【完結】不可解な君に恋して

とっくり

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 学園に入学してから三年の歳月が過ぎ、カタリナとリュミエールは、十六歳を迎えていた。

 学園での二人は、学科が別れ、いつしか自然と別々に過ごすようになっていた。

 領地経営科に進んだカタリナは、熱心に授業に臨んでいた。

 この日の授業は「模擬市場実習」だった。

 【市場経済実習】という科目。
 生徒同士で模擬市場を開き、役割を領主・商人・農民に分担する。

 実際に商品の値段を交渉して、利益を上げる訓練するといった内容だった。

 講義室は、長机が半円を描くように並び、黒板の代わりに大きな地図や模型が置かれている。

「領主役は赤札、商人役は青札、農民役は白札を胸につけて――はい、持ち場につく!」

 教師の号令と共に、教室中がざわめき始める。

 農民役の生徒が、袋に入った穀物や野菜の模型を抱えて市場に集まり、商人役の生徒が「全部買い取ろう!」と声を張り上げる。

 そのやり取りを帳簿片手に監視するのが領主役の役目だった。

 カタリナは領主役を任され、真剣に記録をつける。

 その隣では、同じく領主役を務めるアイザック・シトラール伯爵令息が、冷静に数値を見比べていた。

「カタリナ嬢、その取引では農民が損をしすぎるのではないだろうか。次に税を納められなくなるかもしれない」
「まぁ……本当ですわ」

 指摘され、慌てて帳簿を見直す。
 確かに、商人が強引に買い叩いたせいで、農民の利益がほとんど残っていなかった。

 アイザックは淡々と続ける。
「商人を押さえつけるのも領主の役目だからね。強すぎる商人は市場の均衡を壊してしまう」
「……ご指摘、ありがとうございます。助かりましたわ」
「いえ、領主の判断は難しい。多角的に捉えなくてはならないね」

 彼はあくまで真面目で実務的。だが、その言葉はカタリナにとって心強い支えに思えた。

 授業後、教師が総括する。
「今日の市場は、商人が強すぎた結果、農民が疲弊し、長期的に見れば反乱の火種になりかねない。領主は利益だけでなく、均衡を見極めるのを忘れるな」

 その言葉に、カタリナもアイザックも同時に頷いた。




 昼休み。カタリナは学科は異なるものの、クラリッサとセザンヌと一緒に、休み時間や昼食を過ごしていた。

 笑い声や軽いおしゃべりが、学園での緊張をほんの少しだけ和らげる。

 この日も、いつもの三人で食堂に座り、互いの近況や授業の話に花を咲かせていた。

「……でね、今日は市場の授業だったの」
 昼食をとりながらカタリナが話すと、セザンヌは身を乗り出した。

「まぁ、楽しそう!商人役になって値切ってみたいわ!」
「あなたは市場を混乱させるだけですわ」
 クラリッサが即座に突っ込む。

 セザンヌはため息をつきながら、トレイの上のスープをぐるぐるとかき混ぜ、口を開いた。

「この淑女教養科で、あと三年も学ばないといけないなんて、辛いわ……」
「まぁ、どうしてですの?」
 カタリナは不思議そうに首を傾げる。

「だって私たちの授業って――“微笑んだまま二時間、姿勢を崩さず座り続ける練習”とかでしょ?これ、貴族の令嬢というより、忍耐修行じゃない」

「ほんとよ。昨日なんて“フォークを持つ角度が五度傾いている”って叱られたの。五度って誰が見てわかるの?先生たちの目には定規でも仕込まれてるのかしら」
 クラリッサも肩を落として同意する。

「それに、この前は“お辞儀の深さが一寸足りない”って……一寸って、測ったの?」
「きっと袖口に物差しを隠してるのよ」

 二人の止まらない愚痴に、カタリナも思わず「ふふっ」と笑いを漏らす。

 セザンヌは身を乗り出し、続ける。
「領地経営科の授業はやりがいがありそう。模擬市場の実習の他には、帳簿をつけたり作物の収穫量を計算したりもするのかしら?」

「ええ。実際に数字を扱ったり、歴代領主の政策を分析したりしますわ」

「羨ましい!」
 クラリッサが身を打ち付けるように声を上げた。

「こっちは“扇を広げる角度はこう”とか“椅子に座るときは音を立てない”とか……大切かもしれないけれど、六年間みっちりやることかしら?」

「そうよ!私達も時々そっちに潜り込めないかしら?数字の計算の方がずっと楽しいのに」
 セザンヌが拗ねたように言うと、クラリッサも頷いた。

 カタリナは小さく微笑み、紅茶を口にした。
「……でもきっと、今の学びも将来どこかで役に立ちますわ」

「えー!“笑顔二時間耐久”が役に立つ未来なんて来るのかしら?」
 セザンヌが顔をしかめると、クラリッサは不敵に笑った。

「その時は、ぜひ私たちの笑顔を武器に戦場へ送り込んでちょうだい」

 二人の大げさな肩すくめに、カタリナはとうとうくすくすと笑い声を漏らした。

 そのとき、食堂にパウルとリュミエールが入ってきた。

 リュミエールは経済・商学科に在籍し、マイヤー侯爵家のパウルと親しい。
 パウルもまた、エメラルダ公爵令嬢のもとへ婿入り予定で、境遇の似た二人は自然と気安い関係を築いていた。

「カタリナ!」
 リュミエールはトレイを持ちながら、にこやかに近づく。

「僕たちはこれから食事なんだけど、一緒にいいかな?」

「こんにちは、カタリナ嬢」
 隣のパウルも人懐っこい笑顔で挨拶した。

「クラリッサ嬢にセザンヌ嬢も一緒でよいかな?」
 リュミエールとパウルは、三人に丁寧に伺いを立てる。

「もちろんですわ!」
 二人は声を揃えて答えた。

 こうして、カタリナ、クラリッサ、セザンヌと、リュミエール、パウルの五人は同じテーブルで昼食をとることになった。

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