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27 嵐の気配
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中庭から礼拝堂の回廊へ戻る途中、リリエルはそっと足を止めた。
夕暮れの光が石畳を朱に染め、その淡い輝きの中で、ユリアンの横顔が静かに浮かび上がる。
「……ユリアンさんは、やはり不思議な方ですね」
声はごく小さく、けれど確かに届いた。
ユリアンはゆるやかに眉を上げ、彼女へと顔を向ける。その瞳には、いつものように、どこか憂いを含んだ穏やかさが宿っていた。
「前にも言われたな。それは――どうしてだ?」
問いかけは柔らかだったが、そこにはわずかな探る色が滲んでいた。リリエルは視線を逸らさず、静かに答える。
「誰よりも周囲に気を配り、何かを守ろうとしていらっしゃるのに……その目はいつも、とても遠い場所を見ているように思えるんです」
言葉は優しいものだった。けれど、その奥には、鋭い観察と、誰にも言えぬ直感が潜んでいた。
ユリアンは視線を落とし、少しだけ歩を進める。
答えは返さなかった。否定も、肯定も。
けれど、その沈黙こそが、真実を物語っていた。
しばしの沈黙の後、彼はひとつ、息を吐くように言葉を落とす。
「人は誰しも、何かを隠して生きている。過去だったり、後悔だったり……あるいは、名前でさえ」
リリエルの足が止まり、目を見開く。
その声の響きに、彼女の胸の奥でひそかに燻っていた疑念が、輪郭を持って浮かび上がる。
「名前……?」
ユリアンはそのまま歩みを止め、ゆるやかに振り返った。その表情は変わらず穏やかだったが、どこか、ひどく遠い。
リリエルの脳裏に、木陰で誰かと接していた彼の姿がよぎる。
風の音に混じって聞こえた――“ユリアン様”という、あの呼び声。
「……俺が誰であろうと。君は、変わらずに接してくれるか?」
それは、確かめるような問いだった。
けれどその裏には、自分でも気づかぬほど深く沈んだ孤独と、ほんのわずかな希望が混ざっていた。
リリエルは時間をかけて見つめ返し、言葉をしっかりと紡ぐ。
「……私は、ユリアンさんと共に過ごしてきた日々の中で、たくさんの優しさと誠実さを知りました。
ユリアンさんがどんなお立場の方でも――私は、普段と同じユリアンさんを信じています。
だから私も、変わらずに向き合っていたいんです。ずっと、変わらぬ心で。」
言葉は静かに、けれど揺るぎなく響いた。その静けさは、深い湖のように、心の奥を揺らす。
ユリアンは目を伏せる。
「……君は、どうしてそんなにも……」
言葉が詰まる。胸の奥が、じんと熱くなる。
「誰も……誰一人として、俺にそんなふうに言ってくれたことなんてなかった」
思わずこぼれた本音に、自分でも驚く。
「……ありがとう、リリエル。君のその言葉に、救われた気がするよ。……いや、違うな。現にいま、救われているんだ」
目を伏せ、ゆっくりと息をつく。
もう、誰かの期待や肩書きに縛られるだけの生き方には戻れない。
この言葉を胸に、前に進もう。彼女の隣に、あるべき自分で。ユリアンは固く決心した。
語られた言葉の余韻をそっと胸にしまいながら、やがてふたりは、再び歩き出す。
遠く、礼拝堂から鐘の音が響いていた。
夕闇が近づく中、世界がゆっくりと、その輪郭を変えてゆく。
――静けさの底で、確かにその足音が近づき始めていた。嵐の気配だった。
夕暮れの光が石畳を朱に染め、その淡い輝きの中で、ユリアンの横顔が静かに浮かび上がる。
「……ユリアンさんは、やはり不思議な方ですね」
声はごく小さく、けれど確かに届いた。
ユリアンはゆるやかに眉を上げ、彼女へと顔を向ける。その瞳には、いつものように、どこか憂いを含んだ穏やかさが宿っていた。
「前にも言われたな。それは――どうしてだ?」
問いかけは柔らかだったが、そこにはわずかな探る色が滲んでいた。リリエルは視線を逸らさず、静かに答える。
「誰よりも周囲に気を配り、何かを守ろうとしていらっしゃるのに……その目はいつも、とても遠い場所を見ているように思えるんです」
言葉は優しいものだった。けれど、その奥には、鋭い観察と、誰にも言えぬ直感が潜んでいた。
ユリアンは視線を落とし、少しだけ歩を進める。
答えは返さなかった。否定も、肯定も。
けれど、その沈黙こそが、真実を物語っていた。
しばしの沈黙の後、彼はひとつ、息を吐くように言葉を落とす。
「人は誰しも、何かを隠して生きている。過去だったり、後悔だったり……あるいは、名前でさえ」
リリエルの足が止まり、目を見開く。
その声の響きに、彼女の胸の奥でひそかに燻っていた疑念が、輪郭を持って浮かび上がる。
「名前……?」
ユリアンはそのまま歩みを止め、ゆるやかに振り返った。その表情は変わらず穏やかだったが、どこか、ひどく遠い。
リリエルの脳裏に、木陰で誰かと接していた彼の姿がよぎる。
風の音に混じって聞こえた――“ユリアン様”という、あの呼び声。
「……俺が誰であろうと。君は、変わらずに接してくれるか?」
それは、確かめるような問いだった。
けれどその裏には、自分でも気づかぬほど深く沈んだ孤独と、ほんのわずかな希望が混ざっていた。
リリエルは時間をかけて見つめ返し、言葉をしっかりと紡ぐ。
「……私は、ユリアンさんと共に過ごしてきた日々の中で、たくさんの優しさと誠実さを知りました。
ユリアンさんがどんなお立場の方でも――私は、普段と同じユリアンさんを信じています。
だから私も、変わらずに向き合っていたいんです。ずっと、変わらぬ心で。」
言葉は静かに、けれど揺るぎなく響いた。その静けさは、深い湖のように、心の奥を揺らす。
ユリアンは目を伏せる。
「……君は、どうしてそんなにも……」
言葉が詰まる。胸の奥が、じんと熱くなる。
「誰も……誰一人として、俺にそんなふうに言ってくれたことなんてなかった」
思わずこぼれた本音に、自分でも驚く。
「……ありがとう、リリエル。君のその言葉に、救われた気がするよ。……いや、違うな。現にいま、救われているんだ」
目を伏せ、ゆっくりと息をつく。
もう、誰かの期待や肩書きに縛られるだけの生き方には戻れない。
この言葉を胸に、前に進もう。彼女の隣に、あるべき自分で。ユリアンは固く決心した。
語られた言葉の余韻をそっと胸にしまいながら、やがてふたりは、再び歩き出す。
遠く、礼拝堂から鐘の音が響いていた。
夕闇が近づく中、世界がゆっくりと、その輪郭を変えてゆく。
――静けさの底で、確かにその足音が近づき始めていた。嵐の気配だった。
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