奪われた令嬢と、偽りの夫

とっくり

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 アデルが十六歳の春。
 モントレー領はようやく安定期に入り、小さな幸せが芽吹きはじめていた。

 その節目として、アデルとルイ・ダルベールの婚約が正式に決まり、モントレー邸で、婚約パーティーが開かれた。

 質素ながら温かな光に満ちた大広間。
 白い花々がところどころに飾られ、
 派手さこそないが、モントレー家らしい清らかな雰囲気が漂っていた。

 その中心に立つアデルは、まるで春の陽だまりのような少女だった。

 淡いアイボリーのドレスは控えめで、
 裾や袖には細かな花の刺繍が散りばめられてある。

 上質ながら飾らないデザインは、アデルの“素朴な美しさ”を逆に際立たせていた。

 栗色の髪は柔らかく波打ち、
 後ろで軽くまとめられたハーフアップには
 小さな白花が数輪だけ添えられている。

 華やかすぎないのに──
 どこか目が離せない。凛とした芯を秘めた少女の魅力を静かに放っていた。

 アデルの隣に立つのは、ルイ・ダルベールだった。

 深い青の礼服に銀糸の刺繍。
 淡い金髪は後ろに流れて光を受けながら輝き、青い瞳はどこまでも澄んでいる。

 学園でも、頭脳明晰・容姿端麗で評判の的。教師も舌を巻くほどの成績を誇っていた。
 
「……アデル」

 名を呼ぶ声は優しく、その一言だけでアデルの心臓は跳ね上がった。

 ルイは歩み寄り、アデルの全身を一度ゆっくりと見渡し──息を呑んだように、微かな微笑を浮かべた。

「今日の君は……本当に、綺麗だよ」

 その言葉に、アデルの頬は一気に熱くなる。

 普段は飾り気のない自分が、こんなふうに、異性に見つめられたことなどない。

 客人たちの声がまたざわざわと広がる。

「アデル様とルイ様……なんてお似合いなの……」

「色の対比が素敵だわ。まるで絵画ね……」

 アデルは思わず俯き、そんな自分を見てルイはさらに優しく笑った。

 アデルは、自分が華やかでないことを気にしていた。

 けれど──

 ルイの視線にだけは、誰よりも美しく映っているのだとわかってしまい、胸の奥がじんわり熱くなる。

「ルイ……あなたこそ、今日すごく素敵よ……」

「アデルに褒められると、嬉しいな」

 目を合わせた瞬間、ふたりの間に柔らかい空気が生まれた。

 一瞬だけ見つめ合い、ふたりは同じように照れたような笑みを浮かべた。





 宴が始まり、客人の中には、
 ダルベール家、そしてアデルの叔父、モーリス男爵の姿もあった。

 モーリスは満面の笑みでエドモンの肩を叩きながら、

「いやぁ、めでたい!めでたい!モントレー家もこれで安泰だろう、兄さん!」

 などと軽い声音で言うが、その瞳の奥はどこか冷たい光を帯びているように見えた。

 アデルは一瞬、背筋をなでるような違和感にとらわれた。

 けれど胸の奥のざわめきをそっと押し込み、なにも気づかなかったふりをして微笑みを整える。

 今日は自分とルイの大切な日。
 余計な影を持ち込むわけにはいかなかった。

「アデルお姉さま……!」

 控えめな声とともに姿を現したのは、アデルの従妹、リゼットだった。

 その身を包むのは、淡いピンクのフリルドレス。柔らかな色合いは彼女の白い肌をいっそう引き立て、裾にあしらわれた小さなレースが歩くたびにふわりと揺れた。

 肩にかかる蜜色の髪にはローズクォーツのような小さな飾りが散らされ、光を受けて儚げにきらめいている。

 大きな瞳は夜明け前の星のように澄み切り、妖精のような可憐な姿に、思わずアデルは息を呑む。

「アデルお姉さま……っ!本当に……本当に、おめでとうございます……!」

 そう言うなり、アデルの腕にそっとしがみついてくる。

 甘えるように寄り添うその姿は、相変わらず儚げで可愛らしく、幼い頃から変わらない“アデルへの一途さ”を感じさせた。

「ありがとう、リゼット。あなたが祝ってくれるのが、一番嬉しいわ」

 アデルが微笑むと、リゼットは嬉しそうに小さく頷いた。

「そんな……アデルお姉さまの幸せが、わたしの幸せですもの……」

 幸せそうに笑うその目が、どこか寂しげな影を落としていることに、アデルは気づかなかった。

「姉さん。あんまりアデル姉さまにまとわりつくなよ」

 十一歳になったロイクだった。まだ幼さを残しつつも、凛と美しい少年に成長していた。

 ロイクは、かつての“美少女のような可愛さ”を残しつつ、眉目秀麗で凛とした少年へ成長していた。

 柔らかな金髪、大きな瞳。
 子どもっぽさと美しさが混ざる、成長途中の絶妙な年頃だった。

「ロイク、来てくれたのね!」

「……祝い事なんだから、当たり前だろ」

 口調はぶっきらぼうなのに、耳がほんのり赤くなっている。
 アデルは苦笑しつつも、胸が温かくなる。

「アデルお姉様、そのドレス……本当にお似合いです。とても素敵で……」

 潤んだ瞳で見上げるリゼットの熱量に、アデルは少し戸惑いながらも微笑み返した。

「ありがとう、リゼット。あなたこそ、そのピンクのドレス、とても綺麗よ。まるで妖精みたいだわ」

「まぁ……そんな……褒めすぎです、お姉様……」

 リゼットは視線を伏せ、頬を淡く染めた。
 その控えめな仕草すら儚げで、アデルはつい見惚れてしまう。

「本当のことよ。こんなに可憐で愛らしいんだもの。放っておく男性なんていないわ!」

「……そんなこと……ありません。
 わたしなんて……誰にも好かれません……」

 しぼむような声で言うと、リゼットは胸元をぎゅっと握りしめた。

「わたし、お姉様のような溌剌とした魅力もなくて……聡明でもなくて……」

「リゼット?! なにを言って――」

 アデルが慌てて手を伸ばした瞬間、低い少年の声がその言葉を遮った。

「姉さん」
 ロイクが慌てて口を挟んだ。

「アデル姉さまに気を遣わせるなよ。祝いの席じゃないか」

「っ……ロイク……ごめんなさい……」

 リゼットの肩が震え、涙が溢れそうになる。その場の空気がわずかに沈む。

「リゼット嬢」

 優しい声音が、静かに空気を変えた。
 ルイが歩み出ていた。

 光を宿した青い瞳で、リゼットを真っ直ぐに見つめる。

「君は、本当に可憐だよ。控えめで、優しくて……誰よりも他人を思いやれる。そんな女性を魅力的だと思わない人なんて、いないと思う」

「……ルイ様……」

 リゼットの表情がふわりと明るくなり、
涙が引いていくのが分かった。

「自信を持ってほしい。君の涙は……男を落ち込ませるほどの威力がある。だから、笑っていてほしいな」

「私……なんかが……ですか……?」

「ああ。『』なんて、君には相応しくない言葉だよ」

 ルイの柔らかな微笑に、リゼットは小さく息を呑んだ。
 頬が桜色に染まり、胸元に手を当てて震える。

「アデルお姉様……ごめんなさい。もう大丈夫です」

「よかった……」

 リゼットの気持ちが持ち直したのを見て、アデルはほっと笑った。

 だが──そのときふと、胸がざわついた。

 視線を横に向けると、ルイはまだ、リゼットの去っていった方向を見つめていた。

 その眼差しは紳士的な気遣いに見えた。
 けれど、アデルの胸の奥は、妙な冷たい感覚でざわめいた。

(……ルイ……?)

 ほんの数秒のこと。
 それでもアデルは、生まれて初めて、
心に重く落ちる“説明のつかない影”を感じた。











 

 





 


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