【完結】不可解な君に恋して

とっくり

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 カタリナの二十歳の誕生日の夜から、ひと月が過ぎた。

 執務机の端では“永遠花(とわのはな)”が、相変わらず静かな光を宿している。触れれば揺れそうで、けれど揺れない。

 その朝、エベルハルト伯爵家の執務室に、海の浅瀬のような色の薄い封筒が届いた。封を切ると、たった一行。

――手紙は王都経由を避けるように。L

「……リュミエール」

 紛れもない、彼の筆跡だった。
 二年間、沈黙だけが続いたはずの便りが、いま手元にある事実に、思考が静かに動き出す。

(……やはり、どこかで“止められて”いたのね)

 カタリナは、実験のつもりで同文の手紙を二通したためた。
差出名は侍女の姓、封蝋は家紋ではなく商人印。末尾にはただ一文――

――“星涙石(せいるいせき)は夜明け前に光る。東の窓で待ちます”

(なら、確かめればいい)

 ひとつは、王都本局から投函する。
 もうひとつは、商人ギルドの飛脚箱に依頼することにした。

 二通の投函時刻が重ならぬよう、前者は執事に託し、後者は自ら運ぶ段取りを整えた。



 翌日。カタリナは自ら文を携え、街へ出た。春先の空気はまだ冷たく、吐いた息がかすかに白い。

 石畳の角を曲がったところで、見覚えのある長身が視界に入った。

「……アイザック様?」
「やあ、カタリナ嬢。奇遇だね」

 紙包みを片手に、後ろに護衛を連れたアイザックが柔らかく微笑む。

「君が街に出ているなんて珍しいね。気晴らしかい?」

「いえ。書簡を出しに参りましたの」

「君自身が?」

「ええ。確かめたいことがあって。……アイザック様は?」

「商人ギルドに用事があってね」

「ちょうど良かったわ。ご一緒しても?」

「もちろん」
 二人が並んで歩き出すと、彼が横目で問いを落とす。

「どうして、書簡を送るのにギルド経由なんだい?」
 カタリナは少しだけ歩調を緩めた。

「……学園を卒業したあと、留学した彼に手紙を送っていたのですが……二年間、彼のもとに届かなかったことがわかりましたの」

「えっ、二年間もかい?」
 アイザックは、まさかと言わんばかりに目を開いた。

「同様に、彼からの便りもこちらには届かなかったのです」
 カタリナは淡々と告げ、唇だけで小さく笑う。

「それは、問題だね。二年も気づかずも驚きだが…どうやってわかったんだい?」

「先日、リュミエールが一時帰国をして、発覚いたしましたの」

「ああ、そうなんだ。彼は元気かい?」

「ええ。元気でしたわ」
 カタリナは静かに微笑み、話を続ける。

「先日、リュミエールかハバナールに戻り、二年ぶりに手紙が届いたのですが……王都本局経由しなければ届くのが判明したのです」

「…なるほど」
 アイザックの眉がわずかに寄って、すぐ解ける。

「つまり、王都のどこかで“風が止まっている”。
推測だけれど、スティール公爵家の影響圏を疑うべきかもしれないな」

「その根拠は?」

「噂話の積み木だよ。王都本局の寄進者名簿にスティール家の名が上がるのは珍しくないし、
末端の雇用にも縁者が多いと聞く。
加えて――元王女のスティール公爵夫人の影響力も考えたら、ハバナール筋の本局に融通がきくだろうな。
“通す力”がある家は、同時に“留める力”も持つ」
 言い切らず、肩をすくめる。

「あくまで推測だ。証拠はないけど」

「……推測としては筋が通っていますわ」

 カタリナは頷き、鞄から二通の薄い封筒を取り出す。

 封蝋は商人印、宛先は便宜名義。封の位置も、意図的に数ミリずらしてある。

「一通は“北路(ノルト・ルート)”。もう一通は“緑路(グリューン・ルート)”。通りの違う飛脚を使うわ」

「ははっ、用心深さは君の長所だ」
 アイザックが笑い、ギルドの扉を押し開けた。

 中は真鍮の縁が鈍く光り、飛脚箱の上で各路線の札が小さく揺れている。

 帳場の書記が会釈した。

「“北路”をこちらに。到着確認は書記局宛てで。もう一通は“緑路”、追跡票をお願いします」
 カタリナの要件に、書記は手際よく札を替え、控え印を重ね、受領票を差し出した。彼女は侍女の名でレッテルに署名する。

 外へ出ると、風が心持ち強まっていた。帽子の縁を押さえながら、カタリナは空を見上げる。

「軽い検証は、これで十分かしら」

「うん。もし王都の“風”が止められているなら、ここからは流れが読める」
 アイザックも空を仰ぎ、それから視線を戻す。

「スティール家の舞踏会、招待が来ているだろう?場の風向きも見ておくといい」

「出席は検討中です。……状況次第で」

「そうか。困り事があれば、ぜひ相談してほしい。何か手を貸せることがあれば、協力するから」

 言葉はそこで切り上げ、二人は別の角へ散った。

 その足でカタリナは王都本局にも立ち寄った。
 執事に託してあった投函と時刻を合わせ、別の窓口から同文の控えを提出する。

 窓口の背後には、赤い封蝋で紋章を押された書類の束が高々と積まれていた。

 寄進者の名を記す帳簿は分厚く膨らみ、王都本局がどれほど有力貴族の影響を受けているかを雄弁に物語っていた。


(風が止まる場所を、静かに特定すればいい)

 屋敷へ戻る道すがら、指先で“永遠花”の光を思い出す。

 揺れないのは、諦めではなく、芯だ。そう思えたとき、胸の呼吸が少しだけ深くなった。

 


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