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しばらくして、ユリウスがひょいとカインのいる中庭に顔を覗かせた。
「逃げ足が早いな」
冗談めいたその声に、カインはかすかに眉を動かした。
「……ユリウス」
「大丈夫。僕しか追ってきてないよ。皆、静かにしてる。君があんなに怒るの、初めて見たからね」
からかうような口ぶりだったが、声の端に本気の心配がにじんでいた。カインの肩が、わずかに緩む。
「……あれは、僕が悪かった。感情的になりすぎた」
「そうかな。僕は、正しいと思ったけどね。あんな言い方されたら、誰だって黙ってはいられない」
ユリウスはそう言って、カインの隣に腰を下ろした。静かな空気が一瞬流れ、彼は少し声を落として言葉を継いだ。
「……実はさ、あの舞踏会の時、少し気になることがあったんだ」
カインは、ちらと横目で彼を見る。
「君が壇上で話してるとき、客席でクリスティーナ嬢が妙に落ち着きなくてね。侍女を何度も呼んでは、あちこちに指示を出していた。普通じゃなかったよ」
「……クリスティーナが?」
「サナ嬢の侍女まで捕まえて、あれこれ指示も出して、何やら動かしていたようだ」
「?!」
確かに、舞踏会では、サナの侍女は忙しなく動き回っていたため、サナが一人にされている事が多々あった。
侍女の動きに関しては、舞踏会仕様で致し方ないかとカインは深く考えていなかった。
「ああ。それに、僕の婚約者の友人が、クリスティーナ嬢と同じ学園なんだけど……。舞踏会の夜、廊下でクラウス殿を支えて歩く彼女を見かけたって」
「クラウス殿を、クリスティーナが?」
「酔ったとかで、控室に連れて行くところだったらしい。目が虚ろで、ほとんど歩けない様子だったって」
その一言に、カインの心臓が大きく脈打った。
(……控室……)
脳裏に、あの夜の光景が蘇る。息をのむ間もなく、次の言葉がユリウスの口から投げかけられた。
「それと、サナ嬢のドレスさ。君が送ったものじゃなかったろ? ずいぶん古いデザインだった」
「……ああ。ちゃんと仕立てさせたはずだったのに、レインフォード家には届いてなかったんだ」
「変だと思わない? 意図的な妨害かもしれない」
「?!」
脳裏に、記憶の欠片が一気に浮かび上がる。
──アルヴェスタ家の応接間。あの日差しの午後、自分は生地の色味を選びかねていた。そこへ割り込んできた、よく通る明るい声。
『お困りのようね、カイン様?』
唐突に現れたクリスティーナと、その後ろに控えていた気の強そうな侍女。彼女は「色彩の魔術師」と自称するコーディネーターを連れてきて、やたらと話を進めようとしていた。
その後、確かに……。カインは窓の外に目を向けたはずだ。応接間の外庭で、衣装係の助手と、あの“コーディネーター”らしき人物が親しげに話しているのが見えた。まるで当然のように、我が物顔だった。
(……あれは……?)
あの日、自分は確かに違和感を覚えていた。すぐに家令が来て、「この者にはお引き取り願いました」と硬い口調で言ったことを、今もはっきり覚えている。
クリスティーナが「わたくしのコーディネーターですの」と紹介したその人物は、グラナード家の所属でもなければ、アルヴェスタ家と正式に契約を結んだ業者でもなかった。
「まさか……あの時、ドレスの手配そのものを……?」
カインの頬から、さっと血の気が引いていった。
思い出す。あのコーディネーターが、助手に何かを囁いた瞬間を。あれが、発注すり替えの瞬間だったとしたら――。
クリスティーナは、サナのドレスとアクセサリーの注文を、自分の持ち込んだ“偽のコーディネーター”に差し替えさせたのだ。
侯爵家の名を騙るか、あるいは助手の信頼を装って近づいたのか。
それだけではない。舞踏会当日、控室にサナを誘導し、クラウスを同じ部屋に送り込んだ。二人とも眠らされて、自らの意志でそこにいたのではなかったと思われる。
(全部……仕組まれていた?)
あの場面を、自分に“見せるために”。
ゆっくりと背筋が冷えていく。
カインの視界が暗くなり、やがて視点が定まらなくなる。怒りと困惑、そして――深い後悔が胸を締めつけた。
「……僕は……何も……」
かすれる声に、ユリウスが小さく息を吐いた。
「今からでも、遅くないよ」
静かで、力のある声だった。
「君が真実を知ったなら、やるべきことは決まってる。なぁ、カイン。取り戻そう。君自身と、君の大切な人を」
その言葉は、胸に沈んだまま動けなかったカインの心に、確かな灯火をともした。
「逃げ足が早いな」
冗談めいたその声に、カインはかすかに眉を動かした。
「……ユリウス」
「大丈夫。僕しか追ってきてないよ。皆、静かにしてる。君があんなに怒るの、初めて見たからね」
からかうような口ぶりだったが、声の端に本気の心配がにじんでいた。カインの肩が、わずかに緩む。
「……あれは、僕が悪かった。感情的になりすぎた」
「そうかな。僕は、正しいと思ったけどね。あんな言い方されたら、誰だって黙ってはいられない」
ユリウスはそう言って、カインの隣に腰を下ろした。静かな空気が一瞬流れ、彼は少し声を落として言葉を継いだ。
「……実はさ、あの舞踏会の時、少し気になることがあったんだ」
カインは、ちらと横目で彼を見る。
「君が壇上で話してるとき、客席でクリスティーナ嬢が妙に落ち着きなくてね。侍女を何度も呼んでは、あちこちに指示を出していた。普通じゃなかったよ」
「……クリスティーナが?」
「サナ嬢の侍女まで捕まえて、あれこれ指示も出して、何やら動かしていたようだ」
「?!」
確かに、舞踏会では、サナの侍女は忙しなく動き回っていたため、サナが一人にされている事が多々あった。
侍女の動きに関しては、舞踏会仕様で致し方ないかとカインは深く考えていなかった。
「ああ。それに、僕の婚約者の友人が、クリスティーナ嬢と同じ学園なんだけど……。舞踏会の夜、廊下でクラウス殿を支えて歩く彼女を見かけたって」
「クラウス殿を、クリスティーナが?」
「酔ったとかで、控室に連れて行くところだったらしい。目が虚ろで、ほとんど歩けない様子だったって」
その一言に、カインの心臓が大きく脈打った。
(……控室……)
脳裏に、あの夜の光景が蘇る。息をのむ間もなく、次の言葉がユリウスの口から投げかけられた。
「それと、サナ嬢のドレスさ。君が送ったものじゃなかったろ? ずいぶん古いデザインだった」
「……ああ。ちゃんと仕立てさせたはずだったのに、レインフォード家には届いてなかったんだ」
「変だと思わない? 意図的な妨害かもしれない」
「?!」
脳裏に、記憶の欠片が一気に浮かび上がる。
──アルヴェスタ家の応接間。あの日差しの午後、自分は生地の色味を選びかねていた。そこへ割り込んできた、よく通る明るい声。
『お困りのようね、カイン様?』
唐突に現れたクリスティーナと、その後ろに控えていた気の強そうな侍女。彼女は「色彩の魔術師」と自称するコーディネーターを連れてきて、やたらと話を進めようとしていた。
その後、確かに……。カインは窓の外に目を向けたはずだ。応接間の外庭で、衣装係の助手と、あの“コーディネーター”らしき人物が親しげに話しているのが見えた。まるで当然のように、我が物顔だった。
(……あれは……?)
あの日、自分は確かに違和感を覚えていた。すぐに家令が来て、「この者にはお引き取り願いました」と硬い口調で言ったことを、今もはっきり覚えている。
クリスティーナが「わたくしのコーディネーターですの」と紹介したその人物は、グラナード家の所属でもなければ、アルヴェスタ家と正式に契約を結んだ業者でもなかった。
「まさか……あの時、ドレスの手配そのものを……?」
カインの頬から、さっと血の気が引いていった。
思い出す。あのコーディネーターが、助手に何かを囁いた瞬間を。あれが、発注すり替えの瞬間だったとしたら――。
クリスティーナは、サナのドレスとアクセサリーの注文を、自分の持ち込んだ“偽のコーディネーター”に差し替えさせたのだ。
侯爵家の名を騙るか、あるいは助手の信頼を装って近づいたのか。
それだけではない。舞踏会当日、控室にサナを誘導し、クラウスを同じ部屋に送り込んだ。二人とも眠らされて、自らの意志でそこにいたのではなかったと思われる。
(全部……仕組まれていた?)
あの場面を、自分に“見せるために”。
ゆっくりと背筋が冷えていく。
カインの視界が暗くなり、やがて視点が定まらなくなる。怒りと困惑、そして――深い後悔が胸を締めつけた。
「……僕は……何も……」
かすれる声に、ユリウスが小さく息を吐いた。
「今からでも、遅くないよ」
静かで、力のある声だった。
「君が真実を知ったなら、やるべきことは決まってる。なぁ、カイン。取り戻そう。君自身と、君の大切な人を」
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