【完結】君を迎えに行く

とっくり

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 その頃、来賓への挨拶を終えたカインは、ふと足を止めていた。

 ――サナの姿が見当たらない。

 サナと別れた場所に戻ってみても、壁際の控えめな立ち位置にも、扉近くの陰にも彼女の姿はなかった。誰かに声をかけようとして、しかしすぐにためらう。
 
 あの様子からして、そっとしておくべきかもしれない。それでも、なにか――言葉にできない胸騒ぎがあった。

 そこへ、タイミングを見計らったように、クリスティーナが現れる。

「あの、カイン様。サナさんの事なのですが・・・」
「……サナのこと?」
「ええ。なんだか、ふらふらと足取りも覚束なく歩いていらして。私、少し気になって見に行ったんですの。たしか控室のほうへ――あら、そういえば私もクラウス様とはぐれてしまって……」

 わざとらしい言い回しに、普段なら違和感を覚えたかもしれない。だがそのときのカインは、すでにサナの安否への不安が勝っていた。

「案内してくれるか?」
「もちろん。ちょうど、私も控室を見に行こうと思っていたところですの」

 彼女は満面の笑みを浮かべ、ひときわ緩やかな足取りで歩き出す。カインはそれに続き、心なしか急かされるように控え室の廊下を進んだ。

 そして――


「……あら?!」

 クリスティーナが芝居がかった声で立ち止まり、ある扉をゆっくりと開いた。

 そこで、カインの目に飛び込んできた光景は――

 一つのソファベッド。その上で、サナとクラウスが並んで眠っていた。

 あまりにも静かに、まるで深い眠りに落ちたように。距離は近く、どちらも外套や上着を脱いだまま、無防備に。まるで、そこが二人の共有する安息の場所であるかのように――。

「……っ!」

 カインの呼吸が止まった。心臓が、どこか遠くで鳴っているようだった。

「まあ……!なんてことなの!!」

 クリスティーナが、わざとらしくも哀しげな悲鳴を上げる。

「クラウス様……? サナさん……? どういうことですの?!いつの間に、こんな――」

 その声が、遠くで誰かが鐘を鳴らしているように響いていた。

 カインは、動けなかった。

 声も出なかった。

 理解が追いつかないまま、ただ、あの無垢に見えたサナの寝顔と、自分の隣で声高に叫ぶクリスティーナの姿が、重なって見えた。

「不貞ですわ! これは裏切りです! カイン様、あなたはこのような醜聞を許せるのですか!?」

「…………」

「婚約者が、こんな……っ。こんな恥知らずな姿をっ!!」

 頭の中に、彼女の言葉だけが反響する。

 ――不貞。
 ――裏切り。
 ――婚約破棄。

 どこかで誰かが扉の音を立て、外に人の気配が集まり始めていた。誰かが「何事だ」と声をかけたが、カインにはそれすらも遠く感じられた。

 そのとき、寝ていたサナが、ゆっくりと瞼を開いた。

「……あら?」

 自分のいる場所を見まわし、隣にクリスティーナの婚約者がいることに気づいても、彼女の表情に動揺はなかった。

 対照的に、クラウスは目を覚ますとすぐに、はっと息を呑み、サナから飛び退いた。

「っ、これは……ち、違う。私は……」

 クラウスは明らかに動揺していた。
 クリスティーナはなおも声を荒げる。

「サナさん、これは一体どういうこと!? 眠っている間にこうなった? そんな言い訳、誰が信じると――!」

 だが、サナは彼女を一瞥し、静かにカインの方を向いた。

「カイン様。……どうなさいますか?」

 まるで、何も特別なことが起きていないかのように。サナの声は普段と変わらなかった。

「あなた、自分のなさったこと、おわかりになっているのですか?!酷い裏切りですわ!!」

 尚もクリスティーナは叫ぶようにしてサナに詰め寄り、しきりに【婚約破棄】という単語を繰り返した。

 サナは落ち着き払った態度で、まっすぐカインを見つめた。

 カインの頭の中で【婚約破棄】の単語が離れない。隣で叫ぶようにして繰り返し聞かされているからかーーー

「わたくしに決定権はございません。すべては、カイン様のお心一つにございます」

 カインの喉が、何かを言おうとして震えた。しかし、音にはならなかった。

「……君は、望んでいるのか……?」

 絞り出した言葉は、自分でも信じられないほど弱々しかった。

 サナは微笑みすら浮かべながら、首を横に振る。

「望みません。けれど、拒みもしません。それが、わたくしの立場でございますゆえ」

 その言葉に、カインの胸は締めつけられた。

 隣で、クリスティーナがさらに詰め寄る。
「こんな裏切りを目の当たりにして、それでもなお、許すおつもりですの? カイン様、あなたのご決断は……“一つ”でございますわよね?」

 その声が、氷のように冷たく、突き刺さった。

 だがカインは――答えることができなかった。
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