気がひどく、顔色が冴えない。
ユーグは小分けに料理を用意するなど工夫を重ねたが、症状は改善せず――ついに決意する。
「もう限界だ。医師に診てもらおう」
普段は冷静な彼が早口になり、セレナを抱き上げて馬車へと運んだ。
医師の診察の結果――
「おめでとうございます。妊娠されています」
時間が止まったように感じた。
セレナとユーグは互いを見つめ合い、次の瞬間、セレナの頬を涙が伝う。
「赤ちゃんが……」
「ああ、セレナ……!」
驚きと安堵と喜びが入り混じり、ふたりは強く抱き合った。
診療所を出ると、ユーグは子どものように目を潤ませ、言葉を探す。
やがて、震える声でセレナの手を取り、真剣に告げた。
「セレナ……君と、この小さな命を、必ず守る。だから――私と結婚してくれないか」
飾り気のない言葉だったが、深い誠意がこもっていた。
セレナは涙をぬぐい、やわらかな笑みを浮かべて答える。
「はい……もちろん」
ユーグはほっと息を漏らし、彼女を抱きしめた。二人は静かに唇を重ね、新しい家族の始まりを確かめ合った。
*
セレナの妊娠がわかってから、ユーグの態度は一層慎重になる。
「セレナ、皿洗いは私がやる。もし割って怪我でもしたら大変だ」
「え、今ちょっと洗っただけよ?」
「それでも、万が一があっては困る」
朝の支度、掃除、洗濯――セレナが動くたびに、ユーグは静かに目を配り、必要以上に負担をかけさせまいとする。
時には彼女の手をそっと取り、制するように胸元へ導くことさえあった。
「……ユーグ、大げさよ。身体を動かしたほうがいいって先生も言っていたし」
「分かってる。でも、私は君とこの小さな命を守りたいんだ」
そう語る彼の顔には、責任感と同時に抑えきれない喜びが浮かんでいた。
セレナは呆れつつも、温かい気持ちでその視線を受け止める。
そんな二人を見守りながら、ララとペニーは顔を見合わせる。
「ユーグさん、完全に保護者モードね」
「でも……幸せそうだから、いいんじゃない?」
笑いをこらえながらも、二人は心から祝福していた。
新生活を始めたばかりのユーグは、「家のことは、自分もやりたい」と張り切っていた。
だが、慣れない家事に苦戦し、料理はしょっぱすぎたり、洗濯は干し方がぎこちなかったりと、失敗続きだった。
それでも諦めることなく挑戦を続け、不器用ながら努力を重ねる彼を、セレナは根気よく支え続けた。
その甲斐あって、今では簡単な朝食ならすっかり任せられるまでに成長している。
「朝は私に任せてくれ」
胸を張るユーグの横顔は、すっかり料理に夢中になっている男の顔だった。
「ふふ、また張り切ってるのね」
セレナは微笑みながら椅子に腰を下ろす。
焼きたてのパンを皿に盛り付ける彼の姿は、ぎこちないながらも誇らしげで――「お待たせ」と差し出されるたび、胸がじんわりと温かくなった。
「……ユーグの作る朝ごはんが、一番好きよ」
囁くように告げた瞬間、ユーグは驚いたように目を瞬かせ、すぐに頬を赤らめる。
「セレナにそう言ってもらえるなら、毎朝でも作りたいな」
「もう……その言い方、ずるいわ」
セレナが頬を染めてうつむくと、ユーグは少し照れながらも真顔で言った。
「じゃあ決まりだ。朝だけじゃなく、昼も夜も――全部、私が作ろう」
「ちょ、ちょっと待って……! ユーグ、張り切りすぎよ?」
「ふふ……君が喜ぶなら、いくらでも張り切るさ」
二人で向かい合って食卓を囲む時間は、半年という歳月の中で育まれた、穏やかで大切なひとときとなっていた。
*
セレナが「美味しい」と笑顔で食べる姿を見るのは、ユーグにとって何よりの喜びだった。
「……少し太ったかも」
食後に小さく呟いたセレナに、ユーグは即座に首を横に振った。
「太ってなんかいない。むしろ……まだ細いくらいだ。もっと食べてほしい」
真剣な声音に、セレナは苦笑いを浮かべる。
だが次の瞬間、山盛りの料理が目の前に並べられた。
「ちょ、ちょっとユーグ? これ、私ひとりじゃ絶対に食べきれないわ!」
「大丈夫だ。君なら食べられる」
「根拠のない自信を持たないで!」
それでも彼の満足そうな笑顔を見れば、ついもう一口、もう一口と手を伸ばしてしまうのだった。
結局、「もうお腹いっぱい」と苦笑しながらも、なんだかんだ言いつつユーグの作ってくれる料理が大好きなセレナ。
そして彼女の姿を見守りながら、「次はもっと喜んでもらえるものを作ろう」と密かに闘志を燃やすユーグなのであった。
***
だが、ある日の食後――。
その日は「今日は特製だ」と張り切ったユーグが、つい作りすぎてしまい、テーブルには皿が山のように並んでいた。
セレナは笑いながら口に運んでいたが、満腹の境界を越えた瞬間、顔色が曇る。
「……ごめんなさい、ちょっと……」
ふらりとよろめき、吐き気を催したセレナに、ユーグは真っ青になって駆け寄った。
「セレナ!」
抱きとめるように支え、洗面所へ連れていき、吐く彼女の背をそっとさする。
「大変だ! 今すぐ医師に診てもらおう」
「……大丈夫よ。吐いたら楽になったから、きっと食べすぎただけ」
無理に笑うセレナに、ユーグは眉を寄せる。
「本当に? 何ともないのか?」
「ええ、大丈夫」
だが安心したのも束の間、その夜からセレナは慢性的な吐き気に悩まされ、食欲も落ちていった。特に起床してからの吐き気がひどく、顔色が冴えない。
ユーグは小分けに料理を用意するなど工夫を重ねたが、症状は改善せず――ついに決意する。
「もう限界だ。医師に診てもらおう」
普段は冷静な彼が早口になり、セレナを抱き上げて馬車へと運んだ。
医師の診察の結果――
「おめでとうございます。妊娠されています」
時間が止まったように感じた。
セレナとユーグは互いを見つめ合い、次の瞬間、セレナの頬を涙が伝う。
「赤ちゃんが……」
「ああ、セレナ……!」
驚きと安堵と喜びが入り混じり、ふたりは強く抱き合った。
診療所を出ると、ユーグは子どものように目を潤ませ、言葉を探す。
やがて、震える声でセレナの手を取り、真剣に告げた。
「セレナ……君と、この小さな命を、必ず守る。だから――私と結婚してくれないか」
飾り気のない言葉だったが、深い誠意がこもっていた。
セレナは涙をぬぐい、やわらかな笑みを浮かべて答える。
「はい……もちろん」
ユーグはほっと息を漏らし、彼女を抱きしめた。二人は静かに唇を重ね、新しい家族の始まりを確かめ合った。
*
セレナの妊娠がわかってから、ユーグの態度は一層慎重になる。
「セレナ、皿洗いは私がやる。もし割って怪我でもしたら大変だ」
「え、今ちょっと洗っただけよ?」
「それでも、万が一があっては困る」
朝の支度、掃除、洗濯――セレナが動くたびに、ユーグは静かに目を配り、必要以上に負担をかけさせまいとする。
時には彼女の手をそっと取り、制するように胸元へ導くことさえあった。
「……ユーグ、大げさよ。身体を動かしたほうがいいって先生も言っていたし」
「分かってる。でも、私は君とこの小さな命を守りたいんだ」
そう語る彼の顔には、責任感と同時に抑えきれない喜びが浮かんでいた。
セレナは呆れつつも、温かい気持ちでその視線を受け止める。
そんな二人を見守りながら、ララとペニーは顔を見合わせる。
「ユーグさん、完全に保護者モードね」
「でも……幸せそうだから、いいんじゃない?」
笑いをこらえながらも、二人は心から祝福していた。
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