4 / 21
4
華やかな舞踏会場で、男性たちの会話がひと段落したころ。
「ああ――失礼。旧知の者が来ているようだ」
リチャードが、会場の奥へと視線を向ける。
その先には、手を挙げて合図を送る紳士の姿があった。
「少し挨拶をしてこよう。マーガレット」
「ええ、行きましょう」
マーガレットも静かに頷き、二人はその場を離れる。
去り際、マーガレットが娘たちへ柔らかく微笑みかけた。
「ご無理のないように楽しんでいらっしゃい」
「はい、お母様」
シャーロットが穏やかに応じる。
足音が遠ざかり、ふと周囲のざわめきが一段近くなる。
残されたのは、四人。
ほんの一瞬の、静かな間。
その空気をほどくように、エドワードが一歩前へ出た。
「よろしければ、このあと一曲――ご一緒いただけますか」
迷いのない仕草で、シャーロットへと手を差し出す。
シャーロットは、ほんの一瞬だけエマへ視線を送り、それから静かに微笑む。
「喜んで」
指先が重なる。
そのまま二人は、音楽の流れる中央へと歩み出ていった。
自然で、絵になる光景だった。
(……とてもお似合いだわ)
エマは小さく息をつく。
胸の奥が、今度はほんのりと温かくなる。
(ロッティ、よかったわ)
そう思いながら、ふと気づく。
――自分が、一人になっていることに。
そして。
すぐそばに、もう一人。
同じようにその場に残された男がいた。
アルヴィン・グレイフォード伯爵。
少しの沈黙のあと、彼が口を開いた。
「……ミス・フェアフィールドは」
「エマとお呼びください、グレイフォード伯爵」
エマはすかさず言葉を重ねる。
ほんの少しだけ、意地を込めて。
アルヴィンは一瞬、わずかに間を置いた。
「……ならば、私のこともアルヴィンと」
「承知しました。アルヴィン様」
ぎこちないが、形式としては整ったやり取りだった。それでもどこか、かみ合っていない。
「……君はいくつだ?」
間を埋めるように投げられた問いに、エマはすぐに眉を上げた。
「おほほ……アルヴィン様。淑女に年齢をお尋ねになるのは、あまり感心いたしませんわ」
やや嫌味を込めて返す。
するとアルヴィンは、はっとしたようにわずかに目を見開いた。
「……すまない。私は、時に無作法になってしまう」
まっすぐな謝罪だった。
(……あら?)
エマは、ほんの少しだけ目を瞬かせる。
思っていた反応とは違う。
言い返されるか、気にも留められないか――そのどちらかだと思っていたのに。
こんなふうに、素直に謝るとは。
(なんだか……こちらのほうが、無作法みたいじゃない)
自分の言葉が、急に気恥ずかしくなる。
「……先月で十九になりました」
少しだけ声の調子を落として答えると、
「そうか。私は二十六だ」
淡々と返ってくる。
(え……)
エマは思わず顔を上げた。
(もっと年上かと思っていたわ……)
あの物言いも、雰囲気も、落ち着きすぎているのだ。少なくとも、三十は越えていると思っていた。
「姉の方はいくつだ?」
「ロッティは二十歳です」
「そうか」
アルヴィンは、視線をダンスフロアへ向ける。
そこでは、エドワードとシャーロットが、軽やかにステップを踏んでいた。
互いに言葉を交わしているのだろう。
ふとした瞬間に、シャーロットの唇がやわらかくほどけ、エドワードの表情もまた穏やかに和らぐ。
視線が合うたび、どちらからともなく微笑みが生まれる。
まるで最初から呼吸が合っていたかのように、二人の動きはなめらかに重なり、音楽の流れの中で自然に溶け込んでいる。
「エドが二十四だから……ちょうどいいな」
ぽつりと、独り言のように落とされる。
(……ちょうどいい?)
エマは、わずかに眉を寄せる。
その言葉の意味を、考える。
そして――
(ああ、そういうこと)
胸の奥が、少しだけ静かになる。
シャーロットとエドワード。
年齢も、雰囲気も、釣り合っている。
誰が見ても、自然に視線を引き寄せられる組み合わせだった。
明るい光をまとうようなエドワードの存在と、やわらかな気品をたたえたシャーロットの美しさは、不思議なほど調和している。
すれ違う人々が、思わず目を留める。
言葉にはしないまでも、誰もが同じことを感じているのがわかる。
――ああ、よく似合っている、と。
非の打ちどころのない、美男と美女。
それはただ美しいだけでなく、ひとつの完成された絵のようで、そこにあること自体が、あまりにも自然だった。
(……なるほど)
視線をダンスフロアへ向けたまま、エマは瞳を輝かせていると、
「飲み物でも?」
アルヴィンが、ふいに言った。
「え、ええ……では、果実水を……」
少し戸惑いながら答えると、彼は短く頷き、そのまま給仕台のほうへと向かっていった。
(……意外)
エマは、その背中を見送りながら思う。
無愛想で、冷たい人だと思っていたのに。
こうしてさりげなく気遣いを見せるところは――
(……悪い人では、ないのかもしれないわ)
少なくとも、先ほどのように構えてばかりいる必要はないのかもしれない。
少しだけ肩の力が抜ける。
ふと視線を上げると、ダンスを終えたエドワードとロッティが、近くのテーブルでグラスを手にしていた。
ワインと果実水。
軽く喉を潤しながら、楽しげに言葉を交わしている。
その距離は、先ほどよりもほんの少しだけ近い。
(……今、あちらに行ったら、お邪魔かしら)
エマは足を止める。
視線だけをさまよわせ、きょろきょろと周囲を見回した。
――アルヴィンが、戻ってこない。
給仕台のほうへ目を向けると、彼は数人の貴族に囲まれ、応じているようだ。
(……これは、しばらく戻らなさそうね)
ほんの少し迷ってから、
(飲み物は…自分で取りに行ったほうが早いわ)
そう判断し、エマは給仕台へと歩き出した。
だが、近づくにつれ、ふと、耳に入ってきた言葉に、足が止まる。
「フェアフィールド姉妹と一緒だったな」
軽く笑いを含んだ声は、若い令息のものだった。
「美人で有名な姉のほうは、エドに取られたのか」
続けて、別の令嬢が扇子の陰でくすりと笑う。
「では、グレイフォード伯爵は妹君のほうで妥協なさるの?」
(……え?)
言葉が、はっきりと自分に向けられているとわかる。
アルヴィンは、背を向けたまま答えた。
「妥協も何も。今日、知り合ったばかりだが」
興味のない事実を述べるような口調だった。
「姉ならともかく……妹は少々、騒がしい印象でしたわね」
別の令嬢が、やわらかな声で言う。
言葉は穏やかでも、意味は優しくない。
「確かに。アルヴィン、ワインをぶちまけられていただろう」
先ほどの令息が、思い出したように肩をすくめる。アルヴィンは、胸元の染みに視線を落とした。
「ああ…淑女としては、いささか粗雑だな」
アルヴィンのその一言に、くすくすと笑いが重なる。
「舞踏会で転ぶ令嬢なんて、初めて見ましたわ」
「まあ……目立つという意味では、才能かもしれませんけれど」
令嬢たちは楽しげに言葉を交わす。
その輪の中で、一人の令嬢が言った。
「アルヴィン様のお好みには、合いそうにありませんわね?」
ほんのわずかな間のあと、
「……そうだな」
アルヴィンは、淡々と答える。
「ああいう女性は、苦手だ」
――エマの胸の奥で、何かが音もなくひび割れ始めた。
「ああ――失礼。旧知の者が来ているようだ」
リチャードが、会場の奥へと視線を向ける。
その先には、手を挙げて合図を送る紳士の姿があった。
「少し挨拶をしてこよう。マーガレット」
「ええ、行きましょう」
マーガレットも静かに頷き、二人はその場を離れる。
去り際、マーガレットが娘たちへ柔らかく微笑みかけた。
「ご無理のないように楽しんでいらっしゃい」
「はい、お母様」
シャーロットが穏やかに応じる。
足音が遠ざかり、ふと周囲のざわめきが一段近くなる。
残されたのは、四人。
ほんの一瞬の、静かな間。
その空気をほどくように、エドワードが一歩前へ出た。
「よろしければ、このあと一曲――ご一緒いただけますか」
迷いのない仕草で、シャーロットへと手を差し出す。
シャーロットは、ほんの一瞬だけエマへ視線を送り、それから静かに微笑む。
「喜んで」
指先が重なる。
そのまま二人は、音楽の流れる中央へと歩み出ていった。
自然で、絵になる光景だった。
(……とてもお似合いだわ)
エマは小さく息をつく。
胸の奥が、今度はほんのりと温かくなる。
(ロッティ、よかったわ)
そう思いながら、ふと気づく。
――自分が、一人になっていることに。
そして。
すぐそばに、もう一人。
同じようにその場に残された男がいた。
アルヴィン・グレイフォード伯爵。
少しの沈黙のあと、彼が口を開いた。
「……ミス・フェアフィールドは」
「エマとお呼びください、グレイフォード伯爵」
エマはすかさず言葉を重ねる。
ほんの少しだけ、意地を込めて。
アルヴィンは一瞬、わずかに間を置いた。
「……ならば、私のこともアルヴィンと」
「承知しました。アルヴィン様」
ぎこちないが、形式としては整ったやり取りだった。それでもどこか、かみ合っていない。
「……君はいくつだ?」
間を埋めるように投げられた問いに、エマはすぐに眉を上げた。
「おほほ……アルヴィン様。淑女に年齢をお尋ねになるのは、あまり感心いたしませんわ」
やや嫌味を込めて返す。
するとアルヴィンは、はっとしたようにわずかに目を見開いた。
「……すまない。私は、時に無作法になってしまう」
まっすぐな謝罪だった。
(……あら?)
エマは、ほんの少しだけ目を瞬かせる。
思っていた反応とは違う。
言い返されるか、気にも留められないか――そのどちらかだと思っていたのに。
こんなふうに、素直に謝るとは。
(なんだか……こちらのほうが、無作法みたいじゃない)
自分の言葉が、急に気恥ずかしくなる。
「……先月で十九になりました」
少しだけ声の調子を落として答えると、
「そうか。私は二十六だ」
淡々と返ってくる。
(え……)
エマは思わず顔を上げた。
(もっと年上かと思っていたわ……)
あの物言いも、雰囲気も、落ち着きすぎているのだ。少なくとも、三十は越えていると思っていた。
「姉の方はいくつだ?」
「ロッティは二十歳です」
「そうか」
アルヴィンは、視線をダンスフロアへ向ける。
そこでは、エドワードとシャーロットが、軽やかにステップを踏んでいた。
互いに言葉を交わしているのだろう。
ふとした瞬間に、シャーロットの唇がやわらかくほどけ、エドワードの表情もまた穏やかに和らぐ。
視線が合うたび、どちらからともなく微笑みが生まれる。
まるで最初から呼吸が合っていたかのように、二人の動きはなめらかに重なり、音楽の流れの中で自然に溶け込んでいる。
「エドが二十四だから……ちょうどいいな」
ぽつりと、独り言のように落とされる。
(……ちょうどいい?)
エマは、わずかに眉を寄せる。
その言葉の意味を、考える。
そして――
(ああ、そういうこと)
胸の奥が、少しだけ静かになる。
シャーロットとエドワード。
年齢も、雰囲気も、釣り合っている。
誰が見ても、自然に視線を引き寄せられる組み合わせだった。
明るい光をまとうようなエドワードの存在と、やわらかな気品をたたえたシャーロットの美しさは、不思議なほど調和している。
すれ違う人々が、思わず目を留める。
言葉にはしないまでも、誰もが同じことを感じているのがわかる。
――ああ、よく似合っている、と。
非の打ちどころのない、美男と美女。
それはただ美しいだけでなく、ひとつの完成された絵のようで、そこにあること自体が、あまりにも自然だった。
(……なるほど)
視線をダンスフロアへ向けたまま、エマは瞳を輝かせていると、
「飲み物でも?」
アルヴィンが、ふいに言った。
「え、ええ……では、果実水を……」
少し戸惑いながら答えると、彼は短く頷き、そのまま給仕台のほうへと向かっていった。
(……意外)
エマは、その背中を見送りながら思う。
無愛想で、冷たい人だと思っていたのに。
こうしてさりげなく気遣いを見せるところは――
(……悪い人では、ないのかもしれないわ)
少なくとも、先ほどのように構えてばかりいる必要はないのかもしれない。
少しだけ肩の力が抜ける。
ふと視線を上げると、ダンスを終えたエドワードとロッティが、近くのテーブルでグラスを手にしていた。
ワインと果実水。
軽く喉を潤しながら、楽しげに言葉を交わしている。
その距離は、先ほどよりもほんの少しだけ近い。
(……今、あちらに行ったら、お邪魔かしら)
エマは足を止める。
視線だけをさまよわせ、きょろきょろと周囲を見回した。
――アルヴィンが、戻ってこない。
給仕台のほうへ目を向けると、彼は数人の貴族に囲まれ、応じているようだ。
(……これは、しばらく戻らなさそうね)
ほんの少し迷ってから、
(飲み物は…自分で取りに行ったほうが早いわ)
そう判断し、エマは給仕台へと歩き出した。
だが、近づくにつれ、ふと、耳に入ってきた言葉に、足が止まる。
「フェアフィールド姉妹と一緒だったな」
軽く笑いを含んだ声は、若い令息のものだった。
「美人で有名な姉のほうは、エドに取られたのか」
続けて、別の令嬢が扇子の陰でくすりと笑う。
「では、グレイフォード伯爵は妹君のほうで妥協なさるの?」
(……え?)
言葉が、はっきりと自分に向けられているとわかる。
アルヴィンは、背を向けたまま答えた。
「妥協も何も。今日、知り合ったばかりだが」
興味のない事実を述べるような口調だった。
「姉ならともかく……妹は少々、騒がしい印象でしたわね」
別の令嬢が、やわらかな声で言う。
言葉は穏やかでも、意味は優しくない。
「確かに。アルヴィン、ワインをぶちまけられていただろう」
先ほどの令息が、思い出したように肩をすくめる。アルヴィンは、胸元の染みに視線を落とした。
「ああ…淑女としては、いささか粗雑だな」
アルヴィンのその一言に、くすくすと笑いが重なる。
「舞踏会で転ぶ令嬢なんて、初めて見ましたわ」
「まあ……目立つという意味では、才能かもしれませんけれど」
令嬢たちは楽しげに言葉を交わす。
その輪の中で、一人の令嬢が言った。
「アルヴィン様のお好みには、合いそうにありませんわね?」
ほんのわずかな間のあと、
「……そうだな」
アルヴィンは、淡々と答える。
「ああいう女性は、苦手だ」
――エマの胸の奥で、何かが音もなくひび割れ始めた。
あなたにおすすめの小説
片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた
アリス
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。
高校生くらいから何十回も告白した。
全て「好きなの」
「ごめん、断る」
その繰り返しだった。
だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。
紛らわしいと思う。
彼に好きな人がいるわけではない。
まだそれなら諦めがつく。
彼はカイル=クレシア23歳
イケメンでモテる。
私はアリア=ナターシャ20歳
普通で人には可愛い方だと言われた。
そんなある日
私が20歳になった時だった。
両親が見合い話を持ってきた。
最後の告白をしようと思った。
ダメなら見合いをすると言った。
その見合い相手に溺愛される。
メリンダは見ている [完]
風龍佳乃
恋愛
侯爵令嬢のメリンダは
冷静沈着という言葉が似合う女性だ。
メリンダが見つめているのは
元婚約者であるアレンだ。
婚約関係にありながらも
愛された記憶はなかった
メリンダ自身もアレンを愛していたか?
と問われれば答えはNoだろう。
けれど元婚約者として
アレンの幸せを
願っている。
三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした
ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
癒やしの君を傷つけた、愚かな皆様へ
ムラサメ
恋愛
聖女のなり損ないとして実家を追われ、辺境で薬草師をしていた癒やし系の少女・リアナ。ある日彼女が出会ったのは、花の香りを纏い、常に柔和な笑みを浮かべる正体不明の美男子・シオンだった。
シオンは、かつて唯一無二の相棒に売られ、人間不審に陥った世界最強の宮廷魔術師。
「誰も信じない」と心に決めていた彼だが、下心なく自分を世話し、おっとりと微笑むリアナの純粋さに、いつしか底なしの執着を抱き始める。
そんな中、かつてリアナを捨てた実家や、カシエルを狙う令嬢たちが現れ、彼女を嘲笑する。
「どうせ、あなたなんてすぐに捨てられますわ」
その言葉を聞いた瞬間、カシエルの「つかみ所のない笑顔」が、凍てつくような殺意へと変わる。